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九月の桜  作者: 七ノ夏
2/8

屋上

藤野が絵を描かなくなってから、もう二ヶ月以上になる。正確に言うと、描かなくなったのではなく、描けなくなったのだ、と私は思う。

理由は、話の中ではよく聞く類いのもので、でも、実際にそうなってしまった人を見るのは、はじめてだった。だから、私は自分がどうすべきなのかわからないし、藤野はきっと、いや絶対、私がその理由を知っていることに気づいていない。

どうしたものやら、とついた溜め息は、偶然にも私の悩みの種と、かさなった。

「ねえ、藤野」

ふりむいて声をかけても、藤野はぼうっとどこか一点を見つめているばかりで、まったくこっちを見ない。おなじように、フェンスの向こうをのぞきこむと、私の悩みの種の種、つまりは彼女が、ふたつくくりにした髪をゆらして歩いていた。

「藤野」

さっきよりも強くいうと、藤野は弾かれたように後ずさった。

「いつから、そこに」

「結構まえから」

そう言うと、藤野は勢いよくはしりだした。自分のスケッチブックをほっぽって。

「あ、逃げるな!」

私は反射的に叫んだけれど、おいかけなかった。藤野は案外足の速いやつで、みかけによらず足の遅い私は追いつけるはずがない。

私はあきらめて座りこみ、スケッチブックを広げた。屋上を舐めるような風がふいて、ページが勝手にめくれていく。

白いページが続いたあと、不意に色があらわれた。どこか古ぼけた校舎と生命力あふれる若い木の絵。まぶしい光と、濡れたような影のコントラストが見事だ。

また溜め息がもれそうになって、私はあわててスケッチブックを閉じた。

おもしろくない。

いつまでも眺めていたい絵が描けるのに、描かなくなったことも、そのことについてなにも言わないことも。ずっと絵だけでなく、藤野のことも見てきたはずなのに、今さらどうしようもない溝みたいなものがあることも。

口を開けば、不平不満ばかりが零れそうだ。

でも、ここにはそれをきいてくれる人などいないので、ぎゅっと唇をかみしめる。

私は、どうしたらいいのだろう。


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