教室
わたしは不思議な気持ちで、手のなかの紙片をじっと眺めた。
「今日の放課後、中庭に来てください」
ルーズリーフの切れ端に書かれているのは、それだけ。女の子っぽい丸っこい字でもなければ、男の子っぽいかくかくした字でもない、大人っぽい流麗な字だ。
わたしがそれを発見したのは、ついさっきのこと。帰る準備をしていたら、机の中から見覚えのない紙きれがでてきたのだ。
わたしの机に入っていたということは、わたし宛てなのだろうか。でも、こんな呼び出し状を入れられるようなことをした覚えはない、はず。髪だって真っ黒だし、スカートの裾は野暮ったく膝小僧をかくしている。いきがってんじゃないぞ、コラ、なんて言われる筋合いはないはずだ。
いや、そもそも、こんな美しい文字を書く人はきっと理知的で、一年生をしめあげるなんて愚かな真似はしないだろう。たぶん。
だとすれば、なんの目的でわたしを呼びだすのだろう。
「いと、帰らないの?」
不意に声をかけられ、わたしは飛びあがりそうになった。顔をあげると、目の前に怪訝な表情の果奈実が立っていた。
「へ?ああ、うん、ううん」
「え、なにそれ。帰るの、帰らないの?」
「か、えんない」
わたしは自分がそう言ったことに、驚いた。唇が、勝手に動いたかのような感覚だったから。
「ふうん、なんか用事?」
「そう、なのかな?」
「いや、きかれても知らないし」
「あ、そっか」
「今日のいと、なんか変。いつも変だけど、いつも以上に、変」
「変って、連呼しないで」
わたしがそっぽを向くと、果奈実はふふっと笑った。人を変呼ばわりしたあげく、笑うなんて、ひどいやつだ。
「なんかあったら、話してよ。それじゃあ、またね」
「あ、うん。ばいばい」
ひらひらと手を振ると、果奈実は帰っていった。
わたしはまた紙を広げて悩む。行くべきか、行かざるべきか。
五分ほど考えた結果、行くことにした。もし行かなかったとして、明日だれかに文句言われるのは嫌だから。
それに、わたしは好奇心が旺盛な方だったりする。なにかおもしろそうなものがあるのに、行かなかったらきっと、この先一週間ほど、もやもやしつづけるだろう。
よし、気がかわらないうちに、はやく行こう。
わたしはポケットに紙片を入れると、中庭へ向かうべく、荷物をまとめはじめる。