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すでに掃除も終わり、みんなすでに帰ったようで教室は無人だった。
自分の机に行くと、やはり電子辞書が机の上に置いてある。カバンの中に仕舞おうとして、そのまま忘れてしまったようだ。注意力散漫かな。と少し反省して、電子辞書を手に取ってその場を後にしようとした。
――と、その時、ちょうど教室のドアが開いて、長身の男性が顔をのぞかせる。
見知ったその顔に、私は彼の名前を呼んだ。
「滝沢先生?」
「お、大崎」
「ここにいたのか」と笑う先生に、私は小首を傾げた。
「えっと……さっきまで図書室で勉強してたんですけど、電子辞書を忘れてて。それで今ちょうど教室にきたところです」
「あぁ、なるほどな」
納得したように頷いた先生に、私は「何か用事でしたか?」と尋ねた。も、もしかして何か約束してたっけ……?と冷や汗をかいていると、先生は笑って首を横に振った。
「いや、俺が用事っていうか……大崎、今日の授業理解できたか?」
「……。」
私はそっと目をそらした。しかし無視するのも憚れて、小さく「いいえ」と答える。顔は見ていないが、おそらくいつものあの苦笑を浮かべているのだろう先生は「やっぱりな」とだけ言った。私は申し訳なくなり身体を縮めて項垂れた。
「すみません……。」
「あー、気にすんなって。……ただ、なかなか質問に来なかったから大丈夫かと思ってな」
気づかわしげにそう言う先生に、わざわざ探してくれたのかとさらに恐縮する。先生、本当にいい人すぎます。
数学準備室に人がたくさんいたことから、放課後少し時間をおいてからにしようと思っていた旨を伝えると、今度は先生が眉根を寄せ、申し訳なさげな顔をした。
「悪いな……ほとんど捌けたから、もう大丈夫だと思うが、今から質問来るか?」
「いいですか?」
「もちろん。いつものことだしな」
「ご、ご迷惑おかけします……。」
再び項垂れる私に、先生は少し笑って「冗談だ」と言い、私の頭をくしゃりと撫でた。……子ども扱いされてるだけってことだろうけど、一応お年頃の私は少し気恥ずかしい。私は頭の上の手を振り切るように顔をあげ、「それじゃあ、カバン取ってきてから行きます」と言って誤魔化した。
先生は気にならなかったようで、「了解」と頷く。
「じゃ、数学準備室にいるな」
「はい。ありがとうございます!」
教室を出ていく先生に頭を下げ、足音が遠ざかるのを確認して私は電子辞書を持っていない方の手で顔を覆った。
……先生はいい先生だけど、確かにホストっぽい部分もあるかもしれない。
おまけに、彼があんな風に触る生徒は、私が知る限り私だけだ。さすがに先生が私を好きだとか、そういう少女漫画みたいなことを考えるようなことはない。しかし、恥ずかしいものは恥ずかしい。ただでさえ家族や親戚以外の男に免疫がないのだ。
「……カバン、取ってこなきゃ……。」
せっかく探しにまで来てくれたのに、遅くなっては失礼だろう。
私は先ほどより足早に、図書室に向かった。