ジュリアンの失態/其の壱
「踏み込みが甘いっ! もっと俺ののど元を切り裂く勢いで来てみろ!」
とセシルからゲキが飛ぶ。
……なにしてるかって?
もちろん、剣術の訓練さ――本来ならヴェラさんが僕の指南役なんだけど、どういうわけか最近になってセシルが僕の先生になった。
「いいか? オマエは我流過ぎて剣の振り方が雑なんだ。俺がきちんと正しい型と剣の扱い方を教えてやるからしっかり学べよ」
「うん、いいけど……。でも、どうして急に教えるなんて言い出したの?」
「べ、別に深い意味はねえよ。オマエが弱すぎると俺も気が気じゃねえからな……」
「僕の弱さって、そんなに気にすること?」
「そうじゃねえよ。ただ単純に俺はだな――」
「あっ、わかった! 僕が強くなくっちゃ張り合いがないってことだね!」
「え? あ、ううんまあ……」
「だよねぇ~。この前、君とお互いを守るって約束したもんね」
「……そ、そうだな」
「そういうことなら、僕も一生懸命頑張るよ」
な~んて、会話をしたのが始まり。
でも、そのときセシルの顔が赤かったのはなんでだろ……? まるで何かが恥ずかしいみたいな顔つきだったけど、風邪でも引いてたのかな。
ともあれ、そうした経緯から現在特訓中。
なにやらセシルも張り切ってるみたいだし、僕も頑張らないとね。
僕は言われたとおり利き足を強く踏み込んで、剣をセシルののど元に切り裂く勢いで横からなぎ払った。
とっさに僕の剣がセシルの剣にぶつかる。
鋼の刃が鈍い音を立て、つばぜり合いとなる。
こうしてせめぎ合ってるとセシルがとても女の子だなんて思えない。むしろ、ホントは男なんじゃないかというぐらいのパワーを感じる。
なにかコツがあるんだとは思う。
でも、それについてセシルは「考えるんじゃない、感じろ」と言って一切の説明をしてくれなかった。それゆえに何度もセシルとぶつかって、僕はコツを身体で覚えることとなった。
「――前よりも良くなってるな……」
「ふふんっ、毎日鍛えられてますから!」
「それを教えてるのが誰なのかも忘れるなよ?」
「わかってるよ。けど、僕の目標はあくまでも君を倒すことっ!」
そう言って、セシルの剣を払いのける。
僕は一瞬の隙を突いて、ふところに飛び込んだ――が、それより素早くセシルの剣が鼻先に突きつけられた。
とたんに僕は動くのを止めて、剣をゆっくりと下ろした。
「あぁっ惜しい~。もうちょいだったのに……」
「いまのはなかなかだったな。俺もあと少しで頸元を掻き切られるところだったぞ」
「う~ん、どうしてあと少しってところで勝てないのかなぁ~?」
「オマエの場合、元の剣の扱い方が雑だったんだ。そこから少しずつ修正してきて、いまの状態になった。そう考えれば、かなりマシになったと思うぞ」
「……そう?」
「ああ、もちろんだ。教えてる俺が言うんだから間違いない」
「セシルが言うなら、そうなのかもしれないけど……」
「なんだ? もしかして、俺の教え方が悪いとか言うんじゃねえだろうな?」
「そうじゃないよ。ただなんというか……こう必殺技みたいなのがあったらなぁ~と」
「はぁっ!? 必殺技だぁ~?」
「な、なんだよっ!」
「オマエなぁ~」
「……ダメ?」
「せめて基本をもっとしっかりさせてからにしろよ」
「確かにセシルの言わんとしてることはわかるけどさ。必殺技ってロマンじゃん!」
「なにがロマンだよ。そんなんで勝てたら苦労はしないぜ?」
「あっ、いま馬鹿にしたね……?」
「してねえよ。ただ基本を通り越して、応用っぽいことやろうとしても無駄だって言いたいんだ」
「わかってるって。でも、ちょっとだけ試し打ちしたいなぁ~」
「構わんが、アッサリかわされて使わなくなるオチが目に見えてるぞ?」
「ふふんっ、そう言ってられるのもいまのウチだよぉ~」
なんたって、この必殺技はリズにも協力してもらって生み出した技なんだから。
どんな技かって?
まあ見てのお楽しみ――と言いたいところだけど、ちょっとだけ明かすならば剣に魔力を込めて撃ち放つ技なんだ。
実は前にリズに冗談半分に魔法を教えてもらった際、偶然発動してしまったってことがあった。僕もよくわかんなかったんだけど、リズ曰く「才能があるかもしれない」ということらしい。
ともかく、僕は自分に魔法の素質があるってことを知ったんだ。それと同時に剣術への転用できないかを思いついた。
そうしてできあがった必殺技――さてさて、試し打ちと行きますかっ!
僕は遠くからセシルに合図を出して駆け出した。
段々とセシルへと近づいていく。それに併せて左手で剣を逆手持ちし、僕は魔力をそこに集めた。
とっさに技の名前を叫ぶ。
「アバ――」
だけど、不意に地面に引っかけてしまったせいで必殺技を繰り出せなかった。それどころか、僕はバランスを崩して倒れ込みそうになった。
慌てて体勢を立て直そうとする――が、時すでに遅し。
気付いたときには、セシルに覆い被さっていた。
「ゴ、ゴメン!」
「……あ……いや……」
「ちょっと待って退くから」
どうしよう、もの凄く気まずいよ。
セシルも突然のことに戸惑ってるようだし、またなにを言われるか堪ったもんじゃない……早く身体を退けないと。
僕は剣を横に置いて、身体を起こそうとした。
「おーい、二人ともガンバってるッスかぁ~?」
ところが唐突にそんな声が聞こえてくる。
振り返ってみると、いつの間にかヴェラさんがコップらしきモノを2つ持ってやってきていた。
……って、この状況まずくない?
しかも、ヴェラさんは僕らを見たとたんに手に持ってたコップを落としちゃってるし。
「――あ、あの。これは誤解なんです!」
おまけに僕も起き上がって、おもわず大声で説明する始末……マズったなぁ~。
「……ジュリっち……まさかそんな趣味があっただなんて……」
「誤解です! 僕は男に興味なんか――」
「いいんッスよ。チョビどころか、この国ではぜんぜんオッケーッス」
「ですから、誤解ですってば!」
ああもうっ、どうしたらいいんだよぉ! 完全に誤解されちゃってるじゃないか!
僕はすぐさまセシルに助力を求めた。
「セシルもなんか言ってあげて!」
「……お、俺は別にオマエさえよければどうでも――」
「ちょっと、セシル……? なに、その発言?」
「いいぜ……。オマエが望むなら、俺はなんだってしてやる」
「やめてぇぇぇえええっ! 余計誤解が広がっちゃうよ!」
ダメだ、コイツ早く何とかしないと。
しかも、なんか紅潮して顔を背けながら目を閉じてるし……これって、あれだよね? キスを求めてるとかそんなヤツだよね?
とかなんとか考えてるうちにヴェラさんが騒ぎ始めた。
「アァーっ、二人とも末永くお幸せに!」
「幸せじゃないですよぉぉぉっ! むしろ、不幸ですよ!」
「そんなに照れなくても大丈夫ッス。きっと主も二人の関係を理解してくれるッスよ!」
「いやだぁ~!」
「ジュリっち、ファイトッス~!」
「僕は男と結ばれるなんてぜんぜん無いんだぁぁああ――って、あれ?」
……待てよ。よく考えたら、セシルって女の子じゃん。ということは、その事実ってヴェラさんは知ってるってこと?
僕はとっさに思い立ったことをぶつけてみた。
「あ、あのヴェラさん……」
「なんッスかぁ~?」
「実はセシルが女の子だって知ってました……?」
「うん、知ってるッスよ」
「…………」
「それがどうしたッスか?」
「……………………………………ヒドい」
僕は涙目になって、その場にうなだれましたとさ。
騙されちゃった!




