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我が主(マスター)に剣の誓いを  作者: 丸尾累児
第二章「静かな湖畔の森の影から」
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静かな湖畔の森の影から/其の壱


 ぼくたちはいま小さな湖のほとりにいる。

 なんでこんな場所にいるかというと、マルティンさんの提案でみんなでピクニックに行くことになったからなんだ。



 きっかけはちょっとした話題からだった。



 まあヴィエナに来て以来、僕も仕事だったり、ヘンなトラブルに巻き込まれただったりでゆっくり休む暇もなかったからね……気分転換にはちょうど良かったんだ。



 それでアルマがお弁当を作ってくれることになって、僕は何人か知り合いを誘ってみた。

 ところがエフィさんは酒場の切り盛りで忙しく、リズは個人的な事情で一緒に行けないって断られちゃった。


 もちろん、テレジアさんたちにも声を掛けた。


 だけど、こちらも仕事の都合で無理――結局、行けることになったのはテレジアさんの娘さんのクララちゃんとお付きのメイドさんだけだった。



 まあそれぞれ事情があるんだから仕方ないよね。



 僕を含めた五人はヴィエナの南方にある湖へ――となるはずだったんだけど、なぜかピクニックにもう一人不要なヤツが付いてきた。

 僕は納得がいかず、おもわずソイツに突っかかっちゃった。



「――おっかしいなぁ……。どうしてセシルが付いてきてるんだろ~?」


「なんだ? クララお嬢様の護衛について来ちゃ悪いか?」


「うん、悪いね。だって、クララの護衛なんて僕1人で十分だもん」


「馬鹿か。オマエはこの前俺に負けたばかりだろ? そんなヤツが山賊に出くわして対応できるとでもホントに思ってるのか?」



 まったく相変わらず口の減らないヤツ……

 どうして人のこと逆撫でするような発言ばかりするのかなぁ~?


 僕は苦笑いを浮かべて言葉を返した。



「やだなぁ~。いまの僕はあのときとは、ひと味もふた味も違うんだよ?」


「あのときって、まだ1週間しか立ってないんだが……?」


「…………」


「おまけに誰かに剣術を教わっていた気配もなかった気がするぞ」


「お、教わったよ……」


「ほう。で、いったい誰に教わったんだ……?」


「……ヴェラさんに」


「それは妙な話だな。ヴェラさんは今週隊長の使いで地方へ出かけていたはずだが?」


「うっ……」


「さらにロッテさんは隊長の警護でつきっきりだ。そんな合間を縫って、ヴェラさんがオマエの稽古を付けてくれるはずもないんだがな」



 なんだよ、はっきり言わなくたっていいじゃないか。

 これだからいつまで経っても友達ができないんだよ――セシルのバーカっ、バーカっ! 一生ぼっちになってしまえ~!



「――ああ間違えた。僕が1人で稽古してたんだ」


「なんだ。結局オマエ1人で稽古してたんじゃないか」


「そうなんだよ……もうね、強くなりまくりだよ? たとえて言うなら一騎当千、または僕無双って感じ?」



 ……まあ実際稽古してたのは事実だし、これならセシルも文句言わないよね。それに必殺技なんてのも思いついちゃったし。


 と思っていたら、なにやら嘆いたようなため息をつかれた。



「な、なに? その意味ありげなため息は?」


「いや単にオマエがホントなにもわかってないんだなと思ってな」


「ムッ……。そこまで言うなら、僕ともう一度勝負してみればわかると思うけど?」


「構わんが、どのみちオマエの負けるだけだと思うぞ」


「残念だけどそれはないね。だって、僕の剣術はいまや世界一と言っても過言じゃないわけだしさ」


「いいだろう。そこまで言うのなら、いまこの場で相手してやる」


「望むところだっ!」



 そう言って、護身用に持ってきた剣の束に手を掛ける――が、いざ抜き取って戦おうとしたとたん、誰かにズボンの裾を掴まれた。


 なんだろうと思い、すぐさま足下を見る。

 すると、クララが泣きそうな顔で僕のズボンをぐいぐい引っ張っていた。



「ケンカしちゃ『メッ』なんだよ~」



 うっ、これじゃあ戦えない。

 このまま戦ったら、本気でクララが泣き出しちゃうよ。


 僕は剣を引き抜くことなく、半泣きのクララにその場に留まらざるえなかった。

 そうこうしているうちにアルマがクララの背中越しに肩を抱き、しゃがんだ状態で僕を見ながら話しかけてきた。



「――クララの言う通りよ。みんながいる前で決闘なんて良くないわ」


「アルマの言うことはもっともだけどさぁ……」


「それに先にけしかけたのはジュリアンでしょ? なにが気に入らないのか知らないけど、子供の前でそんなことしちゃ絶対にダメ」


「……けど……」



 うーん、やっぱり納得がいかない。


 とはいえ、アルマには叶わないのも事実。


 クララをあやすのも上手だし、炊事洗濯やらせても仕事をさせても僕なんかより上手にこなす。これで年下である点は気にくわないけど、それでもアルマはなんでもできる女の子だと思う。


 僕はアルマのお説教に根負けし、反論を試みるのをあきらめた。



「……わかった。決着はあとにする」


「うん、わかればよろしい。セシル様もよろしいですね?」


「アルマ嬢がそうおっしゃるのなら、俺はそれに従おう」


「さあせっかくピクニックに来たんだし、この辺で食事にしましょ」



 と告げるアルマに従い、僕は素直に昼食を取ることにした。


 メイドさんが持ってきた帆布製のレジャーシートを敷き広げ、全員でその上に座る。それから、アルマとメイドさんが用意してくれたお弁当を食べ始めた。



「さあ食べましょ?」



 と言うアルマにパンをもらう。


 それから、木製のジャムポットに詰められたイチジクのジャムを塗ってパクリ……うまいっ! 一口で口いっぱいの広がる甘酸っぱさがパンをよりいっそうおいしく感じさせてくれる。


 僕が満足そうにパンを方張っていると、目の前でアルマが「はい、セシル様」とセシルにもパンを分けていた。

 その姿を見て、僕はある疑問を抱いた。



「そういえば、アルマはなんでセシルのこと『様』付けで呼んでるの?」


「……え? だって、セシル様はれっきとした貴族よ?」


「それを言ったら、僕だって貴族だよ」


「あれ? ジュリアンって貴族だったの?」


「前に言ったよね……」


「へぇ~そうなんだぁ。まあジュリアンはジュリアンだし、様付けじゃなくていいわよね」


「よくないよ、どうして僕だけ呼び捨てなのさ!」


「そんなこと言われても、いままでなにも言わなかったじゃない?」


「確かにそうだけど、それでも貴族として敬意を払ってよ」


「敬意ねぇ……。でも、ジュリアンって見てくれからして貴族っぽくないのよね!」


「……ヒ、ヒドい」



 なんか胸に無数の梁が突き刺さった気分だ。


 くそぉ~これじゃセシルとだいぶ差が付いたみたいで悔しい。やっぱり、最初からセシルが同行することに反対すれば良かったよ。どうにかして、この邪魔者セシルに一泡吹かせなくちゃ。


 僕はあたりを見回し、セシルを攻撃できる材料を探し始めた。

 ふとジャムの脇にあるジャムポットに目がいく――よく見るとフタが半分開いていて、ここからでも中身が見られた。




 どうやら、中身はディジョンマスタードらしい。




 ……そうだ。このマスタードをパンに塗りたくって、セシルが食べているパンとすり替えてしまえばいいんじゃないか。


 ならば、行動あるのみ。


 僕は話しに興じるアルマの目を盗んで、切り込みの入れられたパンとマスタードをかすめ取った。それから、少し離れたところでパンにマスタードを塗りたくり、気付かれないようにセシルのパンと差し替えた。


 ……グヘヘ、これでセシルのヤツの口に入れば僕の勝ちだ。


 僕はみんなと楽しんでいる風に見せかけて、セシルがパンをかじるのをいまかいまかと待ち続けた。



 ところが――



「ジュリアン、そっちのパンってジュリアンのじゃないの?」


「え?」



 ちょ、アルマ……。


 なに言い出すの? それは僕のパンじゃなくてセシルの――――って、まさかあの状況で僕の工作に気付いたとでも言うの?


 とっさに思い立った憶測に恐る恐るアルマと目を合わせる。

 すると、そこには人のモノとは思えない悪魔のような微笑みがあった。



「ねえジュリアン。そのパンってジュリアンのよねぇ?」


「そ、そんなわけないよぉ~アハハハハ……」


 ギャースッ、バレてるぅ~。


 どうしよう……これは食べないと殺されるし、食べても僕がたっぷり塗りたくったマスタードで死んでしまうよ。


 迷う僕にアルマの悪魔の誘いがさらなる追い打ちを掛ける。



「――そんなわけないわよ。さっきジュリアンがジャムをたっぷり塗ってるのを見てたもの」


「ああ、そうだったぁ! よく考えたらこれは僕のパンだったよ、てへっ!」



 よぉ~しっ、思い切って僕ちゃん食べちゃうぞ!


 結果、僕は否応なく激辛地獄へと突き落とされました。

 口の中は悶絶するぐらいピリピリとした痛みが走り、それがのどの奥にまで伝わってくるので息苦しい……誰か助けて。


 ようやく立ち直ったのは、メイドさんにハーブティーをもらって一息ついてからのこと。思わぬ辛酸をなめさせられ、僕の心はさらなる復讐に燃え上がった。


 ……おのれぇ~セシルめ。この恨み必ず晴らしてやる――倍返しだ。


 そんなとき、突然マルティンさんが話題を切り出した。



「そういえば、この近くの森の奥に聖なる奇岩がある泉があるんだ」


「奇岩ですか?」


「ああ。言い伝えによると奇岩に触れてお祈りをしただけで、その祈りが叶うと言われているんだ」


「へぇ~そんな奇跡みたいなモノがあるんですね」


「せっかくだから行っておいでよ」


「そうですね。一人前の騎士になれるようにちょっとお祈りを――」



 ……って、待てよ?



 その奇岩が森の奥にあるってことは、そこまで行かなきゃ行けないことになる。そうなると、自然とみんなで移動しなきゃ行けない。つまり、うまくすればセシルだけ森に置いてけぼりにできるわけだ。


 おおっ、最高じゃないか! 我ながらグッドアイデアだよ! 


 僕は思い立った名案におもわずニヤけてしまった。



「どうしたの、ジュリアン?」


 おっとマズい、危うくアルマに悟られるところだった。


 僕はすぐさま顔を横に振り、なんでもなさそうに振る舞った。



「いや、なんでもないよ。ちょっと叶えたい願い事を考えたら、ついニヤっとしちゃって」


「どうせくだらない願い事なんでしょ?」


「失礼なっ! これでお僕の願い事は意味のある願い事なんだよ?」



 ……主にセシルを陥れるためのね。



 そう思ったら、心の中で笑わずにはいられなかった。





 

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