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我が主(マスター)に剣の誓いを  作者: 丸尾累児
第四章「僕が僕であるために」
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夢は終わらない/其の壱


 信じられない光景だった。




 あたり一面を染める真っ赤な炎――




 これがあの活気に溢れたヴィエナだとは思えないよ。

 いま耳に聞こえているのは楽しげな賑わいなんかじゃない――恐怖心にあおられて助けを求める人たちの悲鳴だ。


 そんな中、僕は郊外で馬を乗り捨てると職人街に向かってひたすら走り続けた。


 目的地はもちろんアルマの家だ。

 まさかこんなことになるなんて思ってもみなかったし、なによりあんな別れ方しちゃったんだ。もしアルマが逃げずに家にとどまっているようなら、それこそマルティンさんに申し訳ないよ。



 焦る気持ちを抑えながら、アーベル家へとたどり着く。



 このあたりはまだ火の手が回っていないみたい。ただ人の気配がまったくないせいか、ゴーストタウンのように思えてしまう……おかげでちょっとビビっちゃったよ。


 僕は外から大きな声でアルマを呼んでみた。



「おーい、アルマ~っ!?」



 ところが返事はなかった。


 まあ見た感じだとアルマがいるとは思ってなかったけど。でも、もしかしたらアルマは盗賊の襲撃があって隠れているだけなのかもしれない。



 その期待を抱きながら、裏手の勝手口の方へ回り込んだ。




 扉をバタンっと強引に開けて、大声でアルマの名前を呼ぶ。




 だけど、家の中にはアルマの姿はなかった――むしろ、通りの建物同様に人気が感じられない。それでも無事を確かめたくて、僕はアルマの部屋がある2階へと上がった。



 ゆっくりと部屋の扉を開けて、部屋の中をのぞき込む。しかし、そこにもアルマの姿はなくて、期待を裏切られた気分になった。



「――もう逃げちゃったのかな……?」



 自分でも一瞬そう思ったさ……でも、アルマがマルティンさんのことを待たずに逃げるなんて考えられないよ。


 だから、ほかの可能性を考えた。



「……アルマの逃げそうなところっていうと……」



 ベッドの下? 押し入れの中? 屋根裏? はたまた石像に化けてたり……いや、それはないか。

 だとすると、誰かを頼ってどこかに行ったと考えるのが自然かもしれない。



 僕はその考えに次にどこへ行ったかを考えた。




 パン屋のオジさんのとこ、白薔薇騎士団の駐屯所、魔法学校……思いつく限りアルマの行きそうな場所はいくつかある。


 でも、もし僕が知らないような場所に行ってしまったら……?

 ええいっ、そんな悠長なことを言ってる場合じゃない――とにかく手当たり次第探す方が先決だ。

 そう思ったら、足が勝手に動いていた。



 家を出て、元来た道を戻る。

 そして、大きな通りに出るとアルマの名前を大きな声で発しながら道を歩いた。



「アルマぁぁ~~っ!」



 ホントに心配だ。

 アルマの場合、なんかしらがきっかけで人質になっちゃうしなぁ~。んまあ、あれも特異な人的災害というべきだよね……うん。

 アルマ1人のせいでいらんトラブルが発生しちゃうんだもん。




 僕は夢中になって探し回った。気がつくと新市街の方まで足を運んでいて、目の前で立ち上る火と逃げ惑う人々の一群を見ていた。




 さらに周囲を観察すると逃げずに剣を持って甲冑を着た連中と争う人の姿が見受けられる。



「……え? もしかして、原因って――」



 これでなんとなくわかった。




 いまこの国で起きていること――それは戦争だ。




 マルティンさんがいなくなったことや怪しげな連中が動いていたこともすべてはこのためだとしたら納得がいく……だとしたら、敵はどこから来たんだ?


 僕はそれが気になった。

 さらに道を歩いて、アルマの行方を探す。



「ジュリアン!」



 そんなとき、誰かが僕を呼んだような気がした。


 僕は突然のことにビックリして周りを見回した。しかし、僕を呼んだと思われる人間はどこにもいなかった。

 それどころか、あたりには人っ子ひとりいない。



「空耳だったのかな……」



 もしかしたら、建物を焼く炎の熱にやられたのかもしれない。僕はもう一度気を奮い立たせようと、今度は顔をたたいて自分を保つことにした。




 ところが僕を呼ぶ声は幻聴じゃなかった。



「ジュリアンってば、こっちよ!」



 確かに聞こえた女の子の声。

 しかも、どこかで聞いたことのある甲高い声だ。僕はその声に釣られ、振り返って空を見るように顔を上げてみた。



 すると、ほうきに乗ったリズが頭上に浮いていた。



「リズっ!? どうしてここに……」


「こっちが聞きたいわよ。ジュリアンこそ、どうしてこんなところにいるの? アルマと一緒に逃げたのだとばかり思ってたわ」


「……いや……それは……その……」


「……どうかしたの?」


「実はアルマがいなくなったんだ」


「えっ、アルマが?」


「うん、それで僕はアルマを探してこっちまで来たんだ」


「なるほど、そういうことだったのね」


「ヴィエナになにが起きたのかはなんとなく察しが付いたよ。だけど、そんなことよりいまはアルマの方が心配なんだ」


「わかったわ。私も手伝う――と言いたいところだけど、いまは手が離せなくて……」


「いや、いいよ。リズにも事情があるんだろうし、そっちに専念して」


「友達が困ってるのにそういうわけにはいかないわ……そうね。とりあえず、一緒に来てもらえるかしら?」


「来てって――いったいどこへ?」


「もちろん、魔法学校よ。いまシーデル先生が音頭を取って、水の魔法を使った消火活動を必死に行ってるところなの」


「消火活動? でも、街にはもう敵の兵士がたくさん攻め込んで来てるんじゃ……?」


「大丈夫よ。そっちには教会騎士団が全力で当たってるわ。残念なことに公国騎士団の方は半数が西国との合同演習に出かけてしまっているせいでいろいろと後手に回ってるようだけれど」


「もしかして、敵はそのスキを空いて攻めてきたの?」


「おそらくね。とにかく一緒にシーデル先生のところへ来て」


「わかったよ」



 僕はリズの言葉に従い、魔法学校へ行くことにした。



 道中、リズが魔法のほうきに相乗りさせてくれた。僕にとって初めての体験だったけど、とても楽しめる状況じゃない。

 アルマのことも、みんなやこのヴィエナのことも心配でそんな気分じゃなかった。



 魔法学校にたどり着くと空を大勢の生徒たちが飛び交っていた。

 左に右にと縦横無尽に駆け巡り、あちこちから避難民を誘導している模様。中にはけが人もいるみたいで、下方を見ると学生が校舎の片隅に建てられたテントで応急処置を施している。



 僕はリズのほうきから降りると、シーデルさんが駆け寄って出迎えてくれた。



「まあジュリアン君っ、無事だったのね」



「シーデルさんもご無事でなによりです――ところでこの状況はいったい……?」


「リズから聞いていると思うけど、水の魔法が使える者全員で消火活動に当たらせてるの。どうにも自警団や騎士団だけじゃ人手が足りなくて……」


「そうでしたか」


「ところでアルマさんは?」


「……あ、そうでした! こっちにアルマが来てませんか?」


「いいえ。もしかして、はぐれたの?」


「いや、はぐれたというよりいなくなったというか……。とにかく僕もそれを探しに来たんです」


「そうだったの。とはいえ、現状こんな有様だからアナタに手を貸してあげたいのは山々なんだけど……」


「ご心配なく。僕1人でも探します」


「探すってアテはあるの? それにいま1人で行動するなんて危険よ」


「だけど、そうも言ってられないんです。アルマが見つけられないとマルティンさんにも申し訳ないし」



 そうだ、なんとしても見つけなきゃならない。

 僕が決意をさらに堅めてシーデルさんと話し込んでいると、横からリズに話しかけられた。



「なら、私も手伝うわ!」


「え? でも、リズは街の消化を手伝うんじゃ……?」


「一緒に来てって言ったのは、ここにアルマが来てないかを確かめるためよ。それに私自身が手伝いたいから、それをシーデル先生に報告する意味もあったの――いいですよねっ、シーデル先生?」



 とシーデルさんに問いかけるリズ。

 脇から見ていると2人は師弟と言うより親子みたいだ。


 でも、そんな感想とは無関係にシーデルさんは狼狽している……いったいどうしてそんなに狼狽しているんだろう?



「……いけません! アナタにもし万が一何かあったら、お父様に申し訳が立たないわ」


「大丈夫です。私もそんな無茶をするつもりはありませんから」


「し、しかし……わたくしはアナタを預かっている身として」


「そのことはそのこと。このことはこのことです。必ず帰ってきますから」


「でも……」



 強気なリズの発言にシーデルさんは黙り込んじゃった。





 僕がその様子を脇から見ていると、不意に「公女殿下」という野太い声が聞こえてくる。





 とっさに「なんだろう?」と思い、後ろを振り返ると正門の方から鎧を着込んだ兵隊さんとおぼしき男性が馬に乗ってやってくるのが見えた。

 やがて、その男性は僕たちの前で馬を降りた。そんなことよりビックリしたのは、急にその男性がリズの前で跪いたことだ。


 ……って、どういうこと?



「大変ですっ、姫殿下! 敵軍が城内に押し入った模様です!」


「なんですってっ!? お父様は……お父様はどうなったの?」


「陛下は離宮に避難なされました。しかし、騎士団が敵兵力を押し返すことができず、このままでは陛下のお命が……」


「避難道は? どうして避難道を使わないのっ!?」


「それが…………」


「なに? ハッキリ言って!」


「何者かの工作によって、避難道の入り口がふさがれてしまっていたのです」


「なんですって……」



 うーん、なんか大変なことが起きているみたい……って、なんだこれ? なんかリズが物凄くエラい人みたいに見えるんだけど。


 僕はそのことが「思い違いなのでは?」と思いつつ、真相をリズに聞いてみることにした。



「あのぉ……お取り込みのところ悪いんだけど、リズはいったい……?」


「……ああ、ごめんなさい。先生にも言わない方がいいって言われてたから」


「だから、なにが……?」


「まあ状況が状況だけに仕方ないわね――あのね、ジュリアン。私の本名はリーザロッテ・マリアベル・フォン・アメルハウザーよ」


「アメルハウザー?――って、それ王族の名前じゃっ!?」


「そうよ。私は第2公女のリーザロッテなの」


「えええぇぇぇぇぇぇっ!?」



 ちょっとっ、急展開過ぎぃ! なにこれ? リズが公女様ってどういうこと……もうわけわかんないよ!


 そのせいですっかり頭が混乱しちゃった。

 でも、それを制しようとリズが語りかけてきた。



「落ち着いて、ジュリアンっ! 私が公女であろうとなかろうと、リズ・マーガレッタという少女が私自身であることに変わりはないの」


「で、でもそんな身分の人とタメ口で話してたなんて……いままでのご無礼、大変申し訳ありませんでした!」


「お願いだから、そんな謝らないで。いままで通りにして!」


「しかし、姫様と対等に話すなんて恐れ多いです……しかも、ド田舎の貴族が」


「いいからっ! とにかくいまは城のこととかアルマのことか心配なことがいくつもあるの。そっちを考えることが先決よ」


「ですが……」


「いい加減フツーにしてくれないと怒るわよ?」


「わ、わかりました――じゃあリズはいったいどうするつもりなの?」


「それをこれから考えるのよ」


「……あ、いまから考えるんだ」


「しょうがないじゃない? ジュリアンにそんなに驚かれるなんて思ってもみなかったんだから」


「そんなこと言われたって……」



 僕の方こそしょうがないよ。

 まさかリズが公女様だなんて思ってもみなかったわけだし……リズが驚く以前に僕がビックリだよ。


 そんな言い争いをしていると、突然横から男の人に話しかけられた。



「もしかして、そのアルマって子は敵が城に連れてきた女の子では?」


「……え? いまなんて?」


「ですから、敵の1人が女の子を抱えて城に入ってきたんです」


「えっ? ちょっと待って……」



 もしかして、もしかしなくても4回目?

 こういう時こそ、人質系ヒロインは輝く――やったね、アルマちゃん! 出番増えるよ!




 ……って、違ぁぁぁあああうっ!




 なにやってんのっ! どうしてそう何度も捕まっちゃうの、アルマっ!?

 僕はそのことに頭を痛めた。



「ど、どうかされたんですか……?」


「……あ、いや……なんというか……その……よく捕まるなぁ~と」


「は、はあ……?」


「まあ気にしないでください」



 うん、気にしちゃダメだ。

 とにかくいまはアルマを助けることが先決。


 その意味でリズにあるお願いをすることにした。



「ねえリズ。どうやら、僕もお城に行かなきゃ行けなくなったみたい」


「そのようね……どうするの?」


「もちろん、僕も行くよ。おそらくそこにアルマのお父さんであるマルティンさんもいるはず」


「わかったわ。ほうきで飛んでいくから、私の後ろに乗って」


「ありがとう、リズ」



 僕はリズの言葉に従って、ここへ来たときと同じようにほうきにまたがった。

 出先、シーデルさんから「気をつけていくのよ」と言われたので、僕は黙って返事をした。リズの方はというと、さっき来た兵隊さんになにかを指示しているようだった。



 それから、リズが颯爽と声を上げる。



「それじゃ行くわよ!」



 同時にほうきにまたがった僕たちの身体は宙に浮かび上がった。下をのぞき込むと、大きな魔法学校の校舎が地面から離れるごとに徐々に小さくなっていく――でも、それをゆっくり眺めているヒマはない。




 そのうち、ほうきがスイッと動き始める。




 僕たちはその推力に後押しされるように敵軍がなだれ込んだというお城へと急いだ。






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