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我が主(マスター)に剣の誓いを  作者: 丸尾累児
第四章「僕が僕であるために」
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夢は終わらない/其の参


 開きっぱなしになった城門をくぐり抜ける。


 すると、麦畑が1つや2つできるんじゃないかってぐらいの大きな広場が目の前に広がっていた。しかも、いまの状況を現すかのように周囲では街同様に敵味方入り交じって戦闘が続いている。

 きっと門を閉めるか閉めないかの攻防が続いてるんだろう。



 その中を走る僕たちもいつ戦闘に巻き込まれかねない――などと思っていたら、突然威勢良いかけ声と共に1人の男がこっちに向かってやってきた。





 明らかに敵の兵士だ。





 僕たちを視認して、即座に敵と認識したのかも……。でも、すぐに対応したヴェラさんによって男はいとも簡単に倒されちゃった。



 そんなとき、ヴェラさんからなにかを放り投げられた。

 すぐに地面に乾いた音を立てるそれを取ってみる。すると、それはいま男が手にしていた剣だった。しかも、何度も戦闘したあとなのか誰ともわからない血が白波の部分にこびりついている。



「あの、ヴェラさん。これは……?」


「ジュリっちの剣ッス。奪ったモノとはいえ、護身用に身につけておかないと襲われるッスよ」


「ですけど……」


「戦闘馴れしてないのは承知の上ッス。だけど、ジュリっちが本気で騎士になりたいと思うのなら、人を殺すことの1つや2つチョビどころじゃ済まないぐらい覚悟しとかなきゃならないッスよ?」


「わ、わかってますよ……」



 そうは言ってみたものの、実際のところできるかどうかわからない。いまだって、周りで起きてる激しい戦闘に足がすくんでしまいそうなんだもん……ホントは怖いに決まってるじゃないか。


 僕は足下に投げ捨てられた剣を拾ってしっかりと両手で握りしめた。

 とっさにリズを護衛するロッテさんに話しかけられる。


「ここから先はもっと激しい戦いになるわ。姫様もお守りしなきゃいけないし、自分の身も守らなきゃいけない。だから、ジュリアン君も覚悟して欲しいの」


「殺らなきゃ殺られる……ってことですか?」


「そう。もうここは平和なヴィエナなんかじゃない――ただ勝利を求めて争う戦場よ」


「…………」


「情では解決できない問題があるの。君が求めてた騎士になるということはこういう現実を孕んでいるのだと覚えておいて」


「……わかりました」



 気が重い。

 いまこの場でそんな現実を突きつけなくても――なんてことを思ったけど、ロッテさんの言うとおりだ。僕が誰かを守って戦うということは、常に誰かを傷つけるという結果も伴うことなのだろう。



 そして、その人はたぶん死ぬ――



 僕の中でそれに対する恐怖はまだないけど、この先どうなるかわからない。むしろ、そっちの方がいまは怖くて、剣を強く握りしめてないと立っていらそうになかった。



「先を急ぐッスよ。離宮は一度王宮を入って抜けた先にあるッス!」



 ヴェラさんにせかされ、震える脚を無理矢理動かす。

 若干、走る脚が重く感じられたけど、いまはそんなこと言ってられないんだ。一刻も早くアルマを助け出さなきゃ。


 僕は必死にヴェラさんの後を追った。

 背後からはロッテさんとリズが付いてきている。


 僕らは広場を抜け、やはり開きっぱなしの王宮の正門から中へと突入した。中に入ると正門広場とは打って変わって、戦闘を繰り広げる兵士の姿は見受けられない。

 代わりに聞こえてきたのは、どこかで飛び交う怒号と先を急ぐ幾つもの足音――僕はそれらの音に改めてここが戦場なのだと言うことを思い知らされた。




 さらに奥へ進む。





 ところが200メートル進んだ先で、急にヴェラさんから停止するよう促された。



「どうしたんですか?」


「静かにするッス……敵に見つかっちゃうッスよ」


「……敵?」



 と言われるがまま、ヴェラさんが示す手前の壁から目の前に交わる一本の通路の左奥の方をのぞき見る。すると、そこには集団で通路をふさぐ敵の兵士らしき連中の姿があった。


 数にして、おおよそ30人ぐらい――

 どうしてそんな人数の集団がこの場にいるのかわからず、僕は驚いてヴェラさんに質問した。



「なんですか、あれ? どうして敵があんなに……?」


「たぶん、こちらの援軍が来てもすぐには通せないように妨害してるのかも」


「じゃ、じゃあ離宮は……」


「まだわからないッス。正門の奪い合いをしてるところを見る限り、まだ制圧したわけじゃなさそうッスね」


「ここ以外に道はないんですか?」


「もう1本別なルートがあるはずッスけど、ここからだとチョビどころか、かなり遠回りになるッスね」


「……だとすると、かなり時間がかかるんじゃ?」


「そうッスね。しかも、敵に遭遇する危険もあるからここ以外に道はないッス」


「じゃあいったいどうすれば?」



 とはいえ、ここで二の足を踏むわけにはいかないし。

 僕は再度壁際から左奥の方を見た。



「だったら、突破するしかねえだろ」



 刹那、そんな声が聞こえてくる。声をたどって後ろを振り向くとリズの背後にさっきまでいなかった面々が立っていた。


 僕が後ろを振り返って見たモノ――


 それは意気揚々と剣を握り、いまにも戦闘を開始しようとしているセシルとテレジアさんだった。後ろには数人の騎士を伴っている。


 僕はその姿に驚きの声を上げた。



「セシルっ!? テレジアさんまで……!」


「なにを驚いていやがる。こっちも敵に攪乱されて、味方がちりぢりになったのをようやく再集結させてきたばっかりだってのに」


「でも、2人は離宮の防衛に当たっているんじゃ?」


「別任務で王宮で戦闘を繰り広げてた公国・教会の両騎士団を結集させてたんです。そのうち離宮の襲撃が始まったためにこちらの行動が後手に回ってしまったんですよ」


「じゃあいま現在離宮は?」


「王宮の見張り台から見てきた限りでは、まだ持ちこたえてるようです。しかし、もはや虫の息と言ってもいいでしょうね」


「そんな……」


「だから、ここを突破して援軍を送り込むんだ。そんなところへオマエたちがやってきたんだろうが」


「なるほど。じゃあ僕たちはタイミングがよかったんだね」


「んなことより、ジュリアン」


「え、なに?」


「どうして、オマエがここにいる? もう騎士の夢は諦めたんじゃなかったのかよ」


「違うんだ。アルマがさらわれたんだ」


「アルマが?」


「うん、だから僕はアルマを助けに――」



 と言いかけて、僕は話すことをやめた。


 なぜって?


 だって、セシルに対してそんなの言い訳にしかならなかったんだもん。ホントはもう一度騎士になりたくて帰ってきたくせに、アルマの救出を口実にこの場にいようだなんておこがましいじゃないか。


 だから、僕はハッキリとセシルに言ってやった。



「ゴメン、セシル。いまのは完全に言い訳だよね」


「どういう意味だ……?」


「あのね、僕は一度故郷に帰ろうとしたんだ」


「諦めて戻ってきただと? じゃあオマエは一度故郷に帰ろうとしたのか?」


「そう……でも、諦められなくて戻ってきたんだ」


「あのな、俺はハッキリ言ったよな。オマエには騎士はむかないって」


「わかってるよ。でも、やっぱり諦められないし、諦めたくもない。僕が僕でいる理由はこれまで夢を持って生きてきたから」


「んな都合のいい解釈があってたまるか!」


「別にいいさっ、ご都合主義上等だよ! たとえいま自分がやろうとしてることが本物の騎士の真似事だとしても、僕はいつかきっとその真似事を本物にしてみせるから!」


「ジュリアン、オマエ……」


「だから、セシルお願いだ。今日僕が行うことを見て、もう一度騎士になれるかなれないかを判断して。それでも僕に騎士が向かないというのなら諦めるよ」



 とたんにセシルの口が止まる。


 なんでだかは知らないけど、セシルに気持ちが伝わったのかもしれない。そのことはちょっとうれしかったけど、ハッキリセシルが言うまではわからないよね。



 僕はセシルの返答を待った。



「――わかったよ……ったく、命を落としても知らねえぞ?」


「ありがとう、セシル」


「あ、やっぱ訂正」


「え?」


「死ぬな……。オマエが生きててくれねえと俺も目覚めがわりいからな」


「フフッ、セシルってば……」


「な、なんだよ?」


「やっぱセシルってカワイイよね……?」



 と言った瞬間、セシルが激昂して怒り始めた――でも、それがまたカワイイ反応なんだよなぁ~。ついもっと怒らせてみたくなっちゃった。


 でも、それはテレジアさんに止められちゃった。



「はいはい、2人とも痴話喧嘩はそれぐらいにして」


「ち、痴話喧嘩じゃありませんっ!」


「あら、そうなの?」


「そうですよ。こんな男なんだか、女なんだかわからないヤツと夫婦なんてあり得ないですよ」


「なっ!? ジュリアン、オマエ――」


「へ? なにか僕マズいこと言った?」


「……ふ……夫婦が……あ……ありえないって……」


「ん? なんで?」


「な、なんでもねえよっ!」


「ヘンなセシル……」



 いったいどうしちゃったんだ?


 まあいいか。

 ここは早く離宮へ行かなきゃいけない場面だ。このことは落ち着いてからセシルに問いただすことにしよう。


 僕は剣を手にして突入しようとする全員の顔を周回するように見回した。すると、その視線に気付いたみんなが一同に頷いてきた。

 まるで勝利への気持ちを確かめ合うかのようで、僕はこの場にいられることに喜びを感じざるえなかった。



「突撃っ!」



 やがて、テレジアさんが大きな声で号令をあげる。


 とっさに全員が反応を示し、喊声を上げながら全速力で駆けていく。その一団の中、僕は先頭を行くヴェラさんの背中を追うように敵の一団に向かって突撃していった。






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