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Frosty Rain  作者: Allen
第四話:ニーズホッグの襲来
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04-5:少女の失踪











 ―――『彼』が手に入れた暮らしは、非常に平穏なものだった。

とはいえ、最初は非常に大変なものだったのだが。


 大災害による混乱は少女から家族を奪い、『彼』と少女は廃墟と化した街を歩き回る事になったのだから。

巨大な隕石の飛来による混乱、その中身・・がぶちまけられた事による火災―――尤も、日本はその被害は殆ど無かったのだが―――そして、迫り来る水位の上昇。

そんな中で生き延びる事が出来たのは、『彼』と少女が協力を忘れなかったからだ。

結果として、少女達は警察によって保護され、安全な場所へと移された。



「―――ずっと、いっしょだよ」



 それでも、彼女が『彼』を離す事は無かったのだが。

二人は、共に地獄と化した世界を歩いた親友同士だったのだ。

その絆は、決して弱いものではなかった。

故に、その絆が己をより孤独にするものであったとしても、少女は決して離そうとはしなかったのだ。


 孤児院に預けられた少女は、周囲の子供達から距離を置かれていた。

その理由など、考えるまでも無い。



(私が、いるからだ―――)



 『彼』は、そう自覚する。

そしてそれは、真実その通りであった。

『彼』の存在は、少女にとってマイナスにしかなっていなかったのだ。



(……けれど)



 だからと言って己が離れれば、少女がそれ以上に傷つく事を『彼』は知っていた。

その為に、『彼』には少女の傍から離れると言う選択肢を取る事は出来なかったのだ。

何より、それは約束だったのだから。

ずっといっしょ、なのだと。



(だから私は、彼女を護り続けよう)



 それこそが、彼女に命を救って貰った己にとって何よりの義務なのだと―――そう、『彼』は己に言い聞かせていた。

彼女に降りかかる悪意を振り払おうと、常に彼女の傍にいたのだ。

それによって少女がより孤独になっている事を理解しつつも、彼は決して彼女の傍から離れようとしなかった。


 ―――そして、少女の前に一人の少年が現れた。



「おう、お前、変わった奴だなァ」

「……アンタに言われたくない」



 それは、軽薄な笑みを浮かべた一人の少年。

大仰な首輪を付け、時折それを煩わしそうに触れている少年は、臆する事無く少女へと近付いてきた。

孤児院にやってきてからそれほど日を置いていない彼は、住んでいる子供達の間で瞬く間にのし上がり、少女へと話しかけてきたのだ。

『彼』の存在を気にせず、それどころか興味を持ち、ただ楽しそうにしている少年。

それが、少女にとってこの孤児院で初めての友達だった。


 無口だった少女は、彼と付き合う事で本来持っていた筈の明るさを取り戻し、人の輪の中で徐々に受け入れられてゆく。

『彼』はそれを少々寂しげに見つめながらも、彼女が己を取り戻した事に安堵していた。

それは、『彼』にとって何よりも嬉しい事。

『彼』は、彼女の幸せを誰よりも願っていたのだから。


 そして―――



「ちょっと、何一人でボーっとしてんの?」

「辛気臭ェ面してんなァ、おい」

「……何だ、お前ら」



 二人は、暗い瞳をした少年と出会った。

最初の頃は目に包帯をしており、それが取れた後も、時折どこかに連れて行かれていた少年。

全てを拒絶しようとしているその眼差しは、二人に対してでも決して変わる事は無かった。

―――けれど。



「ほら、これ食べなさいって」

「だから、俺に構うな……って何でお前が食うんだ!?」

「お前が食わねェからだろ」



 少年少女は、決して諦めなかった。

一人きりだった少年を、決して一人きりにはさせなかった。

それは残酷で、何より暖かい行為。青紫の瞳に絶望を浮かべていた少年は、その絶望を感じ取る暇すら奪われたのだ。

故に、アレは選ばざるを得なかった。そして、自らの足で歩む事を始めた。


 『彼』は―――ずっと少女の傍で、その様子を見守り続けていたのだ。

ずっと、ずっと、変わる事無く―――











 * * * * *











「ふぁ……ぁ、と。あー、久しぶりにゆっくり寝た気がするな」



 寝台から身体を起こし、涼二は小さくそう口にする。

しっかりと眠った頭にはそれほど眠気は残っておらず、視界の端に映る時計は、いつもより三十分以上遅い時間を示していた。

そこで、涼二はふと疑問に首を傾げる。



「……あいつら、今日は来てないのか」



 ここの所毎日来ていた双雅と桜花―――その二人の存在が無かった事に、涼二は違和感を感じていたのだ。

いつもなら何も言わないでも勝手に入ってきていると言うのに、今日はその姿が全く無い。

と、そこまで考え、涼二は思わず眉根を寄せながら嘆息していた。

すっかり、あの二人がいる環境に慣れてしまっていたのだ。



「……変な事を言うと付け上がるからな、あのバカ共」



 とは言いつつも、涼二は手を伸ばして携帯を手に取った。

と―――その携帯のランプが僅かに点灯する。

その淡い緑色の光は、メールを受信している事を示す合図だった。

ふむ、と小さく呟き、涼二は携帯を開く―――そこに記されていた名前は、幼馴染の少女のものだ。



「桜花か……今度は何だ?」



 とりあえず厄介事である、と最初から構え、涼二はメッセージを開く。

そこに書かれていたのは、ごく単純な内容。

それ故に―――涼二は、思わず目を疑っていた。



『やっぱり気になるので、ニーズホッグが来そうな所を見に行ってくるよー』



 その一文のみのメール。

涼二は思わずそれを凝視し、そして携帯をひっくり返して裏を眺め―――それほど動揺していたのだ―――その内容をようやく飲み込んだ頃、涼二はぼんやりと虚空を見上げていた。

しばしそのままで沈黙し―――



「はぁッ!? 何考えてんだあのバカ!? ってかマジで言ってんのか、コレ!?」



 携帯をベッドに叩きつけ、涼二は思わずそう叫ぶ。

頭を抱えてうずくまり、しばし悩んだ後、彼はゆっくりと立ち上がった。

半ば虚ろな瞳で、ゆっくりとキッチンの方へ歩いてゆく。



「……冗談だ。冗談だった。そういう事にしておいてくれ」



 半ば呻くようにそう呟きながら、涼二は冷蔵庫の中身を漁ってゆく。

現実逃避のように朝食を作り始め―――そこで、唐突に携帯が鳴った。

思わず反射的に振り返り、その己の挙動そのものへと呆れを抱きながら、涼二は携帯を持ち上げる。

が、そこに表示されていた名前は、彼が予想していたものとは異なるものであった。

思わず眉根を寄せつつ、通話ボタンを押す。



「……なんだよ、双雅」

『おー、涼二。オマエ、バカのバカらしさが炸裂した、バカなりに何かバカっぽくバカな事を考えたあのバカなメールを読んだか?』

「バカがゲシュタルト崩壊するだろうが、このバカ……ああ、見たよ。目の錯覚であって欲しかったがな」



 響いた声に嘆息しつつ、涼二はそう告げる。

その先の声―――双雅の声は、その言葉を笑い飛ばすものの、どこかいつもよりも精彩を欠いているようであった。



『あのバカがバカであった事は今更だけどよ、どうするんだ、涼二?』

「放っておけ……と、言いたい所なんだがな」



 心底放っておきたい気持ちを堪え、涼二は肩を落とす。

放っておけない気持ちと、放っておけない理由が存在している事に、彼は頭痛を覚えていたのだ。

実際、感情を抜きにしても彼女を放っておく事は不可能だ。

何故なら―――



「あいつ、俺達がユグドラシルから追われてる事を知らないからな……」

『ああ……何も知らずに俺達の事口にしかねねェからな、本当に』



 御津川みとがわ桜花は、涼二と双雅がユグドラシルに敵対する存在である事を知らない。

ニーズホッグの到達するであろう地域には既に封鎖線が張られており、一般人は立ち入れないようになってはいるが―――国一つ壊滅させるようなバケモノに好き好んで会おうとするようなバカはいないと言う事で、その警備は軽いものだ。

山道を辿って入って行けば、その封鎖戦を躱す事も不可能ではないだろう。

そして、二人は何よりも、彼女のその厄介さを知っていた。



「どう思う、双雅」

『そォだな。封鎖線躱して街中まで到達するに千円だ』

「俺は、到達予定地である海岸にひょっこり現れるに五千円……やりかねないから怖いんだよ、あのバカ」



 涼二と双雅は、揃って嘆息する。

かつて涼二が八歳の頃、隣の県でやっている爬虫類展を目指して、桜花が一人で旅行に行ってしまった事があった。

普通に考えれば、孤児院に住んでいる十にも満たない子供の経済力で可能な行動では無い。

が、彼女はそれを実行したのだ。孤児院の先生達の手伝いをしてこつこつと溜めた小遣いを使い、しっかりとした計画まで立てて。

それに面食らったのは、普段彼女と付き合っていた涼二達だった。



「あの時、あいつがいなくなったことを隠すのがやばかったからな……」

『ってか、割に合わねェのはこっちだっただろ』

「全くだ」



 結局、涼二たちは二人で連れ戻そうと孤児院を飛び出し、二次的被害に遭う事となった。

結果的にこっぴどく怒られたのは二人だけで、桜花はいつの間にか孤児院に戻って平然としていたのだ。

以来、二人は学んだ。やる気になった桜花に関わると、ロクな事が無いと。

―――深々と、嘆息する。



「……どうする?」

『どうもこうも、今回は流石にヤベェだろ』

「だよな……」



 桜花がニーズホッグに対面して、無事で済むとは到底思えない。

そして、彼女がユグドラシルと対面すれば、自分達がただでは済まない。

後半に関しては彼女に責任は無いが、それでも恨み言の一つや二つは言いたくなるものである。

そんな事を考えながら嘆息し、涼二はベッドへと腰を下ろした。



「……行くか」

『あァ……とりあえず、そっち寄ってから行くぜ。バイクでいいだろ?』

「正直、お前が先に行った方がいいと思うんだが」

『あのちまい嬢ちゃんのナビゲートが欲しいからな』

「……了解、言っておく」



 どの道、異常なまでの行動力を発揮する桜花を追うには、闇雲に探すだけでは意味が無いと分かっている。

スリスならば桜花の携帯のGPSなどを追って彼女の現在位置を割り出す事が出来るだろう。

現在位置を知る事に若干ながら恐怖を覚え―――既に相当遠くまで行ってそうで怖いのだ―――涼二は声を上げた。



「んじゃ、さっさと来い。どうせアレ・・が付いて行ってるんだろうが、それでも何しでかすか分からないからな」

『確かにな。つー訳で、もうお前の家の前に着いたぜ』

「……早いな、オイ」



 感じるプラーナの気配に半眼を向け、涼二は取り出していた食材を冷蔵庫の中に戻していた。

代わりに取り出したチューブゼリーの蓋を開けつつ、小さく嘆息を零す。



「……どうしてこう、何かと厄介な事に巻き込まれるんだかな、俺は」



 半ば宿命にすらなっているように感じる己の体質に辟易しつつ、涼二は空になったゼリー容器を凍結させて粉微塵に粉砕し、部屋の外へと歩いていった。











 * * * * *











「ふぅ……いやぁ、ハイキングなんて久しぶりだなぁ」



 リュックを背負い、山道を歩きながら、御津川桜花は上機嫌で頷いていた。

密都を出てしばらく。高速鉄道を乗り継ぎ、本州をほぼ横断して、彼女はニーズホッグが向かってくるであろう場所へと足を踏み入れていたのだ。

彼女は事前の調べでニーズホッグが襲ってきたアジアコロニーの位置を把握し、そこと密都を繋いだ直線から、ニーズホッグが現れる位置を予測しているのだ。

ちなみに、根拠は一切無い。



「ユグドラシルの人たちの封鎖線も張られてたし、人気が無い辺り住民は避難させてるんだろうし……こりゃ、当たりかな」



 しかしながら、桜花の直感は昔からかなり正確な、信用のおける感覚であった。

彼女が辿り着いた場所は、ユグドラシルの人間達が警戒している場所そのもの。

一部の狂いもなくそこに到達し、さらには警備の薄そうな山の中を地図もなくすたすたと歩き抜け―――遠景には既に、目的地である海岸が見えていた。

その壮大な景色に、桜花は満足気な表情で頷く。



「うん、いい景色。旅行に来た甲斐があったなぁ」



 すっかり旅行気分である。

一応危険な事をしている自覚はあるものの、遠くから見ている分には大丈夫だろうという楽観的な思考の下、彼女はこの場に訪れていたのだ。

甘いと言わざるを得ない事ではあるが、生憎と彼女を諌めるようなものはここには存在しない。

―――ただ、見守る存在のみなのだ。



「よーし、もうすぐでトカゲの王様とご対面よ。楽しみだねー、夜月よづき



 その言葉と共に、口を引き絞ってあったナップザックが蠢く。

そして、その口を内側から押し上げて現れたのは……1匹の、大きな蛇だった。

黒く光沢のある鱗、若干太い身体、そして切れ上がった輝く黄金の瞳。

夜月と呼ばれた蛇は、小さく舌を出し入れすると、その鎌首を桜花の肩に乗せた。

桜花もまた、上機嫌でその滑らかな身体に頬をこすりつける。



「ふふっ。でもやっぱり、一番綺麗でカッコいいのは夜月だよ。いつもあたしを護ってくれるもの」



 しゅるる、と。まるで同意するかのように、黒き蛇は音を立てる。

桜花の持つルーン能力―――動物に好かれると言う中途半端な能力は、彼女にとっては非常に好ましいものであった。

その力があるからこそ、彼と……夜月と一緒にいる事が出来るからだ。

彼女は、この蛇の事を愛していた。ずっと昔から、己を独りぼっちにはしなかった彼の事を。

桜花は笑う。決して一人ではない事を理解して。



「ずっと……ずっと一緒だよ、夜月」



 その言葉は―――どこか、誓いと契約にも似た響きを持っていたのだった。





















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