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Frosty Rain  作者: Allen
最終話:ラグナロクの終焉
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05-17:逃げ延びた先で












「へェ、密都の地下にこんな場所があったとはなァ。随分な事に金使ってんじゃねェか」

「五月蝿い、文句があるんだったら出て行ってもらって結構だ」

『呉越同舟と言った所だろう。お互い、言い争った所で状況は好転せんよ』



 暗く広い空間に、幾人もの声が響く。

ここは、人工島の地下にある空間。そこは、有事の際に使用される巨大なシェルターとなっていたのだ。

その強度は、神話ファーブラ級の能力者ですら簡単には破れないほどに強固なものだ。

尤も、今回その出番が無かったのは、大神槍悟とニーズホッグの戦闘には到底耐えられないとの見解が出ていた為であったのだが。


 路野沢から逃走したニヴルヘイムとユグドラシルの面々は、可能な限りの速度でこの場所まで逃げ延びたのだ。

徹を助ける為に戻ると言い張っていた美汐も、今は大人しくなっている―――と言うより、酔った為に動けなくなっていた。

動くことが出来たとしても、それを緋織や新森が許すはずが無かったが。

ともあれ、ラドの力を持つ者たちは抱えてきた仲間を地面に降ろし―――ふと、ガルムはその鼻先を動かしながら顔を上げた。



『―――誰だ、そこにいるのは』

「ッ!?」

「先回りされたのか!?」



 人狼と化しているガルムの嗅覚は、人間を遥かに超越している。

例え広い空間であろうとも、ごく最近入り込んだ人間の痕跡など、簡単に辿る事ができた。

そして、その臭いの主が、未だにこの空間にいる事も。

そんなガルムの言葉に、他の能力者たちも反応して戦闘体勢を取る―――が、それに対して返って来たのは、どこか慌てたような声だった。



「ま、待ってください! 私はミーミルの伊藤です! こちらに害意はありません!」

「怜!?」



 その声に反応した緋織が、始祖ルーンとしての出力が失われたカンの力で火を灯す。

光度の高い炎は上空に打ち上げられ、周囲を明るく照らし出し、そこに二人の人影を映し出した。

そこにあったのは、柱を背にして座り込む悠と、その傍らに立つ怜の姿。

ミーミル所属の二人の姿を見、緋織たちは安堵の吐息を漏らす―――が、それと同時に疑問を感じていた。

何故この二人がこんな場所にいるのか、と。



「悠まで……二人とも、どうしてこんな所に? それに悠、怪我をしてる?」

「いや、大した事は無いよ……酷い怪我って訳じゃないし、しっかり手当てもしてある。それより、君たちは……まあ、僕と同じような状況だろうね」



 若干痛みに耐えるような表情を浮かべ、悠はシェルターの中へ入り込んできた面々に視線を巡らせる。

そしてその視線は一点―――ガルムに抱えられている雨音の腕の中、脱力しながら手を投げ出している涼二へと向けられた。

悠は大きく目を見開き、身体を起こそうとして、響いた痛みに硬直する。



「ぐ……っ」

「悠君、落ち着いて……とりあえず、皆こっちの方に」



 怜の言葉に、全員危険はないと判断し、彼女達の傍に近づいてゆく。

尤も、一箇所に集まった所で、治療の必要などは存在していなかったが。

あの時広がった雨音の力―――あの花畑の力によって、彼らの戦闘による傷は全て癒されていたのだ。

プラーナが消耗して疲労している者はいるものの、誰も怪我と言う怪我を負ってはいない。

唯一問題なのは―――



「涼二様……」

「ええと……貴方は確か、静崎さんだったわよね? 涼二は大丈夫なの?」



 地面に降ろされて尚、何の反応も見せていない涼二のみであった。

雨音の腕によって抱き起こされながらも、涼二は首まで脱力しており、反応と言う反応はまるで返って来ない。

雨音はそんな彼をゆっくりと地面に横たえ、そっとその手を握ったまま声を上げた。



「絶望的……そうとしか、言いようがありません」

「そんな……ッ、どうして!?」

「プラーナが根本的に足りていないんだよ、緋織、美汐」



 嘆くような声を上げた二人に対し、悠はゆっくりと傷を刺激しないように身体を起こしながらそう告げる。

涼二を見つめるその視線の中には、深い悔恨が込められていた。

あたかも、涼二がこうなってしまったのが自分のせいであると言うかのように。



「涼二は普通の人間と違ってルーンを余計に……それも、極大の力を持つ始祖ルーンを埋め込まれていたんだ。

ルーンって言うのはプラーナの流出孔……それが余分に刻まれているって言う事は、常時流れ出しているプラーナも余計に流れ出ているって事だよ」

「プラーナの枯渇……でも、それだけなら―――」

「ただの枯渇なら、確かにゆっくりと休めば回復する。けど、涼二の場合は訳が違うんだ」

「どうしてっ!?」



 涼二の様子を覗きこむように腰を下ろしていた美汐が、悲痛な声を上げる。

それを聞き、眉根を寄せながらも、悠はゆっくりと首を横に振った。

そこに、相変わらずの後悔を込めて。



「プラーナの流出量が多いから、その分だけ魂の方もプラーナを生み出す速度を速めていた。

それが常態となってしまっていたんだ……それは即ち、魂の疲弊を早める事に等しい。

涼二の魂はもう限界なんだよ。これ以上力を使えば、魂まで残さず消滅してしまう」

「……だが、涼二の力は必要不可欠という訳か」

「おっちゃん!? 涼二に死ねって言うの!?」



 能力を解いたガルムの発した言葉に、スリスが目を剥きながら噛み付く。

そんな彼女の反応を予想していたのだろう、小さく嘆息を零すと、ガルムは肩を竦めつつ声を上げた。



「私としても、感情の上では反対したい。だが、あらゆる始祖ルーンの力を奪い取ったあの男に対抗できるのは、大神槍悟を破ったあの力を使える涼二のみだ。

ただの能力者では、始祖ルーン能力者に遠く及ばない……それは、私達自身が身を以って味わったことだろう」

「それは……っ」

「まあどちらにしろ、涼二がこの状態では戦う以前の問題だがな」



 最も冷静であるが故に、ガルムは状況が絶望的である事を深く理解してしまっている。

神話ファーブラ級―――否、始祖ルーンの力すら超越した、常識外の力を操って見せた雨音を間近で見たからこその理解。

そして最も理解している者もまた、その考えに同調する他なかった。



「……確かに、あの方の力に対抗する為には、涼二様の力が必要不可欠でしょう」

「雨音ちゃんまで! 涼二はもう、戦えないじゃないか!」

「……それ所では、ないのです」

「静崎さん、どういう事なの?」



 雨音の言葉に対し、緋織が問いかける。

じっと涼二の顔を見つめていた雨音はその言葉に顔を上げ、それでも無力感に耐えるようにしながら声を上げる。



「今は、私が力を注ぎこんで、何とか涼二様の体の崩壊を防いでいる状態です……私が力の供給をやめれば、涼二様の体も魂も自壊してしまいます」

「ッ……雨音ちゃん、どれぐらい力残ってるの?」



 問いかける言葉は、双雅に降ろされた桜花のもの。

頭部の傷を癒された夜月の頭を撫でながら、彼女は眉根を寄せつつ声を上げる。

そんな彼女の肩越しに、双雅も涼二の様子を見つめ続けていた。

そしてその隣に並ぶ白貴も、あまりにもプラーナが弱まっている涼二の姿を捕捉できず、不安げに視線を右往左往させている。



「……最低限度に絞って、涼二様の状態の維持に努めていますが……それでも、一時間が限度です。それ以上力を使い続ける事はできません」

「そん、な」



 雨音の言葉にショックを受け、緋織はふらりと身体を揺らす。

そんな彼女の肩を新森が後ろから支えるが、その手にすら気付いていないように、緋織は視線を涼二へと向けていた。

彼の部下である事、彼の残した使命を果たし続ける事こそが、緋織の決めた自身の在り方。

けれどそれは、いつか彼が戻って来る事を願って掲げたものでもあったのだ。

それゆえに、彼の死を認める事は出来ない。氷室涼二が失われる事を認められない。

知らず、彼女の手は己の胸元―――その下にある、小さなペンダントに触れていた。

そこに何があるかを知る美汐は、悔しげに歯を食いしばりながら視線を伏せる。


 ―――そんな彼女達の様子を見つめ、悠は小さく息を吐く。



「……一つだけ、方法がある」

「えっ!?」



 そんな悠の言葉に、その場にいた全員が顔を上げた。

彼らの様子に小さく苦笑しつつも、悠は傍らに立つ怜の方へと視線を向ける。



「尤も、根本的な解決にはならないし、ただのその場しのぎでしかないだろう。涼二を今死なせないだけで、力を使えば危険な事に変わりは無い」

「それでも……今涼二を無駄に死なせるよりは、よほどマシだろう」



 ガルムの言葉に、悠は小さく頷く。

解決にはならない。涼二の魂はもう限界であり、例え今崩壊を免れたとしても、路野沢と戦えば必ず限界を超えてしまうだろう。

けれども、ここで涼二を死なせてしまうのは、あまりにも意味の無い事であった。

そんなガルムの言葉を聞きながら、雨音はじっと涼二の顔を覗き込む。



(……涼二様は、それを望まれるのでしょうか)



 涼二の目的は、あくまでも大神槍悟を倒す事。

そしてその願いは果たされ、涼二自身には、最早生きる理由など存在していない。

けれど、雨音は『涼二が生存を望まない』と断ずるような事はしなかった。

そしてそれは決して、感情のみで考えている事ではない。



(あの時、涼二様はあの方の差し伸べた手を拒んだ……それは即ち、あの方の出した提案は、涼二様の願いに反するものであったという事。

でも、それだけじゃない……あの時涼二様は、『姉さんに触るな』と仰っていた。そしてあの世界の力を放った―――)



 雨音は、あの時至近距離で見た嵐を思い返す。

自壊と言う凶悪な理を纏った風―――しかしそれは、雨音に触れても何ら影響を及ぼさなかった。

それは即ち、涼二にとって、雨音は例外であると言う事。

―――涼二の力が影響しない唯一の例外は、氷室静奈である筈なのに。



(つまりあの時、涼二様は私をお姉様だと認識していた……だとしたら)



 思考を切り上げ、雨音は顔を上げた。

その視線は、先ほどの提案を発した悠へと向けられている。

そこにあるのは、ただ涼二を救いたいと言う―――家族を救いたいと言う一心のみ。



「お願いします……涼二様を、助けてください」

「……うん、分かった。怜、あれをお願い」



 悠、そして雨音の言葉を受け、怜は小さく首を縦に振る。

その顔に浮かんでいるのは、どこか苦笑じみたものであった。



「ただの趣味だったんだけど、まさかこんな形で役に立つなんて……はい、これだよ」

「む……金色の、林檎?」

「怜、それって!」



 怜が床に置いていた鞄の中から取り出したのは、一つの果実。それを視て、緋織は驚愕に目を見開く。

彼女は、その正体が何なのかを知っていたのだ。

黄色ではなく、黄金に輝くそれからは、周囲の人間が息を飲むほどに巨大なプラーナを感じ取る事が出来る。

それはまるで、プラーナそのものが林檎と化したと錯覚すらするほどに、純粋なエネルギーを蓄えていた。

それを手に、怜は小さく笑みを浮かべる。



「これは私が能力で作った、プラーナを吸収する樹になった実なの。と言っても現象化した能力は吸収できないし、実用性なんてまるで無いんだけど……いつも、悠君の余ったプラーナを貰っていたら、こんなになっちゃってね」

「戦闘系じゃないけど、僕も一応始祖ルーン能力者だ……いや、正確には『だった』だけど、それには僕の数年分のプラーナが篭ってる。

涼二の魂を元通りにすることは出来ないけど……それでも、今だけ涼二の死を免れる事ぐらいは容易いはずだ」



 その言葉と共に、雨音は黄金の林檎を受け取った。

強く感じるプラーナの波動に思わず息を飲みながらも、それと涼二を交互に見比べ―――雨音は、近くにいたスリスを呼び寄せた。



「あの、スリスさん。これを食べやすい大きさに切って頂けませんか? 芯は取らなくてもいいので」

「ああ、勿体無いもんね。ちょっと待って……ハガラズっと」



 雨音の言葉を受け、スリスは風の刃を発して林檎を六等分する。

その様を見つめる怜の視線は若干複雑そうなものではあったが、スリスはそれに気付かず切った林檎を雨音に手渡した。

礼を言いつつ雨音はそれを受け取り―――それを、自ら口に含んだ。



「ちょっ、雨音ちゃ―――」

「ん……」



 三分の一ほどを口にし、咀嚼して―――周囲の人間の声を他所に、雨音は小さく噛み砕いたそれを口に含んだまま、涼二の頭を起こして彼の唇に口付けた。

舌を絡め、喉を開かせつつ、口の中の林檎を器用に流し込み―――そこまで来て、ようやく周囲が爆発した。



「ちょ、ちょ、ちょっとー!?」

「な、ななな、何をしているんだっ!」

「うわぁ、雨音ちゃんってば大胆」



 スリスと緋織の悲鳴じみた声を他所に、雨音は能力を操作しながらゆっくりと顔をあげる。

そして―――きょとんと、首を傾げた。



「何と言われましても……口移しですが」

「な、何故そんな方法で!?」

「いやいや、落ち着いてよ緋織。今の涼二じゃ、普通に食べさせようとしても無理だから」



 触覚も味覚も失われている涼二は、口の中に何かが入ったとしても、それを感じ取る事が出来ない。

そもそも、今現在意識があるかどうかも定かでは無いのだから、雨音のような方法を取らざるを得なかっただろう。

そしてそんな様子を見て、スリスは興奮しながら身を乗り出す。



「ボクも! ボクもそれやる!」

「スリス、落ち着け。それは雨音君にしか無理だ」

「何故だ!」



 なぜか上がった緋織からの抗議に、スリスを宥めていたガルムは嘆息を漏らす。

冷静な判断力と知識を持ち合わせる彼だからこそ、今雨音が何をしているかを理解していたのだ。

そしてそれが、雨音にしか不可能であろうと言う事も。



「今、雨音君は涼二の体の維持、プラーナの受け渡し、そして摂取したプラーナの循環を行っているんだ。

つまり、ソウイルの力ありきと言う事だ……雨音君以外には、不可能であろう」

「うー……」

「ぬ、むぅ……」



 不満そうな二人の様子に苦笑し―――とりあえずの安息を得られた事に安堵しながら、ガルムはその場に腰を下ろした。

とは言え、問題が解決したと言う訳ではない。まだまだ状況は切迫しており、予断を許さない状況なのだ。

ガルムは深く息を吐き、そして周囲へと視線を巡らせる。

そこにいるのは、ユグドラシル、ニヴルヘイムでも最高位と言ってもいい能力者たち。


 ―――まだ、やれる事はある。



「……雨音君は、そのまま涼二の処置を続けてくれ。我々は、あの男……路野沢一樹に対抗する為の手段を考える」



 未だ、理解できぬ事は数多くある。けれど、思考を止めてしまう事は死を待つ事に他ならない。

戦う事、そして勝利する事だけが唯一生き残る道。


 今、最後の戦いへの序章が始まろうとしていた。





















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