ジュリアン、故郷に帰る?/其の弐
数刻してからのこと――
僕は落ち着きを取り戻した。
泣き腫れた顔はみっともなかったけど、代わりに得たモノは大きかった気がする……いや、なくなって清々したと言うべきかもしれない。
僕はエフィさんの胸元から離れ、ゆっくりと大きく深呼吸した。
それから、気を奮い立たせてエフィさんにお礼を言った。
「エフィさん、ありがとうございました。なんかお恥ずかしいところをお目にかけてしまったのは申し訳なかったですけど……」
「いいえ。ジュリアン君が立ち直るのにお役立てできてホントによかったです」
「あ、でも……。どうして、僕なんかのためにこうまでしてくれるんです? それにエフィさんはいったい何者なんですか?」
「……知りたいですか?」
「ええとっても……」
なんだかよくわからない展開になってきた。
僕のことを勇気づけてくれたのはいいけど、エフィさんはどうしてそうまでしてくれるのか。その理由がよくわからなかったし、なにより一時の感情だけでそうできるものじゃないと思った。
だから、その答えを求めた。
「わかりました……お答えしますね」
「……お願いします」
「まず1つめの答えですが――アナタがギラギラ輝いてまぶしかったというべきでしょうか?」
「……僕が輝いて……まぶしかった……ですか?」
「そうです。ジュリアン君はいろいろと問題すべきところもありますが、基本的にまっすぐで何事も真剣に取り組むところがあります。それでいて、多くの人とすぐに仲良くなれる魅力がありますし」
「そんな……過大評価しないでください」
「いいえ。むしろ、これは過小評価です。なにか問題があっても笑って許してもらえるのは、ジュリアン君がみんなに愛されてる証拠じゃないですか?」
「それはみんないい人たちばかりだから……」
「そのいい人たちに印象悪くするようなことを基本的にしないのがジュリアン君です――が、騎士になる夢の件では、あのセシルって子と仲違いしてしまったようですね」
「え……? っていうか、どうしてエフィさんはそこまで……」
「あらやだっ……これは先に私の身分を明かしておいた方がよさそうですね」
「それですよ。エフィさんはいったい何者なんですか?」
「う~ん、そうですねぇ……1つだけ明かすとするなら、某国のスパイと言ったところですかね」
「スパイっ!? じゃ、じゃあこの前僕が追いかけたのって、もしかして……」
いや、もしかして、もしかしない。
そもそもあの場でエフィさんとぶつかった時点で怪しむべきだったんだ。
そう。エフィさんこそ、あのときのスパイだったんだ。
僕はそのことに驚き、エフィさんに言葉の意味を確かめた。
「エフィさんがあのときのスパイだったんですかっ!?」
「ええ、お察しの通りです。私がジュリアン君に追いかけられてたんですよ」
「そうだったのかぁ~。じゃあエフィさんにぶつかったのも偶然じゃなかったんですね」
「あれも故意です。ジュリアン君ならきっととっさには判断できないだろうと思いまして……」
「だけど、どうしてそれを僕に簡単に明かすんですか? 普通なら『禁則事項です』とか言って隠すのに」
「フフッ……。私はそんな未来からやってきたんじゃありませんよ? まあジュリアン君に明かしたところでなんの害もないというのが結論ですから」
「……僕って、そんなに害のない人間に見えますか?」
「ええとっても――むしろ、このことを黙ってすらいてくれそうな気がします」
「つまり、『余計なことを言うと針で縫い合わすぞ』と……」
そのうち「ヤロウっ、ぶっ殺してやる!」とか脅されちゃいそう。
僕はほほえむエフィさんに対して、相反するように苦笑いを浮かべた。
「そうは言ってませんよ。でも、そうしてくれた方が私としてはうれしいです」
「……えっと、じゃあそうします」
「はいっ、お願いしますね。ところでさっきの話の続きですが――」
「あ、すっかり忘れてた……」
「まあ私がスパイだってことで、職業柄いろいろと観察する癖が付いてしまってるんです。それでその癖のせいもあって、ずっと影から見守っていたんですよ」
「そういうことだったんですか」
「ええ、そういうことだったんです。まああとはジュリアン君がどうするかによりますが」
「……僕がどうするか……ですか……?」
「そうです。アナタが今後ホントに故郷に帰って農夫になってしまうのか、はたまたまだ夢の続きを諦めずに叶えようとするのかをお聞きしたいんです」
「……それは……」
「ジュリアン君的にはどうしたいんです……? 私個人としては騎士になる夢を諦めずにいてほしいと思うのですが」
「エフィさんの気持ちは素直にうれしいです――でも、僕は……」
そう言ったとたん、僕は口をつぐんだ。
やっぱり、一度諦めたことを蒸し返すのはよくない。確かに悔しいのは事実だけど、もう一度ヤロウなんて都合がよすぎる……それにセシルやアルマになんて言ったらいいやら。
僕はそのことばかり頭の中で考えてしまった。
不意にエフィさんに名前を呼ばれる。
僕はそれに反応して、エフィさんの顔を見た。
「では、アナタの決意を堅いモノにするために少しばかり気持ちを高ぶらせる材料を用意しましょう」
「……気持ちを高ぶらせる材料?」
「後ろを見てください」
「え……?」
と言われて、僕は振り返った。
その先にあったモノ――それはまっすぐに立ち上る真っ黒な煙だった。
「え? え? え……?」
唐突な出来事に驚く僕。
いや、それ以上にその方角に驚かされた……なにせその方角にはさっきまでいたヴィエナの街があったからだ。
「どうして、ヴィエナが燃えてるんだ……」
「――気になります?」
「当たり前じゃないですかっ!」
「でも、あそこに戻ればアナタの中で揺らいでいる気持ちも再び夢を叶えるという方向に向かって行ってしまいますよ?」
「……それは……」
「それでもアナタは彼らを助けたいですか?」
「……みんなを……助ける……」
どうしたらいいんだろう。
いま戻っても役に立つ保証はない。それに戻ったら、エフィさんの言うとおり僕の心は再び騎士になりたい気持ちでいっぱいになってしまう。
僕は迷ったあげく、エフィさんの方を向き直った――が、エフィさんは僕の期待を裏切るようにゆっくりと首を振っていた。
「あとはアナタ次第ですよ、ジュリアン君。それでも親しかった人たちを助けたいと思うのなら、こお馬をお貸しします……まあ貸してしまった場合、私が後ろの彼に怒られてしまうのですが」
「えっ? じゃあそんなのお借りできないじゃないですか」
「それでも私はいいと言ってるんです。ジュリアン君がどうしたいかによって、私もこの馬を貸すかどうかを決めたいと思ってますので」
「僕は――」
「どうしますか……? ここでホントに夢を諦めて、おとなしく実家へお戻りになりますか?」
「…………」
「決めてください、ジュリアン君。いますべきことはなんなのか、もうアナタはわかってるはずです」
「……僕は……」
「僕は……?」
「僕は僕でありたいです! 大切な夢を諦めたくないっ――みんなを助けたいです!!」
心からの必死の叫びだった。
いや、そうしたいから僕はそうしたんだ。
元々、迷う必要なんてなかった。
僕はアルマやセシル、リズにマルティンさんにテレジアさん、みんなが大好きだ。だから、そうした人たちを助けたいと思うのは当たり前のことだし、きっと僕を助けてくれた騎士さまも同じことを思ってくれていたんだと思う。
そう思ったら、すぐにでもヴィエナに戻りたくなった。
「よく言えました。これで私は心置きなく本国に帰れます」
「エフィさん……」
「ジュリアン君、中途半端に夢を諦めちゃダメですよ。本気でやりたいと思うのなら、泥水すすってでも『もっと熱くなれよぉ~』って私は思いますけどね」
「……はい。短い間でしたけど、お世話になりました!」
と言って、僕に向かって頭を下げた。
それから、馬を譲り受けると騎乗してヴィエナへと急いだ。
……みんな待ってて! 必ず行くからっ!




