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Frosty Rain  作者: Allen
最終話:ラグナロクの終焉
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05-7:悪龍の真実











「ッ……!」



 上空から大神槍悟の姿を確認し、涼二は小さく息を飲む。

その姿に対して怒りを感じる事は確かであるが―――涼二は今それ以上に、強い戦慄を感じていた。

彼の一閃より放たれた、極大の破滅。その威力は、涼二が全力を出そうとも届かぬ程のものであった。

黄金の輝きはニーズホッグの巨体を突き抜けながら駆け抜け、水没した都市を真っ二つに斬り裂いてしまったのだ。

海が真っ二つに避けた光景は、先ほどのニーズホッグとムスペルヘイムの戦闘でも見れたものではある。

しかしこの規模は先程よりも遥かに大きく、破滅的であった。

だが―――



「まだ、です」



 眼下の光景を見つめる涼二の隣から、そんな雨音の声が響く。

彼女はじっと涼二と同じ光景を見つめ、普段柔らかなその表情を硬くしながらじっと睨むように視線を細めていた。

普段の彼女には無い厳しい表情。それを認め、涼二は離れた場所に浮遊している美汐へと向けて声を上げた。



「美汐、まだだ! まだ終わっていない!」

「うん、分かった!」



 予め警告はされており、さらに先ほど戦った時にも致命傷から再生した場面を見ている。

故に、美汐が警戒を怠る事は決して無かった。

彼女は声を張り上げ、下界にいる父へと向けて大きく声を上げる。



「お父様、まだです! ニーズホッグはまだ倒れていません、再生しようとしています!」



 その言葉が届いたのだろう、槍悟は再び油断無く構え、砕け散ったニーズホッグへと警戒を向ける。

そんな彼の様子からは視線を外し、涼二は雨音の視線を追うように砕けた黒龍の破片へと集中した。

大神槍悟の動向に意識を奪われそうになるのは事実であったが、今はそこに集中するべきでは無い。

彼に力を使わせた上でニーズホッグを倒す―――その為には、ニーズホッグを確実に葬る手段を探る事も必要だったのだ。

とは言え、涼二にはそれを探る手段など存在してはいない。彼にとっての頼みの綱は、隣にいる少女のみであった。



「……どうだ、雨音?」

「少々遠いですけど……少しだけ、感じ取れます」



 雨音の深い蒼の瞳は、そのプラーナの輝きによって僅かながらに燐光を放っている。

彼女の持つソウイルの力、そしてそれによって鍛えられたプラーナの流れを感じ取る能力は、既に涼二のそれを遥かに超えていた。

雨音は僅かながらに己の力を放ち、それをプラーナの流れに混ぜる事によって、その流れの向きを見極めようとしている。

忙しなく動く彼女の視線は、無数に分岐しているであろうプラーナの流れを観察し、その収束点を探していた。



「……涼二様、再生が始まります」

「分かるのか?」

「はい、プラーナが活性化しています。沢山吸収してあったプラーナを燃料にしている……」



 そう呟く雨音の表情は、悲しげに曇っている。

心優しき彼女には、人間を喰らうニーズホッグの所業は耐え難いものであった。

けれど、彼女がその視線を外そうとする事は無い。人々の行く末を哀れんだ所で、雨音にとっての家族の助けにはならないのだから。

故に、例え辛かったとしても、雨音はその有様を直視し続けていた。

そして―――その僅かな刹那の真実を、確かに感じ取る。



「あそこ……」

「―――! 雨音、まだ口にするな」

「……いいのですか?」

「ああ。すべき事を見誤るな……つってもまぁ、俺の都合だがな。だが頼む、まだ口にしないでくれ」



 涼二のそんな言葉に、雨音は僅かながらに笑みを浮かべて頷く。

そんな彼女の表情に、逆に涼二の方が驚き目を見開いていた。

心優しい存在である彼女が、人を見殺しにするような選択肢に快く応じるとは思っていなかったからだ。

涼二の浮かべた驚愕を認め、雨音は小さくクスクスと笑い声を零す。



「涼二様、私にとって最も大切なのは、私に陽だまりをくれた『家族』です。そんな貴方を悲しませた方を、私は許しません」

「……お前は、いいのか?」

「この状況なのですから、貴方は貴方の事だけを考えてください。私は、貴方に付いて行くだけです」



 何の事は無い、ただ単に、彼女にとって最優先すべきは『家族』であると、ただそれだけの事なのだ。

それは、ある種涼二にも近い在り方。まだ完全にその想いを遵守しているわけでは無いが、それでも己の道を信じ、進もうとする強さがあった。

それこそが己自身であると、言わんばかりに。

そんな彼女の姿に対し、涼二は小さく嘆息を零す。



「……悪いな、雨音」

「いいんです。貴方は、貴方のすべき事を見失わないでいてください、涼二様」



 自分の事は気にしなくていいから―――という、その言葉。

それに胸中で感謝の意を告げ、涼二は再びその視線を下方へと向ける。

ニーズホッグは、今まさに再生を果たそうとしている所であった。











 * * * * *











「何だよ、そりゃ……!」



 渾身の一撃を放ち、半ば脱力していた徹―――彼は、目の前の光景に対して搾り出すようにそう呻き声を上げていた。

全力の攻撃は防がれたものの、大きな隙を作る事に成功し、それを逃さなかった父の一撃によってニーズホッグは倒された。

絶大なる力によって、その身は完全に打ち砕かれた筈だったのだ。


 しかし、それで終わる事はなかった。

ニーズホッグは、粉々に砕け散ったにもかかわらず、先ほどの戦闘の最中に見せた回復力を依然として持ち続けていたのだ。

それは、先ほどの戦闘以上とも言える極大の理不尽。

ほぼ全力をぶつけて尚効果が無いのであれば、どうすればいいのか―――



「ふむ、面倒・・だな」



 ふと、そんな声が響いた。

その言葉に、徹は思わず目を見開きながら、声の方向へと視線を向ける。

そこには、依然として変わらぬ様子で前を見続ける父―――槍悟の姿があった。

彼の立ち姿は悠然としており、決して目の前の光景に対する畏怖などは存在していない。

そして彼の態度の中には、欠片として絶望というものは存在していなかった。

これほどの力を前に、決して己の敗北を信じていないのだ。


 槍悟は小さく嘆息すると、プラーナを放出しきった槍を手放し、新たな槍をその手に形成する。

再生途中のニーズホッグは、未だ活動を再開していない。

故に、今この機会に全て滅ぼすと―――そう言うかのように。

そして、大神槍悟は今度こそ全力を発揮する。



「―――ウィアド



 小さく、しかし鋭く囁かれたその言葉は、誰の耳にも届かなかっただろう。

けれど、その一言によって、槍悟のプラーナは更に燃え上がった。

力は力で圧倒する。それを体現するかのごとく、彼の力は膨れ上がり―――手に持つ槍へと収束していった。

そこに込められた力は、先ほどの一撃のように巨大では無い。

けれどそれは、鋭く研ぎ澄まされたものでもあった。

先ほどの一撃が巨大な鉄槌による破壊ならば、この一撃は鋭い名刀の一閃。



「先ほどまでの児戯とは違う……これを避けられるか、宿敵よ?」



 その言葉と共に―――大神槍悟の黄金は、投げ放たれた。

そこに込められた力は、秘されし25番目のルーン。

四つ目・・・のルーンの力を解放した槍悟の槍は、今まさに再生を完了させようとしていたニーズホッグへと突き進み―――その身体に、無数の風穴を開けた。



『―――ッ!?』



 その破壊力に、ニーズホッグは堪らず声にならぬ悲鳴を上げる。

見る事も―――否、攻撃を受けた事すら知覚できない最速。

攻撃を放った瞬間には命中している、正に《必滅》を冠するに相応しい攻撃。

それは紛れもなく、誰も見た事の無い大神槍悟の本気・・であった。

普段ならば宣言せずとも発動しているその力を、あえて意識的に発動する事により、その出力を爆発的に高めている。

無論、消費する力の量も跳ね上がってはいるが、この場に美汐がいる以上圧倒的な優位に立てる事は事実。

故に―――



「どこが核かは知らぬが、全て塵と化せば同じ事だ」



 理論的に言えば、確かに間違いでは無いだろう。

しかしそれは、神話ファーブラ級ですら本気でなければ掠り傷一つ負わせられぬ相手に対してあまりにも非現実的すぎる。

だがそれは、槍悟にとっては当たり前すぎる答えであった。

その身から放たれるのは、莫大なまでの―――人の身から発せられている事が信じられぬほどの力。

それによって現れるのは、ウィアドの力を纏った無数の槍の隊列であった。

縦に並ぶそれらは、まるで相手を威圧するかのように静かに佇んでいる。

それは確実に仕留めるという撃滅の誓い。《光輝なる英雄譚ヴォルスング・サガ》のバックアップを存分に使い、槍悟はその力を引き出していた。



「消えよ。貴様は我が宿命ウィアドでは無い」



 宿命を表す運命のルーン、ウィアド

その力によって形成された無数の槍を背に、槍悟は腕を振り上げる。

それと共に、縦に並んでいた槍達は、一斉にその矛先をニーズホッグへと向けた。

そしてその絶対の破滅を―――彼は、容赦なく解き放つ。



「―――貫け、《必滅の槍グングニル》」



 無数の槍は空を裂く音を奏で、ニーズホッグへと殺到する。

最早目視は叶わない。再生すらも叶わぬ速度と威力で、槍悟の攻撃は襲い掛かる。

それを理解していたのだろう、ニーズホッグもまた、その力を周囲へと解き放つ。

能力を阻害し、その必中性をキャンセルしながら無数の槍を迎撃する―――本来ならば、それが出来たはずであった。

けれど、この場に立っているのは娘の力によって更なる力を得た最強の能力者。

対等な条件でないのならば、その攻撃を受け止め切れる道理は無い。



『■■――――――ッ!!』



 無数の槍は黄金の軌跡を僅かに宙に残して疾走する。

それらは一つ一つが必殺の力を持ち、ニーズホッグの身体を抉り、消滅させていった。

その僅かな肉片すらも容赦せず、飛び交う槍達はニーズホッグの肉体全てを破壊してゆく。

そして―――僅かに残ったのは、地面へと落下してゆく白い物体だった。



「あれは……!」



 その様を見つめ続けていた美汐は、僅かな驚愕を声に浮かべ、そう呟く。

漆黒の体を持っていたニーズホッグに似つかわしく無いそれは、白骨化した人間の死体であった。

小さな子供ほどの大きさであるそれは、自由落下に任せて地面へと墜落してゆく。

それを見つめ、大神槍悟はただ変わらぬ様子で槍を手にしていた。



「憐れよな」



 槍は、再び黄金の燐光を放ち始める。

それは黄昏の光にも似て、人を包み込むような輝きを放っていた。

あたかも、それが手向けであるかと言うかのように。

そして彼の手にある槍は、ゆっくりと投擲の姿勢へ移行した。

構えながら、槍悟はただ淡々と―――偲ぶように、声を上げる。



「せめて安らかに眠るが良い」



 その言葉と共に、最後の《必滅の槍グングニル》は解き放たれた。

真っ直ぐに飛んだ槍は、その名に恥じず白い骨に命中し、その身を完全に破壊する。

ぱきん、と軽い音を立て、白い骨は―――ニーズホッグの本体は、その役目を終えた。

黄金の光の中より一筋の光が駆け抜け、それは誰もが気付く間もなく天へと消える。

そして、辺りは完全なる静寂に包まれた。



「終わっ、た?」



 ポツリと、小さな声が響く。

美汐のその声は、静寂に包まれた廃墟に響きわたる。そしてその言葉を、その意味を、周囲の者達はゆっくりと理解した。

数瞬の後―――美汐は、大きく歓声を上げる。



「やった! お父様、勝ったんだ! 凄い、凄いよ! 流石―――」

「否……まだだ、そうであろう?」



 歓声を上げながら飛来する美汐を押し留めるかのように、槍悟はそう口にする。

美汐は身軽に彼の傍に着地しながらも、その言葉に首を傾げながら周囲へと視線を走らせていた。

周囲は先ほどの戦闘が嘘であったかのように静寂を取り戻しており、最早プラーナの活性化が起こる気配も無い。



「どうして? もう、ニーズホッグは倒したのに」

「何、私に用がある者がいるようなのでな」

「お父様に?」



 槍悟はその言葉と共に視線を上方へと向け、美汐もそれを追うように視線を上げる。

故に、彼女は気付けなかった。槍悟が、半ば苦笑のような表情を浮かべていた事を。


 上空に浮かんでいるのは、《爪の戦船ナグルファル》。

二人の視線を受け、それに答えるかのように―――そこから、幾人かの人影が身を躍らせた。

その姿は多種多様、しかし―――ごく一部を除いて―――高所からの飛び降りにもまるで堪えていない様子であった。

降りてきたのは、甲冑を纏った男とそれに抱えられた少女、黄金の人狼とそれに背負われた和服の少女。

そして―――コートを纏う深い青紫の瞳の男。

突如として降りて来た彼らに、美汐は思わず首を傾げる。



「涼二君? 一体何を―――」

「ふむ……《悪名高き狼フローズヴィトニル》」



 ふと、槍悟が声を上げる。

彼は視線を走らせると、双雅からゆっくりと桜花の方へとそれを動かした。



「そちらは《世界を喰らうものミズガルズオルム》か」

「え……!?」



 そんな槍悟の言葉に、美汐は目を剥く。

そしてその周囲、破滅の三柱の存在を知る者は、揃って驚愕の表情を浮かべ、彼女の事を凝視する。

そんな中、槍悟は変わらぬ様子でその視線を動かし―――それを、涼二の方へと向けた。



「そして、《氷獄ニヴルヘイム》……いや」



 と、僅かながらに槍悟の表情が揺らぐ。

表現しがたいそれは、僅かながらの悔恨であっただろうか。

彼はがじっくりと噛み締めるようにしながら口にしたその名は、涼二とは別の人物を表すものであった。

そう、それは―――



「今まで、そんな場所にいたというわけか、《死の女王ニヴルヘル》」

「ああそうだよ、この日を心待ちにしていたんだ、《必滅の槍グングニル》」



 今、ここに―――破滅の三柱と、最強の能力者が邂逅したのだった。





















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