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Frosty Rain  作者: Allen
最終話:ラグナロクの終焉
68/81

05-11:極冷と焦熱











「はあああああああッ!」



 裂帛の気合と共に、緋色の刃が翻る。

灼熱を纏うその刃は、正面から襲いかかろうとしていた透明な鷲を両断し、蒸発させた。

宙を舞うのは、水によって作り上げられた十数体もの鷲の群れ。

それらは全て、涼二に操るファンクションたる《氷雨フロスティレイン》と同じ力を持っていた。

即ち、極冷の流体。触れただけで対象を凍て付かせる、固化していない液体だった。



「緋織ちゃん、危ない!」



 美汐がかざした掌から、一筋の光条が伸びる。

それは背後から緋織へと襲いかかろうとしていた鷲―――《死を貪る北天フレスヴェルグ》を消し飛ばす。

容易く吹き飛ばす事ができたそれに対し、美汐は安堵を覚えるよりも、まず悔しさを感じて唇を噛んでいた。



(涼二君、手を抜いてる……!)



 彼がその気になれば、今の一撃では吹き飛ばせ無いようなプラーナの込められた水を精製できる。

美汐が彼の能力を一撃で消し飛ばす事が出来たのは、即ち彼が本気で戦っている訳では無い事を示していた。

元々、《死を貪る北天フレスヴェルグ》は、広範囲攻撃であり無駄の多い《氷雨フロスティレイン》を効率よく使う為に作り上げられたファンクション。

確かに、狭い範囲―――即ち、美汐と緋織というたった二人を狙うには無駄が多すぎる事は事実である。

しかしそれでも《氷雨フロスティレイン》は、大きく行動を阻害する効果も持つ、非常に強力なファンクションだ。

強力な能力者相手ならば、涼二は容赦なくそれを使用し、相手を封殺しながら戦う事を選択していた。



(―――私達には、そこまでする必要も無いって事!?)



 舐められている、そこまでする必要は無いと判断されている。

その事実に対し、美汐は闘争心を露にしていた。

ふざけないで欲しい、と。



「私達は―――」

「―――あの頃と同じじゃ、ないッ!」



 己の道を進む為、ただ己を磨いてきたのだ。

同じ思いを抱いていた緋織と共に、美汐は叫びながら刃を振るう。

真紅と黄金の剣閃は翻り、二人に襲い掛かろうとする鷲達を悉く斬り裂いていった。

そして、数を減らした鷲達の合間から、それをけしかけた術者の姿を睨み据える。

彼は、周囲の海面から巻き上げた水を纏い、ただじっと二人の姿を見つめていた。



「ここは、涼二の領域……」



 小さな緋織の呟きを耳にし、美汐は胸中で同意する。

水で満たされたこの場所は、水と氷の能力者である涼二には非常に有利な場所。

故に、彼に攻撃を届かせるには、全力の攻撃を放つ必要がある。

―――道の開けたこの刹那を、二人は決して見逃そうとはしなかった。



「ッ……!」

「おおッ!」



 二人は並びながら地を蹴る。

そしてそんな二人を追いすがるように、鷲達もその動きを変えた。

向かってくるその姿に対しても、涼二は決して顔の色を変えようとはしない。

それに対して若干の違和感を覚えつつも、美汐は緋織に対して声をかけた。



「緋織ちゃん、後ろは私が!」

「分かった!」



 追いすがってくる《死を貪る北天フレスヴェルグ》と、涼二の放つであろう迎撃。

そのどちらもを、美汐は自ら引き受ける。

背中から広がる光の翼は、まるで二人の身体を包み込むかのように輝いていた。

それはまるで、熾天使の翼であるかのように。



「舞い落ちて―――」



 舞い散る羽をかたどる光が、彼女の周囲を逆巻く。

それは、全てがプラーナの塊。普段彼女が使う《光輝なる英雄譚ヴォルスング・サガ》と違う点はといえば―――その羽に触れた能力が、膨れ上がり消え去ってしまった事だけだ。

その光景に、涼二は僅かに目を見開く。

プラーナの瞬間的な過剰投与―――それは、大雑把な能力を使うものにとってはプラスにしかならないが、細かな制御の元にファンクションを作り上げている涼二のような能力者にとっては毒以外の何物でもなかった。

一度に大量のプラーナを流れ込ませる事によって、その制御を破壊してしまうのだ。

次々と弾け飛ぶ鷲達を背景に、緋織は《災いの枝レーヴァテイン》を構え、己に残された渾身のプラーナを込める。



「《黄金の頂を焼き尽くせヴィゾフニル・アルデアート》……ッ!」



 純粋に大量のプラーナを込めた全力の一撃。

カンの始祖ルーンによって発せられた高出力の攻撃は、技巧派である涼二には正面から受け止める事は不可能。

そして、ただ単に大量のプラーナを消費するだけの単純な技であるが故に、その一撃は美汐の力による妨害を受ける事無く、むしろ一気にその熱量を高めてゆく―――



「涼二! これが、今の私達だッ!」



 迷う事無く、緋織は刃を振り上げる。

しかし、それを前にしても、涼二は尚も動こうとする気配は存在していなかった。

纏っていた水は蒸発し、その熱量から身を護る為僅かながらにイサの力を纏うのみ。

このまま刃を振り下ろせば、成す術無く蒸発する事になると言うのに。

僅かながらの疑問。それでも、緋織が刃を止めるような事はなかった。

その一撃は、容赦なく振り下ろされ―――



「―――え?」



 ―――澄んだ音を立てて、《災いの枝レーヴァテイン》は砕け散っていた。

半ばで折れた刀身と共に極大の炎は霧散し、刃も届く事無く消滅する。

折れ飛んだ刃は回転しながら地に突き刺さり、それもまた間を置かずして姿を消した。

その傍に突き刺さっていたのは、一本の枝のような長い矢。

それに、美汐は見覚えがあった。



「嘘、ハク君……!?」



 あらゆる能力を打ち消すヤドリギの矢―――それは、美汐の弟たる大神白貴の能力。

何処からか飛来した彼の能力は、寸分違わず緋織の《災いの枝レーヴァテイン》に命中し、その刀身を打ち砕いていたのだ。

緋織も、美汐も、あまりの状況に反応出来ずに硬直し―――次の瞬間、足元から伸びた氷の茨によって拘束されていた。



「う、あ……」

「ス、Thスリサズ? 一体、何処から―――」



 動きを縫い止められ、二人の少女は呻き声を上げる。

どちらにした所で、彼女達にはもう涼二と戦うだけの力は残されていなかったが。

そんな彼女達の横を、涼二はゆっくりと歩き抜けてゆく。



「ま、待って! 涼二君、待って!」

「悪いが―――お前達の願いは、叶えてやれない」



 擦れ違い様、僅かにそんな声を響かせ、涼二はぱちんと指を鳴らす。

瞬間、再び一本の茨が伸び、既に彼女達に巻きついていた茨の一本へと巻きついた。

強く身体を引っ張られるような感覚に、二人は大きく目を見開く。

そして―――



「飛ぶぐらいのプラーナは残っているだろう。もう、近づくな」

「う、わあああああっ!?」

「ひゃ―――!?」



 茨は強く引き絞られ、二人の身体は勢い良く空中へと投げ出されていた。

空中で回転し、思わず目を回しながらも、二人は何とか飛行の為の能力を展開する。

そして気が付けば、緋織と美汐は先ほど戦っていた場所から大きく弾き飛ばされていた。

立っていた場所は遥か彼方、そこに立つ涼二は、弾き飛ばした二人の姿になど見向きもせず、ゆっくりと槍悟の方へと近づいてゆく。



「涼二君―――」

「ッ!? 美汐、止まって!」

「え?」



 美汐がそんな涼二の背を追おうとした瞬間、緋織はとっさに彼女の腕を掴み、彼女を引き止めていた。

突然の事に目を見開き、美汐は緋織の真意を問おうとして―――進もうとしていた位置を貫いた、一本の矢に気がついた。

先ほどと同じ、ヤドリギの矢。殺傷能力は普通の矢と変わらないものの、能力では決して防ぐ事の出来ないそれ。

美汐は目を見開き、それが放たれた方向へと視線を向ける。

視線の先、ビルの屋上に立っていたのは、木で出来た弓を構える白髪の少年。



「白君……」

「姉さん、彼を行かせてあげて」

「白貴、様? 一体何を―――」



 光を映さぬ茫洋とした瞳の奥に決意を浮かべ、白貴はそう口にする。

その真意を問うかのように緋織が声を上げる―――対し、彼はどこか諦観に満ちた表情で首を横に振った。

そこか、堪えるようなものを、その奥に秘めながら。



「戦えば戦うほど、彼が戻ってこれる確率は低くなる。彼にはもう、後が無いんだ。だから、姉さん」

「何を、言ってるの……? それじゃ、まるで―――」



 その言い方では彼が、と―――その言葉は、ビルの谷間を吹く風が上げた低いうねりによって掻き消されていた。












 * * * * *











 黄金の毛並みが風に揺らめく。

金の閃光と化したガルムは、ビルの壁を足場にしながら、目にも止まらぬ速さでその爪を振るっていた。

名刀の一閃にも匹敵する鋭さを持つ彼の爪は、目にも映らぬほどの速さで振るわれ、襲い掛かる無数の木の葉達を正確に切り裂いていった。



(ふむ、ある程度の細かさまで破壊すれば制御を失うか……やはりこれだけの大規模な能力、細かな一片一片にまではプラーナを充足させてはいないか)



 爪によって砕かれた木の葉は、ある程度の大きさにまで破壊されると、その刃としての機能を停止して霧散してゆく。

怒りに身を任せながらも意識は冷静に、意識を集中させて機を窺う。

例え仇敵が相手であろうと、ガルムは本来のその持ち味を決して失ってはいなかった。

総てはその爪を、その牙を、憎き敵の心臓に突き立て首を食い千切る為に。

その為に、灼熱に燃える怒りも憎しみも、今は堪えて制御するのだ。



(確実にれるその一瞬、それを得るまでは―――)



 降り注ぐ枝を、木の葉を、ありとあらゆる刃を躱し、時に破壊しながら、ガルムは少しずつ豊崎への距離を詰めてゆく。

その暴風のような破壊を前にしながら、しかし豊崎は、ガルムに対してまったくと言っていいほど脅威を覚えてはいなかった。

彼の目の中にあるのは、強力な能力者に対する興味のみ。



「ふむ、成程……大した制御力だ。ある程度年を重ねてから能力を得た者は力をあまり上手く操れぬ傾向にあるが……貴様はどうやら能力を己の血肉とする事に慣れているようだな」

『……ッ!』



 敵を目の前にしながら全くと言っていいほど相手にしていない豊崎に対し、ガルムは一瞬苛立ちを覚える。

が、それもすぐさま沈静化させ、彼はただただ精密に相手の力を破壊する戦いに努めていた。

ガルムは身体強化系の能力者であるのに対し、豊崎は物質形成系。

燃費と言う点では、ガルムに対して大きく軍配が上がる。

故に、ただひたすら相手の力を破壊し続けていれば、徐々にガルムが有利になってゆくのだ。



(それまで、私の集中力が持てばの話だがな……)



 高速で飛来する相手の能力を、それ以上の速度を以って迎撃し続ける。

それは、非常に難易度の高い戦闘であった。

力が大きすぎるが故に、戦略も何も無く、ただ単純に陳腐に変化してきている戦い。

それは結局、隙を見せた方が敗れると言う、単純極まりないものであった。



『単純計算のみで言えば敵が不利、そして実際の所は私が不利と言った所か……』



 最早苦笑にしかならないこの状況に、小さく笑みを零しつつ、ガルムは地を蹴って一旦距離を置いた。

そして牽制代わりに、ビルの屋上についていた給水タンクを蹴り、豊崎の方へと飛ばす。

ボールと言うにはあまりにも質量のありすぎるそれは、蹴り出された勢いに加えてラドによる加速も纏い、一直線に仇敵へと向かってゆく。

が、給水タンクは舞い散る木の葉に触れた瞬間、まるで紙細工であったかのように細切れにされ、散っていた。

小さく舌打ちをすると共に、ガルムは豊崎へと向けて構え直す。

と―――その時、ガルムはタンクの中から飛び散った水が、地に落ちず周囲に漂っている事に気がついた。



『これは―――』



 感じるのは僅かな風。

ハガラズによって発せられたその力は、その風自体を基点として空間に電気を走らせ、水そのものを分解してゆく。

そして一際大きな雷光が走った瞬間―――木の葉の中心で、巨大な爆発が巻き起こった。

強大な爆音と衝撃に、ガルムは思わず目を庇いながら後退する。



『……電気分解による水素の生成と、その発火による水素爆発。中々派手な真似をするものだな、スリス』

「本当ならオゾンでも作って爆発させてやろうかと思ったけど、面倒だったからね」



 いつの間にそこに立っていたのか、ガルムの隣には小柄な少女の人影があった。

いつも通りのジャージ姿と言う訳ではなく、涼二と同じようなコートに加え、バイザーを装着している。

バイザーに備え付けられているカメラからの映像を直接脳で処理しながら、スリスはじっとその先―――己の光を奪った相手がいる場所を凝視していた。

―――刹那、無数の刃が煙の中から襲い掛かる。



『ちッ!』



 対し、ガルムも瞬時に反応していた。

刃が襲い掛かってくると同時に加速し、その爪を以って《豊穣の飛剣ユングリング》の攻撃を悉く迎撃する。

その攻撃が落ち着いた頃には先ほどの煙も晴れ、その先から、相変わらず無傷なままの豊崎の姿が現れた。

彼は呆れたような表情を浮かべ、眼前の敵―――ガルム達へと話しかける。



「やれやれ、次から次へと面倒が出てくるものだ。しかし……ああ、そちらは覚えているぞ。能力を用いた視覚形成研究の被験体か。何処に消えたかと思えば、《氷獄ニヴルヘイム》と行動を共にしていた訳か」

「ッ……ああ、そうだよ。ボクはずっと、この時の為に涼二達と行動を共にしてきたんだ……お前を殺してやる為にッ!」

「フン、どうせあの災害の中に放り出されていれば一日と経たずに死んでいたのだ。それならば、有効活用・・・・してやった方がまだマシと言うものだろう」



 その言葉は、決して皮肉って言ったものではなく、ごくごく純粋に放たれた言葉であった。

それは即ち、豊崎が本心からそう考えているという事。

あまりにも身勝手なその言葉に、スリスは思わず歯を食いしばる。

そうでもしなければ、抑えきれずに飛び掛って行ってしまいそうだったから。



『……落ち着け、スリス』

「うん、分かってる。分かってるよ……怒りに任せて戦ったって、絶対に勝てない」



 相手は始祖ルーン能力者。

例え神話ファーブラ級能力者二人がかりであろうとも、一瞬でも油断すれば即座に倒される相手なのだ。

故に、機を見極めなくてはならないと、スリスはじっと集中する。

声を聞く必要は無い、何か聞く事がある訳でも無い。

あるのはただ、豊崎翔平を殺すという己の目的だけ。

故に二人は、今はその怒りすらも捨て、眼前の敵を滅殺するためだけに集中し始める。


 ―――故に、二人は気付けなかった。



「……ガルム様、スリスさん」



 彼らがいる場所よりも、若干高台となっている建物の上。

そこに立ち、彼らの様子を見守る少女の姿があった事を―――





















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