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我が主(マスター)に剣の誓いを  作者: 丸尾累児
第三章「騎士になれなかった騎士」
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2人の約束/其の弐


 それから、わずかしてからのこと。




 僕たちは脱衣所で互いに背を向けて話し合った。



「ねえ、なんで隠してたの?」


「…………」


「言いたくないなら、別にいいけど。でも、極力なら話して欲しいかな?」


「女だと舐められると思ったからだ……」


「舐められる?」



 どうしてそんな風に思ったんだろう?



 背中越しに伝わるセシルの雰囲気はどこか思い詰めているように思える。




 僕は次の言葉を待った。



「もしオマエは俺が最初から女だと明かしていたら笑ったりしたか?」


「しないよ。僕は立派に戦う人をむしろ尊敬する」


「……尊敬か。オマエみたいに言ってくれるヤツがもっといてくれたら良かったのにな」


「なんでそんなこと言うの?」


「ここに来る前、俺は公国騎士団にいたんだ」


「えっ、公国騎士団に?」



 意外だ――いや、でもセシルが男である以上、公国騎士団にいてもおかしくない。

 むしろ、女ばかりの白薔薇騎士団にいる方がおかしいんじゃないか。



 僕はなんでそのことに気付かなかったんだろう。



「俺の家は昔から西国の王家に仕える騎士を何人も輩出してきた一族なんだ。ところが直系だった曾祖父が自由になりたいがために勝手に出奔してヴィエナに流れ着いた。それから、祖父、親父と男の騎士としての代は続いたけど、親父が戦争で早々に死んじまって跡を継げる人間が俺しかいなくなったんだ」


「ほかの親戚とか兄弟は?」


「いねえよ。さっきも言ったが、俺の一族は西国の王家に仕えた一族だ。大元の一族に『養子をくれ』なんて言えるわけねえだろ」


「だよね……」


「お袋も身体が弱かったし、その薬代を稼ぐにはどうしても騎士になって貴族の体面を保つ必要があった。俺には商売の才能もなかったし、女として華やかな社交界で男を相手するのも我慢ならなかった」


「だから、男装して騎士を目指そうって思ったのか」


「……ああ、オマエとは大違いだろ?」


「でも、セシルらしい」


「……俺……らしい……?」


「うん、そうだよ」



 なぜなら、その理由はセシルの性格から読み取れたからだ。




 セシルは強情っ張りで意固地でどうしようもないぐらいムカつくヤツだけど、僕が見ても人一倍頑張ってるってことはわかる。そんなセシルが騎士を目指した理由を聞いて、それがセシルらしいと思わないわけが無いじゃないか。




 だから、僕はセシルに言ってやった。




「君は自分にも他人にも辛辣に当たってきたんだろ? それは家のために身を焦がすつもりだったからでしょ?」


「確かにその通りだ。だけど、それが俺らしいってのはどういうことだ?」


「つまり、君はそうした目の前にあることに縛られて、それしかできなくなっちゃうタイプだってことさ」


「なんだそりゃ……? 俺を馬鹿にしてるのか?」


「違うよ。そのことに対して、徹底的に昇華しようとするタイプでもあるんだよ。確かにそれしかできないことは悪いことかもしれない。でも、逆を言えば突き詰めて良くしていくこともできるってことじゃないかな?」


「……突き詰めて……良くする……か」


「あ、でも。それだったら公国騎士団でもできたはずだよね――――なんで?」


「…………」


「なんか公国騎士団であった?」


「――バレたんだ」


「……え?」


「女だってバレたんだ」


「ウソっ!?」



 じゃあつまりセシルがいまこの場にいるのは女だってことがバレたからってこと?


 僕はその疑問にいたり、セシルがいかにして公国騎士団を追い出されたかのかを想像してみた。



 しかし、それは僕の想像以上にセシルの言葉が物語った。



「ある日、いつものように人目を避けて着替えをしていたところへ以前から俺が女なんじゃないかと疑っていた先任の騎士たちがやってきたんだ」


「……まさか……それって……」


「あとのことはオマエでも想像付くだろ……?」


「……止めてよ……そんなことって……」



 なんだよ、僕の目指してた公国騎士団って――それじゃあセシルが逃げるように退団しても文句が言えないじゃないか。




 とっさに腹が立ってしょうがなかった。




 僕の夢、僕の目指してきた場所、理想だと思ってた騎士団の像……全部、全部ぶっ壊れちゃったよ。

 そう思ったら、胸が悔しさでいっぱいになって目から涙が出た。



「え、オマエ泣いてるのか?」



 とたんにセシルが僕に聞いてくる。



 見えないせいかもしれない。ただ僕がすすり泣いていることに気付いて、セシルは声を掛けてきただけのように思える。



 それでも、僕は現実を見て悔しかった。



「だって、君はヒドい仕打ちを受けたんだよ? 僕が理想と思ってた騎士団がそんな場所じゃないってわかっちゃったんだよ?」


「それはそうだ。だって、騎士団はオマエが思っている以上に腐敗してるんだ。オマエがなにでそう思ったのかは知らないが、ホントの騎士と言える人間は限られた人数しかいなかったぜ」


「だからって、君が被害を被るなんて……」


「……優しいな……オマエは……」


「え? いまなんて……?」


「……なんでもねえよ」



 ホントにセシルはなんて言ったんだろ?


 僕はそれが気になり、もう1回問おうとしたら怒られちゃった。まるで照れ隠しをしてるみたいだったけど、セシルはそれっきりなんにも言わなくなった。



 だけど、僕はホントのセシルが知れてうれしい。



 さんざん自分の夢を否定されてムカッとしてたのは間違いないよ。でも、それ以上にセシルは苦労して夢をつかんでいたんだ……それを知れただけで、僕が見ていた現実がいかに甘かったかを認識することができた。


 そのうえで、僕はセシルにどうしても言いたいことができた。



「ねえセシル」


「なんだ?」


「僕たちは産まれた場所も、育った環境も違うけど、同じ夢に向かって走ってると思わない?」


「……かもな。ただし、俺の方が何十歩も先をリードしてるけど」


「相変わらずだなぁ~。でも、僕だってそのうち追いつくんだからね?」


「言ってろ。絶対に俺はオマエに追い抜かれてやるつもりはない」


「じゃあ競争だね……?」


「ああ、競争だ」


「とりあえず、僕が正式に騎士になれたら祝ってよ」


「はぁ? なんで俺がオマエの叙勲を祝わなきゃなんねえんだよ?」


「いいじゃん、減るもんでもないんだし」


「……まあ特別に祝ってやる……」


「やった! ありがと、セシル」


「れ、礼を言われるほどでもない……ただ単純に仲間だしな」


「うん、僕たちは仲間だ」


「だから、オマエが騎士になったら俺が背中を守ってやる」


「じゃあ僕は君の前に立って守ってあげるね」


「な……っ!?」


「へ? どうしたの……?」



 振り向くとセシルの横顔が赤くなっていた。

 なぜだかはよくわからなかったけど、セシルはさっきよりも照れているように思える。



「オマエさ、よく平気で恥ずかしいこと言えるな?」


「そんなにヘンなこといったつもりはないけど……?」


「はぁ……」


「な、なんだよ?」


「……別に。オマエの天然さには呆れてモノが言えないと思ってな」


「ムムッ、君はまた僕を怒らせたいの?」



 なんだよ、せっかく友達になれたと思ったのに……



 結局、セシルのそういうところが僕は嫌いなんだ。

 だけど、今日のこの出来事でいいところもあるんだと気付かされた。それはセシルのホントのところを見れたおかげかもしれない。



 とっさにセシルが振り返って手を差し出す。



「なにこれ……?」


「約束の握手だ」


「……約束って?」


「これからお互いに支え合って騎士として生きていく約束だ。その……なんだ。オマエが望むなら、ずっと背中を守ってやらないこともないぜ?」


「よくわからないけど、僕と一緒に仲良くやっていきたい」


「ああ、俺もだ」


「じゃあ改めてよろしくね、セシル」



 こうして、僕とセシルは友達になった。



 出会ったときは、そりゃ最低最悪だったけれども性別を偽らなきゃいけないという事情を知ってお互い仲良く慣れた気がする。





 いや、この際性別は関係ない――同じ夢を持つ仲間なんだ。





 僕はそうした仲間ができたうれしさをかみしめつつ、差し出されたセシルの手をしっかりと握りしめた。






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