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我が主(マスター)に剣の誓いを  作者: 丸尾累児
第一章「主を求めて三千里」
12/45

宿敵(ライバル)はファンタスティック少年ボゥイ/其の四


 突然の声に応え、素早く身をかがめる。




 すると、次の瞬間――




 誰かが僕の背中を踏み台にして飛び越えていく。すぐに顔を確かめようとかがんだ状態から首を上向けたが、真っ白ななにかに包まれた背中が見えただけだった。

 僕は再度確かめようと身体を起こした。


 そして、そこで見た光景。


 アルマを取り押さえていた男を殴り倒し、背中に隠して目の前の男たちを威圧する男の子の姿だ。

 歳は僕と同い年ぐらい。

 ただ身長は一回りぐらい大きくて、黒くて短めの髪をしている。後ろ髪は1つにたばねられていて、それがなんだか鳥の尾羽みたいになっていた。さらに言えば、男の子は端整な顔立ちをしていて、一歩間違えると女の子に見えてしまうぐらい甘いマスクをしていた。



 イケメン――むかつくけど、男の子はそう呼ぶにふさわしいなりをしている。



 でも、一番の特徴だったのは身につけている白銀の鎧――さっき見た白いなにかの正体はこれだ。

 しかも、腰にいかにも上等なそうな剣を帯びている。それを見た瞬間、僕は彼がまごうことなき騎士であることに気付いた。


 そんな男の子が凶器を持った誘拐犯に立ち向かう。

 僕はそんな姿をただ眺めていることだけしかできなかった。



「テメエっ、なにしやがる!」


「『なにしやがる』ってのは俺の台詞だ――お嬢様を誘拐してどうするつもりだ?」


「教えるわきゃねえだろ!」


「なら、捕まえて意地でも吐かせるしかないな」



 と言って、腰に帯びた剣を引き抜く。


 ……まったく。


 すでに言動からして、バリバリのイケメンオーラが炸裂だよ。まさに「ただし、イケメンに限る」じゃないか……爆発しちゃえばいいのに。


 僕はそんな思いに焚き付けられ、木の棒を持って男の子の横に並び立った。



「……おい、なにしてる?」


「なにしてるって、もちろん戦うために決まってるじゃないか」


「一般人は引っ込んでろ」


「イヤだね。君がどこの誰だか知らないけど、僕だって騎士になろうと思ってる男だ。君だけに戦わせるわけにはいかないよ」


「騎士だと? どこの所属の従騎士だ?」


「どこでもないよ。これからなる予定」


「……はぁ? あのな、オマエみたいな庶民が徒弟制度も知らないで、そんなことほざいているのか?」


「いまはどうでもいいじゃないか。それより、とっととコイツらを片付けるよ」


「ダメだ。一般人は引っ込んでろ」


「だったら、騎士として戦う分には問題ないんだねっ!」



 と、わざとらしく発言を曲解してみる。



 当然、僕は男の子に反論させるつもりはない。



 我先にと駆け出し、男の子のつけいる余地を与えなかった。まあ僕1人でどうにかなると思ったから、先に仕掛けただけなんだよね。


 ……むしろ、僕の活躍を見て驚いて欲しいよ。


 僕は大人3人がなんとか横並びに歩けるほどの通路を50メートルほど全速力で走った。

 倒す相手は剣士っぽい感じの女が1人と手下と思われる男が六人――さっき僕と男の子が1人ずつ倒したから、実質男の方は4人か。

 見定める敵は、手にナイフらしき獲物を取り出して迎え撃とうとしている。明らかにただの誘拐犯ってワケじゃなさそうだ。


 まずその1人と対峙する。


 僕は男に向かって、木の棒を振り下ろした。

 けれども、相手だって馬鹿じゃない。

 とっさに僕の攻撃を避けて、鋭いナイフで突いてきた。僕は男のナイフをかわし、再び一撃を食らわそうと試みる。


 だけど、そこで横槍が入った――別の男2人が左から攻めてきたんだ。


 気付けば、10メートル手前のところまで来ている。僕は突然のことに対応できず、その場に立ち尽くすしかなかった。




 ……やられるっ!




 そう思った瞬間、男の子が壁となって現れた。おかげで襲ってきた2人は立ち止まり、狙いを定めた誘拐犯の一人と1対1に格好になった。


 僕は背中を向ける男の子に感謝の言葉を述べた。



「ありがとう」


「……いいから、早くソイツを仕留めろ」


「うん、わかってるよっ!」



 男の子の助力によって救われ、三度男に立ち向かう。


 正直認めたくないけど、男の子がいなかったら、きっと今頃僕は死んでいたかもしれない。僕は背中を預ける人間がいる心強さをかみしめながらも、男に向かって木の棒を振り回し続けた。



 それから、どれぐらい経っただろう?


 おそらくそんなに時間はかかっていないと思うけど、僕たちは男4人を倒すことに成功した。

 とても長く感じたのは、きっと夢中になっていたからに違いない。

 だけど、これで終わりじゃない。


 僕は木の棒を主犯格と見られる女の方へ向けてた。



「さあ観念しておとなしく誘拐した女の子を――」



 ――って、言い切ろうとしたら逃げちゃった!



 女は僕の言葉なんか無視して、袋を置いて逃走し始めた。その足はとても速く、ホントはオオカミなんじゃないかと言わんばかりの勢いだった。


 あっという間に小路の向こうへ消え去る女。


 なんだよ、もうっ! カッコ付けさせてくれたっていいじゃないか。よ~し、そっちがその気なら僕にだって考えがある。

 気持ちの収まらない僕はとっさに女を追いかけようと駆け出した。



 ところが――



「コラ待て」



 メイドさん同様、今度は男の子に服を掴まれた。



「なんだよっ、邪魔しないでくれるかな!」


「それはこっちの台詞だ。ここから先のことは、教会騎士団ディートリッヒ隊が騎士セシル・アスランが預かる。もう一般人の出る幕じゃねえんだよ」


「だから、僕だって騎士――」


「……にもなってないんだろ?」



 ムッキーッ! なんだよ、その言いぐさは!




 まるで僕への当てつけじゃないか。確かにイケメンで騎士でカッコイイけどさ……でも、だからってその言い方はないんじゃないか!


 憤る僕をよそに男の子が続けざまに話をする。



「夢を見るのはいい――だが、現実を見ろ。オマエのやってることは、ごっこ遊びの度を通り越して火遊びをしているようなものなんだよ」


「火遊びじゃないっ! 僕はホントに騎士になるんだ!」


「もう戯れ言はよせ」


「戯れ言なんかじゃないよ。それに僕だって一応貴族だ」


「なんだ、オマエ貴族なのか」


「……ああそうだよ……片田舎の没落貴族だけど……」



「ほう……で、上納金はどれぐらいあるんだ?」


「へ?」


「上納金だ。お世話になる正騎士に対して払う礼金みたいなもんだよ」


「……そ、そんなモノないよ……」


「だったら、どうやって騎士になるつもりだ?」


「うっ、それは……」


「正騎士の下で長年使えて、騎士としての手ほどきを教わって、ようやく一人前になれるのが徒弟制度だ。そんなこともわからないで、どうやって騎士になろうっていうんだ」


「……言わんとしてることはわかるけど……」



 言い返せない。



 彼の言うとおり、確かに僕には仕える騎士も上納金もないよ。だけど、本気でなりたくてここまで来たんだ。


 それをこんなところで終わらせるなんてイヤだ。


 気付くと男の子が逃げた女を追いかけようとしていた。僕はとっさにその後ろ姿を呼び止め、「連れて行って」と一言言おうとした。

 だけど、振り向いた男の子の目が冷たくて、とても言える雰囲気じゃなかった。



「まだなにかあるのか?」


「……いや……あの気をつけてね……」


「ああ。おまえに言われなくても、誰かにやられるつもりはない」


「うん、そうだね……」



 口が重い。


 気持ちじゃ一緒に行きたいって思っているのに、男の子に言われた言葉がすべてが拘束具のようにキツく縛って言わせまいとしている。

 僕はセシルと名乗った男の子の背中を見送った。



 それがいまできる僕の戦うという精一杯の気持ち。



「クララお嬢様! しっかりしてください!」



 ふと後ろから悲痛な叫び声が聞こえてくる。


 半身だけ振り返っていると、いつの間にか物陰に隠れていたメイドさんが誘拐された女の子を抱きかかえていた。

 急いでその場へと駆け寄る。

 すると、反対側から鎧を着た見たことのある女性が走ってきた。

 僕はメイドさんを挟み込むようにして、駆けてきた女の人と向かい合った。



「アナタは確か……」


「やあ靴屋の少年じゃないッスか」


「そうだっ! テレジアさんのところの人!」



 間違いない、チョビの人だ。


 なんかハムの人みたいな言い方だけど、開いていないんだか開いているんだかわからない細目とヘラヘラとした顔を見間違うはずがない。



 それともう一人。



 左の頭部に白い薔薇の髪飾りを付けた肩まで掛かるゆるふわウェーブの茶色い髪をした女の人。


 ……こんな人いたっけ?



 僕は顔を見合わせながら、女の人たちに聞いた。



「……どうして、こんなところに?」


「どうしてもなにもクララお嬢様は隊長の娘さんッスよ」


「え? 隊長って……」



 そう呼ぶ人物は一人しかいない――テレジアさんのことだ。

 僕はそれに気付かされ、おもわず「ええぇぇ~」と声を大にして驚いた。



「……クララちゃんって、テレジアさんの娘さんだったんだ……」


「気付かなかったんスか? 君はチョビ鈍いみたいッスね」


「いや、そう言われても――」



 探すのに夢中だったのに、気付って方が無理があるよ……あっ、でもセシルって子が名乗ったときに確か「ディートリッヒ隊」がどうこうって言ってたっけ。

 それとテレジアさんの名字もディートリッヒだし、まさかそんなことがあり得るなんて……


 わずかに考えていると、唐突にチョビの人の脇にいた人が口を開いた。



「ちょっとヴェラ! 一緒に探してくれてたのに、お礼も言わないなんて失礼よ」


「あ、チョビ忘れてたッス」


「……それ、チョビどころの話じゃないから!」



 様子を見るからに仲がいいみたい。

 僕はチョビの人の隣にいた人に話しかけた。



「あのアナタもテレジアさんに仕えている人なんですか?」


「ええそうよ、名前はロッテ。こっちは相棒のヴェラ」


「よろしくッス」


「あ、どうも」


「私たちは教会騎士団のいち部隊であるディートリッヒ隊で騎士をしているの」


「教会騎士団……? 公国騎士団とは違うんですか」


「そうね。教会騎士団の騎士は正確には騎士じゃないわ。大昔にあった聖戦以降に教会によって設けられた武装組織なの」


「その通りッス。そして、教会の庇護の元で騎士としての役目を認めることで、その力を存分振るえるようにしているッス」


「へえ、そうなんだ……」


「でもって、元は遍歴騎士の私たちは貴族の身分とかって関係ないのよね」


「遍歴騎士?」


「幾多の冒険譚を求めてさすらう騎士のことッス。まあ有り体にチョビ言うなら『傭兵』ッスね」


「……傭兵……かぁ……」



 なんだか奥が深そう。

 僕が知らない騎士の姿が垣間見えた気がする。



「それより、お嬢様を助けてくれたこと感謝するわ」


「いえ、とんでもない!」


「さっきまでセシルが一緒だったみたいだけど、アイツはどこ行ったのかしら?」


「あ……」



 男の子の名前が出たとたん、僕は顔を暗く沈めた。





 『夢を見るのはいい――だが現実を見ろ』





 その一言がヒドく気にかかる。


 僕が騎士になるには、夢を飛び越えて現実にするしかない。その意味を教えてくれたことには感謝するけど、とても重い言葉のように思える。

 とっさのことにロッテさんも驚いたみたいだ。



「どうしかしたの?」



 と顔を近づけて、いつの間にか僕を見ていた。

 すぐさま身振り手振りで取り繕う。



「あ、いえ。なんでもないんです……」



 ……ホントはなんでもあるくせに。


 などと自嘲してみる。自分で言うのもなんだけど、今回のことは自分の気持ちに対して重くのしかかった。


 一方で、ロッテさんが不思議そうな顔で僕を見ている。


 僕はへつらうようにセシルがどこへ行ったのかを告げた。



「彼なら逃げた女の人を追っていきましたよ」


「女?」


「ええ、鎧を着た女の人でした」


「もしかして、ソイツが主犯格なの?」


「かもしれません。とにかくその女の人を追っていきまいました」


「なら、安心ね」


「ところであの誘拐犯たちはいったい……?」


「うーん、それはこれから調査するとこ。とりあえず、改めてお礼をさせて」


「いえ、ホントに気にしないでください」



 そう言って、両手を眼前で交差するように振ってみせる。


 突然、地面の方から「お嬢様」という声があがる。すぐに目線を下へ向けると、気絶していたクララという名前の女の子が目を開けていた。

 どうやら、いましがた目を覚ましたらしい――メイドさんが涙ながらに顔をほころばせている。


 僕はその光景を安堵した気持ちで眺めた。

 クララが小さく声を発する。



「ケイト?」


「はい、お嬢様」


「クララ、お部屋で遊んでたのに知らない場所来ちゃった」


「お嬢様大丈夫です。もう知らない場所にはお連れしません」


「……うん。ちょっと眠いからお休みする」


「ええ、お休みなさいませ」


「起きたら一緒にあそぼ」


「もちろんです」



 とウトウトするクララをメイドさんがあやす。



 その光景が微笑ましくて、僕はつい涙ぐんでしまった……って、あれ? そういえば、なにか忘れているような気が。





「ねえ、捕まってた私の存在なんてどうでもいいわけ?」







 …………………………………………あ。








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