04-10:それは英雄の戦い
今回は投稿していただいた能力案をいくつか出させていただきました。
ご協力いただき、ありがとうございます。
海岸線。遠く見える地平線の先に、僅かながらに見える黒い影。
そこから放たれる強大なプラーナを肌で感じ取りながら、それでも美汐が怯むような事は決してなかった。
悠然と、凛々しく―――ただ真っ直ぐに立つその佇まい。
身体を圧迫されるような気配の中、ただ真っ直ぐと前だけを見つめ続ける美汐の姿は、周囲の隊員達にとって非常に心強いものでもあった。
「……そろそろ、始めた方がいいと……思います」
「うん、そうだね。この距離なら、もう無駄になるほどの時間も無いだろうし」
美汐の傍に立つのは、黒い髪をポニーテールに纏めた少女。
マフラーを口元まで巻き、若干ぼそぼそと話しているために聞き取りづらいが、その言葉に美汐は頷いていた。
そして美汐は静かに目を閉じ、意識を集中させる。
発動させるのは、仲間に対する贈り物―――己の力を分け与える、美汐にのみ許された強大なファンクション。
「―――《光輝なる英雄譚》」
その言葉と共に、美汐の背中に光が収束する。
それは薄く透き通る二対の翼を形成すると、残った部分は一気に周囲へと広がっていった。
薄暗い空の下であった周囲は、その瞬間に暖かな日差しのごとき明るさを得る。
そしてそれと共に、周囲の隊員達は己の力が瞬く間に増大してゆくのを感じ取っていた。
軽く息を吐き、美汐は隣の少女に振り返る。
「どうかな、風鈴ちゃん?」
「はい、力は強化されています……コレなら、少なくとも貴方がここにいる間は指示に力を利用できるでしょう」
ぼそぼそと、呟くように頷くマフラーの少女。
冬木風鈴―――ムスペルヘイムに所属する災害級の能力者。
しかしながら、彼女は決して戦闘能力が高いと言う訳ではない。
その力の真髄は、また別の所に存在していた。
「J、A、P―――《予言者の識》」
風鈴の若干薄く開かれていた瞳は、そんな言葉と共に大きく見開かれる。
普段は黒いその瞳は、その力の発動と共に翡翠の輝きを宿していた。
彼女の持つ力は、未来予知。《予言の巫女》ほど長い期間を予知する事は出来ないが、ごく短時間であればそれ以上の正確さでこの先起こる事を把握できる。
それと共に小型の刃物によって攻撃すると言う、完全に対人向きの能力―――今回は、その予知能力を買われてここに立つ事となったのだ。
《光輝なる英雄譚》によって強化されたその瞳でじっとニーズホッグの現れる位置を睨み、彼女は静かに声を上げる。
「……あの大トカゲの進行ルートは、ミーミル室長の予測した通りです……攻撃目標地点まで、あと三分……流石ですね、次期総帥。ここまで先の事を予見出来たのは初めてです」
「あんまりこの感覚に慣らせちゃいけないって、緋織ちゃんにも言われてるんだけどね」
「厳しい方ですからね……前隊長に向けていたようなデレが欲しい」
「妙な事言わないで、風鈴」
僅かながらに苛立った様子で、攻撃位置に配置されていた羽衣が声を上げる。
その言葉に振り返りながら、風鈴は見開いていた瞳を半眼に戻しつつ声を上げる。
「相変わらず不毛な感情を持っていますか、レズっ娘」
「だっ、誰がッ!?」
「隊長は前隊長にぞっこんラヴですからね。本人に自覚無いですけど……ぶっちゃけ女として半分ぐらい終わってるような気がすると風鈴ちゃんは思ってみたり」
「うーん、緋織ちゃん、相変わらず自覚無いんだねぇ」
苦笑するように美汐は呟き、ちらりとその視線をテントの方へと向ける。
そこでは、ちょうど緋織がそのテントの中から姿を現すところであった。
傍で言い争いをする二人の少女の事は気にせず、美汐はただ緋織の抱いている想いの事を考えていた。
涼二がユグドラシルから抜けたあの日、二人は完全に擦れ違ってしまった―――その時その場に居合わせる事が出来なかった事を、美汐は悔やんでいる。
二人を、少しでも話し合わせる事が出来れば―――
「おーいバカ共、これから作戦なんだ、どうでもいい事で騒ぐな」
「このレズ娘が一方的に突っかかってきただけですので、風鈴ちゃんノットギルティ」
「私はアンタに注意しただけでしょう!?」
「同罪だ、バカ共」
二人の少女の頭に拳骨を落とし、ムスペルヘイム副隊長新森和尾は嘆息する。
そしてその視線をぼんやりと考え事をしていた美汐の方へと移し、その頭を下げた。
「うちの部下達がご迷惑を」
「あ、いいんです。変にプレッシャーを感じるより、自然体の方がいいと思いますし」
「ま、それは確かに……うちの副官みたいにガチガチになられても困りますからなぁ」
頭を掻き、新森はその視線を横へと向ける。
そこに立っていたのは、美汐よりも年上と思われる―――恐らく徹ほどの年齢の―――青年だった。
彼は酷く落ち着かない様子で、周囲へキョロキョロと視線を向けたり、無意味に足踏みをしたりと常に何かしらの動きを見せている。
そんな彼の様子に、同じ隊の二人の少女は失笑気味の表情を浮かべていた。
「相変わらずの上がり症ね、光畑」
「単純火力だけなら隊長にも届こうとしてるくせに、相変わらずその自覚が無いのですから。ぶっちゃけ無様です」
「す、好き勝手言ってるなぁ二人とも!?」
若干裏返った声を上げる青年。
しかし、僅かながらに気を紛らわせる事が出来た為か、その表情は少しだけ嬉しげだった。
ムスペルヘイム副隊長たる新森の副官―――光畑武瑠は、そんな様子のまま声を上げる。
「大体、コレで緊張しないはずが無いだろう!? って言うか、何で二人は緊張してないんだ!?」
「緊張はしてるわよ。それを表に出さないようにしてるだけ」
「あー、きんちょーするー。こわいーいやだー」
「……うん、把桐が言う事は分かるけど、冬木は全く信用できない!?」
「美女は信用してはならないものなのですよ。がっでむ」
「意味分からんで適当に言ってるだろ、お前」
表情を変えぬまま棒読みで言い放つ風鈴に、新森は小さく嘆息する。
その場でくるくると回転する風鈴、呆れた表情の羽衣、そして頭を抱える武瑠。
そんなムスペルヘイムの者たちの姿に、美汐はクスクスと笑みを零していた。
そして、彼女はその視線を横へと向ける。
「前から思ってたけど、暖かい隊だね、緋織ちゃんの所」
「……恐縮です」
若干眉根を寄せ、頭を抱えた緋織が、そこに立っていた。
いつの間にか現れていたその姿に、羽衣たちは慌てて―――風鈴だけはマイペースに―――敬礼の姿勢を取る。
そんな彼女達を制しながら緋織は前に出て、隊員たち全てを見渡せる位置へと立った。
隊員達はそれと共に沈黙し、緋織の方へと一様に視線を向ける。
それら全ての視線を受け―――緋織は、声を上げた。
「総員。私達はこれより、ニーズホッグとの交戦を開始します」
遥か彼方から放たれるプラーナの圧力は、時間を追うごとに指数関数の如く高まってゆく。
しかしそれらを受けながら、集った英雄たちは決して逃げようとはしなかった。
ここに集う者達は全て、すべき事を理解しているから。
「決して楽な戦いではない。全員が生き残れる事は、私も保証出来ない」
それは、全ての隊員が分かっていた事。
直接戦闘する神話級の能力者だけではない。
通信や治療などの補助の為にやってきた者達すら、全てが決死の覚悟を決めている。
故にこそ―――緋織は、彼らの為に死力を尽くす事を誓う。
「けれど、私達は逃げない。私達の背中には、護るべきものがあるからだ」
力ない者たちを護る力である事―――それこそが矜持であると、緋織は学んできた。
誰よりも、何よりも強い能力者集団であるならば、それだけの義務があるのだと。
見返りは無いかもしれない。人々は、能力者を恐れているのだから。
それでも―――
「私達の手に入れた秩序を、決して失う訳には行かない! 故に、我らの秩序を奪うものをここで討つ! 総員―――攻撃準備!」
『はッ!』
緋織は、叫びと共に己が剣―――《災いの枝》を抜き放つ。
灼熱を宿す緋色の刃は炎を放ち、使い手の体を包み込んでゆく。
空を駆ける為の炎の翼。誰よりも強く戦場で輝く炎である事―――開戦を告げる号砲である事を望んだ力の形。
それを構えながら、緋織は向き直る。
目視できるほどにまで近づいた、ニーズホッグの方へと。
「―――目標、攻撃区域に入りました。撃てます」
「往くぞ――――――ッ!」
風鈴の呟いた声―――それと共に、緋織は勢いよく地を蹴った。
それに続くように、飛行能力を持つ神話級の使い手たちが続く。
その人数は、僅かに七人。それが、ムスペルヘイムの所有する攻撃系の神話級能力者の数。
彼女たちは大きく散開しながら、回り込むようにニーズホッグに向かって行く。
そして、それに続くように―――
「砲撃準備ッ!」
海岸に残った能力者たちが、それぞれの能力を発動させる。
美汐によって力を増幅された能力者たち―――それぞれが最大の、そして過去最高の一撃を放とうと、練り上げられた力を開放する。
「ぅおおおおおおッ! H、O、R―――ッ!」
先陣を切るのは、光畑武瑠。
その体に刻まれたルーンが輝くと共に、彼の周囲の空間が固定される。
そして、その前面に形成されるのは一本の砲身―――その根元には、灼熱の輝きが収束していた。
Oによって集められた重金属粒子が、HとRの力で分解、加速してゆく。
放たれるのは、神速で駆ける灼熱。
「《必勝もたらす灼熱の槍》ゥゥゥウウウウッ!!」
僅かに橙に輝く閃光―――それは、その武瑠の叫びと共に放たれた。
単純な破壊力ならば、炎を収束した《災いの枝》渾身の一閃に匹敵するその威力。
それがニーズホッグへと突き刺さる刹那―――もう一つの閃光が、その隣から生まれていた。
「行くわよ……ッ! J、R、H!」
《戦乙女》の背中に形成されるのは、翼のように広がる九つの剣。
しかしそれは一度砕け散り、粒子となって羽衣の頭上に収束してゆく。
形成されるのは、渾身のプラーナによって形作られた一本の槍。
それは抑えきれぬと叫ぶかのように放電しながら、高速で回転してゆく。
そして―――
「貫けッ! 《世界樹の神槍》ッ!!」
電磁銃の要領で放たれた槍は、雷を放ちながら神速で目標へと向かって行く。
空を裂くように駆けた二つの神槍。
そしてそれに続くように、炎が、風が、雷が、氷が、巨石が―――あらゆる力が、黒き巨体へと突き刺さった。
『Ga―――AAAAAHhhhhhhhhooooooooooOッ!』
低く、地に響くように、黒き龍の苦悶の声が轟く。
圧倒的な力を放っていたあの魔獣―――それに確かに届いているのだと、羽衣は会心の笑みを浮かべる。
そして同時に、全ての力を出し切った結果、体力を奪いつくされてその場に膝をついていた。
疲労の色は濃く、立ち上がる事すらままならない。
それでも―――
「後はお願いします、お姉さま……」
任せろ、とでも答えるかのように―――彼方を駆ける炎の翼は、一際強く輝きを放っていた。
* * * * *
「隊長、分かってるな?」
「ええ、貴方と《閃光》は撹乱を。隙が出来た瞬間に打ち込みます」
宙を駆ける緋織は、同じく隣を駆ける新森の言葉に対して頷く。
灼熱の炎を纏っている緋織ではあるが、その力は完全に制御され、一部の放射熱も許してはいなかった。
その為、周囲の仲間達には全く影響の無い状態が維持されている。
緋織は状況を確認しつつ、ニーズホッグへと駆け―――瞬間、空を裂く閃光を見た。
「―――!」
「ほう、流石は《光輝なる英雄譚》による強化か。普段とは比べ物にならないな」
「乾坤一擲の一撃だから、と言うのもあるだろう」
新森の言葉に頷いたのは、若干離れた場所を飛んでいた一人の男。
一振りの居合刀を抱えた彼は、その鋭い眼光でニーズホッグを見つめている。
「私も前衛ではあるが……流石に、アレに近づくのは厳しいな。見てみろ」
「防いでる、か……」
近場で見ているからこそ分かる。
ニーズホッグは、巻き起こした嵐によって、遠距離から放たれた攻撃たちを受け止めていたのだ。
と言っても完全に受け止め切れている訳ではなく、飛び散った余波はしっかりとその巨体に命中している。
更に羽衣や武瑠の攻撃は、徐々にだがその防壁を突き抜けつつあった。
そんな様子を見ながら、緋織は居合刀の男―――四之宮正仁へと問いかける。
「……貴方なら、斬れますか」
「私に断てぬものは無い―――と言っても、刃が届かなければ意味が無いがな。その部分は任せるぞ、副隊長」
「……まあ、やるしか無いだろうな。さて―――そろそろだ」
ニーズホッグの上空に三人、そして残る四人は右下の方へ。
配置につきながら様子を眺め、じっと攻撃の機会を窺う。
地上からの砲撃はニーズホッグの能力領域によって減衰してしまっているものの、エンチャントの出来ない獣に防ぎ切る手段は無く―――纏う嵐を突き抜け、その巨体に直撃した。
『Ga―――AAAAAHhhhhhhhhooooooooooOッ!』
苦悶と、怒りの叫び。
それこそが、緋織たちにとって開戦の証となった。
「R、H、S―――行くぞ、《比類なき神速の英雄》」
まず動いたのは、ムスペルヘイム副隊長たる新森和尾。
その姿は、そう呟いた刹那の内に消え去っていた。
そしてその瞬間、ニーズホッグを覆っていた煙が吹き散らされ、同時に巨大な打撃音が響き渡る。
『Ga―――』
「鈍いぞ、木偶の坊が」
それは人体の限界を超えた加速。
自らを壊す超加速と自らを癒す超再生を同時にこなし、自ら壊れ自ら修復されながら、誰も追いつけぬ速度で駆け抜け続ける。
煙の中から表れた、深手とは到底いえない傷を負ったニーズホッグに対し、新森は吐き捨てるように言い放つ。
「自動修復は俺の売りだ、勝手にパクるな」
Uによる自己強化―――ニーズホッグの突き抜けた力は、傷を負った体を瞬く間に再生させてゆく。
自らの部下の努力を無駄にされたような思いに、新森は苛立ちを覚えていたのだ。
だが、やる事は決まってる。
「無駄にはしねぇさ……鈍ってる間に、決める」
そう呟く間にも、新森は嵐を纏う無数の打撃をニーズホッグへと浴びせ続ける。
と―――そこに僅かに及ばないながらも、同じほどに加速した青年が追いついてきた。
「飛ばしすぎですって副隊長!」
「黙ってついて来い、馬鹿者」
現れたのは、手に氷の剣を持つ青年。
シャール・ヴィシロス―――《閃光》の二つ名を持つ神話級の能力者。
R、I、Tによる加速能力は、新森のそれに純粋な速度では劣るものの、相手を減速させることで喰らいついてゆく事が出来る。
ただし―――
「くぅ……減速は効かないってか!」
能力を減衰させる領域では、広範囲に広がるような能力は到底通用しない。
故に、シャールは手数の新森に対抗するように一撃の重さを優先させた。
振るわれる氷の刃は神速に達し、相手の鱗に阻まれながらも確かな破壊力をニーズホッグに伝える。
そして―――二人の渾身の一撃が、巨龍を確かに怯ませた。
「K、J、T―――」
「R、J、D―――」
そして、上空に浮かぶ二人が、それを見逃すはずが無い。
掲げられた緋色の刃と、構えられた居合刀。
その二人は、刹那の隙を過たず飛び出す。
「―――《災いの枝》ッ!」
「―――《血吸いの魔剣》ッ!」
―――そして、比類なき破壊力を持つ二人の能力者の一撃が、ニーズホッグへと直撃した。