愛戦士/其の弐
「この傷ですか……?」
「ええそう」
「……これは産まれたときからずっとあった傷なんです。と言っても、両親はいつ付いたのか知らないんですけどね」
「それはどういうことかしら?」
「実は僕の親は本当の親じゃないんです」
「……あ、ごめんなさい。私ったら、聞いちゃいけないことを聞いちゃったみたい」
「大丈夫です。僕は気にしませんから」
「そう? でも、アナタの心に傷を付ける結果にならないかしら?」
「平気ですよ。たしかに僕はホントの親じゃない親に育てられましたけども、その人たちのことが大好きですから」
「じゃあお言葉に甘えて……」
「どうぞ」
「これは私の憶測だけど、もしかしたらアナタの額にあるモノは伝説の戦士『愛戦士』と関わりのあるんじゃないかしら?」
「愛戦士……?」
「この地方に伝わる伝説の戦士のことよ。太古の昔、空の彼方にある光の国からやってきて、大暴れしていたドラゴンを倒したそうなの」
「その戦士の額に僕と同じ傷があったんですか?」
「ええそうなの。それでその戦士の額には、古代文字で『愛』と書かれた紋章のようなモノがあったらしいのよ」
「……愛の……紋章……」
なんだか神秘的な話だ。
……というか、僕の心をくすぐる話でもある。もしかしたら、僕は伝説の戦士でその力が受け継がれているとかそういうことなんじゃないか?
それを思っただけで、とてもワクワクする。
僕は期待を込めて、シーデルさんに聞いた。
「じゃあ僕にもその力がっ!?」
「うーん、残念ながらその保証はできないわね。あくまで可能性の話であって、アナタが伝説の戦士の生まれ変わりだなんて確証はないの」
「……そう……ですか……」
ちぇ、期待して損した。
もしホントにその力があったら、今頃僕は騎士どころか世界の英雄になれていたかもしれないのに。
その夢が破れたことはちょっと残念。
「でも、すごいわね。アナタの額の傷も形が古代文字の『愛』を意味する文字にソックリよ」
「きっとたまたまですよ。おそらく僕が産まれて間もない頃にホントの両親の元で付いた傷なんだと思います」
「そうね。そんなに都合よく伝説の戦士が誕生するわけがないわよね」
「ところでその伝説の愛戦士っていうのはドラゴンを倒したあとどうなったんですか?」
「言い伝えによると、カジノにドハマリして泣く泣く光の国に帰還する道具を質に入れてしまってために帰れなくなったそうよ」
「愛戦士なにしてるのぉ~っ!?」
普通、倒したらとっとと光の国に帰るよねっ!?
だけど、そうしなかったってことは、すでにギャンブル依存症になっちゃってたということなのかな……つい頭の中で「シュワァ~」って言いながら負けて頭を抱える姿を思い浮かべちゃったよ。
僕はシーデルさんの話におもわず苦笑した。
きっと愛でドラゴンには勝ったけど、金でカジノには勝てなかったんだね、うん……。
「ま、まあ……。それでも困った人々を助けた英雄なんですから、それなりにみんなに大事にされたんじゃないですか?」
「大事にされるどころか、路上でなじられて喜んでいたって話よ」
「それホントに英雄っ!? っていうか、ただのドMですよね?」
僕の大好きな英雄譚とかそんなレベルじゃないよ!
これただの変態の伝承だよ!
ツッコミどころの多い伝説に頭痛がする思いがした。
そんなとき、シーデルさんを呼ぶ声が聞こえてくる。とっさに目をやるとメガネを掛けた女性が校舎の方から歩いてくるのが見えた。
しばらくして、女性が僕たちの前までやってくる。
「ご歓談のところ申し訳ありません。校長先生に至急お会いしたいとアッペルヘルム魔法学校の校長先生が水晶玉通信を介してお呼びなのですが……」
「わかったわ、すぐに行くと伝えてちょうだい」
「かしこまりました」
その一言を残して、女性は校舎へと戻っていった。
女性がいなくなるなり、シーデルさんは席を立った。そして、申し訳なさそうな顔つきで僕に言ってきた。
「ごめんなさい。どうやら、席を外さないといけないみたい」
「いえ、お気になさらず」
「リズにも授業を休んでもらってるのにホントに申し訳ないわ。少しだけお待ちいただけるかしら?」
「ごゆっくりどうぞ。僕ら3人で仲良く話してますので」
「ごめんなさいね」
そう言って、シーデルさんが校舎の方へ歩いて行く。
僕らはそれを見送ることなく、3人で会話をし始めた。
シーデルさんが戻ってきたのは、1時間が経過したあとのこと――再び4人での会話となり、僕らは夕方近くまでこの小さな茶会を愉しんだ。




