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Frosty Rain  作者: Allen
最終話:ラグナロクの終焉
65/81

05-8:辿り着いた答えは











(何でだ? 一体どうして―――)



 送られてくる情報を次々と捌きながら、詩樹うたぎゆうは思考の片隅でそんな事を考えていた。

それの原因となっているのは、前線より送られてきたニーズホッグとの交戦映像。

強力な能力者の戦闘データとして記憶していたのだが、その中の一部に違和感を覚えていたのだ。

それは他でも無い、涼二の戦いについて。



(涼二は何でここまで手加減してる? プラーナの節約をしたいのは分かるけど、コレはいくらなんでも手を抜きすぎだ)



 悠は、涼二の戦闘記録を誰よりも知っている。

故に、今回彼が戦闘時に殆ど力を入れていなかった事に気付いていたのだ。

悠としても、涼二が槍悟との戦闘に備えている事は理解出来ている。

しかし、かつての仲間がいるその場所で、ほとんど人任せにしていた理由が分からなかったのだ。

彼はそんな事をする人間ではないと、悠はそう思っているのだから。



(旧東京での戦いもそうだ。使ったのは《氷雨フロスティレイン》を一度だけ……しかも、規模は最低限だ。

涼二のプラーナ量なら、多少力を使ったって、一度の全力戦闘には何ら影響は無い。

節約しなきゃならないような状況なんて、それこそ長期戦を想定しているような場合だけだ)



 氷室涼二は、始祖ルーンを使わずとも始祖ルーン能力者を制する事が出来る、悠の知る中でも稀有な人物だ。

能力の出力のみではなく、その緻密に計算された制御能力こそが武器であるとも言える。

故に、必要以上の力を使わない事は頷けるが、今回のそれは弱すぎたのだ。



(……考え方が違う? 手を抜いたんじゃなくて、手を抜かざるを得ない状況だった?)



 そこまで考え、悠は小さく嘆息する。

そのような状況に陥るとしたら、それは己の力を隠さなければならないような場合のみ。

そしてそれに関しては、涼二は既に行っているようなものであった。

二つの始祖ルーンの力―――涼二の実力を知っている槍悟に対して隠さねばならないのは、その二つの力程度である。

故に、槍悟の前で力を隠す事に意味は無い。



(今回はそんな状況って言う訳じゃなかった。以前より成長した力を隠すにしても、そこまで手を抜く必要は無い。

むしろ、不審に思われる可能性だってあるんだ。なら、他の可能性は―――)



 そこまで辿り着き、悠は動きを止める。

ある一つの可能性、彼としてはとてもではないが信じたくないそれに、気付いてしまったから。

並列思考マルチタスク》を停止させ、思わず己の頭を抱えながら、悠は震える声を上げる。



「そんな……まさか、そんな事」



 信じられることでは無い。前例は無く、そのような事象が起こるなど考えづらい。

けれど―――思いついたその考えは、何処までも納得できる理論であった。

今までにそんな事例は聞いた事も無いと言う事は出来る。だが、能力の歴史は浅く、それだけの中で確かな事など口に出来はしない。

何処までも不確かで、それ故に話しの上だけならば納得できてしまうその言葉。

そして悠には、その過程を理論的に説明出来てしまうだけの知識があった。



「そうだ、涼二は前例の無い事だらけじゃないか。ルーンの移植……それも始祖ルーンを二つも。そして、四つのルーンを同時に運用している例だって―――」

「ゆ、悠君? どうしたの?」



 と―――ふとその場に、悠の様子を訝しむような声が響く。

そこにいたのは一人の少女、伊藤いとうれいであった。

悠の補佐官たる彼女はいくつもの書類を持ち、あちらこちらへと慌しく移動していたのだが―――彼女の手を止めさせてしまったと、悠はバツの悪い思いで頭を掻きながら声を上げる。



「ゴメン、邪魔しちゃったね」

「ううん、それはいいんだけど……どうしたの、様子が変だよ?」

「うん……」



 言い辛い言葉に、悠は一度言葉を切る。

そしてしばし逡巡し、脳裏で言葉を選びつつ、彼は声を上げた。

その顔に、どこか硬いものを浮かべながら。



「思いついてしまった事があるんだ。これが事実なら、僕はもっと昔からこれに気付いているべきだった。

もしかしたら涼二からのメッセージだったのかもしれないし、もしそうだったのなら気付けなかった僕のミスだ」

「ど、どういう事なの?」

「……確証が無いし、君を不安がらせてしまうから、口にしたくは無い。けど、怜。もしかしたら、君の力が必要になるかもしれない」

「私の力が……?」



 要領を得ない悠の言葉に、怜はただ疑問符を浮かべるのみである。

しかしそれ以上の説明は行わず、悠は小さく苦笑して、腰掛けていた椅子から立ち上がった。

若干硬くなった身体をほぐしつつ、その視線を真っ直ぐ前へと向ける。

そんな彼の様子に驚きつつ、例は手に持っていた書類を机の上に置いて問いかけた。



「悠君、どうしたの?」

「僕も出る。直接、涼二と話をしなきゃならない」

「え、え!? でも、ミーミルは―――」

「僕の仕事は記憶する事だよ、怜。それだったら、後からでも十分出来る。書類の整理だけだったら、僕がいなきゃならない必要は無いんだ」



 それは事実であり、そして虚構でもあった。

曲がりなりにも彼はこのミーミルの室長であり、そしてそれに伴う責任が発生しているのだから。

彼自身それは理解しているし、その自覚もある。だが、今回ばかりは別であった。

自らの親友であり、尊敬する人物にかかわる事なのだ。ならば、今はこの仕事も優先順位は下である。

幸い、指示を出すだけならば己以外にも可能な人物は存在している。



「指示は別の人に任せる……僕は行くよ、行かなきゃならないんだ。今を逃せば、もうチャンスはなくなってしまうかもしれない」

「……本気、なんだね?」

「うん、その通りだよ」



 揺らぐ事無く真っ直ぐと言い放たれる悠の言葉に、怜は思わず気圧され、そして深々と嘆息を零す。

こうなっては説得も不可能であると、そう気付いてしまったのだ。

そんな嘆息も吐き出しきれば、顔に浮かぶのは小さな苦笑。

それは、悠の事をどこまでも理解しているが故の笑顔であった。



「もう、仕方ないなぁ、悠君は。こういう時は本当に頑固なんだから」

「あ、あはは……うん、ゴメン。迷惑かけるよ、怜」

「いいよ。たまにしか無いんだし、そういう一面が見られるのも楽しいからね」



 そういって、怜は嬉しそうに笑みを浮かべる。

そんな彼女の表情に安堵しつつ頷き、悠は出口へと向けて歩き出した。

向かう先は、彼らの戦いの場。

本来ならば出向いた所で役には立てないその場所に―――悠は、足を踏み入れようとしていたのだった。











 * * * * *











 どれほど、この瞬間を待ちわびただろう。

ただただそれだけの思いを胸に、涼二は真っ直ぐと視線を上げる。

その先にいるのは、飛びついてきた美汐を受け止めた体勢のままの仇敵―――大神槍悟。

しかし、その姿を思い浮かべただけで抑え切れぬほどに燃え上がっていた筈の殺意は、いざその存在を目の前にしてなりを潜めていた。



(いや―――)



 膨大な憎しみは、未だ己の中にある事を涼二は自覚していた。

ただ、今はそれが振り切れて、逆に冷静になってしまっている。

それすらも好都合だと切り捨てて、涼二はただその瞳を―――かつて、目の前の男に殺された姉の持っていた、青紫の瞳を向ける。



「……今、《死の女王ニヴルヘル》と言ったな。覚えているのか、姉さん……氷室静奈しずなの事を」

「成程……貴公は、あの少女の背負っていた少年であったか。ああ、覚えているとも……片時も忘れた事は無い。私がこの手で殺めたのだからな」



 その言葉に、傍にいた美汐が目を見開き、槍悟の事を見上げる。

彼女も、ユグドラシルが決して口には出せぬような事をしてきたのは知っている。

しかしながら、その矛先が涼二の身内にも向かった事があるとは知らなかったのだ。

無論、これを知っているのは極僅かな人間だけなのだが。


 涼二はそんな美汐の反応を無視しつつ、槍悟の瞳から目を逸らさぬようにしながら声を上げる。

まるで、嘘偽りを許さないとでも言うかのように。



「どうして、殺したんだ。俺達は何もしていなかった。ただ、生き残る為に逃げ回っていただけだろう。それなのに何故だ、何故姉さんを殺す必要があった」



 強くありつつも荒げられてはいない、けれど有無を言わさぬ口調で、涼二はそう言い放つ。

対し、槍悟はその瞳を閉じて小さく息を吐き出していた。

それはどこか諦観の混じった動作でもあり、涼二はぴくりと眉を動かす。

周囲の視線の集まるなか―――槍悟は、ゆっくりと声を上げた。



「私のエゴだ、言い逃れなどせぬよ」

「ッ……どういう、意味だ」



 荒げられそうになる言葉は、灼熱に燃える憎しみの中で逆に冷静なものと化す。

しかしそのそこに込められた感情には気付いていたのか、槍悟は小さく息を吐くと、それを真っ直ぐに受け止めながらに声を上げる。

そこにはどこか、己の過ちを悔いるかのような色が含まれていた。



「何の事は無い。ただ、『死にたくなかった』……ただ、それだけなのだよ」

「そんな、物……姉さんだって同じだったに決まってるだろう!」

「ああ、然り。実にその通りだ―――故に言い逃れなどはせぬ、懺悔もしない。私は、私のエゴで奪った命を、一瞬たりとて忘れてはいない」



 罪の告白であっても、懺悔ではない。赦されない事は知っているし、赦されようとも思わない。

それだけの硬い意志を込め、槍悟は言い放つ。

しかし真っ直ぐと立つその姿は、決して断罪を目の前にした囚人のものではない。

それすらも捻じ伏せて進もうとする、覇者の姿であった。



「《予言の巫女ヴォルヴァ》も、我が力も……私の死を予言した。そして、私の近しき者達の死を予言した。

貴公も私と同じく、何よりも家族を大切としていた者だろう、《氷獄ニヴルヘイム》。

私がユグドラシルを創ったのは、その障害となる多くを排除したのは、全て我が愛しき者達の為だ」



 その言葉に、多くの人間が息を飲む。

全ては自分の為―――今の日本の姿すら、家族が安らかに過ごせるように作り上げた箱庭に過ぎないと、槍悟は言い放つ。

そしてその思いは、涼二にとっても理解できるものであった。

そして同時に―――



「―――そんなモノ、知るかよ」



 ―――至極、どうでもいいものでもあったのだ。

槍悟が幸せを求めた為に己の姉が犠牲になったのは確かな事で、故に涼二にはその幸せを認める事は出来ない。

彼にとっての事実はたった一つだけ。愛する家族が、永遠に失われたと言う事だけだ。



「この世界が、どんなに素晴らしいものになったって関係ないんだよ、大神槍悟。

そこに姉さんがいないんだ。貴様が何を創ったって、美汐がどんな世界を導いたって、俺には関係無い。

姉さんがいない、いないんだよ。そんなモノはどれも同じだ、何の価値も無い、塵芥も同然だ」



 その言葉に、美汐は傷付いたように眉根を寄せる。けれど、涼二がそれを気にかける事はなかった。

美汐が素晴らしい世界を創るのは事実だろう。客観的に見て、彼女ならばこの混迷した世の中を導く事は出来る筈だ。

それを言葉で理解していたとしても、涼二にとっては何の意味も無い。

全てが価値の無いものだから―――彼にとって唯一価値のあるものは、永遠に失われてしまったから。


 ここに来て、涼二の価値観は、かつての―――桜花達と出会う前のものに戻っていた。

たった一つの渇望を抱き、他の全てを拒絶していた頃の彼に。

けれど、唯一違っている事は―――大神槍悟という『他人』に対し、憎悪と言う『感情』を抱いている事。



「だから貴様は死ね、大神槍悟。貴様の幸せなんて認めない。貴様は二度と幸せなんか感じるな」

「貴公か、私か……貴公が私の成れの果てであったのかも知れぬというのは、確かにその通りなのかも知れんな。故に、貴公の刃には応えねばなるまいて」



 そう言い放ち、進み出ようとした槍悟の前に、立ちはだかる姿があった。

大神美汐―――誰よりも、槍悟自身が護ろうとした彼の愛すべき家族。

彼女は瞳に涙を溜めながら、涼二と相互の間を遮るように立ち、声を張り上げる。



「ダメだよ、こんなのダメ! お父様も涼二君も、こんなの間違ってる!」

「ああ、そうだな」

「然り、このような答えが正しいなどとは片腹痛いだろう」



 二人のその言葉に、美汐は思わず絶句する。

彼らはあまりにも当然のように、己自身の言葉を否定したのだ。

しかし、それもある種当然と言える。

何故ならば―――彼らにとって、正しいか正しくないかなど、価値観の片隅にも引っかからない言葉であったからだ。



「美汐、お前は下がれ。お前は関わるべきじゃない」

「嫌、嫌だよそんなの!」

「下がれ、美汐。お前は、この先この世界に必要な人間だ。我等のようには行かぬだろう」



 あまりにも当然のように、槍悟は己の価値を切り捨てる。

そして、涼二もまた内心その言葉に―――不本意ながらも―――その言葉に同意していた。

自分達はこの世界に必要無いと、そう信じきっていたから。



「元より、人には過ぎたものだったのだ。このような力が溢れたから、我々の求めたものは衝突した。

これは人にあらざる、人を超越したものが持つべき力なのだ。故に―――力を持ったが故に狂った者は、此の世に在るべきではない」

「忌々しいが、同感だ。消えるのは貴様だがな」

「違う、そんなの絶対に間違ってる!」



 美汐は―――手を取り合う道を選ぶ少女は、二人の言葉にそう叫ぶ。

皆が生きて、並んで歩く事が出来る道。

今この場に生きているのなら、その道がある筈だと信じる。それこそが、大神美汐の信じたもの。

それ故に、二人のその結論を認める事は出来なかったのだ。


 故に彼女は叫ぶ―――助けて、と。



「お願い……二人を、止めてッ!」



 瞬間―――幾つもの影が、彼女の前に割り込んでいた。

それは緋色の剣を持つ少女であり、巨大な鉄槌を構える青年であり、白衣を纏った男性であり、神速を宿す男達であった。



「涼二……それが、理由だったんだ」

「だが生憎と、そいつを認める訳にはいかないな」



 立ちはだかったのはかつての友人。

しかしそれを前にして、涼二の凍りついた瞳が動く事はなかった。

元より、この展開は最初から予想していた事であったのだ。

そしてそれは、彼の後ろに立っていた者達も理解している事だった。



「よォ、俺はどいつを相手にすりゃいいんだ?」

「ゴメンね夜月、もう一度頑張って」

「あの白衣の男だけは譲ってもらおう……アレは、私の相手だ」

「ああ、頼んだ。双雅、桜花、ガルム……それに、雨音」



 視界の端で、地面に降ろされた少女が微笑む。

それを認め、涼二は一度目を閉じ―――そして、真っ直ぐと前を見据えていた。

その目に余計なものは何も映らない。ただ、在るのは倒すべき敵と、その間に存在する障害物だけだ。

最早遮るものなど、何も無い。



「往くぞ」



 そして―――最終戦争の火蓋は、切って落とされた。





















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