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Frosty Rain  作者: Allen
最終話:ラグナロクの終焉
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05-9:ラグナロク












「おおおおおおおッ!」



 真っ先に動いたのは、巨大な戦槌を持つ青年、徹であった。

親しかった人物を相手に仕掛けあぐねている緋織たちを先導するかのように、彼は《雷神の槌ミョルニル》を手に涼二へと向かって突撃する。

雷を纏う巨大な質量は、まともに受ければ一撃で打ち砕かれるであろう―――だが、それに対して涼二はまるで反応しなかった。

だが、それは決して諦めていると言う訳ではない。



「夜月、お願い!」



 仲間の援護が在る事が、最初から分かっていたからだ。

涼二を庇うように飛び出した桜花は、その腕に巻きついた黒い蛇を掲げる。

彼女の腕の中から飛び出した夜月は、その量顎の下辺りに刻まれたルーンを起動し、瞬く間に巨大化してゆく。

そしてニーズホッグを越えるほどに巨大化した夜月は、振り翳したその尾で徹の身体を打ち据えた。



「ちっ!」



 徹は咄嗟に《雷神の槌ミョルニル》でその攻撃を受け止める。

しかしその巨大な質量を受け止めかね、彼の体は大きく撥ね飛ばされた。

それでも、ウルズの始祖ルーンを持つ徹の体に、ダメージと呼べるダメージは存在しない。

それを理解していたのか、夜月もまた彼を追ってその長大な身体を這わせながら追っていった。

桜花もそれを追うように、ビルの上から隠れながらその姿を消す。


 そして入れ替わるように、神速の影が二つ、涼二へと向かう―――それを受け止めるのもまた、神速の獣だった。



「おおっとォ、行かせる訳にはいかねェな」

「ち……ッ」

「退けよ、隊長を止めなきゃならないんだ!」



 ムスペルヘイムの副隊長たる新森と、その部下であるシャール。

対するは、《悪名高き狼フローズヴィトニル》たる上狼塚双雅。

彼の姿は既に、獣の如き鎧を纏ったそれへと変貌していた。

背中からは四つの大鎌が伸び、尻尾のような連結刃が揺れる。

そんな重装備にもかかわらず、双雅の動きは神速で駆ける新森たちに引けを取らない―――否、それすらも上回る速度で動く事が可能であった。

鎧の奥で嗤いながら、黒銀の獣は咆哮する。



「こいつの邪魔をすんな雑魚共が! この戦いこそがこいつの全てなんだからなァ!」

「ぐッ!?」

「うおっ!?」



 双雅はそう叫びつつ、二人の体を掴んで脇へと投げ飛ばす。

そしてそれを追うように、彼もまた戦場へと飛び出して行った。

その姿を見送る事もなく、ただ真っ直ぐと前を見据える大神槍悟は、隣に立つ男へと問いかける。



「ふむ……貴公は行かぬのか、《豊穣の飛剣ユングリング》」

「私と彼は相性が悪いもので。創り出した傍から凍て付いてしまっては、こちらも制御ができぬと言うものです。

ルーンの差を埋めて余りあるほどに、彼の制御力は素晴らしい。まあそれに……私に用がある者もいるようですし」



 中指で眼鏡を押し上げる豊崎の視線は、涼二の横、そこに立つ黄金の人狼へと向けられる。

豊崎は知らない。彼が、いかなる経緯といかなる理由を持ってして、この場に立っているのかと言う事を。

当の昔に過ぎ去ってしまった研究―――そこに費やされた命の事など、記憶の片隅にも残っていなかったのだ。

そんな豊崎の姿を見つめ、ガルムは低く唸り声を上げる。



『涼二……奴は、私が引き受ける』

「分かった……ここまでありがとうな、ガルム。お互い、目的を果たそう」

『ああ!』



 力強い頷きと共に、ガルムはその姿を霞ませながら豊崎へと突撃していった。

その強靭な爪は、その先端だけでも届けは容易く人体を切り裂いてゆく。

しかしそれを阻むのは、伸び続ける大木の枝葉であった。


『オオオオオオオオオッ!!』

「やれやれ、獣かと思いきや、理性はある訳か」



 降り注ぐ刃の如き枝葉達を、ガルムは正確にその爪で破壊してゆく。

ラドの力で加速するガルムは、広い攻撃範囲を持つ豊崎の攻撃でも簡単には捉える事は出来なかった。

小さく舌打ちした豊崎は、距離を開ける為にその幹を操り、ガルムもまたそれを追って飛び出してゆく。

轟音は瞬く間に遠くへ過ぎ去り―――その背中を見送りながら、涼二の隣を歩み抜ける影があった。



「涼二様、私も行って参ります」

「……大丈夫なのか?」

「はい。ガルム様も心配ですから」

「俺の事は心配してくれないのか」

「勿論、一番心配しておりますよ。けれど、私では足手纏いにしかなりませんから……ですから、どうか―――」



 そっと、雨音は涼二の手を握る。

革の手袋に包まれたその手―――かつては、逆に雨音の方が手袋を嵌めていた。

今では逆転してしまったそれに小さく苦笑しながら、雨音は涼二の瞳を見つめて声を上げる。



「どうか、帰ってきてください、涼二様。私達、家族の元に」

「お前―――」

「では涼二様、『行ってらっしゃい』。私も、『行ってきます』ので」



 そう告げて微笑み、雨音はその身体をプラーナで充足させる事によって強化し、ビルから飛び出していったのだった。

彼女の言葉に面食らっていた涼二は、この戦いに入って初めて表情をその顔に浮かべる。

それは、いつも通りの苦笑に近いものであった。

けれどそれもすぐに消し、涼二は再び、その視線を正面へと向ける。

その視界に入ってくるのは三人の人物―――仇敵たる大神槍悟と、その前に立ちはだかる二人の少女だった。

真紅に輝く炎の剣を構える緋織と、黄金に輝く光の剣を構える美汐。

小さく息を吐き、涼二はその意識を集中させた。



「―――退け、緋織、美汐」

「嫌だ」

「退かないよ。友達が間違った道を進もうとしているなら、何が何でもそれを止める!」



 力強く宣言する二人に、涼二は小さく息を吐き出す。

それは嘆息であり、どこか安堵のようなものでもあった。

もとより、彼女達がその言葉を発する事は分かりきっている。故に―――涼二は、彼女達を退ける為に声を上げた。



「美汐、お前はその男の行いを―――ユグドラシルが行ってきた事を知りながら、尚前に進もうって言うんだろう」

「そうだよ、私は諦めない。誰かを犠牲にしたからこそ、私は皆が幸せになれる道を求め続ける!」

「ああ、大した女だ。だが……お前はどうだ、緋織。お前は、ユグドラシルの行いを知ってどう思った?」



 淡々と、ただ無表情に涼二は告げる。

元より、涼二は美汐の事を説得できるとは思っていなかった。

彼女の持つ理想は、涼二にとっての渇望に等しい。

それは互いに相反するものであり、永遠の平行線でしかない。いくら言葉を重ねたところで、妥協する点など見つからないのだ。

けれど、緋織は―――彼女には、他の総てを擲ってでも求めようとするほどの渇望が存在しない。



「俺は、姉をその男に奪われた。先ほどの人狼は、ドヴェルクによって妻子を奪われた。そして他にも、光まで奪われた者だっている。

もう分かっただろう、緋織。俺がユグドラシルを抜けたのは……それが理由だ」

「ッ……けれど、それは!」

「他の多くを救う為、か。ああ、実に正しいな。より多い命を救うなら、俺だって人一人なんて簡単に殺すだろうさ」



 例えルーンと言う強大な力を持っていたとしても、それを選ばず全てを救うなど出来はしない。

宿命を操る事の出来る槍悟も、むしろその力ゆえに諦めたのだ。

それは決して間違いではない。全てを救う事が出来ないならば、多くを救う道を選ぶべきなのだ。

けれど―――



「なら、その犠牲になった人間はどうすればいい? 何を恨めばいい? ただ、奪われたまま諦めて過ごせばいいのか?」

「それ、は」

「俺は、それが認められなかった。だから、その男の生が認められない。だからこそ、大神槍悟もまた、この戦いに応じたんだ。お前には……それを止めるだけの理由が、あると言うのか?」



 涼二の怨嗟に満ちたその言葉に、緋織は声を失う。

以前も言った通りなのだ、そこに感情はあっても理性は存在しない。

故に、涼二が言葉で止まるという事は無いのだ。

彼の発する怨嗟に対抗するには、それに匹敵するだけの感情がなければならない。

美汐にとってそれは、『皆と共に手を取り合って歩む世界』であり、槍悟にとっては『家族と自身が幸福を得られる世界』であった。



(私、は―――)



 緋織は自問する。

何故、今己がこの場で迷っているのか、その理由を見つける為に。

何故自分は、彼に付いて行こうとしないのか。かつての自分ならば、迷う事無く涼二と共に歩んでいたと言うのに―――そんな自問が、緋織を満たす。

緋織は、かつて自身が涼二に依存していた事を自覚していたのだ。

彼以外に頼れる者の存在しなかったユグドラシルの中で、氷室涼二と言う先輩の存在は、緋織にとって絶対のものだった。

故に、彼が離反したとき、これ以上無いほどの大きな衝撃を受けていたのだ。



「私は……涼二が持っている理由を知った。それを理解できるなんて、無責任な事は言えない。

けれど、涼二が本当に、切実にそれを願っている……私だって、それぐらいは分かる」



 かつての磨戸緋織であれば、彼の感情に賛同しただろう。

借り物の価値観に縋り、彼の敵を赦せぬと言い放っていただろう。

けれど今、彼と共に歩みたいと叫ぶ感情を押さえつけているのは、それ以上に膨れ上がった感情の為だ。

それは―――



「でも、それでも私は……貴方が、上官として最後に私に託した仕事を、放り出すなんて出来ない」

「……何?」



 緋織は、伏せていた視線を上げる。

その瞳に宿っているのは、本当の決意に輝く真紅の炎。

ようやく見つけたと、そう叫ぼうとするかのような、感情の輝きであった。



「私はムスペルヘイムの隊長だ! その仕事を、私の上官であった涼二から託された! だから私は、最期までその仕事を完遂する―――私は、涼二の部下だから!」



 その叫びに、涼二は大きく目を見開く。

彼女こそがその場所に相応しいと、涼二はそう信じて隊長の位を緋織に託した。

けれど緋織の中にあった心は、あくまでも『涼二の部下として任務を完遂する事』。

その姿勢のまま、彼女は理想の隊長であり続けようとして―――ついに、この場所に辿り着いた。

かつての涼二と同じく、隊員達から認められる隊長へと。

―――自らの古巣の事を思い出し、涼二は小さく苦笑する。



「……そうか。今の俺は、お前の上官とは言えないという訳か」

「貴方が戻ってきてくれるなら、私はいくらでも貴方の命に従う」

「やれやれ、また平行線か」



 涼二は、もう二度と大神槍悟のいるユグドラシルを認められない。

対し、緋織はただ純粋にムスペルヘイムの隊長であり続けようとする。

その想いは、決して交わる事は無い。

ならば―――と、涼二は笑みを消し、その視線を再び鋭いものへと変化させた。



「お前達は、俺の敵だ」



 本来の氷室涼二にとって、他者は等しく無価値なものでしかない。

その中で唯一価値のあるものは、大神槍悟という仇敵の存在のみ。

しかし涼二はこの時、二人の事を『仇敵への道を阻む敵』として新たに認識し直していた。

ここに存在するのは『道を作る仲間』と『道を阻む敵』―――それは僅かながらに、涼二にとっても価値のあるもの。

それが正であれ負であれ、涼二にとって他者への価値は、そこにしか発生する事は無い。

故に―――磨戸緋織は、この時初めて氷室涼二に認められたのだ。


 涼二は、腕を広げる。

水に満たされた空間であるが故に、大気中の水分はそれなりに多い。

その周囲の力を掻き集めながら、涼二はただ撃滅を宣言する。



「故に、お前達を本気で排除しよう。死なないように気をつけろ、お前達は次の時代に必要な人間なんだからな」



 そんな時代など、涼二にとっては価値の無いものであったが―――それは、元々依頼の一部。

涼二に残されたニヴルヘイムとしての最後の誠実さが、その言葉を告げさせていた。

二人は、そんな涼二の言葉に対し、僅かながらに悲しそうな表情を浮かべる。

けれど、それでも尚、二人が退くと言う事は無かった。

己の掲げた願いの為に、決して退く事は出来ないと言うかのように。



「緋織ちゃん、チャンスは一度だよ」

「分かっています」



 既にプラーナの枯渇しかかった緋織たちでは、殆ど力を使っていない涼二に太刀打ちする事は不可能。

それを理解しているからこそ、彼女達はただ一撃のみに全力を尽くす覚悟であった。

涼二はそんな二人へと、その右手を向ける。

彼の周囲では無数の水球が発生し―――それは、それぞれがある形状へと変化していった。



「駆けろ、《死を貪る北天フレスヴェルグ》」



 それは、翼を広げた姿が2mはあろうかという大鷲。

その身体は、《氷雨フロスティレイン》と同じく、触れただけで全てを凍て付かせるイサを纏った水で構成されていた。

高速で飛び交う鳥の、その体当たりを一度受けただけで致命傷となりうる力。

力の消費を最小限に、けれど効果は最大限に。

精密に引き絞られた力を、涼二は二人へと向ける。



「道を開けろ―――高みの見物など、させてやるものか」



 視線を二人へと向けながら―――その怨嗟は、いつまでも離れた場所に立つ仇敵へと向けられていた。





















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