市場にて/其の弐
……え? ちょっとなに?
驚く暇もなく、徐々に近づいてくる女の子。
しかも、よく見るとほうきらしきモノに乗っているじゃないか。
「親方、空から女の子がぁ~」
なんて言うべきなんだろうけど、いまはそういう状況じゃない。
このままだと真っ正面からごっつんこだよ。
僕はその意味に気づいて、慌てて避けようと試みた――が、そのときにはもう遅かったみたいで、落下してきた女の子とぶつかったらしかった。
おかげで前後の記憶が飛んで、軽く意識を奪われた。
それから、すぐに目を開けて現状を確かめようとしたけど、とたんにズキズキとした痛みに襲われてそれどころじゃなかった。
わずかに間を置いて僕は目を開いた。
そしたら、仰天ビックリ。
目の前に女の子の顔があるじゃないか。さらに言えば、女の子はまったく知らない子で僕に馬乗りになってじっと見つめていたんだ。
ツバの幅が広い先の折れたとんがり帽子の間から垂れるアイリスの花のような色をした長い髪はとてもいい匂いがする。ほほを赤らめて僕を見る瞳は、全体が幅広で横に長く末端の目尻が鋭角を描いていた。
「うっ……うわっ……」
なにより、ホントにくっつくんじゃない勝手ぐらい間近に顔がある。当然、脳が「ユーさ、キスしちゃいなよ」なんて言い出すから抑えるのが大変だった。
でも、僕にそんな勇気はない――というか、そんなの恥ずかしすぎて無理だよぉ~。
なので、現在身体は絶賛硬化中。
右の方から「ジュリアン、大丈夫?」なんてアルマの声が聞こえてきたけど、いまはそれどころじゃない。
……この状況はどうしたらいいんだろ?
僕は考えることもままならず、その場で固まり続けた。
そんなとき、急にことが動き出した。
唐突に女の子が上半身を起こしたまま、あり得ない速度で僕の足先をスルリと抜けて、下方面へ逃げていったんだ。すぐにそれを見て、もしかして勘違いを起されたんじゃないかと思った。
なぜかって? だって、明らかに女の子は胸を両手で隠して、僕を警戒してるみたいなんだもん。
とにかく弁明はしといた方がいいかも……
「ご、誤解だよ……? 僕そんなことしないよ」
その言葉に女の子の反応はなし。
むしろ、睥睨したままこちらを警戒している。どうにか誤解をというにも、そう警戒されちゃ解けるモノも解けそうにないよ。
やむをえまい……ここは1つアルマの力を借りるとしよう。
僕はすぐさま近づいてきたアルマに助力を求めた。
「ねえアルマ。いまの見てたでしょ?」
「見てたってなにが?」
「え?」
「私、ジュリアンがその子に乱暴しようとしたところしか見てないわよ」
「ちょっとっ! さっき僕を心配するような発言したよね? しかも、内容が乱暴したことにすり替わってるよねっ!?」
おもわずつっこむ。
というか、なんでアルマは助けてくれないの? あまつさえ、追い打ちを掛けるように「そんなの知らないわよ」とか言い出す始末。
なんだかギャングの親玉の勧誘に悩まされる町娘の気分だよ。
僕は深くため息をついて嘆いた。
しかし、さすがのアルマもそんな僕の姿を見て懲りたのだろう。突然「冗談よ」とまるでいままで悪意がなかったかのような笑顔で身体を起こすのを手伝ってくれた。
……うん、間違いなく悪意あったよね。
それから、アルマは警戒する女の子の元へ行き、まるで優しい母親のように手をさしのべた。
「いまの話は冗談だからね。ジュリアンはたまたまアナタが飛んできたところへ下敷きになっただけよ」
とアルマが言う。
すると、女の子は「ホント?」と聞いてきた。当然、アルマは「ホント」と答えを返して、僕のみの潔白を証言してくれた。
……これで嘘なんて言ったら、一生恨んでやる。
「じゃあ結果的にあの子は私を助けてくれたの?」
「うん、まあ偶然にもね。でも、ジュリアンにはアナタをどうこうするような度胸はないから安心して。なんたって、童貞くんだから!」
「ハッキリ言わないでよ! というか、どうしてアルマがそんなこと知ってるのっ!?」
あまりの発言につい割り込んじゃった。
……あ、でも認めるようなことを言ったのは失敗だったかも。
僕はそんなことを思いながらも女の子からの誤解が解けたことに安堵した。