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我が主(マスター)に剣の誓いを  作者: 丸尾累児
第二章「静かな湖畔の森の影から」
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自警団(笑)、ふたたび/其の弐


 その帰り。


 僕は居候先である靴屋「オリーヴェ」に帰ろうと道を歩いていた。

 途中、歓楽街を抜けなくてはならないということもあって、酒とタバコの匂いに満ちた通りを歩いた。周囲を見渡すと、夜明かりの中で複数の男女が抱き合って大人の会話をしているのが目に付いた。



 こういうときって、なんとなく女性の方に目がいっちゃうよね。ああいう風に男を誘うエロティックな仕草を目の前で見せられたら、誰だって卑猥な妄想したくなるじゃん。





 ふと一人の女性と目が合う。





 パックリと胸元が開いた服の間から乳房を半分露出させ、撫で声で擦り寄る猫みたいなこびた目つきでこちらを見ている……あれ? もしかして僕に誘われてる?



「ユー、こっち来ちゃいなよ」



 そう言っているようにも見える。


 ……グヘヘッ、ホントにいいのかな? 僕、大人の階段昇っちゃうよ? まあ気持ちには逆らえないし、ちょっとした遊びだと思えば大丈夫だよね。

 きっと、あんなことやこんなことをしてくれるんだろうなぁ~。




 え? 経験あるのかって……ど、童貞ちゃうわっ!




 心に流されるまま女性の方へと近づいていく。



「……お姉さぁ~ん!」



 なぁ~んて叫んで、心の声が駄々漏れ。


 それでも僕の心はウキウキ、これから始まる愛の冒険にワクワク。まだ見ぬ秘境に思いを馳せてみると、なんて楽しいんだろう。

 歩く足は軽やかに心の中でスキップしちゃう!



 ところが――



「あらんっ、いいお兄さん!」



 不意に脇から現れたガタイのいい男。


 でも、よく見ると心なしか男と言うより女って感じがする。その男性に対して、僕はとっさに心の底から震え上がった。


 なぜなら、その人がオカマだったからだ。



「ですよねぇ~」



 予想通りのテンプレート的な展開……というか、人生はそんなに甘くない。やっぱり、寄り道するのはよくないよね。

 僕は半歩退いて、逃げ出すようにその場を立ち去った。




 それから、少ししてからのこと――




 再び道を歩いていると、前方に見知った顔を発見する。

 寝癖も直さないようなボサボサした頭と濃いヒゲ。それでいて、人の群れの中でも目立つ高い身長が50メートルぐらい離れたここからでもハッキリわかる。

 その人物、マルティンさんはこちらにまったく気付いていなかった。



 とっさに大きな声を上げる。



「マルティンさぁ~ん!」



 けれども、あたりの喧噪にかき消され、僕の叫び声は届かなかった。

 致し方なく目の前まで駆け寄っていくことにする。ところがそれよりも早くマルティンさんは裏路地の方に姿を消えてしまった。



 慌てて追いかけようとする。



 しかし、そこは闇に閉ざされてなにも見えない場所だった。それどころか、マルティンさんを見かけたこと自体、幻覚だったんじゃないかと思えてしまうほど静かだった。



「……気のせい……だったのかな……」



 などと、おもわずにはいられない。


 だって、まるでダンジョンみたいな仄暗(ほのぐら)い路地なんだもん。明かりの届くここから見てたって、ホントにモンスターが出るんじゃないかっていう不気味さが漂ってるんだよ?



 それにお腹も減ってるし……



 僕は迷った末、気のせいだというにしてきびすを返した――んだけど、どうにも気になってしょうがなかった。



「やっぱり、あの後ろ姿はどう考えてもマルティンさんだ」



 再度その思いにいたり、僕は勇気を出して裏路地を突き進むことにした。




 裏路地は文字通り真っ暗だった。

 なにも見えない――ただその一言に尽きる。




 しかし、ゆっくりと目が慣れてくるにつれ、周りの状況がハッキリとしてきた。半ば左右あるいくつかの建物の隙間が道となっており、どうやらその道のどれかをマルティンさんは曲がっていったみたい。


 僕は立ち止まって周囲を見渡した。



「……こっちかな……?」



 とっさに2メートル先の左へ曲がる道を進む。

 その先は感覚だけを頼りにいくつかの道を曲がっていった。その甲斐あってか、いままでにない月明かりが差し込む広い場所に出た。




 そこは小さな噴水広場だった――




「君が私を呼んだのかね……?」



 ふと声が聞こえてくる。


 僕がその声に顔を振り向けると、20メートル先で誰かと話し込むマルティンさんの姿があった。相手は僕の視界の左奥にいるようだけど、ここからじゃ家屋の影に重なってよく見えない。


 ……あ、ヤヴァい。僕もここにいたんじゃコッソリ付いてきた意味がなくなる。


 僕はすぐさま広場へ抜ける道をわずかに戻り、右の角にあった脇道に身を隠した。



「アンタがマルティン・アーベル――いや、ルオニール・ケイレスだね?」



 とマルティンさんに対峙する人物が言う。


 声からすると女性っぽい……っていうか、どこかで聞いたような。しかも、ルオニール・ケイレスって誰? マルティンさんじゃないの?



 ワケがわからずひたすら会話に聞き耳を立てる。



「その名前を知っているということは、君は東レウル帝国の人間か……。なるほど、防具の様式にしても私がいた頃とさほど代わりがないみたいだね」


「御託はいい。アンタに会いたいというお方がいてね」


「ユング家の当主を殺害して逃亡した私に……? まさか十数年も経ったいま頃になって近衛団が捕まえに来たんじゃないだろうね?」


「そんなんじゃないさ。ロンデルス・モンシア――」


「なにっ!?」


「……聞き覚えはあるみたいだね。もっとも、身近な知り合いだってぐらいの話しか聞いてないけど」


「君はモンシアの部下なのか」


「金で雇われてるだけさね。こちとら内情なんてどうでもいいんだよ。ただアンタに伝言を頼まれたんでね」


「伝言?」


「ある計画を手伝って欲しいそうだ。迎えは後日よこすとも言ってた」


「……断ったら?」


「アンタの娘を殺す」


「…………」



 えっ、ちょっとこれマズいんじゃ……?


 僕はおもわず身を乗り出して物陰から出ようとした――が、寸前のところで思いとどまり、二人の様子をうかがい続けることにした。



「――まったく。ことが穏やかじゃないね」


「そうでもしないとアンタは動かせないらしいからね。まあ私は言われたことを伝えてるだけだし」


「……だとしても、傭兵にその言葉を言われたら実行しかねない」


「確かに」



 と言って、女性が笑う。


 その声はここまで聞こえてくるぐらいの大きさだった。さらに顔が見えない分、不気味さが増して二人の会話が異様なモノのように思える。



 この先、いったいどうなっちゃうの?



「――で、答えはどうなんだい?」


「………………」


「まあすぐに答えを出さなくてもいいとも言われてるし、別にここで言わなくてもいいさね。じっくりと考えをまとめておくれ」



 その言葉を境に女性の声は途切れた。


 どうやら、どこかへ行ってしまったみたい。僕はチラッと身を乗り出して、月明かりに移るマルティンさんの顔をうかがった。


 上向いてなにかを考えているようにも見える。


 それがアルマの身を案じてなのかはわからない。でも、あの優しいマルティンさんが考えているとすれば、僕はそれしかないと思うんだ。



 不意にマルティンさんが動く。



 その動きは明らかにこちらに向かってきている。

 僕はすぐさま脇道の奥に身を移した。それから、マルティンさんが大通りに向かって歩いて行くのを確かめると、さっきみたいに後ろから歩いてきたように見せかけた。



「マルティンさぁ~ん!」



 と明るく振る舞ってみせる。


 さっきの会話の様子をそのまま引きずったんじゃバレちゃう。だから、この場の僕はあくまで『いま見かけた』という体でいいのだ。



「やあジュリアン君――いま帰りかい?」


「はいっ! 無事にエフィさんのお店の手伝いが終わりました!」


「それはよかった。私もこれから家に帰るところなんだ」


「でしたら、一緒に帰りましょう」


 僕はそう言って、エフィさんのお店であった出来事を話し始めた。





 さっきあったことは内緒の話――





 だから、たとえマルティンさんがその場に僕がいたことに気付いていたとしても知らないフリを続けなきゃ行けない気がする。



 僕はオリーヴェまでの道をマルティンさんと歩いた。






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