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九月の桜  作者: 七ノ夏
8/8

ふたたび中庭、b

「あの」

鈴を転がしたようなその声に、不意打ちをくらった気分になった。

「はい?」

まさかな、と思いながら顔をあげると、果たして、柔らかそうな黒髪をふたつにくくった糸巻いとまきさんが、すぐちかくにいた。思わずあげそうになった奇声を、どうにかのみこむ。

しずかに動揺している僕をよそに、糸巻さんはスカートのポケットを探りはじめた。すこし上気している頬を、気づかれないようにそっと眺める。

「へんなこときくけど、この紙に見覚えとか、ありませんか」

そう言って糸巻さんがとりだしたのは、流れるように美しい文字列がならぶルーズリーフの切れ端。

息がとまるかと思った。なぜなら、

「それ、僕も持ってる」

急いでポケットからたたんだ紙きれをとりだして、開いてみせた。

「今日の放課後、中庭に来てください。ほんとにおんなじだ。なんで?」

驚いた表情の糸巻さんと、目があう。好奇心に満ちたそのひかりがあまりにまぶしくて、言葉がなにもでてこなかった。

ぽす、と妙な音がしたのはその時だ。

「わ、黒板消し」

大きな声をあげた糸巻さんの指さす方を見ると、確かに黒板消しが落ちていた。

いったいどこから。

上を見やると、信じられない光景が広がっていた。

底抜けに高い九月の青空に、桜色の塊が浮かんでいる。かと思うと、まばたきするよりもはやく、それは砕け散り、欠片となってこちらへと落ちてくる。ひらひらと、音もなく、落ちてくる。

視界ぜんぶが桜色に染まった。僕はたまらず瞼をとじる。

「なんだこれ」

目をあけると、そこにあるのは、いつもとなにもかわらない景色だった。上は相変わらず、すかっとした青、下はコンクリートのつめたい色。

「なんだろう」

間があいて返ってきた鈴鳴りの声に、僕はすこし安心する。

そして、ふとわかった。こんなことができるのは、こんなことをしでかすのは、僕がしるかぎり一人だけ。

「木原」

「え、木原さん?」

見えるはずがないのに、糸巻さんはめいっぱい空をあおぐ。

「うーん、やっぱりわからないね」

犯人探しをあきらめて、こっちをむいた糸巻さんは、可笑しくてたまらないというように、目をほそめた。

「そっかあ、ふじの君って名前だったんだ」

「え?」

「顔に書いてるよ。見て」

糸巻さんから渡されたちいさな手鏡をのぞきこむと、そこには「ふじの です」という桜色の鏡文字を顔にひっつけたまぬけな僕がいた。

「木原め」

僕がひくく呟くと、糸巻さんはふきだした。

「なんだかわからないけど、おもしろいね」

そう言ってまた笑う頬にも、さっきの桜がひとかけくっついていた。









最後まで、読んでいただき、ありがとうございました。

ほんの一瞬でも、楽しんでいただけたのなら、とても幸せです。

また、改善すべき点や批評、感想などよろしければ送っていただければ、嬉しいです。




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