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我が主(マスター)に剣の誓いを  作者: 丸尾累児
プロローグ「出会いの物語」
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プロローグ


 ──まことの騎士の道に心を向ける者は、誉れと幸せが訪れる。騎士の道に乗っ取り、見事高名を得た気高いアーサー王の生涯がこれを証している──

                ハルトマン・フォン・アウェ『イヴァイン』より




 僕の名前はジュリアン・ベーレンドルフ。

 ワケあって、目の前に広がる壮麗で大きな街「ヴィエナ」とやってきた。

 簡単に理由を説明すると僕は騎士になりたい。そんな理由から路銀を貯め、必要な道具を買い、ここまでやってきた。

 ……とはいうものの、現在一文無し。



「おなか空いたなぁ~」



 いまは腹を押さえて道を行くばかり。なぜこんなことになったかというと、実はあることきっかけだった。

 それはクレクレ詐欺、言うなれば物乞いのことだ。




 話を戻せば、一週間前のこと。

 僕が道を歩いていると、遠方で泣きながら抱き合う老夫婦の姿が視界に飛び込んできたんだ。


 それだけみれば、何か事情のある夫婦という風に見えるだろ?

 当然、僕は声を掛けてみたんだ。



「どうかされましたか?」


「ああ、騎士様。じつは、私たちはとても貧乏でたった一人の娘を売らなければならないのです。そして、今晩人買いたちがやってきて可愛いあの子が連れ去られてしまう。そう思うと悲しくて涙が止まらないのです」



 もちろん、直後にあからさまな「嘘だ」って思ったさ。

 それらしく見える貧相な衣服。腰を折り、やつれた顔がしわくちゃでいかにも「不幸」を演出した姿に僕は驚かされた。

 すぐにその場を立ち去ろうとしたんだけど、彼らの罠はとても巧妙だった。



「それは、お気の毒に。じゃあ僕はこれで」


「待って下され!」


「まだなにか?」



 僕が食らい付かないと見るやいなや。突然、老夫婦はポケットから小さな翡翠の原石を取り出して唐突に不幸な身の内を明かし始めたんだ。



 ここからが僕の油断の始まり。



「どうか娘をお助け下さい。この翡翠はあの子が私たちの結婚記念日にとくれたもので、けなげなあの子は山深くの危険な洞窟に行き……エトセトラ、エトセトラ」



 それからの顛末は言うまでもない。

 僕は語られた老夫婦の不幸な人生に涙した。


 だって、長くつらい波瀾万丈の人生なんて物語だよ? 誰だってかわいそうだって思ってしまう。

 そりゃ同情だってするさ。



「……うぅぅっ。ひどいことする人もいるもんだぁ~わかりました。じゃあこのお金を使って娘さんを取り戻して下さい」



 僕はそう言って持っていた有り金をすべて差し出すと満足げに老夫婦の元を去った。

 でも、あとから考えるとそれはあくどい語り詐欺。



「……わかっていたはずなのに」



 と僕はひどく自分を責めた。


 ホント、ここまで来るのには苦労したよ。で、結局ヴィエナへ農作物を届けるという馬車持ちのオジさんに出会って、40キロほどの道のりを共にしたんだ。


 卸売業をしているという荷主は陽気で気さくな人だった。


 パンを分けてもらったり、関所の通行料を払ってくれたり、とてもいい人だった。そんな人のおかげで、僕はここまで来れた……ちゃんと神様に感謝しないとね。



 でも、その人とは町の入り口でお別れ。



 仕事柄、港にある商会に野菜や果物を届けなくてはならないらしく、僕が目的としている町の中心街まで行けないらしい。それで僕は郊外でオジさんと別れを告げて、いま歩いている活況にあふれた通りへとやってきた。


 でも、そこでお腹が空いていることに気づいてしまったんだ。


 到着前にオジさんと二人で片道分の最後の食料を分け合ったものの、食べたのは一人分の食料の半分ぐらい。

 それじゃあ満足できるはずもなく、僕のお腹はグゥーグゥーと音を立てた。



「はぁ~やっぱり同情するんじゃなかった」



 後悔先に立たずとはこのことかもしれないな。


 僕は頼れる一つモノないまま、大きな街の真ん中を歩いた。


 そんなとき、耳によからぬ行為をしようとする者達の声が聞こえてくる。僕は何事かと思い、左に延びる狭い裏路地の方を見た。



「離して下さい、いま忙しいんです」


「いいじゃねえか。少し付き合えよ」



 そこには屈強そうな四人の大男が栗色のおかっぱ頭の女の子を取り囲んでいた。しかも、シャツ1枚で袖を腕まくりしてむき出しになった筋肉を自慢げに女の子に見せびらかせている。



 普通じゃない、変態だ。



 けれども、僕は取り合わなかった。



「大変だ! 放置しておこう」



 なぜかって?


 そりゃあ空腹で動きが鈍っているのに男達の間に割って入るなんて、無謀に決まってるからじゃないか。

 だから、知らないフリをして立ち去ろうとする――なんて僕に優しい行動なんだろう。


 でも、すぐに女の子に気づかれちゃった。



「ちょっと! 気付いているなら助けなさいよ!」



 ……気づかないでくれればいいのに。


 とたんに女の子が僕を睨みつけてきた。



「ええぇ~? いま物凄く空腹で力が入らないので自力でなんとかしてよぉ~」


「いいの? 絶対アンタの枕元に出てやるわよ?」


「それもイヤだなぁ~」


「じゃあ早く助けなさいよ!」


「……お前ら、俺を馬鹿にしてるだろ?」


「って言ったって、痛いのも超嫌だしぃ~」


「そんなこと言ってないで、男らしくカッコイイ正義のヒーローを演じて見せなさいよっ」


「え……? 僕が正義のヒーロー?」



 その言葉に素早く反応して見せる。


 はっきり言おう――僕は正義って言葉が大好きだ。


 重税を課す国王に立ち向かうヒーローが好きだ。革命を起こして先頭を行くヒーローが大好きだ。自らに犠牲を払ってでも人々を守ろうとするヒーローが大好きだ。




 とにかく、好きなものは好き。

 やっぱり気が変わった――女の子を助けることにしよう。




 僕は後ろを向いて状態でポーチにしまっておいた革製のグローブをしっかりと手に嵌め、わざとらしく咳払いをした。


 そして、クルリと向き直る。


 同時に人差し指を突き出して、ごろつきたちにこう言ってやった。



「君たち! 女の子に乱暴するなんてお決まりのパターン過ぎて、読者に飽きられてしまうぞ? というか、これを書いている筆者も飽きているんだぞ!」


「わかっているなら、言うな!」


「まあとにかくだ。その手を離してあげてなさいよってことなんだからねっ!」


「うるせぇ! やっちまえっ」



 よくもまあ悪党らしい行動をするね。短気ですぐに人に突っかかってくるあたり、時代劇の悪党って感じでベタな展開だよなぁ~。




 でも、僕は主人公。





 それを証明するためにも、この場を盛り上げなくてはならない。

 僕は襲いかかってきた背丈の大きな二人の男をヒラリとかわしてみせた。


 それから、片割れの男の腕を両手で押さえ込むと軽々と投げ飛ばす。すると、男はもう一人の男の方のいた方へと飛んでいき、巻き込む形で地面に倒れ込んだ。


 まずは二人――すかさず残った男たちの方を振り返る。


 どうやら、5メートルほど離れた場所にいる男たちは僕をいがいがしく思ってみているらしい。



「コイツよくもっ!」



 やっぱり、モブらしい台詞だなぁ~。とっとと倒して、女の子から礼金巻き上げて食事にありつきたい。


 とっさに女の子の前に立っていた男に素早く近づく。


 そして、右の拳を頬に放つ。すると、男は僕の力強い打撃の勢いに推されて背後に吹き飛んだ。

 言うまでもなく、男は前の二人同様ノックアウト――そこから「まだだ」と言って、立ち上がるしぶとさも見せずに伸びてしまった。



「さあ、あとは君だけだ!」



 というわけで、残すはあと一人。


 相対する男は女の子を羽交い締めにした状態で盾にしている。だけど、あまりに釣り合わない身長差のためか、上半身がガラ空きだ。


 僕はゆっくりと男の方へと歩み寄った。

 男が恐怖のあまり叫び声を上げる。



「来るんじゃねぇ! 女がどうなってもいいのか!」


「そんなこと言ったって、君たちが乱暴なことしようとしてたんでしょ? 女の子をそんな風に扱っちゃっていいの?」


「黙れ、小僧!」



 またもよくあるパターン――今度ばかりは絶対に無理だ。


 僕はそのことを悟り、男に背を向ける。


 この状況で助けようとする正義のヒーローならば「卑怯だぞ」と言いながら、究極の選択を迫られるに違いない。そして、ヒロインが「私のことはどうでもいいの」と応じる寸劇が広げられる。



 結局、それでどうにか事態は打開されるのだ。



 けれども、僕にはそんな状況を覆すのは無理に思える。

 だから、あっさり両手を挙げて降参のポーズ。こうすれば、何もされないし、見逃してくれるかもしれない。


 そういう思いから、僕は両手を広げて溜息をつきながら元の道へと戻り始めた。

 とっさに男に呼び止められる。



「おい、最後まで助けるんじゃないのか……?」



 ……その一言はナンセンスだね。

 僕は振り返って、男に言ってやった。



「やっぱり無理だから遠慮します。女の子は好きにやっちゃって」



 どうやら、僕の一言に驚いたらしい。

 意外な展開にごろつきも、女の子も、あんぐりと口を開けて動きを止めたままだ。

 僕はその雰囲気を無視し、改めて道を戻ることにした――が、突如背中が火傷するんじゃないかという熱気が後方に漂い始める。


 思わずその空気に顔を向ける。


 そこには静かな怒りを宿した女の子がいた。まるで手のつけられない野獣みたいで、僕もおっかなびっくりだよ。

 やがて、女の子の怒りが頂点に達する。



「……この……ろくでなしぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいい!」



 烈火のごとく起こった女の子は自分を取り押さえていた男の股間を蹴り上げていた。




 ……見るからに痛そう。




 男はあまりの激痛にかがみ込んで股間を押さえ込んでいた。しかし、美女な野獣の女の子は容赦なく、右のフック、左のアッパーを繰り出す。



「君が泣くまで、僕は殴るのをやめないっ!」



 と言っているようにも聞こえる。




 誰だかわからないごろつきの人――――メンゴ。




 やがて、女の子にボコボコに伸された男はなぎ倒された大木みたいにその場に倒れ込んだ。

 あんなに女の子の一撃を食らったんだ。夕方までは起き上がらないだろう。それよりも、僕は怒りが静まらず男を何度も足蹴りにしている女の子が恐ろしい。


 僕は身を震わせながら、女の子に話しかけた。



「自力で切り抜けられるじゃん……」


「うっさいわねっ!」



 怖いっ、怖いっ! この子、ホントに怖いよ! しかも、よく見ると地面を転がる男の股間を躊躇なく足でおもいっきり踏みつけてる。




 ……悪魔のような光景だ。




 しばらくして、女の子は僕に歩み寄ってきた。



「な、なに?……」



 と構えながらも逃げる体制を整える。




 すると、突然女の子にグーで頭を殴られた。




 もちろん、それには両手で頭を押さえて抗議したさ。でも、女の子の赤く光る目が恐怖を感じさせて、抗議を受け入れてもらう雰囲気じゃなかった。


 さらに時間が経って、僕たちはようやくまともな話をすることができた。



「とりえず、助かったんだから結果オーライってことでいいよね?」


「そうね……。アナタが最後まで投げ出さずに戦ってくれれば、私はもう少し報われたんじゃないかと思うわ」



 プイッとあっちの方向を向いて女の子がむくれる。


 嗚呼、これはきっとカッコイイ白馬の王子様。または顔も身体もゴーレムのような肉付きの騎士が自分を助けてくれると思ってるパターンだ。



「キミを助けたのが、こんなヒョロヒョロの僕で悪かったね」



 内心そう思いつつ、女の子に殴られた頭を抑える。



「いや、なんていうか……。その、ホントにお腹が減っていてたんだよ」


「だとしても、女の子が悪い男たちに絡まれているのよ? それによく見れば、その格好。アナタ騎士よね?」


「う~ん、えっとね。実は騎士じゃないんだ。正確に言うなら、僕は騎士になりたくて遙か西方の村からやってきたんだ」


「そんなのどっちだっていいわよっ! とにかく男ならか弱い女の子を助けるのが筋っていうモンじゃないの?」


「――か、か弱い女の子?」


「なに?」


「いえ、なんでもないです……」



 やっぱり、怒らせると怖いよぉ~。

 僕は愛想を振りまきつつ、なんとか逃げる隙をうかがった。


 しかし、時既に遅し。



「まあ助けてくれたんだから、一応に感謝するわ。ありがとう、『騎士っぽい人』」


「……あ、うん。なんだか複雑な気分だなぁ~」


「つべこべ言わないで素直に受け止めなさいよ」


「うん、わかった」


「で、アナタ名前は?」


「……え?」


「名前を聞いてるのよ」


「ああ……。えっと、僕はジュリアン・ベーレンドルフ」


「アルマ=アーベルよ。アルマでいいわ。よろしくね、ジュリアン」


「うん、よろしくね……」


「じゃあお礼と言ってはなんだけど、ウチでご馳走してあげる。ちょうど買い物の途中だったし、荷物の持ち手も必要だったの」


「え? それは僕に買い出しを手伝えと……?」


「そんなんじゃないわよ。ついでよ、ついで。ウチに着いたら、たくさん御馳走してあげるから――だから、ね?」



 とアルマがウィンクする。


 その愛くるしい顔つきに、僕はなぜかときめいてしまった。

 これがアルマとの出会い――





 僕が騎士を目指すきっかけとなった物語の第一歩だ。






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