呼び出し
年の始まりには溢れかえっていた人々の姿はとうに失せた。所詮人間にとっては単なるイベントの一つなのだろう。一方的に願いを告げておきながら、本気で叶うと思っている者はいないのだ。
「あ~暇だ」
だらりと鳥居の上に腰掛け、見るともなしに眼下に広がる風景を眺めるのが八束の常である。道を黒く染めるほどの人々の群れの記憶も濃いのに、人通りの少ない社の前は一日に数えられるほどに少ない。
理由も無いのに訪れるものなど皆無で、あれだけいた人間が見事に散らばるものだなぁと、ぽつり、ぽつりと灯りはじめた灯りを眺める。
だがその時間は突然の欄入者によって唐突に破られる。
「八束、貴方は相変わらずですね……」
頭が痛い、と。わざとらしくこめかみを撫でる男を胡乱げに見上げると、面倒そうに溜息をつく。
「まぁた来たのかよ、浅葱。お前もよほど暇なんだなぁ……」
ハァ、とこちらもわざとらしく溜息を重ねるが、浅葱はそんな八束の反応など意にも介さず用件を告げる。
「貴方がそんな態度だから心配でついつい立ち寄ってしまうのですがね……」
そうぼやくと、浅葱がさらに渋面で続ける。
「呼び出しですよ、八束」
その一言で、傲岸不遜が代名詞のはずの八束の表情が見事に一変する。
「げ。……俺はお前と会わなかった。お前は何も言ってない」
心底嫌そうな声を上げると、八束が早々に姿を眩まそうと力を行使しようとするが、八束の行動パターンを知っている浅葱が逃すわけもなく。力が発動するより先にその首根っこをひっつかむ。
「さ、行きますよ。楽しい楽しいお説教の始まりです。……ああ、瑞貴様がご機嫌でしたから、きっと放してもらえないでしょうねぇ…ああ、貴方には良い薬です。素直に絞られていらっしゃい」
とん、と軽やかに鳥居から足を踏み出す。その姿は落ちること無く宙で掻き消える。残るは主を無くし幾分精彩を欠いた社のみ───。