宿敵(ライバル)はファンタスティック少年ボゥイ/其の参
町中を駆ける僕。
後ろからはメイドさんが付いてきている。
だけど、目標である男たちは市場にいる大勢の人に紛れてどっかに行っちゃったらしく、その姿を目で捕らえることはできなかった。
それでも、探さなくちゃいけない。もしかしたら、クララちゃんは誘拐されちゃったかもしれないんだ。
僕はメイドさんと一緒に市場の通りをくまなく探し回った。
そうして、ようやく見つけた男たち――
市場を抜けて、歓楽街の裏路地へ入っていくのを目にする。僕はその姿を追って、路地の中へと入っていった。
路地は日中にもかかわらず、暗い闇に閉ざされていた。
正確には建物の間から光が差し込んでうっすら見えていたんだけど、その雰囲気は何とも言い難い不気味さを感じざるえなかった。
通りがけ、僕たちの周りには小汚い外套をかぶった男たちが立っていた。
その人たちにジロリと見られるだけで、さらに不気味さを増したけど、僕は怖がるメイドさんの手を引っ張って奥へと突き進んだ。
男たちは路地の奥の奥の方にいた。
「……なんとか捕まえましたぜ……」
「ご苦労さん。報酬をやる前にブツを見せな」
なにやら声がする――
僕はメイドさんと一緒に物陰からその様子をのぞき見た。
目線の先にいたのは、男六人と女一人――
そのうちの四人の男はさっき僕がぶつかった連中だ。残りの男二人と隆々とした筋肉をあらわにする女一人はきっと黒幕なんだろう。
足下には、さっきぶつかったときにも見た大きな麻袋も転がっている。僕はその中身が取り出されるのを見るなり、声を殺してその場で一驚した。
そう、中身は言うまでもなく女の子だったんだ――
どうやら、薬かなにかで眠らされているみたい。すぐさま身を潜め、僕はメイドさんに確認した。
「あの子がクララちゃんですか?」
「ええ、間違いありません。まさか誘拐されてたなんて……」
「身代金目的の誘拐かな?」
「その可能性もあります。お嬢様は貴族のご令嬢ということになりますから」
「だとすると、どうやって助けよう……」
「わたくしがお屋敷に戻って救援を呼んできます」
「それだと少し時間がかかりすぎるんじゃ?」
「これでも、足には自身がありますから大丈夫です。それに今頃報告しに戻ったメイドが屋敷の者を連れて町中を探し回っているはずです」
「じゃあその人たちを連れてくれば、なんとかなりそうなんですね?」
「ええ。ですから、ジュリアン様はここで見張っていてくださいますか?」
「わかりました。なら、僕はここで応援を待ってま――」
と言いかけた直後だった。
「オーケーだ。ガキはディートリッヒ伯の愛娘で間違いない」
怪しい算段をする集団の女が声を上げる。
僕はその言葉に再び顔を半分覗かせた。
よく見ると、連中は移動しようとしている。クララは物のように袋に戻され、どこかへ連れ去れようだ。
……このままじゃいけない。
とたんに僕は足下にあった木の棒をつかんだ。
そして、気合いを入れて男たちに立ち向かっていこうとした――が、とっさになにかに服を引っ張られた。
振り返ってみると、メイドさんが激しく首を振って僕を見ていた。
「ダメです! 応援を呼んでくるまで待ってください!」
「だけど、このままじゃクララはどこかへ連れ去られちゃいますよっ!?」
「大丈夫です。それも屋敷の者が見つけます」
「そんなこと言ったって……」
目の前じゃ罪のない女の子が連れ去られようとしている。
……こんな現実があっていいわけがない!
僕は自分の正義にウソはつけなかった。だから、必死に止めようとするメイドさんの手を振り払って、どこかへ行こうとする誘拐犯に飛びかかった。
「ていやぁぁああぁぁぁっ!」
雄叫びを上げて、誘拐犯の一人に立ち向かっていく。
すぐに一党が僕の存在に気付いたけど、時すでに遅し。僕は誘拐犯の一人の頭を強く殴って打ち倒していた。
「テメエはさっきのガキんちょ……」
「やいっ! 女の子を誘拐しようだなんていったいなにが目的だ!」
「ガキはすっこんでろ!」
「――ガキじゃない! 僕は一人前の騎士になる男、ジュリアン=ベーレンドルフだ!」
威勢よく名乗りを上げる。
……ちょっと考えると、これはこれで英雄らしくてカッコイイな。
僕は手にした棒をしっかりと握りしめた。
ところがなぜか男たちは笑い始めた。
いったいなにがそんなにおかしかったのかわからない。僕は剣幕をあげて、その理由を問いただした。
「なにがおかしい!」
「……騎士だぁ? テメエみてえなヒーロー気取りのヤツはただの死に急ぎの馬鹿じゃねえか」
「とっとと帰って、ママンのお乳でもしゃぶってな!」
「そうだ! そうだ!」
「な、なんだとぉ~」
ムキィ~ッ! むかつくぅ~!
許さない、絶対にだ――
たとえ、お天道様が許しても、僕はコイツらのことを許さない。バッキバキのギッタンギッタンにしてやるんだ!
怒りのなすがまま、男たちに向かって駆けた。
刹那、「ジュリアン」という呼び声と共に前方の脇道からアルマが現れる。
アルマはまるで僕を待ちわびていたかのように手を振り、緊張感のない笑顔を差し向けていた。
……え? ってか、なんでいるの?
当然、勢いよく走ってきた僕はアルマとごっつんこ。お互いに赤くなった額に手を当てて倒れ込んでいた。
「……いたたた。どうしてアルマがここにいるんだよ!」
「それはこっちの台詞よ。いったいジュリアンはなにをそんなに急いでいるわけ?」
「だって、そんな状況じゃないからさっ!」
アルマは後ろに危険な連中がいるんだってことに気付く余地なし。それどころか、僕に対して理不尽な怒りを上げている。
だけど、構ってる場合じゃない。
僕は起き上がって、とっさに手にした棒で男たちに殴りかかろうとしたが――
「おっと、そこまでだ」
と寸劇につきあうはずもない誘拐犯によって、アルマの首元にナイフが突きつけられた。
……うん、状況悪化しちゃったね。
「あっ!」
「……え?」
「……ゴメン、捕まっちゃった! てへぺろっ」
「ちょ……。捕まっちゃったじゃないよ、アルマ……」
「アハハハ、ホントにゴメンねぇ~」
「『ゴメンね』じゃないてばっ! どうしてくれんのさ!?」
「というわけで、コイツは人質だ!」
「ジュリアァ~ン、助けてぇ~」
「……なんて棒読みなんだ」
もうイヤだ。
こんな展開あっていいはずがない。むしろ、僕が世界の中心で叫びたいくらいだよ……「誰か助けてください」って。
でも、これで僕は手も足も出せなくなった。アルマも人質に取られた。
……どうしたらいいんだ? それによくよく考えると、アルマが人質になるのって2回目じゃん。まさか2度あることは3度あるとか言わないよね?
不意によぎった事柄に苦笑いを浮かべつつ、僕はいまのこの状況に焦燥感を抱かざるえなかった。
「少し身体をかがめろ!」
そんなとき、後ろから大声がした。




