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我が主(マスター)に剣の誓いを  作者: 丸尾累児
第四章「僕が僕であるために」
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震える愛と書いて震愛と読む/其の参


 僕たちの目の前で轟々と咆哮を上げるドラゴン。

 その猛々しさはおもわず膝を突いて震え上がりそうになっちゃった……というか、こんなモノが呼べるなんて絶対卑怯だよっ!


 当然、そんなモノを呼んだエンゲラーを恨めしく思いながらにらみ付ける。だけど、エンゲラーは僕のそんな表情をあざ笑うかのように見ていた。



「残念だが、私はこんなところで捕まるワケにはいかないんでね」


「どこに行く気だっ!?」


「もちろん、逃げるのさ」


「ま、待てっ!」



 とっさにエンゲラーのヤツが身を翻す。

 僕はその後を追おうとしたけど、目の前に立ちはだかったドラゴンのせいで行く手を阻まれちゃった。その後ろ姿を見ただけで嘲笑してるって思ったら腹立たしくてしょうがないよ。



 僕は辛酸をなめるしかなかった。



 そんなとき、僕の前が大きな影ができた。



「ここは俺たちに任せてオマエは先に行け」


「そうだよ、ジュリアン君。君がモンシア――いや、エンゲラーを捕まえるんだ」



 唐突にそう話すのはセシルとマルティンさんだった。

 2人の立ちはだかる姿はまるで僕を勇気づけてくれるみたいでとても頼もしかった。



「だけど、こんなのをまともに相手するなんて無茶だ!」


「いいから行けっ! エンゲラー子爵を倒せば、きっと夢の錫杖の効果はなくなる――それまで俺たちがここを食い止めてやるから、オマエはエンゲラー子爵を倒すんだ」


「……で、でも……」


「行ってくれ、ジュリアン君……これは私の罪滅ぼしでもある。彼と2人ならなんとかなるさ」


「マルティンさん……」


「さあ、早く行くんだ」


「わかりました。2人ともご無事で!」



 2人の言葉に僕の「戦いたい」という気持ちを預ける。


 ホントはその気持ちを持って一緒に戦うべきなんだろうけど、全幅の信頼を受けてしまったんじゃエンゲラーを追わないわけにはいかないよ。

 だから、任されたことをキッチリ果たすことにした。



 それは僕が僕であるため、仲間のため、ヴィエナにいるみんなのためでもある。



 この数ヶ月間、ヴィエナに住んでみてわかったことは僕はこの町が大好きだってこと、夢を追いかけるたびにみんなが応援してくれてるってこと。

 僕はこの2つを決して忘れちゃ行けないんだと思う。



 2人がドラゴンに向かっていく。

 僕は心に抱いた気持ちをかみしめながらも、ドラゴンの脇をすり抜けようとした――が、とたんに大きな尻尾が僕を襲ってきた。慌てて避けようとしたけど、尻尾の勢いは人間が簡単に避けられるほど甘いモノじゃない。



 やられる――

 そう思った瞬間、僕は目をつむった。



 ところが数秒して目を開けてみると、身体はなぜか宙に浮かんでいた。しかも、なにかに引っ張られてるみたいで僕はその正体を確かめた。



「大丈夫、ジュリアン?」



 そう告げるのたのはリズだった。


 どうやら、魔法のほうきで助けてくれたみたい。重たい僕を抱えて飛んでいるせいか、かなり苦しそうに思える。

 そんなこともあって、リズは少し離れた場所で僕を下ろしてくれた。



「ありがとう、リズ」


「御礼はいいわ。いまは子爵を追う方が先よ」


「わかってる。早く追いかけないと……」



 そう勢いづいて駆け出そうとする――が、とたんに後ろからリズに「待って」と声を掛けられたので、僕は踏み出した脚を止めざるえなかった。

 振り返ってリズに問いかける。



「どうしたの?」


「私の後ろに乗って。上空から子爵がどこへ行ったのか探しながらの方が早いわ」


「わかった、助かるよ」



 僕は素直にリズの言葉に従い、彼女の腹部に腕を巻き付けてほうきにまたがった。



「行くわよっ!」



 と気合いの入った声を上げるリズ。


 同時にほうきがフワリと宙に浮かび上がった。

 さすがに2度目ともなると、宙に浮かび上がる恐怖もなかったよ。むしろ、とっさにビュッと加速しても怖じ気づくことなく、心地よさを感じてたぐらいだ。



 だけど、そうした心地よさも感じてはいられない。



 僕はリズのほうきに乗って、離宮の外に出ると空からエンゲラーの行方を捜し回った。すると、エンゲラーの姿は案外早く見つかった。



「みつけた!」



 目下に見える細長い家が建ち並ぶ道。

 その道の前方600メートル先にエンゲラーの姿はあった。

 すぐに大きな声で見つかったことを知らせる。当然、リズも僕の叫び声に反応を示して、「どこ?」と聞き返してきた。

 僕はその問いかけに人差し指で示した。



「ほら、あそこ。城門を抜けて、貴族街へ向かう道だよ」


「……いた。でも、なんだか逃げるスピードがずいぶん速いわね。いつの間にあんなところまで行けたのかしら?」


「おそらく魔法か錫杖の力でも使ったのかも知れない――リズ、もうちょっと飛ばすことってできる?」


「オッケー。しっかり捕まってて!」



 リズがそう言ったとたん、ほうきが風を切ってさらに加速し始めた。

 そのスピードは馬なんかよりも断然速く、まるで颯爽と獲物を追いかける大きな鷲みたいだ。おかげでエンゲラーとの距離はあっという間に縮まっちゃった。

 でも、当のエンゲラーがある1軒の屋敷に入っていったことで追いかけっこは終わりを告げる。



 僕らもすぐに後を追い、空から邸内へと侵入する。



 もちろん、そこからは自分の足だ。

 庭先でほうきから降りると、エンゲラーが向かったと思われる裏手の方へ向かう。裏手側は中庭になっているらしく、青々と敷き詰められた芝生と花壇があった。



 僕はその芝生の上を通って、エンゲラーが向かった先へ急ごうとした。

 不意に後ろからリズに話しかけられる――僕は立ち止まってリズの方を振り向くと、何事かと思ってその顔をのぞき込んだ。



「なに? どうしたの?」


「あれ見て」


「え? あれって……?」



 どうやら、なにかを発見したみたい。

 僕はすぐさまリズが指し示す方向を見てみてみた。する、そこには草花が生い茂った中庭には似つかわしくない巨大な穴が空けられていたんだ。


 僕はビックリして、近くまで寄ってその穴の中をのぞき込んだ。


「……なんだろ……誰かが掘った穴……だよね……?」


「そうみたい。でも、いったいどうして?」


「わからないよ。第一にして、こんな穴いったいなにに使う――」



 と言いかけて、僕は突然口を閉じた。




 いや、閉じるべくして閉じたと言うべきかもしれない――なぜかって? だって、僕にはその穴に心当たりがあったんだもん。

 僕は「どうしたの?」と質問するリズにそのワケを話した。



「……ねえリズ。この穴、兵士を引き入れるために使ったんじゃないかな?」


「それって、どういうこと?」


「つまり、この穴はどこかに繋がってるんだよ。おそらく僕が郊外の湖でエンゲラーに出会ったのも偶然なんかじゃなくて、この穴の出口がそこにあったからなのかも」


「でも、そんな大きな穴を掘っていたら街の住人の誰か1人でも気付くんじゃ……?」


「もちろん、気付くだろうね――でも、誰もそんな穴が掘られてるんなんて思ってもみなかったんだ」


「思ってもみなかったって……」


「僕がヴィエナに来てひと月した頃、パン屋のオジさんから『地下から妙な音がする』という話を聞いたことがある。そのときは自警団に報告したらしいんだけど、取り合ってくれなかったみたいなんだ」


「え? じゃあみんな知っていて、穴を掘っているなんて思ってもみなかったってこと?」


「考えてみてよ。ここは小高い山の上にあるんだよ?」


「……言われると確かにそうね。山の上に街があったら、まずその地下を掘るなんて固い岩盤があって無理よね」


「そう。だから、みんな穴を掘っているなんて思いも寄らなかったんだ」



 けれども、エンゲラーたちはその裏を掻いた。

 しかも、この国の貴族という身分を与えられている。その意味で貴族という立場から、万が一見つかってもなんらかの誤魔化す手段を持ち合わせていたのかもしれない。


 そんな推理を打ち立てていると、不意に誰かの声が耳に入ってくる。



「――その通り。だから、我々はこの作戦を遂行するために長い年月を掛けて掘り進めてきたのだ」



 そう語る声はまるで僕を嘲笑してるかのよう。

 おもわず腹立たしくなって、声を荒げて「誰だ」と返事しちゃった。だけど、目を合わせた瞬間にそれがエンゲラーだとわかって、僕は剣を構えて憎しみをぶつけずにはいられなかった。



「大人しく投降しろ、エンゲラー」


「それは無理な相談というモノだ。それに私にはまだこの錫杖がある……これさえあれば、どんな夢でも瞬く間に叶えられるのだ」


「そんなまがい物の夢になんの価値があるんだ?」


「価値だと……そんなモノは本人にしかわからないのではないか?」


「なんだとっ!?」


「他人には無駄なことのように思えることでも、本人にとっては重要なことっていうような事柄というのはよくあることではないか。特に夢を叶えたいと思ってる連中にとってはな」


「だから、なんだっていうんだ!」


「つまりだ。この錫杖で夢を叶えたとしても、その価値自体は誰かが決めるモノではなく自分自身が決めるモノだと言うことさ」


「自分自身で決めるモノ……」


「まあいい。君の最期くらい私が相手をしてやろう」


「ほざくなっ、もうオマエの負けは決まってるんだ」


「それは君の方だよ、少年!」



 エンゲラーが錫杖を手に襲いかかってくる。


 僕はすぐに振り下ろされたその一撃を剣でもって受け止めた。

 でも、剣とは違う鈍器の重量にビックリしておもわずのけぞっちゃった。そのせいか、身体の体勢は両足を引いて腕だけを前に突き出したへっぴり腰の状態になった。この状態からだと身を引いても相手に詰め寄られるだけだし、前に出たとしても腕が前に出すぎていて反撃に転じられない。




 どうにか体制を整えようと鈍器を押さえ込んだまま、ゆっくりと腕を引いて突き出した右足を左足の方へ寄せようとする。




 しかし、そんな魂胆がわかっていたのか。

 とたんにエンゲラーにがら空きだった腹部を蹴られた。おかげでその場で尻餅をついて倒れることとなり、さらには火山岩のごとく降り注ぐ錫杖の攻撃に耐えなければならなくなった。



 剣で大きく錫杖を払いのけ、スキを突いて身体をゴロリと左へ転がす。さらに左足を軸に剣の重みと転がる勢いを利用して起き上がろうと試みる。

 ところが瞬時に振り払った錫杖が僕の横っ腹めがけて襲ってきた。僕はどうにか回転する勢いを右足で受け止め、高く突き上げた腕を逆さにして剣の白刃で壁を作った。



 そこから、錫杖を持ち上げるようにして払い、エンゲラーの右手に出る。

 でも、僕の体力は愛の紋章を使ったせいか完全に失われつつあった。



「ジュリアンっ!?」



 とっさにリズに大きな声で話しかけられる。

 おそらく加勢するつもりなんだろう――なんとなく必死な声から僕の方に駆け寄ろうとする様子がうかがえる。


 僕はすぐにリズに向かって呼びかけた。



「来ちゃダメだ!」


「け、けどこのままじゃ……」


「大丈夫、心配しないで。コイツは僕が必ず倒すから」



 と言ってみたものの、実はあんまり大丈夫とはいえない状況なんだよね。

 うつろ周囲がボヤけてみえるし、ちょっとこれはピンチかも。


 それでも、僕はエンゲラーと対峙し続けた。



「はぁはぁ……はぁはぁ……」


「どうやら、もう残された力はないようだな」


「う、うるさい……」


「ならば、こちらも君に引導をくれてやるとしよう」


「僕はオマエなんかに負けない――勝って、ヴィエナの平和を取り戻すんだ」



 そうだ、負けちゃいけない。


 ボヤける視界を左右に首を振って気を奮い立たせることで晴らる。同時に剣を逆さに持って、セシルとの稽古では上手くできなかったあの技を試してみることにした。




 ……上手くいくかどうかはわかんない。だけど、これに賭けるしかない!




 相対するエンゲラーを睥睨しながら、剣に震愛気を送り込む。エンゲラーもこちらのスキをうかがっているらしく、ジリジリと距離を縮めながら左に動いている。


 刹那、エンゲラーが勢いよく突進してくる――僕はその突進に合わせるように走り、剣に溜め込んだ震愛気の力を言葉にして叫んだ。






「――恋のアバンチュールストラッシュ!」






 そこからどうなったっけ……?



「……くっ……私が……負けるのか……」


「……はぁ……はぁ……はぁ……」


「……夢を叶えられずに終わってしまう……」


「…………」


「……夢とはいったい……ウゴゴゴゴゴゴゴ……」



 とかなんとか言って、エンゲラーが倒れたところまでは覚えてる。

 それでなんとなく倒したんだなぁ~ということは意識していたし、一瞬だけ勝利を喜んだ記憶だけは残ってる。




 でも、そのあとの記憶はまったくないんだよね。




 たぶん、僕も力尽きちゃってその場に倒れ込んじゃったんだと思う……あ、でももう1つだけ覚えてることがあるとするなら、みんなが僕のことを呼んでたってことかな?





 

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