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Frosty Rain  作者: Allen
第一話:ニヴルヘイムの住人達
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01-5:ルーン能力












「お待たせー」

「……スリス」



 響いた声に、涼二は隣の部屋から戻ってきたスリスへと視線を向ける。

彼女はどこか疲れた様子で肩を落とし、近くにあったソファへと倒れるように身体を沈めた。

そしてその後ろから、静々と、少しだけ顔を赤らめた雨音が続く。



「触ったら一発アウトの人のチェックをするのって、ホント神経使うよ……」

「普通の服装だったらまだしも、着物だからな……腕とかでもない限り、俺達が見るわけにもいかんだろう」

「まあ確かに、おへその上辺りだったけどさぁ……あ、雨音ちゃんも適当に座っていいよ」

「はい、ありがとうございます」



 寝転がったまま足をパタパタと揺らしつつスリスが言い放った言葉に、雨音は小さく微笑みながら近場の椅子へと腰掛けた。

その洗練された立ち振る舞いに、涼二は小さく肩を竦める―――椅子よりも座敷が似合うな、などと思ってしまったのだ。

今はそんな事を気にしている場合では無いが。



「さて……それで、どうだったんだ?」

「……最悪な事に、大当たりだよ」

「そうか……」



 スリスの言葉を受け、ガルムが口元に手を当てて沈黙する。

涼二も、また同じように沈痛な表情を浮かべていた。

自分達が、不用意に危険な領域へと足を踏み入れてしまっていた事に、今更ながら気づかされたのだ。

そんな事実に、スリスは落ち込んだ声音で声を上げる。



「……ゴメン、二人とも。ボクがしっかり調べなかったから―――」

「いや、スリス。君に責任は無いと私は思うぞ?」

「ああ。データ化された資料だったら、お前が見逃す筈がない……依頼主の方はこれを知っていたのかどうか、ってのは気になる所だがな」

「ええと……ごめんなさい、私のせいで……」

「あ、いや。雨音ちゃんは何も悪くないよ。能力を持ってしまうのは、どうした所で偶然なんだから」



 雨音の言葉に苦笑し、スリスは身体を起こした。

焦点の合わぬ瞳を向け、その細い肩を竦める。



「『能力を持たなければ良かった』なんて、ここにいる人間は誰もが考えた事があるさ。けど、こればっかりはどうしようもない。だから、これからどうするか考えた方が建設的だよ」

「……だな。落ち込んでたお前が言うのもどうかとは思うが」

「ぶー、涼二のいけずー」



 唇を尖らせるスリスに苦笑しつつ、涼二はその佇まいを直した。

そして右側に座るスリス、左側に座るガルム、正面に座る雨音へと順々に視線を巡らせて行く。



「さて……始祖ルーンの所有者って言うんなら、説明しといた方がいいと思うんだが」

「そうだねぇ。それに、ちょっとおかしいと思わない、二人とも?」

「うむ。本来、始祖ルーンにもソウイルにも逆位置は存在しない筈だからな」

「そう……ボクが見た限りでも、雨音ちゃんのルーンは逆位置にはなっていなかった」



 その言葉に、三人の視線が雨音の方へと集中する。

その集中砲火を受け、若干恥ずかしそうに身をよじる彼女に対し、涼二は冷静に視線を細めていた。

ルーン能力の知識を持たない始祖ルーンの持ち主。明らかに、能力に関する知識を与えられずに育てられてきた形跡があるという事だ。


 ―――どうにも、きな臭い。涼二は、そう胸中で呟く。


 得体の知れないの依頼主も、あの静崎製薬と言う会社も。

何か厄介な出来事に巻き込まれているような―――そんな気配を感じ、涼二は思わず己の腕を擦っていた。



「え、えと……どういう、事なんでしょう?」



 知識のない雨音は、事態を掴めず首を傾げる。

そんな様子に三人は視線を見合わせ、共に小さく肩を竦めた。

とりあえず、説明する必要はあるだろう、と。



「そうだね……じゃ、ルーン能力から説明しようか」

「あ、はい」



 苦笑交じりの表情で、スリスが真っ先に声を上げる。

その言葉に対して素直に頷いてくる雨音に満足しつつ、スリスは続けた。



「もう何度か、ボク達の力は見ているから分かると思うけど……ルーン能力って言うのは、ボク達の操っている、本来人には有らざる力の事。

涼二が何も無い所から水や氷を出したり、ガルムのおっちゃんが狼に変身したり……これの事を、ルーン能力って呼ぶ。言っておくけど、魔法じゃないよ?」

「成程、そうだったのですか……」



 その『そうだったのですか』は前の言葉に対してか、後ろの言葉に対してか。

そんな益体もない事を考えつつ、涼二は小さく嘆息する。

とりあえず魔法ではないという事で納得はしてくれたみたいだが、果たして全て理解してもらえるのだろうか、と。



「で、この能力には二十四の種類があって、一人に対して最大で三つまで刻まれるんだ。

例えば、ボクならばハガラズアンサズパース



 言って、スリスは己の手の甲を示す。

その両手の甲に刻まれた文字―――直線で描かれた記号の痣こそが、彼女のルーン能力を表すものだった。

左手の甲にあるのが、嵐と雹を表す破壊のルーン、ハガラズ。そして、右手の甲にあるのが秘密を表す探索のルーン、パースだ。



「ちなみにもう一つは背中にあるけど、今見せろって言うのはちょっと勘弁ね。で、雨音ちゃんのおへその辺りにも、同じようなものが刻まれていたでしょ?」

「あ、はい……でも、私のはこんな浮かび上がったようなものじゃなくて、傷痕みたいな溝になってましたけど……」

「そう、それが始祖ルーンって言う特別なルーンの証なんだけど……とりあえず、それは後で説明するね」



 今問題となっている始祖ルーンだが、ルーン能力に関する基礎知識がなければ理解しづらい話と言える。

それゆえの後回しだろう、と納得しつつ、涼二は小さく肩を竦めながらスリスに続いた。



「ルーン能力には強さのレベルが存在する。弱い方から順に、人間ヒューマン級、人外フリークス級、巨人ティターン級、災害ディザスター級、そして神話ファーブラ級だ。

これには、刻まれたルーンの大きさと、その使い手の持つ魂の強さによって変化する……まあ、能力の使い方や組み合わせの上手さでも変化するがな」

「魂……ですか?」

「正確には、魂の放つ光……一般には『プラーナ』と呼ばれる力だ。刻まれたルーンが大きく、そしてこのプラーナの量が大きいほど強力な力を持つとされる」

「霊的次元の観測なんて、ルーン能力が広まってからようやく進歩したんだけどねぇ」



 死んだ人間の体重が、死ぬ前より僅かに軽くなるという話がある。

僅か21グラムの変化であり、そもそもその話自体も眉唾ではあるが―――仮に21グラムと言う質量がエネルギーに変換されるとしたら、どれほどの物になるだろうか。

それは、誰もがまともに取り合う事の無い研究だった……あの、巨大な隕石が飛来するまでは。



「君も、流石に隕石の話は知っているだろう」

「あ、はい……それは、流石に」

「あの隕石は可燃性であった……しかし、現代の科学ではそれがどのような仕組みで燃焼しているのかの判別がつけられなかったのだ。

物理学的な燃焼とは違う。しかし、確かに熱を発している。

国内が落ち着いてからずっと研究が続けられてきたが、その正体を掴む事は中々上手く行かなかった……あの隕石の放つエネルギーの波動が、ルーン能力者の放つ輝きと同じものであると発見されるまではね」



 言いつつ、ガルムはその腕に刻まれたルーンを発光させた。

まるでそのルーンは溝であり、体の内側で光り輝くものが漏れ出しているかのように。

これこそがプラーナと呼ばれるエネルギーであり、ルーン能力者が放つ力の原動力となるものだ。



「以来、プラーナの観測技術は爆発的に高まった……あの隕石による発電も、そのおかげだろう」

「そのような背景があったのですか……では、ガルム様達は、先程の位階で言うとどの程度の力を持っているのです?」



 雨音のその疑問、当然と言えば当然なその言葉に、三人は目を見合わせて小さく苦笑を浮かべていた。

そんな様子に、雨音は首を傾げる。



「あの、もしかして聞いてはならない事だったのでしょうか……?」

「いや、まあ……戦う相手には隠しておくべき事だが、別に言ったからどうこうなるってモノでもない。ただ―――」

「ボクたち……みんな、神話ファーブラ級だからね」

「まあ……!」



 両手を口に当てて驚きを表現する雨音に、涼二は小さく苦笑じみた笑みを浮かべる。

驚くのも無理はない事ではあるが、彼女がその驚き方をするのは少々滑稽な事だ。

何故なら―――



「言っておくが、お前も神話ファーブラ級だぞ?」

「え? 私が、ですか?」

「ああ。現在確認されている始祖ルーン保持者は、全て神話ファーブラ級の力を持っている。能力を発動せずにアレだけの力を使ってるんなら、十分にそれだけの力があるだろうさ」



 涼二は先程の光景を思い出す。

現実味の無い、一瞬で枯れ落ちてゆく花の姿を。

ルーン能力の使い手だからこそ分かる感覚ではあるが、雨音はあの時能力を発動していなかった。

つまり、彼女は常時展開されている微弱な能力のみでアレだけの力を発揮したのだ。



(いや―――)



 それは、いくら始祖ルーンの持ち主だったと言っても不自然である。

それは最早、強力を通り越して制御不能と言うレベルではないか―――考え込もうとした瞬間、スリスの抗議するような視線が突き刺さり、涼二は小さく肩を竦めて視線を戻した。



「……まあ、一般に知られているルーン能力に関してはこんな所だ。そして、ここからがお前に関する話になる」

「先程から話に上がっている、その始祖ルーンと言う力の事ですね?」

「ああ。お前の持っているそれ……痣ではなく、直接刻まれた傷痕のように残るそれは、全てのルーンの元になったものとされている」



 涼二の言葉を聞き、雨音はそっと自分の腹の辺りを手で触れる。

それは、無意識の動作だっただろう。その下に刻まれているソウイルのルーンは、本来人を助ける力を持つ筈なのだが―――どうして、逆位置の存在しない始祖ルーンがそんな事になっているのか。



「始祖ルーンに関しては未だに謎が多い。そもそもルーン能力自体、能力発動のプロセスは明らかになってきてはいるものの、どうして生まれたのか、どうやって生まれたのかは分かっていない」

「……そんな力を、皆さん使ってらっしゃるのですか?」

「まー、便利には変わりないからねぇ。ボクなんて、能力使わないと何も見えないし」



 肩を竦め、スリスはそう呟く。

軽く流せるような内容ではなかったが、本人が気にしない以上は気にしない、と言うのが涼二やガルムの出している結論だった。

雨音の方は少々挙動不審気味に視線を右往左往させていたが、二人が何を言わないのを見て、黙っている事に決めたようだ。

小さく嘆息し、涼二は続ける。



「とにかく、一つだけ言える事は、この能力が15年前の大災害の日の後から発生した事。そしてその日、始祖ルーンの使い手が生まれた事だ」

「はぁ……詳しいんですね」

「まあ、な」



 話を拒むように、涼二は視線を逸らす。

彼にとって触れられたくない事柄の一つ―――スリスでそんな空気に慣れていたのか、雨音はそれに関して追及してくる事は無かった。

コホン、と一度咳払いをし、涼二は視線を戻す。



「始祖ルーンの使い手は非常に貴重であり、しかもその能力は他の能力者の追随を許さない。

ユグドラシルまでもが、何が何でも手に入れようとしているような貴重な存在だ……まず、お前は自分自身がそう言う存在である事を理解し、自覚しろ」

「は、はい」

「そして、そういう存在を誘拐してきた事が、どれぐらいリスクの高い行為であるか……俺達が気にしているのは、そういう事だ」



 その言葉に、雨音ははっと目を見開く。

とりあえず理解して貰えたかと、涼二は小さく息を吐き―――



「……私、誘拐されていたのですね」

『今更そこかッ!?』



 ―――スリスと同時に、半ば絶叫のようなツッコミを叫んでいた。

吹き出すのをこらえている様子のガルムを尻目に、スリスが目を輝かせながら声を上げる。



「やばいよ涼二、この子真正だ!」

「何でお前はやたらと嬉しそうな顔してるんだ!? あと雨音、お前は今までの話で何を聞いていた!?」

「魔法じゃない、と……」

「誤認識を直せただけかッ!」



 頭を掻き毟り、思わず地団太を踏む。

今までの話が無駄だったのか、と叫び声を上げようとし―――



「後は、ルーン能力の詳細や仕組み、プラーナに関して、それと始祖ルーン……」

「そっちを先に言え……」



 ―――きちんと全て理解していたと言う事を告げられ、涼二はがっくりと倒れるようにソファへと体を戻していた。

ぎしりとスプリングが悲鳴を上げるが、お構い無しである。

彼は、ここに来てようやく彼女がどういう性格なのかを掴んでいた。

要するに、色々とズレ・・ているのだ。

深い溜め息を吐き出し、このまま眠ってしまおうかと思うほどに感じる疲労感を何とかしつつ、涼二は半ば呻くような声を上げる。



「……とりあえず、お前さんは世界的に見ても重要人物って事だ。扱いが非常に難しい。ただの人質で済むとは到底思えん」

「そうですね……今なら、涼二様のお言葉も理解できます」

「ああ、だから、とりあえずはまた調査だ……今日はもう休んでいいが、明日になったら頼むぞ、スリス」

「はーい」



 調べるべき事はいくらでもあるだろう。

眠気が登ってくる頭の中、しかし涼二の思考の芯は何処までも鋭利に冷え切っていた。

ユグドラシルに協力している製薬企業が、始祖ルーン所持者の存在をひた隠しにしていた事。

その始祖ルーンの持ち主の能力が、何故か逆位置による能力発動を常時展開していると言う事。

そして、これらの事実関係を、今回の以来を持ち掛けてきた人物が知っていたのかどうかと言う事。

情報が足りない―――それが、今の涼二の偽らざる感想だった。


 かつて喪った姉の姿に良く似たこの少女―――彼女に隠された秘密とは、一体何なのか。

無論、涼二も深入りは避けるべきであるという事は分かっている。

けれど、完全に無関係でいられると思うほど、涼二もおめでたい性格をしている訳ではないのだ。



「―――っ」



 僅かに、頭痛を感じる。

寝室の方へと歩いてゆく雨音とスリスの姿を見送り、涼二は静かに天を仰いでいた。

危険を抱えてしまったのは、事実。けれどこれは―――



「チャンス、かもしれぬな」

「……!」

「ふ……その様子では、お前もそう考えていたか」



 深いバリトンの効いた声に、涼二は方目だけを開いて肩を竦める。

ガルムの言葉は、何処までも図星だった。それ故に、これは一つのチャンスであるとも言える。

始祖ルーンの持ち主を利用す機会など、そうそう存在しはしない。

故に、彼女は切り札となりえる。



「……ま、今後の展開次第か。とりあえず、今日はもう遅い。そろそろ休もうぜ?」

「ああ、そうだな」



 靴を脱ぎ、ソファの上に寝転がる。

隣の部屋辺りを使ってもよいのだが、流石にもう面倒だったのだ。

コートを己の上にかけ、瞳を閉じ―――涼二は一度だけ、雨音の姿を夢想する。


 その姿は―――かつて、あの大災害の日に殺された・・・・姉と、何処までも重なっていた。





















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