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Frosty Rain  作者: Allen
最終話:ラグナロクの終焉
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05-13:陽だまりに咲く花











「でりゃああああッ!」



 襲い掛かってきた夜月の頭部を打ち上げ、徹はハガラズのルーンによる雷撃を放つ。

迸った雷は天高く打ち上げられていた夜月自身を避雷針にするかのように放たれ、その身を青白く輝かせる。

けれど―――僅かながらに動きの鈍る夜月ではあったが、ダメージを振り払うかのように首を振ると、自身の頭部を鉄槌であるかのように勢いよく振り下ろした。

天にも届こうかと言う大質量では、流石に徹とて受け止める事は難しい。

小さく舌打ちをすると、徹はその場から跳躍して退避した。

そして一瞬遅れ、夜月の頭部が足場となっていた建物に打ち下ろされる。


 ―――轟音と、鳴動。



「ったく、破滅の三柱だったか? その名前も頷けるバケモノっぷりだな、おい」



 半ば頬を引き攣らせながらぼやき、徹は再び《雷神の槌ミョルニル》を構える。

戦況は、ほぼ拮抗していると言っても過言ではなかった。

徹が桜花を狙わない限り、夜月の持つアルジズの始祖ルーンが発動する事は無い。

徹はあえて彼女を無視し、ただ夜月を倒す事のみに集中する事で、その力の発動を抑えていた。

アルジズの持つブースト能力は強力ではあるものの、仲間のいない状況では発動しない代物だ。



「しかし……」



 瓦礫と水の中から顔を起こす夜月の姿を見据え、徹は視線を細める。

純粋な攻撃能力のみで言えば、徹は夜月に勝っている。

だが、夜月はその徹の攻撃力を受けて尚、容易に戦闘を続行できるだけの生命力を持っていた。

タフさのみで言えばニーズホッグすら凌駕しているのではないか、と徹は胸中で呻く。



(他の連中の援護に行きたかったが……流石に、見通しが甘かったか。今は、コイツに集中しないとな)



 他の戦場も常に変動している。

とはいえ、戦況が完全に拮抗しているのは徹の場所程度であった。

双雅はムスペルヘイムの二人を圧倒しつつあるし、逆にガルムやスリスは豊崎に押されつつある。

そんな中、徹は中心点とも言える戦場に立っていた涼二が、緋織と美汐を遠く離れた場所へと弾き飛ばした瞬間を目撃した。

油断無く構えながらも、徹は小さく舌打ちを零す。



(やっぱり、プラーナを使い尽くしたあの二人じゃ無理だったか……親父と涼二の戦いが始まる前に止めたかったが、仕方ねぇ!)



 こうなれば、最早どちらかの死は免れない。

槍悟の戦いを目の前で目の当たりにしていた徹は、槍悟の勝利をまるで疑ってはいなかったが―――最早涼二を生かして止めると言う選択肢は無くなった。

故に、徹は目の前の相手の撃滅を誓う。



「もう節約も加減も無しだ……本気で行くぜ」



 鉄槌に込められるプラーナは、今までを倍するほどに多いもの。

弾けるように地面を叩いている雷を纏い、槌の先端はピックのように尖っていた。

そしてそれを扱う肉体もまた、ウルズによるオーバーブーストを受け、僅かながらに輝いている。

消費するプラーナ量を高めた、正真正銘徹にとっての全力。

それを感じ取り、夜月もまた纏うプラーナの量を高めた。

二つの波動は空間を支配し、その中心点で軋むかのようにぶつかり合う。

互いに一歩も引かぬ力のせめぎ合い。しかし、表面上は何処までも静謐であった。



「―――ッ!!」



 刹那、それが爆ぜる。

ラドの加速にも劣らぬ速度で飛び出した二つの力は、瞬く間に距離を詰め、互いを攻撃圏内へと収める。

今度こそ互いの身体を打ち砕かんと、その全霊の一撃が―――刹那、その二つの一撃へと、飛来した鉄塊が衝突した。



「なッ!?」



 互いの攻撃はそれによって僅かながらに逸れ、衝突点をずらして互いの身体に命中する。

迸るのは巨大な衝撃。耐える事など出来ず、徹と夜月は互いに反対方向へと吹き飛ばされた。

夜月はビルをへし折りながら、徹は建物の壁を放射状に砕け散らせ、ようやくその動きを止める。



「が、は……ッ!?」



 何が起こったのか理解できず、徹は痛みに喘ぎながら空気を求め―――ふと、響いた声を聞いた。

ふてぶてしい響きを持つその声は他でもない、空中に足場を作り出してそこに立つ上狼塚双雅のもの。

彼はどこか驚いた様子で、周囲の惨状へと向けて声をあげた。



「おー、こいつは酷ェな」

「ってぇ、アンタの所為でしょうがこのアホ双雅ー! 夜月、大丈夫!?」

「おいおい、バカにアホって言われちまったぜ。俺が横槍入れてなきゃ、ソイツの頭砕けてたぜ?」

「現時点でも重傷よ! やるならもっときっちり逸らしなさいよねこのバカー!」



 響き渡る声は酷く緊張感の無いもので、けれど身体を動かす事もできずに苛立ちを募らせる。

しかし―――と、そんな苛立ちの中で、徹は一つの疑問を抱く。

今、双雅の一撃は確実に不意打ちだった。

徹は目の前の夜月のみに集中しており、横からの攻撃に全く気付けなかったのだ。

つまり、それは殺そうと思えば殺せていたと言う事に他ならない。

なのに、何故今それをしなかったのか―――



(一体、どうなっている……?)



 身体を修復する為にウルズのルーンへとプラーナを回しながら、徹が胸中で独りごちた、その刹那―――世界は、日の光に包まれた。











 * * * * *











 一人の少女が、崩壊しかかった街の中を歩く。

建物は崩れ、水面は揺れ、大樹は凍て付いて自壊する。

その全てを見渡せる高所で―――静崎雨音は、ただ茫洋とした瞳を周囲へ向けていた。



「理解した事が、あるのです」



 それは独り言か、誰かに言い聞かせる為の言葉か―――或いは、己に対する問いかけか。

いずれにしても、彼女の周囲には誰もいない。彼女の言葉を聞くものなど存在しない。

けれど、彼女はそれを気にもせずに、独白を続ける。



「家族が愛おしい……それはきっと、当たり前の事なのでしょう。誰もが抱く願いだからこそ、それではきっと届かない」



 雨音は、己の『家族』を愛おしく思う。

涼二を、ガルムを、スリスを。彼らと過ごした日々は、それまでの灰色の人生とは違い、何よりも輝いて見えた。

それは暖かな陽だまり。いつまでもその場にいたいと願う、穏やかな空間。

そんな事を考えながら、雨音は小さく苦笑を零す。



「雨の音などと言う名前をしているのに、私は陽だまりが愛おしいのです」



 雨音は、『家族』と過ごした日々を愛おしく思う。

復讐と言う目標を持つニヴルヘイムの中で、それでも尚穏やかな日々を過ごしていたのだ。

目標が存在している以上、それが失われてしまうと言う事は分かっていたのに。

目を逸らしていた訳ではない。今あるものに縋っている訳でもない。

過ぎ去ってゆく全ての瞬間を、雨音は愛おしく思うから。



「夜になれば失われてしまう。次の日に訪れる陽だまりは、既に形を変えている。それもまた素晴らしいものですが……前の日を蔑ろにする理由にはなりません」



 今ある全てが、過ぎ去って行く全てが愛おしい。

未来にあるものも素晴らしいものならば、迷わず歩いてゆくことが出来ただろう。

けれど―――



「それでも、未来には失われてしまう。私の花は、涼二様は失われてしまう。避ける事は叶わないでしょう、貴方がそれを願い続ける限り。

私と貴方の願いは、根底は同じでも結論は違うもの……それが、どうしても悲しいのです。

私と貴方の願いは、交わらない。共に《死の女王ニヴルヘル》の代役として選ばれたからこそ―――私と貴方の渇望ねがいは、対極の道を行く」



 氷室涼二は、死を。静崎雨音は、生を。

誰よりも、何よりも家族を愛するが故に、二人の世界は交わらない。

けれど、それでも―――雨音は、諦めたくないと願うのだ。

失いたくないと、焦がれるのだ。

過ぎ去ってゆく全ての瞬間が、愛おしいのだから。



「だからこそ私は、その日の花を摘みましょう。失われないで下さい、優しい陽だまりの中にいて欲しい。私の光で、全てを包み込むから……だから、どうか」



 ―――愛おしい日々よ、失われないで。私の腕の中で、永遠に美しい花束として輝き続けて欲しい―――


 それこそが、静崎雨音の抱いた願い。

美汐の願った覇道に等しい、何よりも優しく何よりも身勝手な渇望。

その願いを込めて、雨音の口は祝詞を紡ぐ。



「Carpe diem quam minimum credula postero―――」



 ―――そして、世界は日の光に包まれた。











 * * * * *











 降り注ぐ木の葉―――それは一つ一つが確実に砕かれ、元のプラーナとなって消滅してゆく。

けれど、ガルムの体はそれでも少しずつ傷を負ってきていた。



『ぬぅ……!』



 舞い散る木の葉の数はさらに増え、いかなガルムと言えど正確な迎撃は難しくなってきていた。

ある程度の大きさにまで相手の攻撃を破壊しなければならないが、一つでも見逃せば制御された木の葉は襲い掛かり、ガルムの身体を傷つけてゆく。

テイワズのルーンによる自己修復で何とか致命的なダメージは抑えられていたが―――



「ジリ貧だよっ!」



 風を操り雷を放ち、向かってくる木の葉達を貫きながら、スリスは苛立ちに満ちた声でそう叫ぶ。

物量で攻める豊崎の攻撃は、広範囲型能力を持たない二人にとっては厄介極まりないものであった。

相性が悪い、と言い換えてもいい。

物量に対し質で攻めたとしても、相手の本体に辿り着く事が出来なければ意味が無い。

物量に対抗するには、その物量を越えるだけの物量か、もしくは量では匹敵せずとも量と質を兼ね備えた存在―――即ち、涼二のような能力者が必要となるだろう。

しかし、二人にとって何よりも認めがたいのは―――



「ふむ……これはこれで、貴重な戦闘データか。後々、ミーミルに情報を問い合わせねばな。特に、氷室涼二……以前から異常なほどの制御能力だとは思っていたが、まさか総帥に匹敵するほどとは」



 ―――豊崎翔平が、二人を敵としてすら認識していない事であった。

ギリ、とガルムは歯を噛み締め、その極大の殺意を豊崎へと向ける。

能力の相性による差はあるだろう。しかし、そうだとしても一撃が届けば確実に倒せる事に変わりは無い。

それでも尚、豊崎は二人の事を脅威として扱っていなかった。



(これが、通常の能力者と始祖ルーン能力者の差だというのか……!)



 身近に始祖ルーン能力者がいたために、分かっているつもりではあった。

けれど、その力が直接己に向けられた経験は無い。ガルムは舌打ちしながら、ただひたすらに迎撃防御を続けてゆく。

しかし、極限の集中力は長くは続かない。徐々にだが、ガルムの迎撃も正確さを失いつつあった。

そんなガルムの状況を見つめながら、スリスはアンサズによる《思考加速ハイスピード》、およびハガラズによる援護を行う。

ガルムの撃ち漏らした木の葉や枝を破壊し、相手の猛攻が途切れる瞬間を見極め続けていた。



(相手が空の下にいれば雷も落とせるのに……樹の下に入ってるし!)



 スリスが得意とするのは、ハガラズによる雷撃。

超高速の攻撃であり、威力も非常に高い、『最大の破壊力を持つ』と名高いハガラズらしい能力ではあるが、それも当たらなければ意味が無い。

豊崎の能力によって作り上げられた《豊穣の飛剣ユングリング》は、それ自体が強固な楯となっており、単一のルーンでしか攻撃できないスリスでは、それを貫けるだけの破壊力を生み出す事が出来なかったのだ。



(大神白貴の能力は……ダメだ、距離が開きすぎてる。それに、磨戸緋織と大神美汐の抑え役だし、動かす事はできない。

なら、涼二の友達の二人……相性的に言えばでっかい蛇の方だけど、大神徹を抜く事は難しい……!)



 それにそもそも、豊崎翔平を他の人間に譲るつもりは無いのだ。

少なくとも、ニヴルヘイムの手で討ち取りたい―――その思いは、スリスの中から消える事はなかった。

しかし、それゆえに焦りは募る。いつまで経っても詰める事が出来ない、その距離に対して。

故に―――スリスは気付けなかった。



「かっ……え―――?」



 ―――背後から忍び寄る、鋭く尖った樹の根に対して。

それは反応する事も許さずスリスの胸を貫き、その身体を空中へと持ち上げる。



「あ、が……ぅあああッ!」

『スリス! っ、しま―――ガッ、アアアアアアアアアアアアッ!?』



 そしてその光景は、いかなガルムとて動揺を抑える事は出来なかった。

気を取られた一瞬の隙に辛うじて抑えていた前線は崩壊し、押し寄せる木の葉はガルムとスリスの身体を斬り刻んでゆく。

耐え難い激痛の中―――ガルムの鋭敏な聴覚は、一つの声を聞いた。



「Carpe diem quam minimum credula postero―――」



 聞き覚えの無い言葉。

しかしそれは、確かに仲間である少女、雨音のもの。

己の敗北と死を悟り、ガルムは最後に残った力を振り絞り、彼女へと向けて声をあげる。



『駄目だ、雨音君―――』



 逃げろ、という言葉は喉を斬り裂かれた為に声にならず、最早数秒もせぬ内に死が訪れる事を自覚し―――ガルムは、その言葉を聞いた。



「―――《死想生願・摘花メメント・モリ》」



 刹那―――世界は、日の光に包まれた。






















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