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Frosty Rain  作者: Allen
第四話:ニーズホッグの襲来
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04-9:集結は間に合わず











 ニーズホッグの放つ凄まじいプラーナの波動は、ガルム達の所にも届いていた。

そのあまりの圧力に、ハンドルを握っていたスヴィティの体が硬直し、車が制御を失う。



「きゃあ!?」

「ぬっ、拙い!」

「ッ……舐めんじゃ、ないっ!」



 派手に揺れる車内。しかしスヴィティは気力を振り絞り、硬直しかけた身体を―――足を動かし、ブレーキを渾身の力で踏みつける。

既に閉鎖線近い場所であった事が幸いしてか、近くに他の車両はなかった。

その為対向車線にぶつかるような事もなく、スヴィティの車は停止する。

しかしながら、彼女自身は決して無事と言えるような状況ではなかった。



「大丈夫か!?」

「お怪我はありませんか、スヴィティ様!?」

「……流石は神話ファーブラ級。この中でも普通に動けるって訳……ホント、規格外よね、アンタ達」



 座席の背もたれに身体を預けつつ、息苦しそうな様子でスヴィティはそう苦笑する。

ニーズホッグによって放たれる強大なプラーナの波動―――決して高位の能力者とは言えないスヴィティは、その圧力の中で指一本動かす事が出来なくなっていたのだ。

車を急停止させた事による怪我も無かったが、これ以上の走行は不可能である。



「悪い、わね……これ以上は、送り届けられそうにないわ……」

「ニーズホッグの力が予想以上だったとはいえ、私の配慮が足りなかった。君は十分に仕事をしてくれた、感謝する」

「ありがとうございます、スヴィティ様」



 礼を述べながら、雨音は身を乗り出してスヴィティの胸元を少しだけ開けてゆく。

息苦しさから少しだけ解放された彼女は、小さく口元に笑みを浮かべながら、力なく声を上げた。



「まあ……どっち道、アタシの助けは封鎖線までだったし……後は、アンタ達で行けるでしょう?」

「ああ、十分だ。君はここで休んでいてくれ」

「車の中ですけど、ここに放置してしまって大丈夫なのでしょうか?」

「うむ。幸い、道は直線だ。事故の危険はまず存在しないだろう」



 現在三人がいる場所は、殆どカーブの無い直線的な道路の上。

遠くからでも、障害物があればすぐに気づく事が出来るだろう。

それにそもそも、今現在ニーズホッグのプラーナによって押さえつけられているこの空間は、災害ディザスター級ほどの力がなければまともに動く事も叶わない。

元々車が少ない地域ではあるが、今はそれ以上に動いている車は少ないだろう。


 雨音の心配そうな表情を見つめ、スヴィティは小さく苦笑を浮かべる。



「いい子だね、雨音ちゃん……あー、うちのバカにもこれぐらいの思いやりがあれば……」

「双雅様は、お優しい方ですよ?」

「そう言ってくれるアンタが優しいってのよ……ほら、行きなさいって。しばらくすれば、慣れるから」



 硬直していた身体を何とか動かし、スヴィティは扉のロックを外す。

そして彼女は、その手を雨音の頭の上に乗せた。

きょとんと目を見開く雨音に、スヴィティは小さく笑いかける。



「車を、脇に寄せるぐらいなら出来るわ……アタシの心配より、あの危なっかしい子の心配をしてあげなさい……」

「……雨音君、あまり時間が無い。彼女のためにも、先を急ぐぞ」



 荷物の中から長い紐を取り出したガルムは、車のドアを開けながら雨音へと声をかける。

子のプラーナの波動は、既にニーズホッグが接近してきている証拠。

これ以上、時間を無駄にする訳には行かないのだ。

雨音はその言葉に小さく頷き―――そっと、その手をスヴィティの胸に触れさせた。

そして、その力を発動させる。



ソウイル―――」

「え……?」



 雨音がそう呟いた瞬間、柔らかな光が掌の下から漏れ出し、スヴィティの身体に吸い込まれてゆく。

そしてその瞬間、彼女の身体を包んでいた圧迫感は一瞬で消え去っていた。

動く世になった身体にスヴィティは目を見開き、そしてその様子を見つめていたガルムもまた驚愕の表情を浮かべる。

そんな中で、雨音は小さく息を吐きつつ声を上げた。



「私の力を混ぜて、プラーナを活性化させました。外からの圧力によって阻害されないようにしましたから、多少楽になるはずです」

「……あ、ありがとう」

「でも、無理はなさらないで下さい。多少でも能力を行使してしまうと、私の力も抜けてしまうかもしれませんから」



 笑みを浮かべ、雨音は身を離す。

そして、ガルムに続くように外に出て、車の扉を閉めた。

そのまま彼のほうへと振り返り―――雨音は、きょとんとした表情で首を傾げる。



「どうかなさいましたか、ガルム様?」

「いや……雨音君、今のは」

「ガルム様の教えのおかげです。私の力をスヴィティ様のプラーナの流れに合流させて、その流れをスムーズにさせただけなので、その場凌ぎでしかありませんが……」



 申し訳ない、と雨音は視線を伏せる。

だが、ガルムはその言葉にただ単純な驚きを感じていた。

確かに、理論上は可能なのだ。事実、体のごく一部だけならば、それも成功している。

しかし、体全体のプラーナの流れを把握し、それら全てに干渉すると言うのは、今までに誰も成功した事の無い神業と呼ぶべきものだ。

雨音はそれを一瞬で、ごく当たり前のように成し遂げてしまった。



「君は……」

「ガルム様?」

「……いや、何でも無い。この紐を持っていてくれ、雨音君」



 静崎しずさき雨音という少女が持つ天才性。

半ば冗談、半ば本気で語られていたそれは、まるで冗談にはならない事にガルムは気付いてしまったのだ。

成長半ばで、既に稀代の能力者というべき力を発現させた雨音―――そんな彼女が、いずれ何処に辿り着いてしまうのか、ガルムは僅かながらの戦慄を感じる。



(……或いは、ソウイルしか持たなかった事が幸福だったのかもしれんな)



 自身のファンクションたる《血染めの狼イラトス・ベスティーア》を発動させつつ、ガルムは胸中でそう呟いていた。

もしも雨音が涼二のようなルーンを持っていたら、一体どれほどの力を操れたのか、と―――そう考えてしまったのだ。

獣の姿に変化したガルムは小さく息を吐き出しつつ、雨音へと向けて声を上げる。



『……まあ、よい。雨音君、私の背中に乗って、紐を使って身体を固定するのだ。寝そべっていた方が安全だぞ』

「はい。ちょっと難しいですが……」

「ああほら、アタシがやってあげるからそこで止まりなさい」



 紐を両手で持って首を傾げ、悪戦苦闘していた雨音に、苦笑交じりの声がかかった。

車から降りたスヴィティが、二人の方へと近寄ってきていたのだ。

彼女は未だ若干重い体に辟易しつつも、雨音から紐を奪い取る。

そして雨音をガルムの背中に寝そべらせ、するすると手際よく、しかも簡単には外れないようにしっかりと結びつけた。



「はい、こんなモンでしょ。一応結び目は手が届く範囲にして置いたから、外す時は落ち着いてね」

「ありがとうございます、スヴィティ様」

『うむ、感謝する。後はゆっくりと休んでいてくれ』

「そうするわ……じゃ、あのバカの事、お任せするわよ」



 後ろ手にヒラヒラと手を振り、スヴィティは車の中へと戻ってゆく。

その背中を見送ったガルムは、雨音に対して一度目配せすると、踵を返して歩き出した。

ゆっくりと加速をし始めるその巨躯は、やがて黄金の疾風となって山の斜面へと入ってゆく。



『大丈夫か、雨音君?』

「はい……辛くなったら、毛を引っ張って知らせますので」

『ああ、頼む。それでは―――行くぞ!』



 そして、ガルムはラドのルーンを発動し―――目的地へと向けて、一気に駆け抜けていった。











 * * * * *











「状況は!?」



 テントの外に飛び出しながら、緋織はそう叫ぶように声を上げる。

周囲は既に戦闘配備を進めており、実際に攻撃を行う役である災害ディザスター級以上の能力者たちは、既に海岸に集結しようとしていた。

混乱する事なく動く者達の間をすり抜けながら、緋織もまた海岸の方へと向かって行く。

追従する羽衣が、そんな彼女に合わせて声を上げた。



「距離的には、後二十分ほどで到達します。位置はミーミルの予測通りです」

「流石は悠君だね」

「ええ……とりあえずは問題ないでしょう」



 隣を歩く美汐に対して小さく微笑み、緋織はそう声を上げる。

彼女は、この作戦の要ともなる存在。

ここからの動きは、注意しなければならないのだ。



「隊の展開は?」

「現在六割ほどが配置完了しています。詩樹うたぎ室長の指示通りの配置にしてあります」

「ええ、ありがとう羽衣。悠との通信は?」

「あちらで繋がっています」



 羽衣が指差したテントの方へと視線を向け、緋織は頷いた。

そして、彼女はその視線を背後へと向ける。そこに立つ新森へと目配せをし、緋織は二人を置いてはそちらへと向かった。

それを見た二人は慌てて緋織に続こうとテントの方へ足を向けたが、新森に襟首を捕まれ動きを止める。



「わきゅっ!?」

「な、何ですか副隊長!?」

「お前さんらは向こうだ。攻撃配置につくメンバーだろうが」

「そ、それなら貴方だって―――あ、ちょっと!?」



 引き摺られてゆく二人の抗議の声を聞きつつ、緋織は小さく嘆息を零す。

尤も、呆れていたのは付いて来ようとしていた二人に対してではなく、次期総帥たる美汐に対して凄まじい無礼を働いている副隊長に対してであったが。

ともあれ、経験という点では長年ユグドラシルに所属している緋織以上の実力者。

彼に任せておけば問題ないだろうと判断し、緋織は通信機のあるテントへと足を運んだ。

そんな緋織の姿を発見した隊員が、敬礼と共に声を上げる。



「お疲れ様です、隊長!」

「そちらも、お疲れ様。悠……ミーミルの室長との通話は繋がってる?」

「はい、こちらです!」



 まだ若い隊員が差し出してきた端末―――ノートパソコン状のそれ―――に映っている悠の横顔に、緋織は小さく笑みを浮かべた。

画面の向こうの悠は様々な資料を読み漁り、忙しく指示を飛ばしているようではあったが、緋織の姿に気付くと微笑を浮かべた。



『やあ、緋織。どうやら出番が近いようだね』

「出番と言うならどちらも同じだと思うけれど……とりあえず、こちらは戦闘配備に着く。そちらに出向させた隊員は上手くやっているかしら?」

『うん、助かってるよ。それで、何か用かな?』

「……お見通しか」



 呟き、緋織は苦笑する。

画面の向こうでクスクスと笑みを浮かべる悠は、最初から緋織の考えを見透かしていたのだ。



『僕が出来るのは大まかな指示だけ。後は現場の指揮官に任せるつもりなんだけど、僕に出来ることがあるかな?』

「いえ、出来る事と言うか……ちょっとした相談よ」

『相談ね。それで、どうかしたの?』

「ええ、実は……涼二の友人だって人が現れて」



 声を細め、他の隊員に聞こえないようにしながら、緋織はそう悠へと告げる。

そしてその言葉に、普段冷静沈着な悠は大きく目を見開いていた。

彼はその表情のまま、驚愕の色を隠せずに声を上げる。



『聞かせて貰える?』

「ええ。どうやら山の方から封鎖線を抜けてきたみたいなんだけど……『ニーズホッグを見に来た』なんて言っていて」

『……成程、これは僥倖かもしれないね』

「え?」

『ああいや、何でもないよ』



 小さな呟きを誤魔化すように笑み、悠はそう声を上げる。

それに対し聞き逃した緋織も、思わず首を傾げながらも追求をするような事はなかった。

取り繕うような笑みを浮かべながらも、悠は続ける。



『それで、その人はどうしてるの?』

「送り届けるだけの余裕も無かったし……とりあえず、保護してるわ」

『そう……うん、その方が良いと思うよ。護衛をするにも心もとないだろうしね』

「分かったわ。それで、彼女から涼二の事は―――」

『戦いが終わったら聞き出すと良いよ。だから、今は気にしないように。変な所に注意を取られていたら、戦いに身が入らないよ?』

「ぅ……そうね、ごめんなさい」



 これから危険な戦場に赴くという時に、雑念があっては命に関わる。

それを理解しているからこそ、緋織は深く反省し、視線を伏せた。

そんな彼女の生真面目な様子に、悠は僅かながらに苦笑の混じった声をあげる。



『焦らないようにね、緋織。時間さえあれば、いくらでも聞く事が出来るだろう?』

「ええ、そうね……ありがとう、悠」

『どういたしまして、だよ。さて、そろそろ時間じゃないかな?』

「そうみたいね。それじゃ……行って来るわ」



 画面の中で告げる悠へと、緋織は笑いかけながら踵を返す。

赴く先はままごうことなき戦場。命の危険があるかもしれない場所。

しかしそれでも、彼女が臆する事は無い。故に、悠もまた純粋に応援をしていた。



『僕は現場に出られないけど……頑張ってね、緋織』

「ええ、任せて」



 そして、緋織はそのまま通信機器の置いてあるテントを後にしたのだった。

そんな画面を挟んだ彼女の後姿を見つめ、悠はポツリと小さく声をあげる。



『涼二の知り合い、か……ある意味、いいタイミングかもしれないね。例の爬虫類好きの人かな?』



 以前涼二と談笑していた内容を思い起こし、悠は僅かながらに笑む。

幼馴染の二人が、どんな人間であるかという事をひたすら聞かされていた頃。その内容を思い起こしたゆえの苦笑であった。

こんな危険な状況の中に飛び込んでくる件についてもプロファイリングは一致する。まず間違い無いだろう、と悠は小さく呟く。

そして―――そんな彼女を大事にしている涼二もまた、これを見逃すはずは無い、と。



『もしも協力してくれるのならば……多少の不利も問題ない。出来るだけ、総帥の手は借りないようにしないとね』



 もしかしたら、涼二が現れるかもしれない、と―――僅かな期待を意識の中に埋没させつつ、悠は情報管理の仕事へと戻って行ったのだった。

彼との『勝負』を、頭の中に描きつつ。





















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