ジュリアンの失態/其の弐
それから、ちょっとして僕は立ち直った……というか、ヴェラさんがヘンなこと言うから、こんな事になったんじゃないか。
僕は不満を漏らしながらも、ヴェラさんに用件を尋ねた。
「――で、結局なにかご用だったんですか?」
「ああ、そうだったッス。2人の痴態を見せられて、チョビ忘れてたッス」
「煽ったのヴェラさんじゃないですか」
この人、反省するどころか開き直ってるよ。
しかも、いつもの開いているんだか、開いていないんだか、まったくわからない目で笑って誤魔化している。
……しっかりして欲しいな。
「隊長が『執務室の掃除をしておいて』と言ってたッス」
「……テレジアさんが?」
「ここんとこ隊長も会議やら貴族同士の集まりやらで忙しいみたいで、まともに片付けもできてないみたいッス。だから、ジュリっちに頼むよう言われてきたんスよ」
「わかりました。じゃあいますぐ執務室に行きますね」
「お願いッス。その間、ウチとセシルっちは新市街のあたりまで哨戒任務に言ってくるッスね」
「……哨戒任務? なにかあったんですか?」
「ジュリっちはこの前の森で起きた事件を覚えてるッスか?」
「ええまあ……。なにやら、怪しげな連中が森でなにかしてて、そこに僕らが出くわしたってアレですよね?」
「じゃあそこにいたノルベルト・エンゲラー子爵のことも覚えてるッスか?」
「……ノルベルト・エンゲラー?」
「靴屋の主人マルティンさんと顔見知りらしいと言ってた男の名前ッス」
「えっ? でもソイツの名前って確かロンデルス・モンシアじゃ……?」
いったいどういうこと?
確かに黒幕とおぼしき男があの場にいたのは事実だ……だけど、こうも名前が違っているなんて。
なにか裏があるのかもしれない。
「これはすでに隊に通達された話ッスけど、そのノルベルトって男はどうやら十数年前に貴族としての身分を取得したみたいなんスよ」
「貴族の身分を取得したって……そんなこと可能なんですか?」
「莫大な額の支度金を払ったうえに他国の王様の紹介状か大貴族の仲介があれば、この国の貴族として取り入れてもらうことは可能らしいッスよ」
「そうなんですか。でも、そんな男がどうしてファルナギアに?」
「さあ……? 目的は不明ッス。とにかく、よからぬことを企んでるのは事実ッスね」
「じゃあ早く捕まえないと……」
「まあその通りなんスけど。肝心の本人は湖の事件のあとに失踪しちゃったみたいで、公国騎士団の連中が屋敷に突入したときには、すでにモヌケの殻だったみたいッス」
「どこに行ったかわからないんですか?」
「わかんないッスねぇ……まっ、それを探るための哨戒任務ッス。実はもうチョビっとで居所が掴めそうなんッスよ」
「えっ、ホントですか……?」
「ホントッス。どうやら、ヴィエナのどこかに潜伏してるのは間違いないんッスよ」
「じゃあマルティンさんもそこに……」
ふといなくなったマルティンさんの顔が浮かぶ。
真剣なまなざしで靴を作っていたマルティンさん――未だに東レウルから亡命してきたなんて信じられないよ。
それにアルマのことだって……
僕はそれを思い返し、ヴェラさんに詳しい説明を求めた。
「どこに隠れてるか見当は付いているんですか?」
「……いやぁ~それがまったくなんッスよ」
「なんとか見つけられませんか? いまアルマが大変な状態で……」
「そういえば、そうだったッスね」
「早くマルティンさんを連れ戻して、アルマを安心させてあげたいんです。なんとか見つけることはできなんでしょうか?」
「そうしたいのは山々なんッスよ。でも、連中もなかなか賢いようで見つからないんッス」
「……そんな……」
このままじゃアルマが可哀想だ。
アルマは平静を装って市場で普通にパンを売っている。だけど、ホントはツラくて毎晩布団を被って泣いているんだよ。
その事実を知っているのは、たぶん僕1人だけ。
みんなには少し落ち込んでいるとだけ伝えてあるけど、ホントはどうにかしてあげたいんだ。
その気持ちをわかって欲しくて、僕はあることを頼んでみることにした。
「だったら、僕も連れてってくれませんか?」
「えっ、ジュリっちをッスか?」
「ダメ……ですか……?」
なんんとなく予想できた反応。
ヴェラさんは僕のことをまだ半人前だと思ってる。そのことに関しては、僕だって承知しているつもりだ。
でも、だからといって他人任せにもしたくない。いまのアルマの気持ちを考えたら、僕自身がなにか行動しなきゃいけない気もするよ。
はやる気持ちを抑え、ヴェラさんの回答を待つ。
ところが――
「ダメだ、オマエは連れてけない」
なぜか答えたのは、ヴェラさんではなくセシルの方だった。
しかも、にらみつけるような顔で僕を見ている。
僕はすぐにセシルを問いただした。
「どうしてっ!?」
「この任務は突然町中で戦闘になることだってあるんだ。いまのオマエの実力じゃ俺たちの足を引っ張るだけだぞ?」
「それはわかってるよ。けど、アルマのことを考えたら、居ても立ってもいられないんだ」
「気持ちはわかる。だが、これは遊びじゃねえ。半人前のオマエを連れてってケガでもされたら、いったい誰が責任を取るって言うんだ?」
「そのなの僕の自己責任に決まってるじゃないか――だから、お願い!」
「ダメだ」
「頼むよ、セシル!」
「いくらオマエでもこればかりは聞いてやれねえよ……それにオマエの身も心配だしな」
「心配してくれるのはうれしいよ。でも――」
……それでもアルマが心配だ!
そう言おうと思った。
だけど、その言葉が出るより早くヴェラさんになだめられてしまった。
「今回ばかりはセシルっちの言うことはもっともッス」
「ヴェラさんまで……」
「ジュリっちはなんか焦りすぎなッス。いまの状態ではとても連れてけないッスね」
「そりゃそうですよ。アーベルの家じゃマルティンさんがいなくなって、アルマは悲しんでるんです。それを放っておけるわけないじゃないですか」
「まあ確かにアルマっちのことは、チョビじゃ済まないぐらい心配ッスね」
「そう思うんでしたら、僕も一緒に――」
「ダメッス!」
「ヴェラさんっ!」
ああもうっ! どうして2人とも頼みを聞いてくれないかなぁ~。
こんなにも頼み込んでるのに連れてってくれないなんて……家に帰ってどうアルマに顔向けしたらいいんだ。
さらに僕は食らい付いた。
「お願いです! アルマのためにもなんとか連れてってください!」
その言葉をどう思ったのだろう?
僕の前で2人は顔を見合わせていた。
もしかしたら、折れてくれるかもしれない――そんな淡い期待を抱いていたが、すぐにセシルが首を振って答えたため結果はすぐにわかった。
「ジュリっちの気持ちは痛いほどわかるッス」
「だったら、いいじゃないですか」
「よくないッス。その代わりジュリっちの気持ちをウチに預けるってことにしてくれないッスか?」
「僕の気持ちをヴェラさんに……?」
「そうッス。アルマっちが心配なのは、ウチもおんなじッス。だから、ここはウチがジュリっちの分までガンバるってことで納得して欲しいんッスよ」
「…………」
そう言われて、僕はただ黙るしかなかった。
なにがなんでも言ってやる――はじめはそう意気込んでたけど、ヴェラさんに「気持ちを預けろ」って言われてちょっと考えちゃった。
ヴェラさんは頼りにもしてくれるし、いろいろ気を遣ってもくれる。いい意味での騎士としての先輩だから、逆に頼まれちゃったら断りづらい。
迷ったあげく、僕は1つの決断を下すことにした。
「――わかりました。ヴェラさんにお任せします」
「すまないッスね。いまのジュリっちを連れてっても足を引っ張るのは事実ッスから」
「いえ、そのことはわかってたつもりだったんです……でも、それ以上にアルマのことが気がかりだったから」
「んまあ、ウチがなんとか連れ戻してくるッス。だから、ジュリっちは信じて待ってて欲しいッス」
「お願いします。必ずマルティンさんを連れ帰ってください!」
と言って頭を下げる。
すると、ヴェラさんの「任せるッス」という声が聞こえてきた。僕は顔を上げると、ヴェラさんの顔を一度見て、再び頭を下げて感謝の言葉を述べた。
それから、2人は哨戒任務に向かった。
残された僕はテレジアさんに任された仕事をこなすことにして、所内にあるテレジアさんの執務室に向かった。
「あら? ジュリアン君じゃない?」
執務室では、ロッテさんが本棚から本を取り出そうとしていた。
なにか調べ物を仕様としていたらしく、ほかに2冊の本を手にしている。
「なにか調べ物ですか?」
「ええ、ちょっと過去の哨戒記録をね」
「もしかして、ヴェラさんが新市街に行ったのとなにか関係があるんですか?」
「うーん、関係があるっちゃあるんだけど……」
「あるんだけど?」
「ジュリアン君にはベラベラと喋っちゃダメって言われてるの――ゴメンね」
「……あ、いえ。そう言うことなら仕方ないですね」
「ホントは私も教えてはあげたいんだけど、隊長命令ではどうしようもなくて」
「は、はあ……」
「でも、まあすぐに問題は解決するわ。だから、安心して」
「わかりました――ところで部屋の掃除をするように頼まれたんですけど」
「ああ、さっき隊長がヴェラに言ってたヤツね。話は聞いてるから、極力重要書類に目を通さないようにしてパパッと片付けちゃってちょうだい」
「え~っと、チラリと見ちゃった場合は――」
「忘れてちょうだい。まあジュリアン君も騎士になろうっていう身なら、それがどういう意味かはわかるわよね?」
「アハハハ……」
うーん、ちょっと怖い。
ロッテさんの言ってることは「バラしたら死刑」って言ってるようなモノだ。バラすような真似はしないけど、なにかあってからでは遅いよなぁ~。
まあ肝に銘じておこっと。
「じゃあ掃除はお願いね。私は隊長に頼まれた案件を調べなきゃいけないから」
と言って、ロッテさんが部屋を出て行く。
僕はロッテさんの背中を見送り、さっそく部屋の片付けを開始した。




