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Frosty Rain  作者: Allen
最終話:ラグナロクの終焉
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05-14:超越者の世界












 柔らかな光と、穏やかな風。先ほどまで吹き荒れていた冷たい風と立ち込める血の臭いは押し流され、ただただ清浄、清廉なる空気。

戦場の空気にはあまりにも似合わない、花の香り―――ここまで来て、ガルムは己に対し多大な違和感を感じていた。

何故、そんな事を感じ取る事が出来るのか。己は、今まさに原形を留めぬほどに斬り裂かれていたのではなかったのか。



「な、に……これ。ボク、今死んだはずじゃ……」

「スリス……?」



 身体の感覚が元に戻り、ガルムはその目を開く。

いつの間にか能力は解除され、人間の姿へと戻っていたが、そんな事が気にならぬほどに異質な光景が周囲に広がっていた。

降り注ぐ日の光。周囲には白く小さな花が花畑となって咲き誇り、甘い香りを漂わせている。

穏やかで、眠気を誘うそんな場所。己が死後の世界に辿り着いてしまったのかと、ガルムはそう考え―――身体を起こした瞬間に、それが間違いである事に気がついた。

この花畑は、自分の周囲のごく一部の空間にのみ広がっていたのだ。



「何だ、コレは!?」

「え、何、何なの!? バイザー壊れちゃったから何も見えないんだけど!? って言うかここ何処、地面土っぽいし!」



 スリスの発する疑問の声は尤もなものではあるが、それはガルムにも答えようが無い。

花畑で区切られたその場所は、高低差も無視して存在している力や生物を取り込み、その場所に存在させている。

そしてそれは、今この瞬間にも広く広がりつつあった。

周囲の戦場を飲み込み、他の場所で戦っていた者達も引き込んで―――その傷を癒してゆく。



「バカな……ッ、何だこれは!? こんな力、あり得る筈が―――」

「ルーン能力と言う力の本質は、誰も知らないのです。何が起こるかなどという問いは、陳腐なものでしかないのでは?」



 と、花畑にそんな二つの声が響く。

片方は、《豊穣の飛剣ユングリング》たる豊崎翔平。

その声を聞き、ガルムとスリスは立ち上がるが―――彼らの目の前には、そんな二人を抑えるように立つ、一人の少女の姿があった。



「雨音君……!?」

「大丈夫です、ガルム様、スリスさん。家族は絶対に傷つけさせませんから」



 青紫のプラーナをその身から立ち昇らせ、じわりと輝く瞳を向けながら、雨音はそう呟く。

その視線の向けられる先は、前方にある大樹―――そしてその傍に立つ、豊崎翔平の方向であった。

彼は始めてうろたえた様子を見せながら、この周囲の状況へと視線を走らせている。

そんな彼の表情を他所に、雨音は静かに目を閉じて、小さな吐息を吐き出していた。



「やはり、涼二様を包む事は無理でしたか……涼二様も、届いてしまったのですね」

「何を言っている! 貴様か、何だこの力はッ!?」



 豊崎の声に対し―――雨音は、ゆっくりとその瞳を開く。

涼二と同じ青紫の瞳は燐光を帯、僅かに尾を引くかのような輝きを放っていた。

その気配は、周囲に満ちる強大なプラーナと同一のモノ―――桁は違えど、能力者ならば容易に気づく事が出来た。

この空間、この異様な光景は、彼女の力によって作り上げられたものだと。



「……私と涼二様だけなのですね、始祖ルーンの事を理解出来たのは」

「何……!?」



 雨音の言葉に対し、豊崎は顔を顰める。

多くの知識を持つ学者肌の人間であるだけに、理解不能な彼女の言葉に不快感を覚えていたのだ。

しかしながら、雨音は彼の言葉に対しては反応を見せず、どこか夢うつつな様子のまま声を上げる。



「通常のルーン能力は始祖ルーンに繋がっており、そこから力を引き出す事によって発動している……あまりいい思い出ではありませんが、私自身を研究する事によって出た結論でした。

ですが、それならば―――始祖ルーンの力とは、何処から発生しているのでしょう?」



 かつて、静崎製薬にて研究されていた内容。

それは雨音にとっても忌々しい出来事でしかなかったが、そこで得られた情報は、彼女にとっても大きいものであった。

それがあったからこそ、この力の事を理解できたと言っても過言ではないのだ。

尤も―――最大の要素は、その力の内側より響いていたのだが。



「元より、此の世の理に反した力……ならばこれは、此の世のものでは無いのでは―――此の世以外の世界が、そこに在るのではないか」

「戯言だ、子供の妄想などに付き合うつもりは―――」

「私は、鍵を開けたに過ぎません」



 そこで初めて、雨音は豊崎に対して声をあげる。

茫洋としていた瞳は焦点を結び、その奥に、穏やかながらも強い意志を宿らせて。

その瞳に映る世界は、穏やかな日の光に包まれた花園。

そこに咲き乱れる小さな白い花の名を、彼女は知らない。



「文字を媒介として《創世》された、異なる理を持つ世界。私は、このルーンに閉じ込められていたものを解き放ったに過ぎません。

借り物でしかありませんが……それでもこれは、私の願いによって歪められたもの。

私こそがこの場の理―――それに反する事を、赦しはしません」

「大概にしろ、そのような事がどうして分かると言うのだ!」

「声が、聞こえるのです」



 雨音は、再び目を閉じる。

今も尚響く、その声に耳を傾けながら。

鈴の音のように美しく、聖母の如き慈愛に満ちたその声に、同調するようにして―――



「『わたしは、彼の大切な人を愛したい。迷うならば赦したい、傷付くならば抱きしめたい。わたしは―――彼を愛しているから』」



 諳んじられた言葉が誰のものであるか、それはこの世の誰にも分かる事ではない。

けれど、願いにも似たその言葉は、雨音の思いに何処までも似ているものであった。

黄昏の光に満ちた黄金の残照―――けれどそれは、南天に輝く太陽の光に塗り潰されて。

それと同じように、響き渡る想いもまた、その使い手たる雨音の願いに塗り潰される。

苛烈とも言える、《拒絶》の願いへと。



「故に、私は家族を傷つける事を赦しません。誰も傷つかないでほしいからこそ、貴方のような存在を赦さない。そう―――」

「ッ……!!」



 目を開きながら、雨音はその掌を掲げる。

そこには輝く光も無い、燃え盛る炎も無い、凍て付く氷も無い。

けれど、豊崎はそれに対し、確かな脅威を感じ取っていた。

咄嗟に、己の周囲に在る樹を防御に回し、満ち溢れる力から身を守ろうとする。

その力は防御に特化したルーンたるエイワズ

攻撃能力を持たないソウイルに、その防御を貫ける道理など無い―――そう、その筈だった。



「―――私は、貴方を赦さない」



 刹那―――大樹は、ボロボロと剥がれ落ちるように崩壊を始めた。

手応えも無く、ただ崩壊してゆくその様に、豊崎はこれ以上無いほどの驚愕を覚える。



「馬鹿なッ!?」



 豊崎の力によって形作られた大樹は、この世界に満ちる光に触れた場所から徐々に壊死して行く。

雲ひとつ無い空より降り注ぐ太陽の光―――それは彼女の家族と、その家族が愛する人々の傷を平等に癒し、家族を傷つけるものを死滅させる。

過剰回復による細胞破壊。攻撃ではなく回復であるが故の不可避。

防御自体を腐らせて行くその力は、ある種理不尽な力でもあった。



「止めろ、ふざけるなッ! 私は、こんな場所で―――!」



 舞い散る木の葉も枝も、日の光に触れた先から腐り落ちる。

光に満ちているが故に、逃げ場などどこにも無い。

生と死、両面を併せ持つ静崎雨音の■■セカイ―――それはついに、豊崎の防御を喰い破った。

理不尽なまでに平等に降り注ぐ日の光は、避けようも無く豊崎の身体にも降り注ぐ。



「ああああああああああああああああああああ……ッ!!」



 極限まで細胞分裂を繰り返し、それの限界へと辿り着いて壊死してゆく―――それはまるで、多すぎる水に樹が根腐れしてゆくようでもあった。

避けようも無く、逃げようも無く、豊崎はただ不可避の死へと近付いてゆく。

―――そんな彼へと、駆け抜けるように走る黄金の閃光があった。



『終わりだ、豊崎……ッ!』



 状況を完全に理解できた訳ではない。

けれど、ガルムとスリスにとって、それは最初で最後のチャンスであった。

この瞬間を逃せば、豊崎は避けようの無い死に喰い潰されるのだから。


 音すらも置き去りに、ガルムの爪は神速で走り―――



『おおおおおッ!』



 ―――豊崎の首を、寸分の狂い無く刎ねる。

そして宙を舞った首は、降り注いだ青天の霹靂によって、完膚無きにまで打ち砕かれ、燃やし尽くされていた。

切り裂かれ、打ち砕かれ、腐り落ちる。

およそ人の死の状況とは思えぬその惨状は、美しい花畑には到底似合わぬものであった。

けれど、その死体も大樹もすぐに地面の下へと沈んで行き、白い小さな花の養分と化す。

視覚を失いながらも、風を操り周囲の状況を把握していたスリスは、豊崎の死を確認して声を上げた。



「やっ、た……やった、やったよおっちゃん! ボクたちはやったんだ!」

「―――ああ、これで……悲願を果たすことが出来た。本当に、これで……」



 歓声を上げるスリスと、万感の思いで呟くガルム。

そんな二人の状況に微笑み、雨音はゆっくりと二人の方へ進み出た。

無論、それに気付かぬ二人ではない。

雨音の姿に気付き、その強大な力に若干戸惑いながらも、ガルムたちは彼女を歓迎する。



「ありがとう、雨音君。君の助けがなければ、私たちは決してこれを成し得なかっただろう」

「うん……本当にありがとう、雨音ちゃん」

「いいんです。私は、家族が……ニヴルヘイムの皆さんが幸せなら、それで満足です」



 軟禁されていたあの頃に生えられなかった想いが―――大切な人への愛こそが、雨音を構成する想い。

故に、彼らの為ならば、雨音はどこまでも協力を惜しまないつもりであった。

雨音は小さく微笑み、そっとその手をスリスの顔へと近づける。

スリスもそれに面食らいはしたものの、決して雨音の手を拒むようなことは無かった。

それに対して雨音は嬉しそうに笑い、こつんと、その額同士を触れ合わせる。



「雨音ちゃん?」

「大丈夫です。私が、治しますから……」



 スリスの疑問符に対して雨音がそう呟いた瞬間―――周囲の花から、小さな光の粒子が巻き上がった。

それは額を合わせる二人の周囲を旋回するように舞うと、ゆっくりとスリスの元へと集まってゆく。

発した光の眩しさに二人・・は目を閉じ、そしてその事実自体に対して、スリスは思わず驚愕していた。

眩しいということは、つまり―――



「嘘、見えて……?」



 スリスの瞳は、薬品によって強制的に視力を失わされたものであった。

それは視神経へのダメージとプラーナの循環不順を同時に引き起こしており、雨音ですらそれを癒すことは出来なかったのだ。

けれど、今この場所―――ソウイルの力によって作り上げられたこの世界ならば、それも不可能ではない。



「見える……見えるよおっちゃん! ずっと見えなかったのに!」

「雨音君、いつの間にこのようなことまで……いや、野暮な質問か。雨音君、ありがとう。何から何まで、私達の為に……」

「うん、うん……ッ! 雨音ちゃん、本当に……本当にありがとう!」



 その言葉を聞きながら体を離し、雨音は小さく微笑を浮かべる。

今までとは違い、光を映して焦点を結んでいるスリスの顔を直視して―――雨音はただただ、嬉しそうに声を上げた。



「いいんです。家族の為ですから」



 それこそが、何処までも純粋な雨音の願い。

畏怖するほどの力であろうとも、その使い手の心根さえ分かっていれば、恐れるような点はどこにも無い。

はしゃぐスリスに対してガルムと雨音は思わず苦笑を零してした。


 ―――その、刹那。



「ッ……!?」

「きゃ!?」



 冷気を纏う鋭い風が、強大なプラーナと共に吹き荒れる。

それは三人の身体を煽りながら、咲き誇る白い花の一部を散らしてゆく。

その花は雨音の世界の一部―――故に、ただの力が、彼女の一部を傷つける事などありえない。

即ち、それはただの力ではありえなかった。



「涼二様……ッ!?」



 そう、その領域に達した、氷室涼二以外にはありえないのだ。

雨音は日の光にて吹きつける風を振り払い、その先へと視線を向ける。

そこには―――



「う、そ」



 ―――白く染まった氷の庭園の中心で、黄金の槍に貫かれる少女の姿があった。





















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