表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Frosty Rain  作者: Allen
最終話:ラグナロクの終焉
67/81

05-10:ヨルムンガルドとフェンリル












 もたげられた巨大な頭部が、文字通り鎌のように振り下ろされる。

その膨大な質量は《雷神の槌ミョルニル》のそれに匹敵し、振り下ろされる一撃では、いかな徹でも受け止める事は難しかった。

そのことに対し、舌打ちした徹は大きく跳躍してその攻撃を回避する。

極大の質量と速度によって振り下ろされた一撃によって、彼の立っていたビルは、まるで押し潰されるかのように拉げて砕け散った。



「バケモノばっかりだな……!」



 徹は舌打ち混じりに鉄槌を振り上げ、夜月の胴体へとその一撃を振り下ろす。

純粋な破壊力ではユグドラシルでもトップクラスに君臨するその力も、夜月に対しては有効打と言えるほどの威力を発揮する事はなかった。

蛇として持つしなやかなその肉体は、鉄槌の一撃を受ける事でしなり、その威力を受け流してしまうのだ。

そも、夜月の身体はあまりにも巨大すぎる。その一点に攻撃した所で、ダメージと呼べるようなものを与える事は難しかった。

その巨体を蹴って飛び離れながら、徹は静かにその姿を観察する。



(コイツも、ニーズホッグと同じく始祖ルーン持ちの刻印獣ルーンクリーチャーか。そのくせ、人間に飼われてやがるってのはどういう事なんだか……)



 胸中で呟きながら、徹は《雷神の槌ミョルニル》を掲げ、その先端を夜月の方へと振り下ろす。

それと共に《雷神の槌ミョルニル》は雷を纏い、幾条もの輝きを大蛇へと向けて解放した。

目を焼くような閃光と共に轟く雷撃は収束しながらその黒い鱗へと向かい―――その表面を伝って、拡散される。

直撃を受ければ人間など一瞬で黒焦げになるほどの力ではあるが、この巨大な蛇に対してはあまり有効とは言えなかった。

舌打ちしつつ、徹はその力の分析を再開する。



(確認できたルーンは顎の下にあった一つだけ……ベルカナの始祖ルーン。この巨大化を『成長』って言っていいのかは疑問だが、とりあえず巨大化してるのはその力だろう)



 先ほど少女の腕の中から飛び出してきた蛇は、飼うには少々大きいサイズではあったものの、それでも普通の蛇の範疇であった。

ならば何らかの能力によって巨大化している考えた方がいいだろう。

ベルカナは成長のルーン―――その力によって、このニーズホッグをも越える巨体を形成しているのだ。

それは、ニーズホッグのような偽りの肉体ではなく、本物の肉体であると言う事。

つまり、傷を与えればしっかりとダメージを負うし、致命傷を与えれば倒す事は出来る。

けれど―――



「鈍すぎんだろ……」



 打撃と雷撃を受けながら、何事もなかったかのように鎌首をもたげる夜月に、徹は頬を引き攣らせる。

夜月は、あまりにも巨大過ぎるのだ。

その大きさに合わせ、感覚の鈍さも、その肉体の強度も増加している。

その巨体に対する人間の大きさは、最早人と蟻の差に等しいものだ。

規模が大きくなればなるほど、与えられるダメージは少なくなってゆく。

ただ純粋に大きく、鈍い。ただそれだけであるのに、非常に厄介な存在でもあった。



「けどな、デカブツ」



 再び突進してくる夜月に対し、徹は《雷神の槌ミョルニル》を深く構え、小さく笑みを浮かべる。

動き回る極大の質量、ただそれだけで強大な力に対し、人間が出来ることなど何も無い。

蟻では、人間の質量に対抗する手段など無いのだ。

けれど、この場にいるのは―――



「覚えとけ! 人間を噛み殺す蟻だっているんだよォッ!」

『ッ―――!』



 ―――身体能力という点に関しては、最高位の能力者であった。

大きく振りかぶられた《雷神の槌ミョルニル》は、突撃してきた夜月の鼻先に激突し、周囲に大きな衝撃を走らせた。

足場にしていたビルがその衝撃で砕け、傍に立っていた大樹を揺らす。

けれど、徹の身体は撥ね飛ばされる事なく、その場に留まり続けていた。

徹、夜月共々、攻撃を相殺されたかのように仰け反った状態。

それはつまり、徹が確かに夜月の力に匹敵するだけのパワーを発揮した証拠であった。



「夜月……っ!」



 遠くから、僅かに声が響く。

徹が後ろ向きに倒れてゆく夜月から視線を外し、そちらを見れば―――そこにはこげ茶色の髪をした少女の姿があった。

御津川桜花、夜月の主人であり親友である少女。

無論、徹は彼女の素性など知る由も無いが、彼女がこの大蛇を使役していると言う事だけは理解していた。



(あれが、術者か―――?)



 夜月はオセル等の能力で操られた人形ではなく、それ自体がプラーナを持った生物だ。

事実、徹は目の前の大蛇から、己以上に強大なプラーナの波動を感じ取っていた。

けれど、術者であるあの少女からは、そんな力は感じない。

距離で紛れてしまう程度の小さな―――世間一般で言えば普通の―――力。精々、巨人ティターン級と言った所だ。

その程度の力で、何故アレほどに強大な生物を使役できるのか、それは徹には理解できなかった。

が、このような能力に関しては、ある種のセオリーが存在する。



「術者を潰せば……!」



 操作系能力は、術者を倒せばそれで動きは止まる。

生物使役と言う能力はかなり珍しいものではあったが、それでも前例が無いわけではない。

そもそも、美汐の能力自体がある種それに近いものでもあるのだ。

ゲーボマンナズは、他者を使役するのに適した能力であると言える。

そしてそれらの能力は、その能力を発している存在さえ潰してしまえば、後は指揮系統を失った存在が残るだけなのだ。


 この大蛇に対してそのセオリーが何処まで通用するかは分からないが、それでもある程度の効果はあるだろう。

そう判断し、徹は鉄槌の先端をその方向へと向けた。収束するのは、一条の雷撃。

あまり力を入れているとは言えない、けれど巨人ティターン級能力者を倒すには十分すぎる破壊力の一撃。

それは刹那に空を裂き―――海面から飛び出してきた蛇の尻尾によって、受け止められた。



「何!?」



 驚愕し、徹は視線を夜月の頭の方へと戻す。

そちらもまた、今まさに身体を起こし、徹の方へと視線を戻している所だった。

頭部から尻尾までの距離はかなり離れている。にもかかわらず、天を突くほどに伸びる尻尾に、徹は思わず頬を引き攣らせていた。



(どんだけ長いんだよ、コイツ……!)



 舌打ちと共に徹が《雷神の槌ミョルニル》構え直した、その刹那。

夜月の巨体は、既に徹の眼前にまで迫ってきていた。



「な―――!?」



 咄嗟に、徹は《雷神の槌ミョルニル》を立てて防御する。

一瞬ほどの間も置かず、夜月の突進は激突し、徹の身体は後方へと大きく吹き飛ばされた。

背後にあったビルを一つ貫き、その後ろに生えていた《豊穣の飛剣ユングリング》に受け止められ、徹は苦悶の息を吐き出す。



「が、は……っ、くそ、アレは……!」



 ウルズの始祖ルーンによる極限強化によって、傷みはあるものの戦闘行動に支障は無い程度のダメージしか無い。

けれど、徹はそれでも戦慄を感じずにはいられなかった。

それは、撥ね飛ばされる寸前に見えた一つのルーン。今まで輝きを放っていなかったからこそ見えなかったそれは―――



アルジズの、始祖ルーンだと……!?」



 保護を表す協力のルーン、アルジズ

それは特殊なルーン能力の一つで、術者が『護りたい』と認識している存在を護ろうとする時に力を発揮するルーンであった。

基本的には、身体能力やルーン能力のブースト効果を発揮するが、今までその力は始祖ルーンが確認されていなかった。

ウルズの自己修復によって身体を癒しながら、苦い笑みと共に徹は立ち上がる。



「それが、まさかこんな所にあるとはな……」



 今、夜月は桜花を攻撃されそうになった瞬間、そのルーンの力を発動させた。

それによるブーストは、徹ですら戦慄を隠し得ないほどのもの。

もしも捕らえる事が出来れば一手柄であるが、自分の身自体が危うくてはそうも言っていられない。

小さく方を竦め、徹は嘆息する。



(出来れば、スカウトしたい所なんだけどな)



 始祖ルーン能力者は貴重だ。

その力は、可能な限り失う訳には行かない。

術者である少女に話をつける事が出来れば、この大蛇も止まるだろうとは徹も思う。

けれど、それでも涼二の行いを容認する事だけは出来なかった。



「ったく……何でこうなっちまったんだかなぁ」



 苦笑と共に、徹は《雷神の槌ミョルニル》を肩に担ぐ。

ただニーズホッグと戦いに来ただけだったと言うのに、何故かつての友と戦う事になっているのか。

因果の皮肉さに嘆息し、徹は向かってくる夜月を睨み据えていた。

術者を狙う事は帰って危険。ならば―――



「直接ブッ叩くしかねぇってなぁ!」



 咆哮し、その槌に雷を纏わせ、徹は勢いよく飛び出していった。











 * * * * *











 上狼塚双雅―――《悪名高き狼フローズヴィトニル》が幼少の頃より警戒されていた理由は、いくつか存在する。

予言に語られた存在である事、その精神性、人を食ったような態度でありながら、人を惹きつける才能。

しかし、それらの中でも最たる物として、保有するルーンの相性が良すぎると言う点が挙げられる。

即ち―――



「カハハハハハハッ!」

「ちッ!」

「う、わあっ!?」



 純粋に速く、純粋に強い。

重厚な鎧を纏っている双雅は、その重量にもかかわらず、ユグドラシルでも屈指の速度を持つ二人の能力者に匹敵する速力を見せていた。

この世のいかなる存在よりも速い証明であるラドの始祖ルーンと、最強の身体能力の証であるテイワズの始祖ルーン。

ある種順当であるとも言えるこの力の組み合わせは、それだけに強力無比なものでもあった。

基本に忠実、それゆえに欠点は少ない。双雅にとって、ジュラの力というのはおまけ程度のものでしかなかった。

そんなモノなど無くとも、人を破壊するには十分すぎるほどの力を持っているのだ。


 ―――けれど、それでは面白くない。


 その身を包む鎧は無駄なものだ。誰よりも速いのだから、頑丈さなど必要ない。

その背より伸びる大鎌は無駄なものだ。爪先さえ掠れば人体など容易く抉り取られる。

その臀部より垂れ下がる連結刃は無駄なものだ。そもそも機能としては役に立たない事の方が多い。

それでも、と双雅は嗤う。



「なァ、楽しもうじゃねェかよ、おい。テメェ等強ェんだろ? 折角の祭なんだ、楽しもうじゃねェか」

「この、バケモノ……ッ!」



 哄笑する獣に、シャールは毒づく。

それほどに理不尽なその力は、ムスペルヘイムの神話ファーブラ級能力者二人を相手取って尚圧倒的であった。

加速した拳の一撃を何とかかわしながら、シャールは氷の刃を双雅へと向けて振り下ろす。

しかしその一撃は、瞬時に動いた背中の鎌によって受け止められていた。

さらに残った鎌の内の一つが、その体を貫こうと切っ先を向ける。



「くそッ!」



 舌打ちと共に、シャールは後退してその攻撃を躱す。

しかし、純粋な速さでは双雅の方が上。すぐさま双雅は彼を追い、その拳を叩きつけようとする―――が、そこに、横合いから放たれた蹴りが襲い掛かる。

双雅はその攻撃を目視してから躱し、二人に対して距離を開けた。

蹴りを放った男―――新森は、そんな双雅に対して小さく舌打ちをする。

その視線に含まれていたのは、僅かながらの疑問だった。



「小僧……一体何故、このような事に加担する」

「あァ?」

「涼二に理由があるのは理解した。だが、あの人狼も、似たような理由だろう」



 ガルムの発していた殺気を感じ取っていた新森は、あの姿を思い起こし、目を細める。

あれだけの恨みをユグドラシルへ―――というよりも、豊崎へと向けていた。

彼の戦う理由が涼二と同じようなものである事は、疑うまでも無い。

だが、双雅と桜花―――涼二の両脇に立っていた二人の若者に関しては、ユグドラシルに対する敵意など存在していなかったのだ。



「だがお前達は何だ? 何故、ユグドラシルを敵に回すような事をする?」

「ふん……昔ユグドラシルに殺されそうになった―――とでも言やァ満足か?」

「……その割には、随分とどうでも良さそうな口調だな」

「あァ、どうでもいいね。俺は今生きてるんだし、過ぎた事グダグダ考えててもつまらねェしな」



 くつくつと、双雅は嗤う。

そんな彼の様子に、ムスペルヘイムの二人は顔を顰めていた。

この男の事が分からないと、理解できないと―――そう言うかのように。



「なら何だ、友情とでも言うつもりか、獣のお前が?」

「まァ、桜花の奴は難しい事をバカなりに考えた結果、煮詰まって妙にトチ狂ったんだろうけどよ。そんなモンは俺には関係ねェしな。

理由なんかねェよ。あえて言うなら、『楽しそうだから』ってトコだな」

「そんな下らない理由で、こんな事をやってるって言うのかよ、お前はッ!」



 苛立ったように叫ぶシャールの言葉―――それに対し、双雅はぴくりと眉を跳ねさせる。

彼は初めてその笑みを消し、鋭いその視線に殺気を込めて、二人の姿を睨み据える。

息を飲む二人に対し、彼は小さく舌打ちをしてから声を上げた。



「あァ、テメェにとっちゃァ下らん話だろうよ。だが、俺は大真面目だ。俺は、真面目に楽しんでるんだよ」

「何を、言ってやがる……?」

「涼二の奴が抱いてる願望も、まあ壊れ果てたモンだろォよ。だがな、アイツは本気でその願いを掲げてんだ。

分かるか? 本気で、真面目に、アイツは破滅の願いを掲げてんだ。脇役が本気で追い求めてるってのに主役の俺がいい加減な訳がねェだろ」



 傲慢に、不遜に、けれど真面目に。

上狼塚双雅は、己の本能に対して何処までも忠実に、そして何処までも真摯に向き合っていた。

幼い頃より縛り付けられてきた、そんな双雅が抱く渇望は―――



「俺は自由で在りたい。何者にも縛られたくない。ただそれだけだ。だから俺は、俺の願いを貫き続ける。ただ自由であり続ける。ただ己の欲望に従い続ける」



 何処までも身勝手で、どこまでもはた迷惑な願いではあるが―――それでも、その願いは本物だった。

故に、それは決して無価値なものではない。

涼二や、美汐や、緋織が抱いた願いと等価なものであった。



「願いに優劣なんてものは無ェんだよ。あるのは、その道を貫き続ける事が出来るかどうかって事だけだァ!」



 双雅は咆哮する。

己の生き方を、そして涼二の生き方を否定する事は赦さないと。

それは―――確かに、一つの友情の形でもあった。





















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ