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Frosty Rain  作者: Allen
最終話:ラグナロクの終焉
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05-6:最強と最凶











 空間のいたる所に配置された金属塊。

それを次々と蹴りながら、大神槍悟は加速してゆく。

彼の持つ能力は、一般には殆ど知られていない。能力にはすべて欠点や弱点も存在しており、それを知られない為とも言われているが―――彼の場合、それはもっと単純な理由だ。

誰も、その力が発揮される場面を見た事が無かったと言うだけなのである。


 槍悟の能力には、ただ一点を除いて特異な部分など存在していない。

ジュラによって作り出された槍を、ラドの加速を乗せながら放っている。

ただし、それではただ単に高速の槍が射出されるだけの話だ。

最高の技量を持つ能力者によって放たれる、音速を遥かに突破した槍の一撃は確かに脅威ではあるが、それだけでは『必中』という凶悪極まりない性質には辿り着かない。

槍悟の能力を知る一部の人間は、その機能が彼の持つもう一つの始祖ルーン、マンナズによるものなのではないかと考えていたが、その仕組みは未だ明らかになっていない。



「私としても……協調のルーンでそのような機能を発する方法など想像もつかないがね……それで、《雷神の槌ミョルニル》殿、どうするつもりなのですかね?」

「どうするって、言われてもな……」



 ぼやくように、徹は呟く。

その視線は、最早諦めの境地に達しつつあった。

もとより高速戦闘はあまり得意ではない―――とは言っても、極限の身体強化である程度の高速移動は出来る―――徹であったが、この状況では下手に攻撃を振る事も出来なかったのだ。

尤も、己の攻撃程度で父がどうにかなるとは考えられなかったが、それでも戦闘の拮抗を崩してしまえばどちらに転ぶか想像もつかない。

槍悟に有利に働くような横槍を入れるには、徹の力は不向きだったのだ。



「俺の力じゃ、邪魔になるだけだろ」

「おや、確か一つ、この状況に適したファンクションがあったと思うのですが?」

「……アレ・・の事か? 使いどころが難しい上に、こっちにとっては最後の切り札なんだが」



 身体強化と近接武器がメインである徹にとって、唯一といっていい遠距離攻撃手段。

その一撃は確かに強力極まりなく、彼のニーズホッグが相手だとしても隙を作るには十分すぎるほどの破壊力となるだろう。

しかしながら、その攻撃は放った直後に無防備になってしまう、まさに徹にとっての切り札。

現在相手の目が己に向いていない状況であるのは確かだが、それでもおいそれと放つ訳には行かない一撃であった。

しかしながら、現状それ以外に手段が無い事もまた事実。

それを自覚し、徹は深々と嘆息を零していた。



「……分かった。けど、状況を見なきゃならない。下手に放っても無駄遣いになるだけだ」

「了解しましたよ。まあ、準備ぐらいならばしておいても良いのでは?」

「そうだな……よし、やるか」



 呟き、徹は準備段階としての能力を発動させる。

と、その時、ふと感じた気配に、徹は視線をある方向へと向けていた。

北西の方角、そちらから近寄ってくる力の気配は―――



「……へぇ」



 その正体に気付き、徹は小さく笑みを浮かべていた。











 * * * * *











 閃く黄金の閃光の中、多角的な動きで大神槍悟は駆け抜ける。

その姿を追うように、削岩機の如き旋風が周囲を抉り取っていた。

生える木々や建物は粉微塵に破壊され、その粉塵を周囲に巻き上げる。

そして走った雷光は、それらに火を着け破滅的な爆発を次々と引き起こしていた。

しかしそれの中を無傷で駆け抜けた槍悟は、手の中の槍をニーズホッグへと投げ放つ。

そして一度足場に着地すると、追って来た旋風を吹き散らすようにもう一投、そして更にもう一本を相手の顔面へと向けて放つ。

その襲い掛かる破滅に対して、ニーズホッグは勢い良く飛翔した。



「躱せはせぬよ。貴様も、それは理解しているだろう」



 ニーズホッグの動きに対し、槍悟はそう呟く。

そしてそれとほぼ同時、放たれた《必滅の槍グングニル》は、槍悟と同じように鋭角を刻みながら方向を変えた。

いかにした所で躱せはしない。絶対に命中し、命中すれば相手に極大のダメージを与える。

その理不尽なまでの力こそが、大神槍悟の能力なのだから。


 対し、ニーズホッグは周囲に黒い球体を作り出した。

凝縮されたオセルの重力操作。それは僅かながらに《必滅の槍グングニル》の軌道を逸らし、さらには周囲の空間を歪めてその動きを阻害する。

近寄っただけでもたちまち人体を捻り潰すほどのエネルギーの集中に、理不尽な槍悟の能力もその動きを鈍らせた。

中でも強大な重力を放っていた球体は《必滅の槍グングニル》の動きを完全に絡め取り―――身を翻したニーズホッグは、折れ曲がろうとしていた槍に喰らい付き、それを噛み砕いて飲み込んだ。

その所業に、流石の槍悟も驚愕に目を見開く。



「ははははッ! やはり貴様は、予想もつかぬ事をやってくれるものだ!」



 その声の中には、己の想像を超える事に対する歓喜が浮かぶ。

己の力を食らわれているにもかかわらず、そこには苦い感情など欠片として存在していなかった。

何処までも己の想像を超えて欲しいと、願いすら帯びるほどに。



「さあ―――今度はそちらの番だろう!」

『ooaaaAAHHHHHHH――――――ッ!』



 その槍悟の声に応えるように、ニーズホッグは咆哮する。

それと同時、黒き巨体より放たれるのは無数の雷光。

能力はほぼ通用しない黒い靄の中、己の能力だけが使用できるという理不尽。

そんな圧倒的なまでの暴力を前にしても、大神槍悟が揺らぐ事は無い。



「貫け、《必滅の槍グングニル》よ!」



 把桐わきり羽衣うい―――《戦乙女ヴァルキュリア》と同じように槍を周囲に配置させていた槍悟は、その言葉と共に己へと殺到する雷光へと鋭い切っ先を射出した。

普通ならば、間に合うはずも無い。

しかし―――最強の能力者の力は、その道理すらも捻じ曲げる。

彼の周りに配置されていた槍たちは瞬時に加速し、本体たる槍悟へと雷光が到達する前に、その全てを吹き散らしたのだ。

その様はまるで、実体の無い雷を貫いたかのように。


 とはいえ、どれだけ強大な力を操り相手の力を迎撃したとしても、否が応でも動きは止まる。

そしてその隙を、ニーズホッグが見逃す事はなかった。



『―――■■■ッ!!』



 短く鋭い叫び声。

それはハガラズの力を伴って強大な衝撃波となり、槍悟の体を打ち砕こうと襲い掛かった。

人体を容易く砕き、その衝撃の余波のみで舞っていた木の葉達を容易く粉砕するその威力。

しかし、それほどの力が相手だとしても、槍悟は一歩たりとて退く事は無かった。

射出した槍は残っていない。今現在彼に動かす事が可能な武器は、その手に残った一本の槍のみだ。

槍悟はそれを深く構え―――ラドの加速と共に、一直線に突き出す。



「―――おおッ!」



 その一閃は音を置き去りに、純粋な破壊力を一点に伝え、放たれた破壊に穴を開ける。

そして次の瞬間、彼の一閃を追うように発生した衝撃波が、ニーズホッグの一撃を喰い破り、巻き込んで逆流する。

流れ出たその力に、ニーズホッグは三対在る翼の内の一対を使い、己の身体を包み込むようにして防御していた。

能力によって現象を発生させたわけではなく、力と技量で放たれた一撃は、例えその能力領域が在ろうとも弱める事は出来なかったのだ。

そしてその流れに乗るように、槍悟は強く足場を蹴る。



「防げるか?」



 相手の視界を塞ぎ、接近戦における脅威である重力波を封じる。

その上でニーズホッグへと接近した槍悟は、構えた槍を翼を突き破るかのように真っ直ぐと突き出した。

災いの枝レーヴァテイン》ですら簡単には傷つけられなかったその翼膜。

しかしながら、槍悟の突き出した《必滅の槍グングニル》の一撃は、それを容易く突き破り、その奥へと込められたプラーナを炸裂させた。



『GaAAAAAAAッ!』



 その極光に身体を焼かれ、ニーズホッグは苦悶の咆哮を響かせる。

しかしながらその翼を振り払い、黒龍は至近距離で強大な竜巻を発生させた。

手を弾かれ、僅かながらに体勢を崩していた槍悟は、思わず眉根を寄せる。

竜巻は瞬時に槍悟の体に襲い掛かり―――瞬時に抜き放たれた《必滅の槍グングニル》が、その暴風と衝突した。



「ぬ、う……!」



 横薙ぎの《必滅の槍グングニル》による一閃は、込められたプラーナが不完全であるにもかかわらず、ニーズホッグの竜巻と拮抗する。

しかしながら、それはあくまでも危うい均衡の上。

そこから力を込め、押し返すというのは無理な状況であった。

故に、槍悟は即座に押し返すと言う選択肢を排除し、足場を強く蹴って後退する。

強烈な風に乗るようにしながら己を加速させ―――それでも、その一瞬前に吹き抜けた風の刃が、槍悟の腕を浅く斬る。



「ッ!」



 初めて傷を負い―――けれど、その程度で彼が冷静さを欠く事は無かった。

己へと襲い掛かる風の刃を正確に迎撃しながら、もう一つ生み出した槍を投げ放って巨大な竜巻を吹き散らす。

そして槍悟は足場へと着地し、左腕についた傷を押さえる。

僅かに滲む血は、灰色の外套を少しだけ染めるが―――対して、ニーズホッグはすでに受けた傷を再生させつつあった。

駆け引きだけを見れば痛み分け、結果だけを見れば槍悟が確実に不利。

しかしながら、それでも彼は決して苦々しい表情を浮かべる事はなかった。



「貴様の力を流石と言うべきか、それとも私が衰えたのか―――」



 呟きながら、槍悟は己のプラーナを傷口へと集中させる。

ソウイルなどの治癒やウルズテイワズの自己修復を持たない以上、傷を再生させる事は出来ないが、それでもある程度の止血と痛み止めは可能だった。

その場しのぎの治療でしかないものの、戦闘続行に支障は無い。

そして再び向かってきているニーズホッグへとその槍を構え―――槍悟は、ふと感じたプラーナの波動に目を見開いた。

それは、全てを包むような黄金のプラーナ。擬似的に作り出された羽と共に舞い降りるその力は、紛れもなく彼の娘のものであった。

彼女の気配に今の今まで気付かなかった事実に対し、槍悟は小さく苦笑を零す。



「やれやれ、少々童心に返ってしまったか」



 そんな呟きと共に、槍悟は手に持った槍を力強く振るった。

それと共に吹き荒れた衝撃波は、嵐を纏って突撃してきていたニーズホッグと衝突、互いの力は一瞬だけ拮抗し―――そして、相殺される。

互いに弾かれるように後退しながら、槍悟はふとその視線を上空へと向けていた。

そこに在るのは、黄金の髪をたなびかせながら光の翼を広げる少女―――大神美汐。

彼女の力たる《光輝なる英雄譚ヴォルスング・サガ》は、槍悟へと余す事無く降り注いでいた。

その輝きを一身に受けながら、槍悟は再び笑みを浮かべる。



「娘の手前、無様を晒す訳にも行かん。故に、名残惜しいがそろそろ閉幕としよう」



 放たれた言葉は、何処までも穏やかなもの。

しかしそこに秘められた闘志は、今までに比しても尚強いものであった。

ゆっくりと構えられた槍は、最大の力を最高のタイミングで伝える為のもの。

変わらぬ槍の一閃ではあったが、込められたプラーナの量は、槍悟自身のものに加えて美汐の力も上乗せされている。

一度解き放たれれば、ニーズホッグと言えど防ぎ切ることは出来ないだろう。

それを本能で理解しているからこそ、ニーズホッグは警戒し、その力を高ぶらせてゆく。


 と―――その刹那、空気が弾けながら引き裂かれる音が響いた。



「そっちばっか見てっと―――」



 響く声は、大神徹のそれ。

大きく振り回されるその手からは、伸びる一条の雷光が巨大な銀の槌へと繋がっていた。

その雷はまるでロープであるかのように《雷神の槌ミョルニル》を繋ぎとめ、ハンマー投げの如くそれを旋回させている。

強大なプラーナの込められた大質量は、まるで弾丸のように宙を駆けていた。

そしてそれは、一度大きく上空へと振り上げられ―――見上げるほどに巨大な鉄槌へと変化する。



「―――ぶっ潰されんぞおおおおおおッ!」

『―――!?』



 そして、山すらも叩き潰さんとするような一撃は、容赦なく振り下ろされた。

本来の大きさですら既に十分すぎる重量を持っていたそれは、最早破壊の権化と言っても過言では無いほどの威力を秘めている。

その上で放たれた強大な一撃に、ニーズホッグは確かに脅威を感じ、その力を振り下ろされる戦槌へと向ける。

黒き靄の領域は磁力操作によって位置調整されていた槌の制御を外し、その上で操られた重力によってあらぬ方向へと攻撃は逸れてゆく。

違和感を覚えるほどに、酷く理性的なその対応。しかし―――そこに、冷たい雨が降り注いだ。



『Gr……ッ!?』



 美汐を避けるようにして、天より降り注ぐ雨。

周囲の海面より引き上げられた水がイサの力を帯び、その水自身を凍らせる事なく広く降り注がせる超高度なファンクション。

その水自体は実物であり、ニーズホッグの能力を以ってしても打ち消す事は出来なかった。

そしてそれを全身に浴びたニーズホッグは、周囲の廃墟と共に全身を凍て付かせてゆく。

それは即ち―――



「よくやった、徹」



 ―――槍悟にとって、十分すぎるほどの隙であった。

刹那の間に接近し、槍悟はその槍に全霊を込めて突き出す。

その一閃は、ウルズのルーンで強化されているニーズホッグの鱗を紙か何かのように突き破り―――



「私の―――いや、私達の勝ちだ、宿敵よ」



 ―――解放されたプラーナが、ニーズホッグの巨体を粉砕していた。





















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