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我が主(マスター)に剣の誓いを  作者: 丸尾累児
第四章「僕が僕であるために」
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震える愛と書いて震愛と読む/其の壱


 全員が声を張り上げて、一斉に斬りかかる――


 それに気付いた敵兵たちが僕たちに対して、槍を構えて迎え撃とうとしている。だけど、誰一人として怯むことなく、むしろ我先にと向かっていく。



 セシル、ヴェラさん、ロッテさん、テレジアさんに騎士団のみんな――それぞれが僕の前で剣を持って現れた敵と交戦し始める。

 僕も負けじと敵に立ち向かっていこうとした――けど、瞬時になにかが横をかすめていったのに気付いて足を止めてちゃった。




 同時に目前の敵の顔になにかが当たる。




 倒れようとする敵をよく見てみると、どうやらこちらの味方の矢が突き刺さったみたい。「この狭い廊下でよくやるなぁ~」と思ったけど、それだけ腕前に自信があるのかも。

 僕はその一撃に勇気をもらって、徐々に縮まる敵との距離を怯むことなく駆けていった。


 瞬時、敵が槍を突き出してくる――


 僕はそれをチャンスとばかりに叫び声を上げ、構えた槍を剣で下方に払った。

 同時に柄の部分を片足で踏みつける。それから、まるで駆け上るように柄の部分を足場にして飛び上がった。



「槍を踏み台にしただとっ!?」



 すると、槍を持った敵兵から驚きの声が上げる……まあ突拍子もない行動にフツーは驚くよね。


 でも、そんな表情を確かめてるヒマはない。

 僕はとっさにその兵士の顔を左足で真横に蹴りつけた。それがいい感じに働いてか、右手にいた何人の兵士を巻き込んでその場に倒れ込んだ。



 だけど、その先が問題。



 僕が着地した瞬間、それを待っていたかのごとく奥にいた数人の兵士が槍を突き立ててきたんだ。考えなしの行動に「大ピンチっ!」と焦ったけど、そうはならなかった。




 なぜなら、突然身体に吹き上がった炎に連中が怯んだんだ。




 おそらく火の魔法――誰かが放った者に違いない。

 僕はその推測に後ろを振り返ってみると、後方でリズが親指を立てて笑っていた。すぐに大声で御礼を言おうとしたけど、耳元で「ギャッ!」という悲鳴に気付いてやめちゃった。



「後ろを向いてる場合じゃないッスよ!」



 唐突に声を掛けられる。

 表を向き直るとヴェラさんが迫っていた敵を叩いていた。



「ス、スイマセン……」


「無駄口はいいから戦うッス」


「はいっ!」



 僕はヴェラさんの言葉に励まされ、再び敵に立ち向かっていく。


 ……とはいえ、僕は人を斬ったことがない。そのせいで剣を交えてもただ押し返すだけだし、決定打を与えられずにいる。


 そんな状況を見かねてか、テレジアさんが割り込んできた。



「ジュリアン君。ここはいいから、アナタは姫様とセシルを連れて離宮へ行きなさい!」


「で、でも……」


「正直に言うと、いまのアナタでは覚悟が足りないわ。そのことを自覚して、自分のやれることをやりなさい」


「……僕の……やれること……」



 って、いったいなに……?

 とっさに考えてみたけど、よくわからないよ。だけど、1つだけ言えることがあるとするなら、僕がこの場にいても足手まといになりそうなのは間違いないってことだ。

 その意味でテレジアさんの言うことがもっともなのかもしれない。


 逡巡してると、テレジアさんに発破を掛けられた。



「早く行きなさいっ」


「は、はい!」



 ええいっ、迷ってるヒマはないじゃないかっ!

 僕はテレジアさんに一言お礼を言うと、離宮へと向かうことにした。



「ジュリアンっ、こっちだ!」



 不意に後ろから声が上がる。

 振り向くと、セシルがリズの手を引いてやってきていた。すぐさまセシルの元へと駆け寄り、周囲を警戒しながら話しかける。



「みんなが道を切り開いてくれるみたいだけど、セシルはどうするの?」


「決まってるだろ? 姫様を連れて離宮に行く」


「だけど、そこにも敵がわんさかいるんじゃ……?」


「それは全員がなんとかしてくれる。おそらく離宮にはエンゲラーと数名の部下しかいない――オマエはそこへ行け」


「わかったよ」



 それから、僕たちはテレジアさんたちが作ってくれた隙間から人間でできた障壁を抜けた。ところが抜けた先には思わぬ障害が待ち受けていたんだ。



「おっと、簡単に行かせるわけにはいかないさね」



 そう告げる女を見たとたん、僕はクララをさらったときと湖でエンゲラーを会ったときのことを思い出していた。

 なぜなら、ソイツはマルティンさんをも拐かしたあの女戦士だったからだ。



「オマエは……」


「そういや、挨拶がまだだったさね――といっても今更だが、私はアレクシア。単なる傭兵さ」


「……アレクシア」


「まっ、アンタらはここで死ぬんだ。あんまり覚えていても意味ない名前さね」


「…………」



 どうしよう? コイツってば半端じゃない強さだったよね?

 僕がそうやって通り抜ける方法に悩んでいると、突然隣にいたセシルが剣を引き抜いた。



「――ここは俺が引き受ける。オマエは先に行け」


「で、でもこの先リズと2人ってのは……」


「安心しろ。敵がこんな強いヤツを配置してるってことは、よほど通さない自信があるんだろ?」


「そうは言っても、セシルだってコイツに負けそうになったじゃないか」



 そうだ、コイツは湖で会ったときセシルを圧倒してた。にもかかわらず、セシルは一度負けそうになった相手に立ち向かっていこうとしている……いくらなんでも無謀だって!


 そんな僕の気持ちも露知らず。

 セシルは不敵な微笑みで言い返してきた。



「安心しろ。二度も負けたりねえよ」


「それ、負けるヤツのセリフだって!」


「んなのは、やってみねえとわかんねえだろうが?」


「確かにそうだけど……」


「おい、ジュリアン」


「な、なにっ!?」


「俺を信じろ。オマエが俺にオマエを信じろって言ったみたいに俺を信じろ」


「……セシル」


「だから、ここは俺に預けてとっとと行け!」


「……わかった、ここは君に任せるよ。でも、絶対死なないって約束して!」



 その瞬間、剣を構えながらセシルがうずいた。


 僕はセシルの無言の返答を信じて、リズを連れて離宮へ向かおうとした――が、とたんにアレクシアと名乗る女戦士に前を阻まれて通ることができなかった。



「どこへ行くさね?」



 まったく腹が立つったらありゃしないよ……こっちはリズを背に戦っているっていうのに。

 そう思っていたら、横から唐突に誰かが女戦士に飛び込んでいった。


 言うまでもない――セシルだ。


 僕は「行け」と叫ぶセシルに軽く一礼して、再び離宮を目指して走った。王宮の廊下は薄暗い屋内から広く明るい中庭へと変わり、たくさんの花々が咲き誇っていた。




 しかし、そこは同時に血にまみれた惨劇の場でもあった。



「こ、これは……」



 僕とリズが顔を引きつってみたモノ――それは敵とも味方とも区別が付かない死体があちこちに倒れ込んでいる惨状だった。



「い、いやぁぁぁ~っ!」



 とたんにリズが悲痛な叫びを上げて塞ぎ込む。


 僕は必死になだめて離宮へと急ごうとしたけど、リズはあまりのヒドい光景に目を開けられなかったみたい。

 もちろん、僕だってこんな光景を見せられて目を伏せたかったさ。でも、ここで目を伏せてなにもしなかったら、僕に命運を託してくれたみんなの気持ちが無駄になっちゃう。


 だから、再度リズを説得して先を急ぐことにした。



「リズ立って! ここで立ち止まってたら、ヴィエナはもっとヒドい惨劇に見舞われることになるかもしれないんだよ?」


「……わかってる……わかってるわよ……」


「だったら、いますぐ離宮に行こうよ」


「でも、こんなの見せられて平気でいられるわけないじゃない!」


「……リズ……」


「ねえジュリアンは平気なの? こんなに人が死んでるのに平気なの……?」


「そりゃ僕だって平気ってわけじゃないさ。でも、みんなが気持ちを預けてくれたんだ」


「……みんなの……気持ち……」


「そうだよ、リズ――それは騎士同士の約束でもあるんだ。だから、僕はここで留まってられない。みんなの気持ちをまだ半人前の僕がちゃんと引き継いで最期まで務めを果たさなきゃいけないんだ!」


「……約束って……騎士としての?」


「うん! だから、君にもしっかりして欲しい。王女様の立場とか僕にはよくわかんないけど、リズはリズで毅然としていて欲しいんだよ」


「…………」


「だから、起きて。一緒に離宮に行こう」



 僕の言葉にリズはどう思ったろう?

 しばらくして、リズは小さな声で「わかったわ」と答えた。それから、僕はリズが落ち着くのを少し待って離宮までの道をひた走った。





 そして、たどり着いた目的地――





「やはり、おいでになりましたね。リーゼロッテ殿下」



 待っていたのは、すべての黒幕であるエンゲラー子爵とその護衛の者、それと公王陛下らしき立派な身なりをした中年の男性。


 だけど、もう1人僕を待っていたと思われる人物がいる――


 それは僕の前に唐突に立ちふさがって剣を構えるマルティンさんだ。対峙したマルティンさんの表情はどこか悲しみに満ちていて、僕をつらそうな目でいているように思える。

 それに気付いた僕は胸を締め付ける思いがした。






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