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カッカッ、という無機質な音が教室に響く。同時に聞こえる滝沢先生の低い声に、私は頭を抱えた。
言わずもがな、数学の時間である。
「――よって、x=2yzになる。質問がある奴、手ぇあげろー」
せっせと板書をして、できる限り先生の解説もノートに書き加えていた私だが、先生のその言葉に少し悩まされる。ほとんど理解できなかったため、もう1度説明してもらうのは少し申し訳ない。
困った顔で先生を凝視していると、先生とばっちり目が合った。
先生は私の顔を見て、少し苦笑する。
「あー……今のとこ質問はなさそうだけど、何かあったら昼休みでも放課後でも数学準備室まで来いよ」
明らかに私に向けられた言葉だった。情けないが有難いその言葉に、私はほっと胸を撫で下ろす。本当にいい先生だな、と改めて実感しつつ、先生の「次、問2いくぞ」との言葉に、慌ててペンを握りなおした。
そしてやってきた昼休み。
先生のお言葉通り、私はわからないところを聞こうと数学準備室までやってきて――目の前の光景に唖然とした。
「センセー、私ここ分かんなぁい」
「センセ。ここはー?」
「先生、教えてぇー」
「あーはいはい。順番な順番!」
1-D女子、大集合だ。よく見るとちらほら別のクラスの子もいる気がする。私はがっかりして肩を落とした。
……思えば、予想できたことかもしれない。
滝沢先生はその綺麗な容姿から、女生徒から絶大な人気を誇っている。
――そもそも、彼だって『LOVE SKILL』の攻略キャラクターの1人だったのだ。
ゲーム内ではホストな見た目のまま、大人の色香に満ち満ちた大変ダンディーな先生だった。
外見だけで見るならばゲームの通りだが、実際に話してみるとそんなことはない。とても優しい、生徒思いの良い先生だ。私が鈍いだけかもしれないが、大人の色香なんて色っぽいものを感じたことはない。言うなれば、よく遊んでくれる親戚のお兄さんのようである。
……と、まぁそういうことなので。先生が「数学準備室に質問に来い」と言ったことにより、特に質問のない生徒も集まったということだろう。でなきゃ、普段私くらいしか訪れない数学準備室にこんなに人が集まることなど滅多にない。先生が「用がないなら来るな」と1度渋い顔で注意したからである。
私は少し迷った後、とりあえず昼休みに質問するのは諦めることにした。
あの女生徒の中に割って入るなんてできるとは思えないし、彼女たちも夜までいるつもりはないだろう。私は寮だし、尚且つ夕飯も自分の部屋で作って食べるため食堂の時間も気にしなくていい。
「……うん、放課後にしよう」
それなら、遅くまで教室で時間を潰していればいいだろう。
私は1人頷いて、その場を後にした。