踊り場、1
「え、どういうこと?」
あたしは意味がわからず、ききかえした。おもった以上の声量がでてしまったようで、階段に声が反射する。璃子がすこし眉間にしわをよせた。
「だから、友達が悩んでいるから、私はどうすればいいのかなって」
「うん、それは分かったんだけど、話が見えないというか」
そういうと、璃子は苦虫を潰したような顔をした。苦虫ってなんの虫のことなのか気になったけど、ぐっと飲みこむ。
あたしが、人けのない階段に連行されたのはついさっきのこと。お弁当を食べ終え、あやちゃんたちとだらだらと話していると、突然ちがうクラスの璃子があらわれ、これ、かりるね、と言うがはやいが、あたしの腕を引っ張り、ここまで連れてきたのだ。無理やりに。
十年来の腐れ縁だから、璃子のこういった暴挙には、なれている。許すかどうかといったら、許さないけれど。
そんなこんなで、あたしはまんまと璃子のよくわからない相談につきあうはめになってしまった。とはいえ、最近の璃子はなんだか変だったし、まあ仕方ない、今日は許そう。
「それで、璃子の友達はなにを悩んでるの?」
「やっぱり、言わないとだめだよね」
普段の璃子とは別人みたいに弱々しいその表情は、写真に撮っておきたかったけれど、そんなことをしたらどんな目にあうかわからないのでやめておく。璃子は一見、理知的で大人びた印象がするけれど、だまされてはならない。彼女にはすこし、暴力的なところがあり、しかも抜群の記憶力でしっかりと根にもつのだ。もっとも、この学校でそれを知っている人はほんの一握りだけど。
「じゃあ、言います」
神妙な顔つきでなぜか宣言し、璃子はゆっくりと話しはじめた。
たどたどしい説明をつなげてまとめるとこうだった。璃子の友達が唐突に一目惚れを発症し、なにも手につかなくなったらしい。以上、それだけ。たった十数秒で完結してしまう話を、数分かけて説明する璃子の語彙力とあたしの寛容さを誰か褒めてやってほしい。いや、やっぱり璃子のは貶していただきたい。
「私にできることがあれば、なんでもしようと思う。とにかく、この問題は迅速に方をつけてしまいたいから」
問題、迅速。なにげにひどい言いぐさだ。本当に璃子は心配しているのだろうか。内心はおもしろくないのかもしれない。
「それで、その友達って誰のこと?」
「友達は友達」
「もしかして、藤野くんとか?」
かまをかけてみると、璃子は迷ったように一瞬口をとがらせた。
「や、藤野は関係ないし。全然、全くもって、なんにも」
「ふうん。そっか」
ちゃんと真面目な顔を保てているだろうか。あたしはこみあげてくる笑いをこらえるのに苦労した。そんな態度では頷いてるのとおなじことだ。
「で、その友達とやらは、まだ相手と話せていないの?」
「私が知っているかぎりでは、そうだね。いちども」
「じゃあ、まずは話すようにしむけるとか?」
「しむけるったって、どうすれば」
あたしが今まで見てきたどれにも該当しない表情で、璃子は吐きだすようにいった。
「そうだねえ。なんか、こう、不思議な、二度と巡りあわないような、かわった事件に巻きこませる、とか」
「どんな事件よ、それ」
わずかに璃子の頬がゆるむ。あたしの良くしる璃子の顔だった。
ふと、ひらめいた。