生徒会と懇意にしているのもメインヒロイン
放課後、グラウンドからの喧騒が聞こえる廊下を歩く。
今週は部活勧誘週間ということもあり、運動部が新入生の勧誘に精を出しているようだ。
自身も部活に所属する身ではあるが、既に7人の新入生を確保できたこともあり、勧誘には熱を上げていない。
部活動が再開されるのは来週からであるし、私は暇を持て余していた。
友人たちと話すのもいいが、この暇を使って改めて今の状況を整理したくなったのだ。
薄暗い階段を上り、大きな鉄製の扉に手をかける。
錆びついた軋むような音を立て、屋上への扉は開かれた。
「……あら?」
夕焼けをバックに、彼女は立っていた。
風で波打つ髪を手で押さえ、グラウンドで走り回り声を上げる生徒たちを優しげな瞳で眺めている。
扉が開く音に気付いたのかこちらを振り向いた彼女は一瞬目を見開き、そしてまた微笑んだ。
「九条楓さん、だったかしら?こんなところに何か御用?」
現生徒会長、そしてヒロインの一人である、藤堂氷雨その人がそこにいた。
私は見惚れていたことに気づくと軽く頭を振り、苦笑しつつ答える。
「いえ、ちょっと涼みにきただけなんですけどね」
一人で考えをまとめたかったのだが、先客がいるならば仕方がない。
このまま校舎の中に戻るのも気が乗らないし、会長の隣にいき、フェンスに体をもたれかける。
「会長こそ、なんでこんなところに?副会長、探してましたよ」
委員長という役柄や優等生を演じていることもあって、教師からの信頼はそれなりに厚かったりする。
そのため様々な仕事を与えられ(押しつけられともいう)、その中には生徒会の手伝いなども含まれていたりした。
そういう関係もあって、生徒会の役員には、私は顔を知られていたりするのだ。
その中でも私は副会長である穂摘奏と特に親交を深めている。
仲良くなるまでには色々あったのだが、よく愚痴を聞かせ合う仲となっていた。
「だってうるさいんですもの。仕事しろーって」
「いや、それは副会長のほうが正しいでしょう。愚痴を聞く身にもなってくださいよ」
くすくすと笑う会長に、わざとらしく顔をしかめながら、答える。
「聞こえませーん」などと耳を塞ぎながら笑う姿は、とてもこの学校の生徒会長には見えない。
これを見ると本当に仕事をしていないように見えてしまうが、実際は違う。
必要なところをおろそかにする様な人ではない。
残っているという仕事も、今はそれほど重要な仕事ではないのだろう。
「奏は真面目すぎるの。あの子はストレスをため込みやすいから、愚痴でもなんでも聞いてやって頂戴な」
ストレスの要因の一人が何をとも思うが、副会長が会長の愚痴をこぼす時は、気付いてないようだがどこか楽しそうなのだ。
それほど不満に思っているわけではなく、親友としてしっかりして欲しい、というところなのだろうか。
「氷雨は、何物にも縛られない」
いつだったか副会長がこぼしていた言葉だ。前に立ち、自由に振舞いつつも後ろの物を惹きつけ引っ張っていく。
なるほど、リーダーとしての魅力はあるようだ。
「副会長が真面目すぎる、というのには同意します。会長もそのストレス軽減に尽力してほしいものですが」
「善処するわ」と笑う。ヒロインの一人だからと一瞬身構えてしまったが、なんてことはない。
やはり彼女も現実にいる普通の女の子なのだと、感じられた。
あまり悩む必要はないのかもしれない。私も、確かにこの現実に生きているのだから。
「一度あなたとはゆっくり話したかったのよね。奏ったらあなたのことばかり話すのよ?」
「私というものがありながら」などとわざとらしく唇を尖らせ、指を突き付ける。
その様子には苦笑するしかない。
「大丈夫です。副会長も会長のことばっかり話しますから。相思相愛ですね」
「当然よ。私と奏は親友ですもの」
その割には苦労させているようであるが、これが彼女らの関係なのだろう。
「奏を待たすのも悪いし、そろそろ私は行くわね」
「早く行ってやってください。きっと待ちわびてますよ」
そうするわ、と彼女は扉に向かい、手をかけると、ふと思い出したように振り返った。
――何故か、肌が粟立つように感じた。
「――そういえば、新入生総代君に、求愛されているんですってね。噂になってるわよ?」
「う、噂になってるんですか……。あまり目立ちたくはないんですが」
それこそ今更じゃない、とくすくす笑う。先ほど感じた違和感は気のせいだったのだろうか。
「彼の何が不満なのかは知らないけれど……うかうかしてると、鳶にかっさらわれていかれちゃうわよ?」
そう、今までとは質の違う笑みを向けられ、ひきつった笑みを浮かべるしかできなかった。
覚えておきます、と返すと、彼女は扉の間から手を振りながら、階下へと降りて行った。
……今のは、遠回しな宣戦布告なのだろうか。
森永さんと違い表向きは友好的なのを今はよしと考え、ため息を付くと自身も階段を下りていくのだった。