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Frosty Rain  作者: Allen
最終話:ラグナロクの終焉
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05-4:災厄の足音











 いくつものディスプレイが並び、目まぐるしくその画面を変化させてゆく。

その中心に座る少女は、目を閉じたまま周囲の画面たちへと分割した意識を傾けてゆく。

彼女―――スリスが集めているのは、無数に飛び交うユグドラシルの情報であった。

リアルタイムの通信から過去の資料まで、無作為に飛び交う情報の中から、必要なものだけを抽出してゆく。



「―――どうなのかしら?」

「そうだね……ボクたちにとっては、最高の状態なんじゃないかな」



 元より光を映さぬ目は開かぬままに、背後から聞こえた声に対してスリスはそう告げる。

いつからその場にいたのか、そこには彼女の雇い主たる鉄森シアの姿があった。

しかしそれに驚くような事はせず―――元々監視カメラで部屋を見ていたのだ―――スリスは小さく肩を竦めながら続ける。



「ニーズホッグは防衛線を突破、密都へと向かって直進してる。戦闘ではムスペルヘイムから死者が十七人。

ただし、神話ファーブラ級に死者は無いみたいだね。まあ、流石に継続戦闘は無理だろうけど」

「と言う事は、次期総帥は無事ですのね?」

「掠り傷一つ無いよ。多分、一番無事な部類だね」



 若干ながら、声音に不機嫌な色が混じる。

それを自覚しつつも直そうとはせず、スリスはパソコンの片隅で映像記録を再生する。

そこに映し出されていたのは、全くの無傷でムスペルヘイムの隊長―――緋織を支えている美汐の姿だった。

ともあれ、これで依頼の内の一つを達成した事になる。


 国内を混乱させない為に、ユグドラシルの存続は必須―――しかし、大神槍悟の能力とカリスマ性によって成り立っていたかの組織は、並大抵の人材では運営する事は叶わない。

そして、彼の目指す方向性もまた、これからの国には不必要なものである。

シアはそう判断し、涼二たちに美汐の護衛を命じたのだ。

彼女もまた、彼の次期総帥の力に魅せられた者の一人なのだ―――と、スリスは思考の片隅で小さく嘆息する。



(厄介だねぇ、あの力。まあ、関係無いと言えば無いけど)



 ゲーボのルーン。

このルーンは珍しく常時発動方の力を持っており、常に周囲へとその力を振り撒いている。

しかし戦闘的に見れば、ゲーボのルーンと言うのはそれほど強力なものと言う訳ではない。

相手に『何となく』好ましく感じさせる、という程度なのが普通である。

意識して発動すれば、相手に好印象を持たせる事は出来る―――が、それは洗脳と呼べるレベルには到底及ばない。

会話次第で簡単に覆ってしまう程度のものでしかないのだ。精々、第一印象をプラスできる程度の力であろう。


 しかしながら、これに関して大神美汐はあらゆる意味で例外に当たるのだ。

彼女が持つのは、その中で最上位たるゲーボの始祖ルーン。

その力は、ほぼ大半の相手に対し、自動的に好印象を植えつけると言うレベルに達している。

無論、スリスや白貴のように、強い感情でそれを塗り替えてしまう場合も存在するのだが―――



(元々の人格がかなり人を惹きつけるってのは厄介だよねぇ。アレはゲーボの始祖ルーンのおかげでそうなったのか、それとも元々そうだったのか……)



 大神美汐と言う人物は、彼女自身が非常に人を惹きつけやすい性格をしている。

人が傷つく事を善しとせず、困っている人間には手を差し伸べ、自らが信じた正しき道を突き進んでゆく。

決して折れず、曲がらず。挫折すらも飲み込んで進む強さ。

それは最早、羨望や嫉妬を通り越し、偶像となってしまうレベルのものだ。

『羨ましい』と思うこと自体が馬鹿馬鹿しいと、初めから次元が違うのだと―――そう感じさせてしまうほどの存在感。

それは、父である大神槍悟とはまた違った方向のカリスマ性であった。

絶対なる王者として君臨するか、手を取り合う英雄として先導するか。

シアが選んだのは、後者であったと言う事だ。



「―――それで、ニーズホッグの方はどうなりますの?」

「っと、ゴメンゴメン。ちょっとボーっとしてた」



 シアの言葉に、スリスは再び情報処理を開始する。

とは言っても、意識を分割しているスリスは決して手を休めていた訳ではないのだが。

問われた内容に対して集中し、情報の取捨選択を行う―――



「……やっぱり、予想通りだよ。迎撃には大神槍悟が出てくる。それと、待機してた大神徹もね」

「《必滅の槍グングニル》に《雷神の槌ミョルニル》……貴方はどう見ますか、スリスさん?」

「現状なら、恐らく互角だろうね。ただ……」



 小さく、吐き出すかのように、スリスは画面の一角にあるファイルを展開する。

それは簡素なテキストファイルであり、メモ書き程度に書き記された内容でしかないもの。

だが―――それは、此度の戦いにおいて何よりも重要な情報でもあった。



「ニーズホッグの正体……少しだけ見えてきたけど、コレは謎のままだ」

「正体?」

「ニーズホッグは生物じゃない。ソウイルの始祖ルーン能力者である雨音ちゃんが保障したんだ、コレはまず間違いないよ」



 そこに記されていたのは、雨音からの報告をガルムが考察し、纏めた内容であった。

曰く、ニーズホッグにはプラーナの循環路が存在していなかった事。

この事から、何らかの能力によって作り上げられた擬似的な生物であると言う可能性が出て来た事。

事実、頭部を粉砕しても絶命しなかった事。

それらの事を踏まえて、どのように対処すべきか―――



「こうなってくると正直、十四年前に大神槍悟がニーズホッグを撃退したのだっておかしな話なんだよ。

術者が消せば、ニーズホッグは消える。死体も残らず何処かへ消滅したのは、恐らくそういう理由なんだろうと思う。

けど、術者はどうして十四年も姿を消していたのか。そして、どうして今になって現れたのか。

ニーズホッグを使役する理由がプラーナの蒐集なら、何故今までその活動を行っていなかったのか―――謎だらけだよ」

「そんな事が……貴方の見立てでは、大神槍悟とニーズホッグの戦い、どうなると思います?」

「倒せはする。けど、涼二たちが戦ったときみたいに再生されたら、それこそジリ貧だよ。だから、ニーズホッグの術者を見極める必要があるんだけど……見当もつかないね、こんなモノ」



 言って、スリスは小さく嘆息する。

ただでさえニーズホッグに関しては情報が少ないのだ。それらを考察しようにも、要素が少なすぎる。

一つ言える事があるとすれば―――



「その途方も無いほどに強力な術者は……本当に人間なのか、疑いたくなるってものだけどさ」

「ふむ……それは、現状調べて分かる事なのかしら?」

「微妙だね。可能性はかなり低いよ。でも……」

「でも、何です?」

「……ニーズホッグが現れる場所。そこに、その術者が現れる可能性は否定できないと思う」



 まるで事件の犯人のように―――そんな言葉を飲み込み、スリスは小さく肩を竦める。

理由も根拠も無い予想であり、半ば妄言に近いものだ。そんなものは信用に値しない。

けれど、それ以外の可能性が思いつかないこともまた事実。

この状況でこれだけの不確定要素がある事に、スリスは若干の不安を覚えていた。

が、それでも―――



「……まあ、どっちにしろこのまま見過ごすつもりは無いしね。これは最初で最後のチャンス。

仕組まれた感じがしないって訳じゃないけど、ここで手を出さないって選択肢もありえない」



 言って、スリスは立ち上がる。

そのまま踵を返し、部屋を出てゆこうとする彼女の姿を横目に見つめ、シアは小さく声を上げる。



「どちらへ?」

「ボクも準備。今回は、後ろに下がってるつもりは無いからね……それに、使えるものは全部使う。

あの大神白貴しらきだって、十分使える戦力だよ」



 大神美汐の弟―――稀有な能力を持つ少年。

その名を口にする事に対して顔を顰めつつも、スリスは光を映さぬその目に強い覚悟を浮かべる。

やるべき事がある、倒すべき敵がいる。故に、最早見ているだけなど我慢ならないと。



「ボクは戦う……全部奪われたんだ。だから……今度はボクが奪う番だ」



 吐き捨てるようにそう告げ―――スリスは、部屋から去っていった。

その背中を肩越しに見つめながら見送り、シアは小さく息を吐き出す。

僅かに硬直した身体を、解きほぐすようにして。



「やれやれ……見た目は小さな女の子だというのに、大した殺気ですわね」



 スリスがその身に宿す怨念は、涼二やガルム以上であるといっても過言では無い。

彼女の纏うその殺意は、決して軽視できるものではない。

彼女こそが、ニヴルヘイムにおいては最も危険な人物なのだから。


 深呼吸をして、シアは視線をパソコンの画面の方へと向ける。

―――今回の戦いに出てくる人間の名。そこには、確かに豊崎翔平と記されていた。











 * * * * *











 強大な力が吹き荒れる。

その中心に立つのは、灰色の髪をオールバックにした壮年の男。

そして、それに対峙するは、遠く放れたビルの上にその巨体を降ろした漆黒の巨龍。

荒れ狂う二つの力は、どこか睨み合うようにしながら対峙している。



「ッ……」



 その圧力をすぐ傍で感じながら、徹は戦慄と共にどこか歓喜にも似た感覚を感じていた。

最強のルーン能力者として名高い父、大神槍悟の力。

それは、息子である徹ですら殆ど目にした事の無いものであり、その全力などは誰も見た事が無いと言っても過言ではなかった。

故に、その光景を目の当たりに出来る事―――それ自体が幸運であると、彼はそう思っていたのだ。



(とはいえ、見てるだけって訳には行かないしな)



 胸中で呟き、徹は己のプラーナを活性化させる。

彼もまた、始祖ルーンを持つ神話ファーブラ級のルーン能力者。

その力は、一般の能力者どころか神話ファーブラ級の力を持つ者の力からも一線を画するものである。

宿すルーンはウルズジュラハガラズウルズの始祖ルーンを持つその身体能力は、他の能力を使わずとも十分に強大な一撃を繰り出す事が可能だ。

しかし、それは彼の能力の名を表すものではない。



「行くぜ、《雷神の槌ミョルニル》」



 僅かな呟きと共に、強大なプラーナがその手の中に集う。

その手の中に形成されるのは、頑強で巨大な一振りの戦槌だった。

重さだけで地面を陥没させるそれは、能力など使わずとも人体を叩き潰す事は容易いだろう。

人間では到底持ち上げられない、動かす事すら叶わないその規格外な武器。

それを容易く持ち上げながら、徹は父の動きを一瞬たりとも見逃さぬよう意識を集中させた。



ジュラ―――《必滅の槍グングニル》」



 小さく呟かれた言葉の中では、一体どのようなルーンが使われたのか判別する事は難しい。

しかし、無秩序に吹き荒れていたそのプラーナは、彼の掌の一点へと収束してゆく。

先ほども一度投げ放たれた、強力無比にして最強と名高いその能力。

その発動と共に現れたのは、黄金に輝く長大な槍。

柄の半ばまでを覆う幅広の刃は、突くだけではなく斬る事も可能な一振りである。

石突の方にも同様の刃を小型化させたものが形成され、あらゆる形で敵を貫く事が可能なその槍は、完成して主の手の中に納まった。



『Grrrrr……!』



 対するニーズホッグもまた、その周囲に力を発生させる。

現れるのは薄靄に包まれた空間。能力の伝達を阻害するその領域は、放出系能力を持つ者にとっての天敵である。

徹の持つハガラズの力も、容易には通用しないだろう。

さらには周囲に風が逆巻き始め、それに触れた建物が次々に軋む音を立て始める。

荷重の風―――触れたものの重さを倍増させるその力。

長年放置され、劣化を積み重ねたビルたちは、増加した自重に耐えかね自壊してゆく。



「……やれやれ、私がするのは妨害までですよ、総帥」

「十分だ、頼んだぞ」

「はぁ……では、行きましょう。エイワズNgイングジュラ―――《豊穣の飛剣ユングリング》」



 豊崎がそう宣言する―――瞬間、周囲は大きな揺れに見舞われ始めた。

彼の能力を知る二人はそれに慌てる事無く、静かにその力の完成を待つ。

そして、次の瞬間―――水没した街の地面より、無数の巨木が姿を現した。

ビルに並び立つほどに巨大化したそれは、大きく枝葉を広げ、壊滅した都市の様相を更に大きく変化させてゆく。

これこそが、豊崎翔平を表すファンクション、《豊穣の飛剣ユングリング》。

その巨木より舞い落ちる木の葉は、盾であり剣でもある。

一つ一つが名剣にも劣らぬ斬れ味を誇るそれは、エイワズの始祖ルーン能力者である豊崎だからこそ可能な芸当であった。

とはいえ、彼もこの力でニーズホッグの鱗を貫けるなどとは考えていない。



「では、攻撃役は頼みましたよ、お二人とも」

「是非も無し。では、参ろうか」

「ま、やるだけやってみるさ」



 黄金に輝く槍と、雷を纏う戦槌。

災いの枝レーヴァテイン》と並べて武具形成能力の至上と称されるその力。

ニーズホッグと直接の戦闘を繰り広げる役を承ったのは、その二人であった。

豊崎は、己の仕事を相手の妨害と割り切っている。

伸ばされる枝葉は巨龍の動きを妨害し、その巨大な幹は相手の攻撃を受け止める盾となる。

その防御能力は、エイワズの始祖ルーンの名に恥じないほどに強固なものだ。


 魔境と化した眼下の世界を眺め―――大神槍悟は、最強の能力者は淡く笑む。

その手に携えられた神の槍を、ゆっくりと構えながら。



「では……開戦と往こうか、我が宿敵よ。何、今度こそ逃しはせぬ……貴公が我が滅びの宿命で無い以上、倒れるのは貴公の方だ」



 彼以外が口にすれば、ただの傲慢でしか無いその言葉。

けれど、彼にとってそれは、紛れも無い事実と信じている言葉であった。

己が滅びるのはここではないと―――そう確信しているかのように。

万人が戯言と断じるようなそれは、しかしそれを信じさせるだけの力があった。

故に、彼に続く二人もまた、それに引き込まれるように戦いへと意識を向ける。



『OooooOOooaaAAAhhhhhhhhhhhh――――――ッ!』

「さあ、開戦の号砲はここに在り! どちらが先に果てるか―――試してみるがいい!」



 そして―――ユグドラシル最後の砦で、最強の戦士による戦いの火蓋が切って落とされた。





















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