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我が主(マスター)に剣の誓いを  作者: 丸尾累児
第二章「静かな湖畔の森の影から」
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静かな湖畔の森の影から/其の参


 徐々にハッキリとした声が聞こえてくる。


 できるだけ隠れる場所の確保をしながら、音を立てずに忍び寄らないとね。人数からしてここからでも大勢いることは確かだ。



 僕はゆっくり連中のふところに忍び寄っていった。



 そして、近接4メートルの位置にたどり着く。

 それから、大きな木の根元に身を潜め、木陰からわずかに顔を覗かせる。すると、そこには7人の男と1人の女が立っていた。



 ……って、あの女ってこの前の。



 とっさに木の陰に身を隠す。

 同時にクララが誘拐されたときのことを思い返してみた。




 ……間違いない、アイツはクララをさらおうとした連中の仲間だ。だとしたら、クララを誘拐しようとしたのも諜報の一環?




 もう一度顔を確かめようと、再び顔を出して様子をうかがう。



「――閣下。あちらの件はどうするさね?」


「もう一度やってみろ。それでダメならば、強引にでも……」


「了解した」


「どのみちアレは保険だ。この作戦が失敗しても我々が疑われないようにするためのな」


「……ずいぶんとぬかりないことさねえ」



 やっぱり、敵のスパイだ。


 中心人物はやや小太りの口ひげの生えた男かな?

 それともう一人は男の直属の部下だと思う。でも、こんなところでいったいなにやってるんだろう?



 次々と浮かび上がる疑念に思考を巡らせる。



 だけど、あまりの熱中っぷりに僕は手元に小枝があるのに気付かなかった。結果、「パキッ」という大きな音を立てて、周囲に自分の存在を知らしめてしまった。


 瞬時に小太りの男の叫び声がする。



「誰だっ!?」



 ヤバいっ、見つかっちゃった!


 僕はとっさで逃げることを試みた。しかし、彼らの判断は僕なんかより早く、あっという間にまわりを囲まれてしまった。



「なんだ。ただのガキか」


「ただのガキじゃないっ! 僕は騎士だ!」


「フッ、騎士だと? 見るからに貧弱そうだが、まあ一応剣を握っているだけに威勢だけはいいようだな」


「いったいここでなにをしている?」


「なにをしている……か。せっかくの問いに答えてやりたいところだが、あいにくオマエはここで死ぬ予定なのでね」


「なんだとっ!?」


「……殺れ」



 と男が命令した瞬間、周囲にいた5人ほどの兵士が僕に刃を向けてくる。


 当然、僕は身震いがする思いがしたが、こんなところで恐怖に縮こまってる場合じゃない。とにかくコイツらを倒して、目的を吐かせないと。

 次々と襲ってくる敵の刃をはじき返す――が、僕はあまりの人数の多さに対応できていなかった。



 そうやって一度に襲われれば、あとその場から逃げおおせるしか手段はない。



 これじゃまるっきり狩人に追われる雄のシカみたいだ。段々と僕に対する包囲網が狭まってきているし、このままじゃいつか斬り殺されちゃよ。




 ……やっぱり、ここは一度退却するしか。




 そう思った矢先だった――



「ぐわっ!」



 僕を取り囲んでいた兵士の1人が悲鳴を上げて倒れ込む。同時に倒れ込んだ兵士の後ろから森の奥に行ったはずのセシルが現れた。



 その手には刃先が赤く染まった剣が握られている。



「セシルっ!? どうして君がここに?」


「それはこっちの台詞だ。オマエの言うとおり怪しい光をたどっていった先でコイツらがいたんで追いかけてきてみれば、なんだこのザマは?」


「あれ……? やっぱり光あったの?」


「どういう意味だ?」


「……あ、ゴメン。あれ全部ウソだったの」


「はぁ~っ? ウソだってっ!?」


「ホントにゴメンっ! この前の憂さ晴らしがしたくて、そのなんていうか――つい」


「もういい。その件は帰ってから事情を聞く。いまはコイツらを倒す方が先だ」


「う、うん……」



 僕はこの場で怒られなかったことに安堵しながらも、目の前の敵に対して刃を向けた。



「……余計なのが増えたか」



 中心人物と思われる男がぼやく。



 僕らはそのぼやきを相手にせず、目の前に迫り来る敵をなぎ倒していった。

 もちろん、その数はセシルが圧倒的――僕なんて当てて怪我を負わせているだけで、人殺しなんてできないよ。



 それを見かねてか、



「おいコラ、ちゃんと相手を仕留めろ!」



 とセシルが怒鳴り声を上げてきた。



「無理だよ。僕は人殺しなんてしたことないもん」


「人どころかコイツらは敵のスパイだぞ? 侵略者なんだぞ?」


「そう言われたって……」


「ちっ、よくそんなんで騎士になろうって思ったな」


「……いまそれを言わなく立っていいじゃないか」



 確かに僕は人を殺したことがないよ。

 でも、相手を仕留める方法なんて殺すだけがすべてじゃない気がするんだ。



 僕はそのことを剣に現すように必死に戦い続けた。

 そして、僕ではなくセシルの手によって、1人、また1人と倒れていく。僕も必死に抗って兵士たちを斬りつけたけど、セシルのように殺す覚悟なくて中途半端な戦いになっていた。




 そんな最中、あの女戦士が僕の前に現れる。




 しかも、剣をいまにも振り下ろそうとしている――僕はそれを必死に受け止めた。



「調子に乗るんじゃないよっ!」



 その一言の後、一瞬だけ気を失ったらしい。


 気付けば、僕は後ろにあった樹木に叩きつけられていた。当然、肺や臓器が衝撃を受けて圧迫されてとても息苦しくなった。

 さらに言えば、軽い脳しんとうのせいでめまいがする。




 そんな状況でも僕は戦わなくちゃいけない――そう思って、僕は地面に振り落とした剣を握り、代わりに女戦士と戦うセシルの方を見た。



「ウソっ……!? あのセシルが押されている……」



 すごく衝撃的だった。


 僕より強いはずのセシルが女戦士に力負けしている。そんな事実が受け入れられず、僕はわずかばかり混乱を強いられた。




 だけど、ここでたたずんでるわけにはいかない。




 すぐさま僕も剣を握って、女戦士に立ち向かっていった――が、とっさに中心人物と思われる男が目の前に現れた。




「おっとっ! 騎士の戦いに2人は卑怯じゃないか?」


「邪魔をするな!」


「邪魔をしているのはそっちだろう……まあいい。どのみちオマエはここで私に斬られるんだからなぁ!」


「クソっ、このままじゃセシルがやられちゃう」



 僕の焦りもむなしく、男の介入によってセシルがどうなったかすらわからなくなった。

 いや、むしろ僕の方が危なくなったと言えるかもしれない。なぜなら、男が見かけによらず女と同等かそれ以上の実力を持っているみたいだったからだ。



「オラオラっ! どうしたっ、どうした!」



 にもかかわらず、僕にとどめを刺そうとしなかった。



 ……くそっ、遊ばれている。



 そう確信したのは、男があえて僕に迫る刃を受け止めさせていると感じてからのこと多――どうやっても反撃ができそうになかった。

 さらに追い打ちを掛けるような出来事が起きた。



「閣下。森の中で怪しい少女を見つけました!」



 振り返ってみると男の部下らしき兵士が誰かを捕まえていた……って、あれ? もしかしなくてもアルマ?



 突然のアルマの登場に僕は驚かされた。



「アルマっ!?」


「ゴメン、ジュリアン。またまた捕まっちゃった」


「……うん、ホント捕まるの好きだね」




 いったいなんなの? わざとやってるの?




 もしかして、人質系ヒロインとか言わないよね……いや、新しいけどさ。

 僕は心の奥底で冷静にツッコミを入れながらも、窮地の状況を苦々しく思った。



 そんなときだった。



 突然、アルマを取り押さえていた兵士が倒れ込む。

 そして、セシルのときと同じように兵士の背中越しに現れる人物――その人物を見たとき、僕は意外にも素直に受け止めることができた。



 なぜなら、その人はマルティンさんだったからだ。



「マルティンさんっ!?」


「大丈夫かい、ジュリアン君」


「ええ、なんとか」



 ……やっぱり、マルティンさんにはなにか裏がある。


 そう確信したと同時に男たちとは一線を画す別のなにかがあることを感じた。

 気付くと僕を相手していた男がマルティンさんの方を向き直っていた。



「――久しいな、ケイレス」


「ノルベルト……。貴様こんなところでなにをしている?」


「いまのオマエに関係はあるまい」


「関係があろうが無かろうが、オマエが良からぬことを企てることぐらいわかるぞ」


「……ふんっ、まあいい」


「…………」



 なんだろう?

 二人の雰囲気はまるでかつての戦った敵同士みたいだ……でも、ケイレスって名前はいったいなんなんだ?



 僕はそれがわからず、2人の情勢を見守った。

 ところが情勢が一変する。



「アレクシアっ、いったん退くぞ!」



 とっさに男がアレクシアと名前を呼んだ女戦士と共に引き上げていったんだ。僕は当突然の情勢の変化に呆然とするしかなかった。


 ……そういえば、セシルはどうなったんだっ!?


 僕は気になって、アレクシアとセシルが戦っていた方向に目を向けた。すると、そこでは押され気味ながら奮戦するセシルの姿があった。


 唐突にアレクシアという名前らしい女戦士がセシルから離れる。


 どうやら、男の撤退命令に戦闘を止めたらしい。僕はアレクシアが去っていくのを確認すると、急いでセシルの方へ近づいていった。



「セシル大丈夫っ!?」


「……ああなんとかな」


「ゴメン、僕がふがいないばかりに」


「いや、遊ばれていただけ運がよかったさ。それにあの人の介入もあったしな……」



 僕はその言葉に反応して、マルティンさんの方を向いた。




 単なる靴職人であるはずのマルティンさんが僕なんかより強い剣術が仕えて、さらには怪しい一団とも関わりがある。そのことはこの前の歓楽街での一件でもそうだったけど、なにか特別な過去があるみたい。




 どうしても気になり、僕はマルティンさんの元に寄っていって説明を求めた。



「マルティンさん、教えてください。アナタはいったい何者なんですか……?」


「――すまない。その話はいますぐ答えられる話じゃないんだ」


「アルマがいるからですか?」



 そう思って、僕はチラリとアルマを見た。



 娘なのに自分の知らない顔を持つ父親がいる――

 それだけでも、アルマにとっても不安なんだろう。アルマはどうしたいいのかわからないような困惑した表情を見せていた。


 再び顔をマルティンさんの方に向ける。



「……それもある。だが、いまは君たちを巻き込むわけにはいかないとだけ言わせてくれ」


「それじゃあわかりません。なにか僕にもお手伝いできることはないんですか?」


「本当にすまない……」



 それから、マルティンさんはなにも言わなかった。




 ……僕だって騎士になろうっていう男なんだ。少しぐらい頼ってくれたっていい。




 そう言おうと思ったけど、アルマの前じゃなんだかとても言いづらい。


 結局、この日のピクニックは最悪の形で終わった。

 それから、しばらく僕はマルティンさんにくだんの話も聞けず、モヤモヤとした日々を過ごすこととなった。






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