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Frosty Rain  作者: Allen
最終話:ラグナロクの終焉
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05-5:神話の神器達










「おおおおおおおおおおッ!」



 まず、雄たけびと共に先陣を切ったのは、巨大な戦槌を構える徹だった。

彼はハガラズの力を持ってはいるものの、その武器―――《雷神の槌ミョルニル》の重量の為に、飛行はあまり得意としていない。

しかしながら、それでも高く跳躍する程度ならさほど問題はなく、さらにこの場は、無数の足場に溢れている。



「やれやれ、あまり枝を折らぬよう気をつけて頂きたいのですがね」



 駆ける徹の足場を形成するのは、地面より生えた大木の枝。

それを足場に駆け抜けながら、徹はただ一直線にニーズホッグへと向けて駆け抜ける。

しかし、対するニーズホッグも、それをただ無抵抗に眺めているつもりはなかった。



『OOOAahhhhhhh――――――ッ!!』



 逆巻くのはオセルの力を纏う黒い風。

その力はただでさえ重い《雷神の槌ミョルニル》の重量を、更に増幅させて徹の動きを鈍らせる。

腕にかかるその巨大な重さに、徹は思わず舌打ちを零していた。



「く……ッ、面倒な事覚えやがって!」



 そう呟くと共に、徹はウルズの始祖ルーンへと回すプラーナの量を増加させる。

節約しながら戦って何とかできる相手ではない―――それを、一瞬の内に悟ったのだ。

少しでも、一瞬でも手を抜けば、仕留められるのは自分なのだと。

そしてほぼ同時、ニーズホッグの紅に輝く瞳―――潰れた筈のそれも再生している―――が、徹へと向けられる。

それを見届ける事無く、徹は即座に強化した身体で強く足場を蹴っていた。

次の瞬間、彼の足場となっていた巨木は強大な重力波に握り潰され、その枝葉を散らす。



「―――手荒いですね」



 呟くような豊崎の声が空気に消える。

しかしその声音には、決して己の力が潰された事に対する怒りは含まれていなかった。

むしろそこに在るのは―――相手に対する、嘲りの感情。

豊崎はその口元に僅かな嘲笑を浮かべ、そっと己の腕を掲げた。

その掌の向けられる先は、言わずもがな彼の黒龍が存在する方向へと。



「集え、《豊穣の飛剣ユングリング》」



 舞い集うのは、砕かれた巨木より散った無数の木の葉。

それは、破壊されたからといって決して消滅はせず、水流の如き音を立てながら宙を駆ける。

豊崎翔平の能力である《豊穣の飛剣ユングリング》は、それによって作り上げた樹の全てが彼の武器となる。

葉は刃に、枝は槍に、幹は盾に。防御系の能力たるエイワズをほぼ完全な形で、しかもこれほどに多様性のある操り方を実現したのは彼が始めてであり、そして彼以外にそれを操れる者は存在しない。

彼が持つのはエイワズの始祖ルーン。

それによって作り上げられた攻防一体の領域は、一切の無駄なくニーズホッグへと殺到する。



『GAAAAAAッ!』



 対するニーズホッグは、その周囲に強大な嵐を発生させる。

天より降り注ぐのは無数の雷、それらは襲い掛かる無数の木の葉に直撃し、その多くを焼き尽くす。

しかしながら、その全てを破壊する事はいかなニーズホッグとて不可能だった。

木の葉達は風に乗り、その暴風の流れを乗り越えて、黒い巨体へと向けて突き進む。

しかし―――人体を斬り刻むのには十分すぎるその斬れ味も、巨大な龍の鱗に傷をつけるには至らなかった。



「やはり、貴公の力では届かぬか」

「仕方ありませんよ。人知を超えたレベルのプラーナで、ウルズのルーンを発動しているのですから。私程度の攻撃は到底届かない。だが―――」



 木の葉は風に舞い、そして折れた枝たちは時折弾丸の如く発射される。

それらの中心に巻き込まれ、ニーズホッグはその視線を右往左往させていた。

己を傷つける事が叶わない能力とて、決して目に入らないと言う訳ではないのだ。

元々の重量が低い木の葉達は、荷重の風で地に落ちる事は無い。その舞は、ニーズホッグが風を発し続ける限り、その視界を阻害し続ける事となるのだ。

そんな様子を見ながら、槍悟は小さく笑みを浮かべる。



「相手の動きを止めるには、十分と言う事か」

「そんな所です。ところで、貴方は行かないので?」

「何、息子に一番槍を譲ったまでだ」

「槍を持つ貴方が言いますか」



 そんな総帥の言葉に対し、豊崎は小さく苦笑する。

そしてそれとほぼ同時、ニーズホッグの頭上に、一人の人影が姿を現した。

巨大な戦槌を構えるその青年―――徹は、裂帛の気合と共にその武器を振り上げる。



「ブッ潰れろォォォオオッ!」



 振り下ろされるのは、雷を纏う銀の槌。

ニーズホッグの領域内であるため、その雷光は力を弱めてはいるが、それでもその武器の強度と彼の身体能力が失われる訳ではない。

振り下ろされたその一撃は、ニーズホッグの肩口へと命中し―――その破壊力を、存分に発揮した。



『Ga―――』



 響く黒龍の苦悶。

それと共に、突き抜けた衝撃によってその巨体が乗っていたビルが爆ぜた。

頂点から地面へと、一瞬にしてビルに亀裂が走り、砕け散るように崩壊して行く。

しかし深追いするような事はせずに飛び離れ、徹は隣にあったビルの屋上へと着地した。

そしてその槌を下ろし、静かに目を細める。



(今のは―――)



 手応えはあった。が、致命的なダメージには程遠い。

事実、その強大なプラーナはまだその波動を弱めていない。

油断せずに徹が構えた、次の瞬間―――逆巻いた風の刃が、徹の立つビルを一瞬で輪切りにしていた。



「ちッ!」



 舌打ちと共に、徹は再び飛び離れる。

反応しきれぬほどに速い風の刃。徹がウルズのルーンに集中すれば受け止める事も難しくは無いが、それでもその場に足を止める事になってしまうだろう。

この戦いにおいて、それは致命的としか言いようが無い。


 徹はビルや巨木の上を移動しつつ、眼下の海面を確認する。

そこには、怒りに瞳を燃やすニーズホッグの姿が依然として存在していた。

肩の辺りの鱗は砕けているものの、それも徐々に修復されつつある状況。

確かに全力の一撃だったのだが、それをすぐさま再生されてしまう事に、徹は思わず舌打ちを零す。


 と―――そんな彼の横を、黄金の輝きが通り過ぎた。



「え……?」



 思わず目を見開き、そちらへと視線を向ける。

見えたのは、一人の男。衣服の裾をはためかせ、その手には黄金の槍を逆手に持ち、彼はその手を大きく振りかぶる。

発したプラーナは―――まるで爆発を間近に受けたと、徹が錯覚するほどのもの。

徹が気付く由も無かったが、ニーズホッグはその姿を確認した途端、徹への全ての警戒を排除して槍悟へと力を向けていた。


 そして、最強と名高いその能力は、一切の容赦なく解放される。



「貫け―――《必滅の槍グングニル》」

『OOOOOOoaaaaaAAAahhhhhhッ!』



 投げ放たれた黄金の槍と、巨体の前に形成される黒い球体。

決して外れる事は無く、命中すれば必殺と名高いその槍の一投は、ニーズホッグの発生させた重力球と衝突し、破滅的な衝撃を走らせた。

重力の余波が周囲を陥没させ、砕けたビルをその一点へと凝縮し始め、それに突き刺さる黄金の槍は全てを貫こうと唸りを上げる。

その二つの力の余波―――否、プラーナの波動は、ただそれだけで周囲の建物を粉砕して行く。


 そして―――二つの極大は、同時に砕け散っていた。

その様を見つめ、槍悟は口元を僅かに笑みの形へと歪める。



「流石だ、我が宿敵よ。我が一撃を防げた者は貴様をおいて他にはいない」



 それは、僅かな歓喜であっただろうか。

己の力を十全に発揮するに足りる敵―――それは、槍悟には今まで存在していなかったものだったから。

そしてその言葉に応えるかのごとく、ニーズホッグも大きくその翼を広げる。

吹き荒れていた力は、その瞬間に静寂を取り戻す。

響くのは破壊された建物が立てた水音と、ビルの谷間を通り抜ける風の音のみ。

戦いの差中、一瞬だけ訪れた静謐な時間―――しかしそこは、厳粛なまでに高い緊張感が支配する場所でもあった。

その真っ只中に立ち尽くし、ニーズホッグから距離を取る事すら忘れ、徹はその圧倒的な二つの存在感に目を奪われる。

知らず、彼はごくりと喉を鳴らしていた。


 ―――刹那。



「―――《必滅の槍グングニル》」

『■■■■■■■■■■■……ッ!』



 二つの力は、瞬時に喚起された。

槍悟の周囲に現れるのは十三の槍。その内の一つを手に取り、彼は跳躍する。

対し、ニーズホッグの周囲には、濃い靄と共に無数の重力球と雷球が姿を現した。

ニーズホッグはそのまま真っ直ぐ頭上へと駆け上がり、その周囲に破滅的な威力の雷と重力を振り撒いてゆく。

その力は、天より降り注ぐ災害にも等しい。

否―――災害ディザスターでは、到底収まらない力であった。

けれど、大神槍悟はその力の群れに正面から立ち向かう。



「我が槍よ―――」



 放たれるのは黄金の槍。

槍悟の周囲に浮かび、彼に追従する《必滅の槍グングニル》は、その声の刹那に加速して放たれたニーズホッグの力へと襲い掛かる。

重力波と雷撃はその力によって吹き散らされ、ニーズホッグへと襲い掛かる―――が、黒い靄に触れたその瞬間、槍の速度は一気に減少した。

そして、それとほぼ同時に発生した黒い球体が、黄金の槍を包み込んで圧壊する。

ニーズホッグの攻撃も、槍悟の一撃も、どちらもが必殺の力。

その力は相殺するだけでも巨大なエネルギーを生み出し、周囲を瞬く間に破壊してゆく。

そんな破滅の嵐の中―――相互は、ただ歓喜に表情を歪めていた。



「はははっ、はははははははは!」



 ただの能力者ならば、一瞥で気を失う。

神話ファーブラ級という位階の頂点に至った存在すら、その槍の一投に耐えた者はいなかった。

その中で唯一この黒龍だけは、大神槍悟の力に耐えたのだ。

それも一撃だけでは無い、幾度も幾度も、無数に放たれた必殺を全て防ぎきったのだ。

かつて退けた時も、完全に仕留めたと言える状況ではなかった―――故に、ニーズホッグは大神槍悟にとっての敵なのだ。

対等の戦いを繰り広げる事が出来る『宿敵』。故にこそ、大神槍悟は歓喜する。



『OOOOOOOoaaaAAAAAAッ!!』



 しかし、本能だけの獣が相手の感情を理解する事は無い。

目の前にあるものは全て餌、その中で、自らには向かうだけの力を持つものを敵として認識する。

故に、ニーズホッグにとって大神槍悟は最上位の『敵』であった。

鱗では防ぎきれない攻撃力、あらゆる攻撃をいなし、相殺するその技量。

そして、誰もが恐れる存在へと真っ直ぐに立ち向かうその精神。

異常と言う言葉以外で表現する事が出来ないその男こそが、自らの『天敵』であると、ニーズホッグはただそれだけを本能で理解していた。



「堕ちろ、我が宿敵よッ!」

『GAAAAAAAAッ!』



 目の前の敵をただ倒すため―――二つの力は、全てを忘れて荒れ狂う。

その様を、破滅を振り撒く二つの暴風を成す術無く見つめながら、徹は僅かながらに独りごちる。

雷神の槌ミョルニル》を握り締める手を―――恐怖か、或いは羨望か―――僅かに震わせながら。



「何だよ、これは……」



 彼には、己が最上位の術者である自覚があった。

他の能力者を隔絶する力を持つ神話ファーブラ級、その中でも始祖ルーン能力者は、それを持たぬ者達に対して一線を引いた力を持っている。

流石に始祖ルーンを二つ持つ者に対しては単純な力では及ばないと理解しているが、それでも、緋織や美汐に敗北する事はないと自負していた。

だが―――



「こんなの、手を出す隙すら無いじゃないか」



 瞬く間に破壊されてゆく旧東京水没地域。

徹の力でも、それをする事は可能だろう。

だがそれは、あくまでその破壊を目的として能力を振るった場合のみだ。

間違っても、ただの余波・・・・・で都市一つを破壊する事など不可能である。

その圧倒的な、自らがそこに届く姿を想像する事すら出来ない力の差に、徹はただ呆然とそう呟いていたのだった。











 * * * * *











「いよっとぉ! おっし隊長、それに大将も! もうじき目的地に着くよぉ!」



 麦香の無駄に気合の入った声に、涼二は甲板の上で小さく苦笑を漏らす。

彼がいるのは船の最前部。その辺りで、縁に背を預けながら横目に前方を見つめていた。

まだ若干遠い場所―――けれど、その彼方より伝わってくる強大なプラーナの気配は、今や神話ファーブラ級以外の者達にすら感じ取れるほどに近付いてきていた。

この圧力の中、いまだに調子を変えず船を操っている麦香の姿に、涼二は若干の感嘆を覚える。



(鈍いんじゃない、それだけの胆力があるって事か……大したもんだ)



 この事態だからこそ見えてくる、かつての部下達の姿。

慌しく走り回る彼らの姿を眺めながら―――ふと、涼二は近づいてくる人影に気がついた。

多くの人々が存在する中、それでも一際目立つ和装を見間違える事は無い。



「雨音……お前は結構、感受性が高かったからな。大丈夫か?」

「はい。心配してくださってありがとうございます、涼二様」



 涼二の言葉に対し、雨音は僅かながらに顔をほころばせ、そう声を上げる。

その言葉の中には多少の緊張は含まれているものの、放たれるプラーナの力で負担を感じている気配は無く、涼二は僅かに安堵の息を漏らす。

とはいえ、いつまでもそのまま負担を感じずにいられるという保障は無い。

むしろ、この力の波動はこれからもっと強大になってゆくだろう。

何故なら―――涼二は今この場所からでも、大神槍悟の力を感じ取る事が出来ていたからだ。



(あの男が戦っている……この距離からでも分かるほどだ。抑えてはいないだろう)



 最強の能力者たる大神槍悟、その力は、プラーナの波動だけで常人を圧倒する事が出来る。

そんな人物が全力で戦闘を行っているのだ。近付いて影響が無い筈が無い。

しかし―――その方向を見つめる雨音の視線には、強い意志の光が灯っていた。



「……一応言っておくが、お前は来ない方が良いぞ、雨音」

「ええ、涼二様ならそう仰るでしょう。ですが、退く気はございません」

「どうしても、か?」

「はい。私は、私の陽だまりを守りたい」



 そっと、己の胸を押さえるようにしながら、雨音はそう口にする。

そこに込められた万感を、抑えきれず声に出すかのように。



「私は、涼二様に会うまで、幸せと言うものを知りませんでした。涼二様とスリスさん、ガルム様……そして双雅様や桜花様に触れて、私はようやく幸せを知ったのです。

だから失いたくない、だから誰も傷ついてほしくない……それが私の願いです、涼二様」



 手に入れてしまったから、もう失う事は出来ない。

己の愛した暖かな場所を守りたい。

届かぬものに手を伸ばす、渇望ともいえるようなその感情に、涼二は小さく息を吐き出していた。

その意志の強さは、己の仲間のそれにも劣るものではないと、理解してしまったからだ。

それは最早、理性ではなく感情なのだと。他者の言葉で止まるものではないと―――涼二は、それを知っている。



「ったく……ガルムから離れるなよ?」

「はい。涼二様も、お気をつけて」



 そんな雨音の言葉に苦笑し―――涼二はふと、視線を先ほどとは逆の方向へと向けた。

その方向から姿を現したのは、緋色と金色の少女―――緋織と美汐だった。

彼女達の若干緊張した姿に、涼二は肩を竦めつつも二人を出迎える。



「大丈夫か、お前達?」

「……ええ、まあ。といっても、先ほどよりは気が楽だけれど」

「まあ、今回は直接戦闘に参加って感じじゃないしね」



 言葉とは裏腹に固くなっている緋織と、それに対して小さく苦笑している美汐に、涼二は僅かに視線を細める。

プラーナの大半を使ってしまった緋織は、最早ニーズホッグとの直接戦闘に耐えるだけの力は残されていない。

故に、彼女達の狙いはただ一つ―――《光輝なる英雄譚ヴォルスング・サガ》による大神槍悟の強化だった。

彼とニーズホッグの力は拮抗している。それ故に、美汐の全力の強化ならば、彼はニーズホッグを上回る事が出来るのではないか、と涼二が進言したのだ。

緋織の仕事は、そんな美汐の護衛のみである。



「ま、なるようになる。賽は投げられたんだ、後は覚悟決めてやるしか無いだろ」

「……ええ」

「そうだね、涼二君」



 緋織とは裏腹に、そこまで緊張した様子の無い美汐。

そんな二人の退避に苦笑しながら、涼二は視線を再び前方へと向けた。



(さあ……もうすぐ。もうすぐだ、姉さん)



 漏れ出ることの無いように、その怨嗟を抑え―――涼二はただ、胸中でそう繰り返していたのだった。





















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