神のお仕事
社の外から聞こえる賑わいに、自然と眉を顰める。普段は閑散としているはずのこの場所が煩わしいほどに賑わう日───元旦。
普段はその手を合わせる事さえ無いというのに、ここぞとばかりに祈りという名の欲望を露にするその日。誰もが似た様な欲望を投げつけて来るのに、御礼参りに来るものがどれほどいるだろう。
厭きれたように長蛇の列を見下ろすと、その列の先頭にある社の主───八束は鼻で笑う。耳を澄ませてみても案の定、努力を放棄した欲望だけが渦を巻いている。こうして願う前にできる事があるだろう。合格したいならば寝る間を惜しんで勉強すれば良い。美しくなりたいならそのための努力をすれば良い。恋人が欲しいのなら何もせずに出会いを待つのではなく、積極的に探せば良い。健康になりたいのなら日々節度ある生活をすれば良い。金が欲しいのならさらに働けば良い。誰も彼もが同じ言葉を繰り返す。……合格祈願、恋愛成就、健康祈願、金運祈願───。
多くの声で痛くなりそうな頭を抱えて、八束は面倒になってごろりと転がる。必死に祈ってそうな奴に適当に力のお裾分けをしてやれば八束の仕事は終わりだ。こんな膨大な祈りを一つ一つ吟味する気も無い。
だらだらと寛ぎながら早く帰ればいいのに。と憮然としていると、心底呆れたと言わんばかりの溜息が八束の上に落ちる。
「……何をしているのです、八束」
丁寧な物言いとは裏腹に、こめかみをひくつかせながら新たに現れた男は冷たい声を投げつける。
「あ~?何だよ、こんな時期に他人ん家来んなよ浅葱ぃ」
軽蔑の眼差しにもびくともせず、八束はとっとと帰れとひらひらと手を振る。
「貴方は皆の祈りを何だと思っているのです!そんな態度で聞き流していたら、拾うべき祈りさえ取り零してしまいますよ!!」
「うっせぇな。どうせみぃ~んな同じような事しか祈ってねぇじゃん。いちいち真面目に相手するほうが馬鹿らしい」
「皆が皆、他力本願なわけではないでしょう!もうこれしか無いと細い糸に縋るような思いでここに来ている人がいたらどうするのです!!」
「……どうでもいい」
うざい。態度でそう示すと八束はあてつけるように両耳を指で塞ぎ浅葱から顔を背ける。こうやったところで金切り声を上げる浅葱の声を塞ぐことはできないが、聞く気は無いとアピールすることはできる。
「貴方、それでも神の一柱ですか!」
「べっつにー?こんな生まれて長くないカミサマなんて居ても居なくてもいっしょだろう?」
カミサマの部分を馬鹿にしたように棒読みすると、己がその神であることなど石ころほどの価値もないように言い切る。
「それに……俺が在る意味などとうに失せた」
浅葱にも聞こえないほどの声で最後にそう呟くと、話は終わったとわざとらしく寝転がり、瞳を閉じる。もう何も聞くつもりのない八束に、浅葱もまた深く溜息を吐き、先ほどまでの刺々しい声とは一転、今にも消えそうな弱弱しい声で呟く。
「いつか、後悔するんじゃないかと心配なんですよ……八束」
そのかそけき声を耳は拾い上げているのに何も返すことなく、八束はそのまま意識を閉じる。周りを取り巻く人の祈りさえも遮断して。