2人の約束/其の壱
「――廊下の掃除終了っと」
ただいま清掃中……と言っても、ディートリッヒ家のメイドさんと一緒に分担してだけどね。
僕が白薔薇騎士団に入隊して1ヶ月が経った。
さすがに1ヶ月も経過すれば、どこになにがあるとか、どういう人たちがいるとかわかるようになってきた。さらにヴェラさんやロッテさんの指導のもと、剣術の稽古をいちから学んでいる。いちからというのは、どうも僕のが我流過ぎていろいろと意味不明な攻撃パターンが多かったらしいから。
「それでよく戦えたッスねぇ~」
そうヴェラさんには呆れ返られてしまったけど、筋だけは良かったみたい。
徐々に学んで行くにつれて褒められる回数も増えてきたよ。
「この調子でいけば、あのセシルにだって勝てるわよ!」
なんてロッテさんに言われたときはうれしかったなぁ……よぉ~し、もっと気合い入れて剣術をマスターしてやるぞぉ~!
そんなことを考えながら、今日はあちこちを清掃中。
ホントは稽古に励みたいけど、残念なことにヴェラさんもロッテさんも外出中――相手をしてくれそうな人はテレジアさんぐらいなんだけど、どうも執務室に籠もって重要な書類に目を通してるみたい。
残りはセシルだけ――――いや、ないない。
アイツは僕のことを馬鹿にしてるし、僕にとっても最大のライバルだ。そんなヤツに稽古を頼むなんてありえないよ。
それに倒す相手に手のうちを明かすなんて、ホントの馬鹿としか言いようがないもん。
というわけで、今日は所内の清掃やったり、お屋敷に行ってクララと遊んだりするんだ……さてさて、浴室の掃除でもするかな。
僕は所内に備えられた浴室へと向かった。
さすが唯一無二の女性の騎士団ということだろうか。
この屯所には入浴場がある。
湯は魔法を使って、水と火で沸かしたモノで魔法が使える専属のメイドさんに頼めば入れてもらえるらしい。とはいえ、女性が使用するところを男が掃除していいのかってことにはやや問題があるんだけどね。
……いやいや、他意はなくとも掃除しないわけにはいかないじゃない?
鼻歌を口ずさみながら、脱衣所へと入る。
そこから、扉を開けて浴場へと向かう――が、なぜか浴場は一面真っ白な煙に包まれていた。
「あれ? 確か使われてないときは湯気なんて出ないはずなんだけど……」
そもそもお湯すら出ないはずだ。
なのに、煙っぽくなってるってことは誰か入ってるのかな……?
僕は入浴しているのが女性ではないかという気まずさを感じつつ、浴室に向かって大きな声で呼びかけてみた。
「誰かいるの~?」
「そ、その声は……ジュリアンか?」
「もしかして、セシル……?」
なんだ、セシルだったのかぁ~。
てっきり執務室に籠もってるはずのテレジアさんが入ってるのかとドキドキしちゃったよ。そうとわかれば、男同士だし掃除しちゃってもいいよね。
僕は一言セシルに断って、浴室内の清掃を開始することにした。
「ちょっといまから室内の掃除をするけど、気にしないでゆっくり入ってて――」
「で、出てけっ!」
「え?」
なにを言ってんの、セシルは?
別に男同士なのに減るモノなんかないじゃん。にもかかわらず、激昂して石鹸らしき物体を投げつけてくる……いったいどういうなってんの?
ワケがわからず理由を問いただす。
「なんだよ! いったい僕がなにしたっていうんだよ?」
「うるさいっ! いいから出てけっ!」
「理由ぐらい教えてくれたっていいじゃないかっ!?」
「出てけって言ってんだろ!」
やれやれ、なにを恥ずかしがってるんだ?
まあいいや……とりあえず、先に脱衣所の掃除でもやっちゃおうっと。
僕は浴室を出て、脱衣所に戻った。
「――さてっと。なにから始めようかなぁ~?」
とりあえず、邪魔なモノがないか確認して……って、ありゃなんだ?
ふと目線の先にカゴに入れられた衣服の山があることに気付く。
どうやら、浴室にいるセシルの衣服らしい。
僕はカゴの前まで行き、セシルの衣服を手に取った。
木綿でできた稽古着に純綿製のキュロット――それら脱ぎ捨てられたモノからセシルが稽古で流した汗を拭いに来たことは容易に想像できる。
「……って、男の衣服に興味なんかないんだけど」
汚いなぁ……おもわず手に取っちゃったじゃないか。
僕は手にしたセシルの稽古着をカゴの中に戻そうとした――が、それとは別にカゴの中に白桃色の下着があることに気付いた。
しかも、上下1セット揃ってる。
上はだいたいDカップぐらいありそうな大きめのサイズのブラで、下は愛らしいフリルの付いた純綿製の履き心地の良さそうなパンツ。
そうそう。僕もこんな感じなの履いてる……って、これ女物だよね?
妙な違和感から手に取って観察してみる。
「……なんでこんなモノがセシルのカゴに入ってるんだ?」
僕はその答えを得ようと考えを巡らせた。
ところが無意識に手を顎のあたりに添えようとした瞬間、誤ってパンツを落としちゃった。すぐに屈んで拾おうとしたんだけど、とっさになにかが重くのし掛かって身動きがとれなくなった。
「イタタタ……」
思いっきり腕を床に打ち付けたせいで、肘から手に掛けて部分が全体的に痛い。
おまけに背中越しに『プニュプニュ~』とした軟らかいモノまである……「今日はいったいなんなんだ?」なんて思ってたら、唐突にセシルの声が聞こえてきた。
「か、返せっ!」
「あれ? その声はセシル……?」
ということは、後ろに乗っかってるのはセシルなのか。
……にしても、なんでセシルの胸ってなんでこんなに軟らかいんだろう?
僕はその真偽を確かめるべく、セシルを退けて起き上がろうとした――が、なぜかセシルに顔を押さえつけられてしまった。
力押しで起き上がろうとしたけど、全力で動きを封じられちゃった。しかも、そのたびに背中にプニプニしたモノが当たってこそばゆい感じがする。
……いや、なんか気持ちいいのも事実なんだけどね。
セシルが怒ったような声色で僕に話しかけてくる。
「――いいか? 絶対にこっち見るなよっ!?」
「えっ、どうして?」
「いいからなんでもだ! 絶対に見るんじゃねえぞ?」
「ヤダよ。どうして君にそんなことされなきゃいけないんだ」
「俺の話を聞け!」
「むぅ……」
こう抑え付けられちゃったんじゃ真偽の確かめようがないよ。
僕は強引にセシルの腕を取って、背中に乗せるようにして半身を起こした。すると、とたんに背中にあったプニプニしたモノがなくなり、僕は自由に身動きが取れるようになった。
「あれ? セシルは……?」
とっさに気付いて、後ろを振り返る。
すると、そこにはいつもの憎たらしい顔つきにあるはずのないたわわな2つの乳房が実っていた。
「え……っ!?」
僕はおもわずキョトーンとしてしまった。
だって、ずっと男だと思っていたの子が『残念っ、実は女の子でしたぁ~』なんておっぱいという名の証明書付きで真実を突きつけられたら、ビックリするに決まってるじゃないか。
……って、女の子?
「え"え"え"え"え"え"ぇぇぇええ~っ!?」
え、まさかセシルが女の子? どういうこと……?
もしかして、僕からかわれるの?
思わぬ状況に思考が停止する……というか、どうしてこんなことになっちゃってるの?
「……え~っと……えっと、えっと、えっと……」
落ち着けぇ~、僕よ。
とりあえず、セシルに事情を確かめるんだ。
僕は目を閉じて横たわるセシルの頬に触れ、その安否を確かめた。
「……柔らかくて……スベスベ……」
じゃなぁ~~~いっ!
こんなことしてる場合じゃないよ!
とにかくセシルを起こして、ことの真相を確かめないとダメじゃないか。
僕は後ろにあったセシルの稽古着を裸体にかぶせ、今度はセシルの頬を軽く数回ひっぱたいて起こしてみた。
すると、セシルはすぐに目を覚ました。
「うっ……」
「セシル、気がついた……?」
「俺はいったい……キャッ!」
「あっ! ゴメン、裸だったから稽古着かぶせといた」
と言った瞬間、セシルが脱兎のごとく3メートル後方に身を退く。
そして、敵意をむき出しの犬のように僕を睥睨し続けていた。
……いやまあ女の子なのだから、男に裸体を見られるのはイヤなんだろうけどさ。敵意をむき出しにするのもどうかと思うよ。
僕はなだめようとセシルに優しく言葉を掛けた。
「な、なにもしないよ。セシルの裸を見ちゃったのは、ただの偶然で僕は無害な男なんだ」
「ウソをつけっ! そう言って、俺に襲いかかる気だったんだろっ!?」
「そんなことしないってば。ちゃんと約束もする」
「……ホントか?」
「ホントだって。この前みたいなウソはつかないから安心して!」
う~ん、こりゃなだめるのも大変だ。
かと言って、このまま誤解させとくわけにもいかないし。
僕は後ろから衣類が入ったカゴを手にとって、セシルの前に差し出した。すると、セシルは応じるようにカゴを受け取ってくれた。
ようやく僕の言葉を信じてくれたらしい。
すぐに後ろを向き、僕はセシルが着替え終わるのを待った。
それから、数分後――
「……もう……いいぞ……」
セシルが照れたような声でそう言ってきた。
僕は再度振り返り、真っ正面に立つセシルを食い入るように眺めた。そのことが恥ずかしいのか、とたんにセシルは僕の顔を見ようとはしなかった。
だけど、こうして見るセシルはホントに女の子なんだなぁ~って気がする。むしろ、勇ましい男という雰囲気を出していたときよりも、愛嬌があってかわいいと思ってしまうのは仕方のないことなのかもしれない。
それを思い浮かべ、おもわずセシルの前でニヤッとしちゃった。
「な、なんだよ……?」
「うん? えっとね」
「…………」
「かわいいよ、セシル」
「ば、馬鹿にするなぁ~っ!」
「ウヒヒヒっ……」
顔を赤らめちゃって、もうっ! 女の子ってわかったとたん、セシルにすごく親近感を覚えちゃったよ。
……どうしてかな?
なんかこう、好きな女の子をイジってみたくなる気分って言えばいいのかもしれない。
僕はしばらくセシルをイジり倒して遊んでみた。




