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我が主(マスター)に剣の誓いを  作者: 丸尾累児
第四章「僕が僕であるために」
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震える愛と書いて震愛と読む/其の弐


「……マルティンさん……」


「来てしまったんだね、ジュリアン君」


「どうしてっ、どうしてですかっ!?」


「……」


「どうして、マルティンさんが僕と争わなきゃいけないんですか?」


「それも仕方のないことだよ」


「仕方ないって……。そんなのおかしいじゃないですかっ!」


「……わかってるさ。でも、彼らはアルマを人質に取ったんだ」


「知ってます。だから、僕はそれを取り返しに――」


「――おっと、動くなよ?」


「え…………?」



 突然のことだった。

 僕とマルティンさんが話していると、エンゲラーのヤツが割って入ってきたんだ。しかも、隣にアルマを羽交い締めにして首にナイフを突き立ててる部下までいる。


 くっそぉ~! なんて卑怯なんだよ!



「ジュリアンっ、来ちゃダメよ!」



 アルマがそう叫ぶ。


 そんなこと言われたって、僕はアルマを助けに来たのに行かないわけにはいかないじゃないか……早くこの状況をなんとかしないと。


 僕はエンゲラーの目をじっとニラみつけた。



「ケイレスの娘を助けたいのなら、大人しく公女殿下を渡してもらおう」


「ふざけるなっ! とっととアルマを返せ!」


「それは無理な相談だな、少年よ。できないというのであれば、この娘にはここでこのまま死んでもらうだけだ」


「くそ……っ!」


「悔しかろうが、悲しかろうが、君にできるのはその程度のことだよ――もちろん、ケイレスも同様だが」


「…………」



 ……なにか、なにか手はないのか?


 僕は必死に頭を働かせた。

 けれども、僕の頭はテレジアさんやセシルみたいに回転が速いわけでもなく、ヴェラさんみたいに起点が聞いてズル賢いことができるわけじゃない。

 そのせいで物凄い時間を費やしちゃった。



 結果はどうだろう?



「わかったわ。私もあなた方の人質になればいいのね」



 と突拍子もないことをリズに言わせることになっちゃった。



「ダメだよ、リズ! アイツらの元に行ったら、全部終わっちゃう!」


「大丈夫よ。私がなんとかみんなを生かしてもらうように説得するから……」


「そんなのできっこないよ! 絶対に殺されるって!」



 ああ、もうっ! ホントにどうしたらいいんだ!

 空回る僕をよそにリズはアイツらの元に行っちゃうし。

 僕は頭を抱えるしかなかった。

 リズがすぐにエンゲラーの部下によって取り押さえる――それで僕はすべてが終わったと思った。



「よし、これでこの国は制圧したも同然だな」



 と、うすら笑うようにエンゲラーが言う。

 僕はそれを聞いただけでむしゃくしゃした……もうなんとかなんないのかなぁ~。



「この国を乗っ取ってどうするつもりだ?」


「どうする? さあな、私はただの家臣に過ぎないんでね」


「なに……?」


「つまり、これは東レウル帝国の意思さ。しかも、最近公王は南東のクシュナリハトと手を結ぼうとしていたしな」


「……それが理由なのか」


「まあそれは家臣としての建前だ」


「どういう意味だっ!?」


「つまり、目的は別にあるのさ」


「別だと……」



 この国の支配以外にいったいなにがあるっていうんだ。

 僕がそう思っていると、突然エンゲラーの名を呼ぶ男がやってきた。ソイツはすぐにエンゲラーの元に行き、なんか杖っぽいなにかを手渡し始めた。



「ようやく手に入ったか……夢の錫杖」


「夢の錫杖……?」


「ふっ、コイツは代々アメルハウザー家に伝わる持ち主の夢を叶える魔法の杖らしい」


「な、なんだって!?」


「コイツがあれば、俺は東レウル帝国の家臣としてではなく、一介の王として世界の王として君臨することができるのだ!」


「そんな夢、簡単に叶うはずがないだろ!」


「叶うんだよっ! この錫杖を使えばな……」


「そんな馬鹿なっ!?」


「なあ少年よ、オマエにも夢ぐらいあるだろ? そんな夢がこの杖一本で叶うとしたらどうする?」


「そ、それは……」


「欲しいだろ? 叶えたいだろ、夢を」


「…………」


「それを実現できるモノを持っていながら、王家は使わずにいた――これを滑稽と言わずしてなんという!」


「……黙……れ」


「ん? いまなにか言ったか?」


「黙れって言ったんだ、僕は……」


「ほほう。君はこの錫杖が欲しくないのかね?」


「いらないよっ、そんなもん! 僕は努力もしないでなにかに頼ってまで夢を叶えようなんてこれっぽっちも思っちゃいないんだ――オマエみたいな卑賤なヤツと一緒にするな」


「まあいい。君がそう思うのなら、そうなんだろうよ……ところでちょっと面白い余興を考えたんだが、付き合ってくれんかね?」


「余興だと……?」


「なあに簡単な遊びだ。つまり、そこにいる君の知り合いとおぼしきケイレスと一戦交えてくれというわけさ」


「な……っ!」



 コイツ、僕たちを知り合いだと知ってわざと言ってるのか?

 ますます許せない……コイツだけはとっ捕まえたら絶対にぶっ飛ばさないと。

 僕はエンゲラーに向かって、怒りの声を上げた。



「ふざけるなっ! どうして僕がマルティンさんと戦わなきゃいけないんだ!」


「イヤならいいだぞ? ここにいる君のガールフレンドが死んでしまうことになっても……」


「ひ、卑怯だぞ……」



 くそっ、どこまで愚劣なヤツなんだ。

 僕は大人しくエンゲラーの言葉に従うしかなかった。



「ほら、どうした? 早く始めないか」



 言われるがまま、マルティンさんに向かって剣を構える。

 対するマルティンさんも乗る気ではないような顔をしながらも刃を向けていた。



「マルティンさん、やめましょうよ……アルマを助ける方法は別にもあるはずです」


「済まない、ジュリアン君。いまの私にはその方法が思い浮かばないんだ」


「どうしてですか? どうして僕たちがこんなことを――」



 と言いかけた直後、マルティンさんが襲いかかってきた。

 慌てて刃を受け止める体制を取る――同時に鋼同士がぶつかる音がした。

 それから、マルティンさんは何度も刃を振ってきた。そのたびに僕は剣を受け止め、マルティンさんを説得し続けた。



「やめてくださいっ! やめてくださいよ、マルティンさん!」



 ……くそぉ~アイツの思惑通りになるなんて。この場にセシルがいてくれたら、なんとかなるんだけどなぁ~。


 そんな願望を抱いていると、不意に額の傷がうずき出した。

 どうしてなのかはわからない――ただなんとなく必死にみんなを助けたいと思ったら、額の傷がズキズキとうずき始めたんだ。


 さらにマルティンさんの剣が襲いかかってくる。

 僕はそのたびにどうにかみんなを助けたいという思いを募らせていった――――そんなときだった。






 『ピカッ』――そんな光を発する音が聞こえたかのようにあたりが真っ白な光に覆われる。





 僕自身でもなにが起きたのかよくわからなかったけど、おかげで少しだけ周囲にいた連中の目くらましができたみたいだ。

 それともう1つ、目を開けたエンゲラーが気になることを言ってきた。



「な、なんだ……この光……」



 最初はそういう風に光に対して、不可解に思っているだけだと思ってた。だけど、次の瞬間に僕を見てなにやら驚いた様子を見せたんだ。



「……その額の『愛の紋章』……身にまとった震愛気(プラトニックオーラ)……まさか……貴様っ、愛戦士かぁぁぁあああ~っ!」


 え? なにそれ? もしかして、僕の身体ってヘンなことになっちゃってるの?

 ってか、愛戦士ってシーデルさんが言ってたアノ……ということは、僕が愛戦士の末裔なの?



 僕は驚きつつも、エンゲラーに対してちゃっかり悪のりしてやった。



「颯爽登場っ、愛戦士!」



 よしっ、ビシッと決まったぞ。

 ワケがわかんないけど、これで心置きなく戦えそうだ。



 僕は光が収まる前に素早くリズをとらえた男をぶん殴って助け出した。それから、アルマも助けようと試みたけど、エンゲラーに阻害されてしまった……どうにかして助けないと。


 そう思ってたら、とっさに後方でうごめくモノが見えた。



「――我は無敵なり、以下略キッーーク!」


「って、ちょっ……え?」



 なんか後ろの方で勝手に助かってる女の子がいるんですけど? しかも、自分を取り押さえてた男をボコボコにしてるし。



 よく見たらアルマでした――

 あ、前にもこんなことありましたね。



 僕はおもわず安堵するどころか、逆にあきれ返ってしまった。


 気付けば、マルティンさんも公王様を助け出している。

 これで形成は完全に逆転した――僕たちの勝利は揺るぎないモノになるだろうと思っていた。



「――アレクシアっ! いますぐここへ来て、私を助けろぉぉぉおおおお!」



 ところがエンゲラーのヤツが唐突に叫んだんだ。

 しかも、その声に応じるようにアレクシアと名乗ったあの女戦士が突風のごとくやってきた……って、セシルは? セシルはどうなっちゃったんだ?


 僕はそのことが気になった。



「まったく仕方がない雇い主様さね」


「いいから早くあのクソガキを片付けるんだ」


「了解さね」



 と内輪ごとを話す2人。

 僕はその2人に割って入るようにアレクシアに話しかけた。



「セシルは? セシルはどうしたっ!?」


「安心するさね。あのお嬢ちゃんはまだ生きてる――というか、アンタを消すことが邪魔って雇い主が言うもんだからね、決着できずじまいさね」


「……そういうことか……」


「まっ、そんなことはどうでもいいさね。とりあえず、アンタを消すことに全力を尽くすさね!」


「来いっ!」



 その一言と同時にアレクシアが攻めてくる。

 僕は剣を構えるとアレクシアの攻撃を受け流す体制を整えた。




 ……というか、なんだか身体がいつも以上に軽い。額の紋章が光ってるせいかな?




 僕はちょっとだけ紋章の力を疑いながらも、普段の力じゃ見えないはずのアレクシアの剣筋が止まってみせるような気がした。


 その予感だけを信じつつ、剣を受け流す。


 さらに素早く後ろに回って、アレクシアの背中を思いっきり蹴ってやった。すると、奇妙なことにアレクシアが反対側の壁の方まで勢いよく飛んでった。



「な、なんだい……? この尋常じゃない速さは……」


「いや、それは僕も聞きたいぐらいなんだけど」



 自分でも別人みたいだって思えるよ。

 こんな力があるんだったら、最初から使えればよかったのになぁ~。

 

 僕は再び身構えて、アレクシアが起き上がるのを待った。



「……まったく。俺の戦いがイヤになるぐらい驚かされるぜ」



 ふとそんな声が右の方から聞こえてくる。

 チラリと右を見ると傷ついたセシルが僕の方を見て苦笑いを浮かべていた。



「セシルっ、無事だったんだね」


「ああなんとかな」


「よかった……」


「それより、いまの力はスゲえな」


「え? そうかな?」


「ああそうだ――いまのオマエは無敵と言っても過言じゃないかもな」


「エへへへ、そんなに褒められても……」



 どうしよう、うれしくてつい気が緩みそうになっちゃう。

 いやいや、そういう場合じゃないよね――とにかくアレクシアを倒さないと。


 再度アレクシアの方を向いて凝視する。



「クソっ……いったいなんなんさね……あの速さは……」



 うーん、どうもアレクシアもこの強さに驚いてる。

 もちろん、僕だって驚いてるよ? まあだけど、あまりにも人離れしてるから誰だって驚くよね。


 そんなことを開設するつもりなのか、唐突にセシルが口を挟んできた。


「違うな」


「なんだと……?」


「ジュリアンは速いんじゃない――強えんだ」



 おおっ、なんかちょっとセシルカッコイイ……って、そんな場合じゃない。


 僕は怯むアレクシアをよそに立ち向かっていった。




 右、左、右――と続けざまに剣を打ち込む。

 そのたびに剣同士が金切り声が上げ、僕たちの戦闘のすさまじさを物語った。けれども、僕にはアレクシアに勝てる自信がある。



 なぜなら、アレクシアの息がさっきとは比べものにならないほど上がっていたからだ。



 僕はそれをチャンスとばかりにたたみ掛けた。

 そして、とっさに訪れた一瞬のスキを突く。同時に懐に飛び込み、、剣で腹部を切り裂いて脇から突き抜けるように背面に回り込んだ。


 クルリとアレクシアの方を振り向く。



「バ、バカな……アタシが負けるなんて……ありえな……さね……」



 アレクシアはそんな負け惜しみを言いながら、うつぶせに倒れ込んで動かなくなった。そのとき、僕は初めて人を斬ったことを悟った。




 ……もしかして、勝っちゃったの? ちょっと信じられないけど、この状況はそういうことらしい。




 半信半疑に思いながらも、僕はエンゲラーの方を向く。エンゲラーはマルティンさんと1戦交えていたらしく、手にしていた錫杖で剣を受け流していた。

 でも、すぐに僕がアレクシアに勝ったことに気付いて驚きの声を上げてきた。



「な、なんだと……? あのアレクシアを負かせる強者がいるとは……」



 ふふんっ、その強者がまさしく僕なんです――と言いたかったけど、いまのエンゲラーは完全に狼狽しきっていて、僕の話を聞く様子は微塵も感じられなかった。

 それどころか、戦っていたマルティンさんから逃げるように離れていった。


 僕はエンゲラーを逃すまいと後ろから追いかけた。



「逃がさないぞ!」



 と威勢良くエンゲラーに駆け寄る。


 これで完全に終わりだ――そう思った瞬間、エンゲラーが不気味な笑い声を高らかに上げ始めた。その声に妙な胸騒ぎを感じ、僕は2メートル手前から一切近づくことができなかった。



「なにがおかしいっ!?」


「忘れたのか? 私にはまだこの錫杖がある」


「だからどうしたっていうんだ」


「ふんっ……つまり、この錫杖にはこういう使い方があるということだよ!」


「こういう使い方……?」


「出でよ、ドラゴンよ! 我が前にいる敵を滅せよ!」


「ド、ドラゴンっ!?」



 それって、古代の神話に出てくるあのモンスターのことじゃないか。

 だけど、そんなのが現実に存在するなんて聞いたことがない。



 僕はエンゲラーが右手に持った錫杖が光るのを見ながら、そこからわき出てきた白くて半透明なドラゴンの姿に驚かされた。





   

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