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我が主(マスター)に剣の誓いを  作者: 丸尾累児
第二章「静かな湖畔の森の影から」
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愛戦士/其の壱


 女の子の誘拐事件から1週間後。


 僕はアルマを連れて、王立魔法学校へ行くことになった。なんでそんなところへ行くことになったかというと、先日のお詫びにと招待されたからだ。



 リズに案内され、学校がある新市街の西地区へと向かう。



 道中、リズが新市街について説明してくれた。さすがにヴィエナに住んでるだけあって、どこになにがあるか詳しい。


 僕は歩きながら、その話に耳を傾けた。



「このあたりは、人口の増加に伴って17年前から開発されたの。新しい城壁と住宅の建設、それと西に見えるニルト川へのアクセスを容易にするために敷石で舗装された幹線道路が作られたのよ」


「ニルト川へ容易にアクセスするため……?」


「ヴィエナって、ただ山の上にできてるだけじゃないの。海から内陸、内陸から海へと物資を運ぶニルト川に作られた港が目前にあるからなのよ。さらに洪水で氾濫したときも避けられるという理由も含まれているわ。だから、大昔の人は教会から軍の砦、最終的には街として利用することを考えたの」


「へえ、そうなんだ」


「じゃあなぜヴィエナでもっとも大きな通りが中心にある小城を避けて、東西南北を十字型に通ってるかわかる?」


「……う~ん、人の通りを良くするとかかなぁ?」


「あながち間違ってないわね。でも、ホントは大陸の東西南北へ行き来しやすくするためなの。実際、中心部にあるお城はあとから作られたモノなのよ」


「え、そうなの?」


「王室であるアメルハウザー家がヴィエナを首都として、ファルディギア公国を建国したのがちょうど100年前。それまではお城がある場所は十字路の交流点で大きな広場と市場を兼ね備えていたの」


「じゃあヴィエナがいまの形になったのも王様が公国を興したから?」


「そういうことね――さ、ついたわよ」


「え?」



 と、リズが前を指し示す。


 気付けば、いつのまにか学校にたどり着いていた。そこには立派な赤レンガの正門があり、塀に沿って鮮やかな緑のツタが絡まっている。



 どうやら、ここが王立魔法学校らしい。



 僕とアルマは正門をくぐり、学校の敷地へと入った。

 校内はとても広く銅像や動物のトピアリーが置いてある。僕はなんの変哲もない校内のモニュメントに落胆した。


 え? なぜかって?


 もちろん、魔法学校ってぐらいだから、もっと魔法を使った楽しいパビリオン的ななにかを想像していたからさ。でも、実際には裕福な貴族が通いそうな学校となんら変わらない気もする。


 そんな様子を見てか、アルマが話しかけてきた。



「ジュリアン、どうかしたの?」


「――いや。なんというか、魔法で動く石像があるんじゃないかと想像してたんだけど、特に変わったところがないからさ」


「言われてみると確かにそ――」


「ん? どうしたの?」



 突然、アルマの表情が変わる――まるで見てはいけないモノを見て、唖然とした様子だった。



 つられてアルマの目線の先を追う。



 すると、そこには向かい合う2体の石像があった。しかも、向かい合って互いの肉体美を競い合うように両腕をあげて上腕二頭筋を見せびらかしたり、胸元で腕を輪っかにして大胸筋をアピールしてる。


 でも、それだけじゃない――動いているんだ。


 僕はそれを見て、一言漏らした。



「……うん、魔法で動いてるね」



 イヤなモノを見てしまった。


 僕はリズにもっとまともなモノは無いのかと聞いてみた。



「あれはシーデルさんの趣味よ」


「趣味なのっ!?」


「……気にしないであげて……誰も触れないようにしてるんだから……」


「あっ、わかってるんだ……」


「とにかく、まともなオブジェを期待してるんだったら無理よ。校内の隅々に同じようなオブジェが置いてあるから」


「そ、そう……」



 うーん、これ以上突っ込んであげちゃ行けない気がする。というか、ひとつ間違えれば「魔法学校」なんかじゃなくて「ウホッ学校」になっちゃうよ。

 学ぶ側のリズはそれに耐えてるんだろうけど。



 ……大丈夫かな、この学校。



 僕は踏み込んでは行けない領域に踏み込んでしまったようだった。

 そうこうしているうちに中庭にたどり着いた。僕らは小さな四阿(あずまや)に案内され、そこで待っていたシーデルさんに笑顔で出迎えられた。


 軽く会釈をして挨拶をかわす。



「こんにちは、シーデルさん」


「いらっしゃい、歓迎するわ」


「お招きいただきありがとうございます」


「とんでもないわ。こちらこそ、先日はリズがご迷惑を掛けて申し訳なかったわね」


「いえ、あれは不慮の事故です」


 あの日、特に僕はリズの胸とか、リズの胸とか、触っちゃったしね……胸部の山が2つなので2回言ってみました。



「さっ、二人とも座って」



 とリズに促され、テーブルを囲むように並べられたイスに座る。


 向かい側にはリズとシーデルさん、隣にはアルマが腰掛ける。テーブルの上にはお茶菓子とホイップクリームが乗った熱そうな黒い液体がカップに注がれている。


 なんだろ? 初めて見る飲み物だ。


 僕が不思議そうに見ていると、シーデルさんが笑って語りかけてきた。



「アインシュペナーは初めて?」


「……アインシュペナー?」



 もしかして、魔術的な飲み物?


 中には不思議な薬が含まれていて、ドラゴンになっちゃうとか、さっきの石像みたいにマッチョモリモリの変態になっちゃうとか、そういうこと?



「『一本立ての馬車』を意味するコーヒーよ。国立オペラ劇場で主人を待っていた御者たちの間で流行っていたモノが貴族の間でも流行ったの」



 と付け足すようにリズが言う。


 それを聞いて、僕はどんな飲み物だろうと恐る恐る口に含んでみた。

 甘い――だけど、あとから来る苦さが「うっ」と言わせてしまう苦さだった。でも、悪い味じゃない。



「お口に合わなかったかしら?」


「……いえ、たしかに苦いですけどおいしいです」


「なら、よかったわ。あとそっちのあんずジャムのタルトも遠慮なく食べてちょうだい。ザッハホテルのようなおいしいタルトではないけれど」


「いただきます」



 ん~おいしいっ! 口に含んだ瞬間、あんずの甘酸っぱさが広がってタルトのさくさく感を味わい深くしている。

 これぞまさにタルト界の王子様や……って、まあ大げさかもしれないけど。


 だけど、それぐらいシーデルさんのタルトはおいしかった。



「――さて。本題だけど、先日はリズが大変失礼なことをして申し訳なかったわね」


「いえ、大丈夫です。僕もけがはしませんでしたし」


「アルマさんにもお店の営業中だったのにごめんなさい」


「私も特に影響はなかったので問題ないです。それより、どうしてあんなことになったんですか?」



 とアルマがシーデルさんに質問をする。


 それについては、僕も気になった。なにやら、あのグリフィンドールとかいうフクロウがやらかしたみたいだったけど。


 すると、変わってリズが口を開いた。



「あの場で少しだけ触れたかもしれないけど、グリフィンドールはまだ幼くてなんにでも興味を抱く好奇心旺盛なフクロウだから、すぐにどこかへ飛んで行ってしまうの」


「それであの日市場のにぎわいを耳にして飛んで言ってしまったのかぁ~」


「ええそうなの。それにフクロウはとても耳がいい動物だし……」


「たしかにフクロウにはそういうイメージがあるよね。昔父さんの書斎にあった動物辞典にもそう書いてあったし」


「だから、ホントにごめんなさい」



 リズが座ったまま深々と頭を下げる。


 さすがにそんなのを見せられたら、逆に僕の方が申し訳なく思えてくる。だって、あの場で悪かったのはリズだけじゃないのだから。



「そんなに謝らなくてもいいよ。あの場のことは仕方がなかったんだし」


「でも……」


「結局リズはグリフィンドールを追いかけてるうちに魔法の力の操作を誤ったってだけなんだよね?」


「……え? そ、そうよ」


「だったら、君が故意にやったわけじゃないんだから落ち度はないよ。フクロウを追いかけて焦ってほうきを制御できなくなった――そういうことでしょ?」


「……ジュリアン……」


「僕には魔法のことなんかさっぱりわかんないけど、その辺の経緯はなんとなく察することができる。だから、リズが気に病む必要なんかないんだよ」



 そう言ったとたん、リズの顔が安堵に満ちた表情になった。


 これでいい、これでいいんだ。


 誰かの暗い顔なんてみたくないし、なおさら泣いていて欲しくもない。だから、リズのそういう顔が見られて、むしろ僕の方がうれしくなっちゃったぐらいだ。



「ありがとう。そう言ってもらえて、私も胸のつっかえがとれたわ」


「大げさだなぁ~。僕たちはただぶつかっただけだし、そんなに気にすることじゃないよ」


「……いいえ、そこはとても気にするべきところよ。だって、私は――」


「はいっ、これで辛気くさい話はおしまいね」


「え? あ、あのシーデル先生……」


「――リズ。余計なことは言うものじゃないわよ」


「……はい……」



 ん? なんだろ?

 リズとシーデルさんの雰囲気がおかしい。

 まるでなにかを隠しているようなみたいだ。


 僕がそのことについて尋ねようとした――が、それよりも早くシーデルさんがまるで開いた戸板を閉めるように口を開いた。



「ところで座ったときから気になっていたのだけれど、ジュリアン君の額の傷はなにかしら?」


「……え? 傷ですか?」


「ほら、眉間のちょっと上ぐらいにある傷よ」



 と言われて、僕は長い金色の前髪をたくし上げた。


 そこにあるのは、シーデルさんの言う『額の傷』――もちろん、僕もその存在を知っている。

 なぜなら、この傷は産まれたときからずっと付いていたモノらしいからだ。


 僕はそのことをおもむろに話し始めた。







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