そして、日常へ/其の壱
「……ア……ン」
なんだろ? 誰かの声が聞こえるような――
ずっと最近まで聞いていた声。
「ジュリアンっ! 起きなさいってば、ジュリアン!」
やがて、その声はハッキリと聞こえてくる。
ただし、とても強い語調で僕を叱っているように思えてならない……なんだろ? これ起きちゃ行けない気がする。
ならば、もう一度意識を闇の底に深く沈めよう――そう思った瞬間だった。
「いい加減起きろ、ゴラァァァア~ッ!」
「うわぁぁぁああっ!」
……強制的に叩き起こされました。
ビックリして起き上がったとたん、目に飛び込んできたのは鬼の形相のアルマの顔だった。
どうやら、いつまで経っても起きてこない僕を起こしに来たみたい。こめかみの血管が浮き立たせ、いまにも振り下ろそうとする拳と半笑いの表情でこっちを見ている。
まったくこうも無理矢理起こされたんじゃ寝た気がしないよ。
もう少し優しく起こしてくれるとか、好きに寝かせてくれるとかできないものなのかな。居候の身として、そのあたりが家主に対する不満だね……って、文句言える立場じゃなかったっけ。
「やっと起きたわね……」
「おはよう、アルマ」
「おはようじゃないわよ! まったくいつまで寝てるつもりなの?」
「いいじゃん……。今日は安息日なんだし」
「よくないわよっ、ジュリアンがいつまでも寝てるから朝食だって片付かないのよ。子供みたいなこと言ってないで早く起きなさい!」
「アルマだって子供じゃないか」
「私は働いてるのよ。ジュリアンが寝てる間に家事全部済ませちゃったわよ」
「あ、そう……。なら、僕はニートでいいや」
「ニートじゃ困るのよ! ウチに居候している以上、キッチリ働いてもらうからね!」
「えぇぇ~そんなのイヤだよぉ……」
「いいから、とっとと起きる!」
とほほ……こりゃ起きるしかないか。
僕はアルマに促され、ベッドから這い出た。
そして、窓際に立つと締め切ったカーテンを開ける。
とたんにまぶしい外光が入ってきて、僕の目をくらませた。そのあまりのまぶしさに手で目を覆っちゃったけど、その光はとても温かく優しいモノだった。
さらに窓を開けて、外の様子をうかがう。
すると、街のあちこちからハンマーを叩く音が聞こえてきた。どうやら、あの事件で失われた家や道路を復興させようとたくさんの人たちの頑張ってるみたい。
ここからでもその情熱が喧噪となって伝わってくる。
僕はその喧噪を聞きながら、一週間前のことを思い出していた。
あれから、1週間――
エンゲラーを倒したあのあと、西国との合同演習に言っていた公国騎士団の本隊が急遽戻ってきたらしい。同時に教会騎士団と公国に残っていた公国騎士団の守備部隊と連携して、強襲した敵兵力を一掃したんだって。
で、その話をしてくれたのはアルマだったんだ。
いろいろ聞いてみると眠っている間、リズやテレジアさんたちが見舞いに来てくれてたり、公王様が直々においでになったりと大変だったみたい。でも、アルマは「まだ眠ってるので」と言って、つきっきりで看病してくれたんだそうだ。
そこからのことはよく覚えている。
確か目が覚めたとたんに大泣きで抱きつかれたんだっけ……まあそんなことがあって、アルマにはますます頭が上がらなくなっちゃったんだよね。
「早く着替えて1階に降りてらっしゃいよ?」
と言って、アルマが部屋から出て行く。
僕はアルマの後ろ姿を見送り、用意されていた衣服に袖を通した。
ただし、今日袖を通すのはいつもの普段着とはまったく違う特注の高級シルクを使った衣服――なんでこんなもんを持っているかというと、僕はあの事件でエンゲラーを倒したからだ。
もちろん、エンゲラーが倒せたのは他のみんなの協力があったからだけど、そのことをリズは僕の手柄として公王様に褒章を与えるよう具申してくれたんだ。
――で、今日はその褒章の授与式。
この服は「そのなら」と昨日突然テレジアさんからプレゼントされたモノなんだ。
だけど、ホントにこんなのもらって良かったのかなぁ~? 凄く上等な生地のうえにこんなに着心地がいいモノだなんて知ってしまったら、なんか身分不相応な気がしてならないよ。
僕は落ち着かなく思いながらも、上下一式の衣服に着替えた。
そして、すぐにアルマの待つ1階へと降りた。
「――お、ジュリアン君。すごく様になってるじゃないか」
1階へ降りて早々――
マルティンさんに感想を述べられた。
そのあまりの感嘆とした表情がなんだか褒められてる側としてはすごく照れくさくて、僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「なんだか妙に恥ずかしいです。こう着慣れないモノを着るとこんなにも違和感を感じるなんて」
「いや、君はそれだけのことをしたんだ。その着慣れなさも一人前の騎士になったら、一種の誇りのようなモノになるんじゃないかな」
「誇りですか?」
「そうだ。もちろん、それは君が諦めずに騎士になれたらって話だけど。そういう上等な服を着れるのはやっぱり騎士や貴族みたいな人間だけだからね」
「言われるとそうかもしれないですね。よし、僕も名ばかりの騎士にならないようガンバらないと」
マルティンさんに励まされたせいか、少しばかり自信が持てた気がする。
まだ恥ずかしいのとか、違和感があることだとか、気持ち的には色々ある。だけど、一人前の騎士になるってことはこういう服が着れるんだなぁ~ってことを改めて感慨深く思う。
不意にアルマに話しかけられる。
「ところでジュリアン」
「ん、なあに?」
「実はこれ夢の話だって知ってる?」
「え……?」
な、なに言ってるのアルマ? これが夢なワケないじゃないか。
僕は唐突な発言に沸いた違和感に笑って見せた。
「じょ、冗談はやめてほしいなぁ~」
「ホントよ、ねえお父さん?」
「ああそうだよ」
「えっ、マルティンさんまでそんなことを……」
ってことはホントに夢?
僕はおもわず狐につままれたような気持ちになった……いや、そんなわけがあるはずない。
再度確認のためにと2人を問いただす。
「ウソですよね……? まさか2人とも僕をからかおうとして――」
「ウソなんかじゃないわよ。寝ぼけてないで、早く目を開けて夢から覚めなさい」
「そうだよ、ジュリアン君」
「ちょっと! 2人ともホントに冗談はやめてよ!」
なにこの「真実ですよ」みたいな展開――
……え、ちょっとホント冗談だよね?
もうなんだかイヤな予感しかしない。
そんなことに僕はそわそわしながら、2人の様子をうかがった。すると、2人の顔はなぜか僕を哀れむような表情が見ている。
「――冗談なんかじゃねえぜ」
刹那、そんな言葉が入り口の方から発せられる。
顔を差し向けてるとそこにはセシルとヴェラさんが立っていた。しかも、2人ともアルマの発言に対する言質を取るかのような表情を見せている。
「セシル? いや、でもこの前一緒に戦ったじゃないか」
「なにを寝ぼけてやがるんだ? 俺はオマエと一緒に戦った覚えなんてねえぞ」
「……じゃあ……いままでのことは夢だったってこと……?」
「そういうことだ」
「……そんな……」
じゃあエンゲラーを倒したことも、そのあとテレジアさんに高級そうな衣服をプレゼントしてもらって、これから公王様から褒章をいただくこともすべて夢なの……?
そう思ったら、僕はとっさにその場でうずくまるしかなかった。
「……僕が活躍したあのシーンも……このシーンも全部……」
「現実でしょ?」
「へ?」
って、あれ? なんかさっきと言ってること違くない? アルマは「これは夢」とかなんとか言ってた気がするんだけど。
すぐさまアルマに聞き返す。
「……いまなんて?」
「だから、ジュリアンが白薔薇騎士団に入ったことも褒賞をもらうことも全部現実に決まってるじゃない」
「え? でも、さっきアルマはこれが夢だって――」
「んなの、冗談にきまってるじゃない――夢落ちだと思った? 残念、現実でした」
「ちょっ……えええええぇぇぇぇぇっ!?」
驚くよ! ビックリだよ!
つまりなに? 僕はみんなの演技に騙されて膝を突いてうなだれてたってこと?
あまりの事態に全員の顔を見回す。
すると、どうだろう――
突然、みんなが一斉にドッと笑い始めた。しかも、アルマなんかテーブルに半身横たわって右の拳を何度も叩いてるし。
それを知って、僕の中で怒りがこみ上げてきた。
「もうっ、いったいなんなんだよ!」
「ゴ、ゴメン……ジュリアンを騙したら、いったいどうなるんだろうって事前にみんなと相談してたのよ」
「だからって、こんな仕打ちはないだろ!」
「……アハハハハ……ゴメン……でも……面白かったわ……アハハハ……」
「アルマ、笑いすぎっ!!」




