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Frosty Rain  作者: Allen
最終話:ラグナロクの終焉
58/81

05-1:プロローグ

最近マジで忙しいので、二日に一回更新で行きます。












「ぐ、ぅ……」



 鈍い痛みが身体を支配する感覚に、涼二りょうじは思わず呻き声を上げながら意識を取り戻した。

体は鉛のように重く、視界はひどく霞んでいる。

己の身体の鈍りに対して内心舌打ちしながらも、涼二は何とかその手を地面へと付いていた。

伝わる感触は、少し湿った土のもの。



「ッ……吹き飛ば、されたか」



 気を失っていたのはどれほどの時間だったのか―――涼二は無理矢理に身体を起こし、霞む視界を巡らせて周囲の状況を確認する。

先ほどまで戦闘をしていたのだ、悠長に気を失っている暇など無い。

が―――その視界に、彼の黒龍の巨体が映る事はなかった。



「何だと……?」



 首を失っていたはずのニーズホッグが起き上がった場所は、大きくクレーターのように抉れている。

その周囲は紅に染まり、近くにいた人間達が一撃で粉砕された事は容易に想像できた。

ある程度距離があった者、防御に成功した者は、今まさに涼二のように起き上がって周囲の状況を確認している。



「どういう事だ? あいつは―――」

「大丈夫か、涼二」

「っ! ガルム!」



 掛けられた越えに涼二が振り返れば、そこには金髪の偉丈夫が上半身裸で立っていた。

格好に関してはいつもの事なので気にせず、涼二は再び周囲へと視線を走らせる。

ガルムの傍に、雨音あまねの姿が無かったからだ。



「雨音はどうした? 無事なのか?」

「うむ、彼女に怪我は無い。近かったものの、一番最初に反応出来たのは我々だった。私が咄嗟に離脱しつつ庇い、雨音君も私の傷を癒してくれた……問題はあるまいよ」

「……そうか」

「それに安心するといい、お前の友人達も無事だよ」



 そういって、ガルムはある方向を指し示す。

涼二がそちらへと視線を向ければ、そこには地面に片膝を付く双雅そうがと、そんな彼に手を当てる雨音の姿を確認する事ができた。

傍らに桜花おうかも倒れているものの、どうやら怪我は一つとしてないようであった。


 更に、涼二は周囲が明るくなっているのに気付き、視線を再び移動させる。

大きな被害が出てしまった、その中心。全てに行き届くようにと光の翼を広げた美汐みしおが、緋織ひおりに肩を貸して立ち上がらせている所であった。

彼女が展開している《光輝なる英雄譚ヴォルスング・サガ》は、雨音の力を強化する為のもの。

既にプラーナも限界近い筈であると言うのに、律儀なものだ―――と、涼二は苦笑しつつ、とりあえずの危機を脱した事に安堵を覚えていた。

だが、完全に気を抜く事もできない。小さく息を吐き、涼二は再びガルムの方へと視線を向けた。



「教えてくれ、ガルム。一対何が起こったんだ?」

「ああ。と言っても、私も直接見た訳ではないのだがな」



 小さく肩を竦め、ガルムは息を吐き出す。

そんな彼の様子に首を傾げながらも、涼二は彼に続きを促した。

嘆息しつつ、ガルムは続ける。



「私は雨音君をニーズホッグの攻撃から庇った為に、一時的に気を失っていた。知っているのは、雨音君から伝えられた話だけだ」

「……ああ」

「まず、あの後だが……ニーズホッグは、すぐさま頭部を再生させたそうだ」



 その言葉に、涼二は顔を顰める。

あの時、ニーズホッグは確かに緋織の攻撃で致命傷を受けていたはずだった。

いかなる方法でも蘇生できない状況であった筈なのに、何故復活する事が出来たのか。

ガルムに対し視線で問いかければ、彼は小さく肩を竦めながら声をあげた。



「雨音君の言葉を聞いただけで、実際に確認できた訳ではない。だが……彼女曰く、ニーズホッグにはプラーナの循環路と言うものが存在していなかったそうだ」

「何……!?」



 人間に限らず、生物には必ずプラーナの循環路が存在している。

それは、このように生きる生物にとって当たり前の事であった。

プラーナが巡らなければ、体のその部分は動かなくなってしまう。プラーナの循環路が存在しなければ、その生物は動けないはずなのだ。



「……『生き物じゃない』ってのは、そういう意味か」

「ああ、信じがたい事ではあるがな」

「けど、そうだって言うなら―――」

「ニーズホッグとは一体何なのか、だろう?」



 ガルムの言葉に、涼二は小さく頷く。

信じがたい力を持っていたとはいえ、ニーズホッグは確かに生物に見えていたのだ。

意志を持ち、怒り狂い、その本能を以って涼二たちに襲い掛かってきていた。

あの存在が生物ではないのならば、一体何だと言うのだろうか。

―――どうにした所で、存在しうる可能性など一つしか存在しない。



「……何らかの能力によって、生み出されていた?」

「可能性としてはそれしか存在せんだろうな。納得できる訳では無いが、それ以外に考えられん」



 何らかの―――可能性があるとすれば、オセル―――能力によって生み出されていた人形。

その始祖ルーンと思われる力が見えていたのだから、二人が口にした仮説は決して頭ごなしに否定できるものではない。

しかし、その巨体から放たれていたプラーナは確実に本物で、しかもニーズホッグは十分に強力な能力を使っていたのだ。

そんなモノは、美汐と比べたとしてもなお特異すぎる能力である。

軽く頭を抱え、涼二は深々と嘆息を零しながら声を上げた。



「ニーズホッグは、何者かによって作り出された人形。それだけでもかなり信じ難い事ではあるが、とりあえずそれは事実であると仮定して話を進める。

それならば、そのニーズホッグの主人とやらの目的は一体何なんだ?」

「これもまた仮説でしか無いが、ニーズホッグの持っていた性質を考えれば予想は出来るだろう、涼二」

「……ああ」



 半ばうんざりとした様子で、涼二は呻き声にも似た肯定の声を上げる。

これまでに分かっているニーズホッグの性質を考えれば、それも十分に予測できるものであった。

しかしながらそれは、理解できない上にどう考えても厄介事にしかならない仮説―――



「……ニーズホッグを使って人間を喰らい、大量のプラーナを集める事。それを一体何に使うのかは分からないが……何にしたって、厄介事には変わりないだろ」

「全くだ。ムスペルヘイムのほぼ全力を投じても勝てぬほどの能力者、と考える事も出来るしな」

「味方にできりゃ心強いだろうが……そんな野郎とはつるみたくないな」



 そんな涼二の言葉に、ガルムは若干の笑みを口元に浮かべる。

彼のその表情に気付き、眉根を寄せると、涼二は肩を竦めながら半ば不機嫌な様子で鼻を鳴らしてから声を上げた。



「で、だ。そんなプラーナ蒐集機みたいなバケモノが、どうしてプラーナの宝庫である神話ファーブラ級能力者達の前から姿を消したんだ?」



 今現在、この場には全体の確率から見ればありえないほどの数の神話ファーブラ級能力者が集まっている。

それは、ニーズホッグ―――およびその主―――にとっては何物にも代えがたいほどの獲物だった筈だ。

それが何故、今このようにほぼ無傷でいる事が出来ているのか。

涼二のそんな疑問を受け、ガルムは深く息を吐きつつその視線をある方向へと向けた。

そちらにあるのは、ニーズホッグがいたと思われるクレーター。

爆心地のようになっているその場所には、一本の槍が突き立っていた。



「ぁ……ッ!!」



 声にならぬ激情がこみ上げる。

それを何とか飲み下しつつも、荒れ狂う怒りを押さえきれず歯を食いしばりながら、涼二はその視線を槍から外した。

その正体が何であるかは、考えるまでも無い。

見覚えなど存在しないはずのそれ。しかし、そこにこびり付いたプラーナの残滓は見間違える筈も無い。



「《必滅の槍グングニル》、大神おおがみ槍悟そうご……ッ!」

「とりあえず、目の前に相手はいない。今は落ち着いておけ、涼二」

「ッ……あ、ああ」



 深呼吸をして意識を鎮め、涼二はゆっくりと落ち着きを取り戻す。

それでも槍が視界に入らぬように視線を逸らしながら、涼二はガルムへと問いかける。



「奴が、ここに来ているのか?」

「いや、信じ難い事だが……ここには来ていない」

「なら、何故あんなものがここにある!?」

「落ち着けといっているだろう、涼二。そもそも、いたとしても何の準備もなく唐突に戦って勝てる相手か?」

「ッ……!」



 抑えきれぬ怒りを飲み下しつつ、涼二は深く息を吐く。

ガルムの口にした言葉は、何処までも正論だったからだ。

彼の槍、《必滅の槍グングニル》の主たる、大神槍悟。

彼は、涼二たちをして、決して軽視出来るような存在ではなかった。

深く嘆息しつつ、涼二は小さく被り振って、ガルムに対して問いかける。



「改めて聞く。どうして、奴の槍がここにある?」

「……雨音君に聞いただけであり、私は直接見た訳ではないが……彼方から飛んできた、だそうだ」

「……は?」



 その言葉に、涼二は思わず素っ頓狂な声を上げる。

そんな彼の反応を予測していたのか、ガルムは若干の苦笑を浮かべると、小さく肩をすくめながら返答した。

半ば、呆れにも似た感情をその内に込めながら。



「まず、ニーズホッグは起き上がると共にハガラズの力を発動、周囲の人間を悉く吹き飛ばした」

「ああ、そこまでは俺も覚えてる。問題はその後だ」



 ニーズホッグの―――或いはその主の―――目的がプラーナの蒐集であれば、周囲に倒れた能力者達を喰らわない理由は無い。

例え気を失っていた時間が短かったとしても、それは十分に致命的な隙であった筈なのだ。

しかし現実、涼二を始めとして多くの能力者達が生き残っている。

何かが起こったと考えるのが自然であろう。


 涼二の言葉に対し、ガルムは小さく頷いてから声を上げた。



「お前の考えている通り、ニーズホッグはその後能力者達を喰らおうとした。まともに動く事が出来たのは、彼の大神美汐のみ。

彼女はニーズホッグの前に立ちはだかったものの、彼女一人に抑えられるような相手ではない」

「ああ、そうだろうな」



 だが、結末は違った。

涼二の意識の中にこびりついているのは、先ほど見た槍に染み付くプラーナの感覚。

たった一つだけの仮説ではあるが―――涼二は、それを半ば確信していた。



「その時―――雨音君は、黄金の流星を見たと言った」

「流星……それが」

「そう、あの槍だ。ユグドラシル総帥、大神槍悟が能力、《必滅の槍グングニル》。何処からか飛来したあの一撃は、狙い違わずニーズホッグに命中した」



 信じがたい話であると同時に、涼二はその言葉に半ば納得を覚えていた。

いかなる能力を用いて放たれているかすら定かでは無い、大神槍悟の能力。

その力は、絶対に外れる事の無い槍を投げ放つと言うものだった。

音速をはるかに超越した速度で宙を駆けるその一撃は、突き刺さると同時に敵の内部で込められたプラーナを解放、強烈な破壊力を吐き出す事となる。

その一撃を受けて、生存できる人間は存在しないとすら言われるほどのものなのだ。



「……それで、ニーズホッグはどうなったんだ?」



 トーンを落とした声で、涼二はそう問いかける。

相手が人間ならば、砕け散ったと考えても全く疑問では無いだろう。

しかしながら、今回その槍の標的となったのは人知を超えた怪物だったのだ。

果たして、どちらの力に軍配が上がるのか―――それは、涼二にすら想像出来ない事だった。

そしてそんな疑問に対し、ガルムは目を閉じながら深く頷く。



「―――その一撃に、耐え切った」

「……ッ!」



 涼二は、思わず息を飲む。

それは驚愕であり、同時に納得でもあった。

かつて大神槍悟とニーズホッグは、ほぼ同等の戦いを繰り広げたのだから。

故に、その一撃に耐えられたとしても不思議ではないのだ。



「ニーズホッグは《必滅の槍グングニル》を受け、ダメージを負いはしたものの、すぐさま起き上がって見せた。

だが、流石に狙撃されている状況で悠長に食事をする事は出来なかったのだろう。ニーズホッグは空へと昇り、あちらの方角へと飛び去っていった」



 ガルムの示した方向は、おおよそ南東と言った所。

そちらの方向は、正しく密都がある方角であった。

大神槍悟が一体何処からその力を放っていたのかは定かでは無い―――



(だが、あの男の元に向かったのは間違いないはずだ。だとしたら……これは、好機になり得る)



 いかな大神槍悟とはいえ、ニーズホッグが相手では苦戦を免れないだろう。

かといって、安易な敗北をするとも思えない。

ニーズホッグを放置する事も出来ないが、大神槍悟を倒す事を目的とする涼二にとって、彼の男の疲弊は願っても無い好機であった。

故に、ここで手を拱いている事はできない。



「ッ……」



 鈍い痛みを返す身体に、僅かな呻き声を上げながらも、涼二は立ち上がる。

これ以上無いチャンスが迫ってきているのだ。今ここで、ゆっくりと休んでいる暇は無い。

ガルムもそんな涼二の思いを理解している為、その無茶を止めるような真似はしなかった。



「……ガルム、行くぞ」

「他の者は連れて行かんのか?」

「俺の戦いだ、勝手な都合で巻き込む訳にもいかんだろ」

「勝てるのか?」

「目はあるさ。それに、この機を逃す訳には行かない―――」

「待って、涼二君」



 ふと、声がかかる。

凛とした、強い意思の篭った声。

涼二にとっては若干懐かしく、そして強い聞き覚えのあるそれ。

振り返れば―――そこには、黄金を纏う少女と、そんな彼女に肩を貸される真紅の少女の姿があった。



「……美汐、緋織」

「うん、久しぶりだね、涼二君。元気そうで良かった」

「はぁ……そっちも、相変わらずみたいだな」



 物怖じせずに話しかけてくる彼女に、涼二は小さく嘆息を漏らす。

あまり踏み込まれる事を好まない涼二としては、それよりも言いあぐねている緋織の方が好ましい態度ではあった。

しかしながら、この状態から逃れる事は出来ないと言う事も、涼二は深く理解している。

疲れたように肩を竦め―――彼は、どこか諦観の混じった苦笑を浮かべていた。



「さて―――逃す気は無いんだろ?」

「うん、しっかりと話して貰うよ?」

「やれやれ……本当に相変わらずか」



 しかし、そこにはどこか懐古の念も混じっており。

そんな歪んだ心根を抱えたまま、涼二は胸中で、ゆっくりと己の取るべき行動を練っていたのだった―――





















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