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Frosty Rain  作者: Allen
第四話:ニーズホッグの襲来
44/81

04-1:プロローグ












 ―――それ・・は、その日何処からともなく現れた。

黒く染まる空、赤く染まる大地、そして漆黒の嵐を纏う巨大な姿。



『GuOoooaaaaaaAAAAAAAhhhhhhhhhhhhh――――――ッ!!』



 巨大な咆哮が、天高く響き渡る。

それを発したのは、、一頭の巨大な怪物だった。

黒く染まった巨体、三対も存在する巨大な翼、鋭く尖った頭部に付いた七つの瞳は紅く燃え上がる。

全てが漆黒に染まった巨大な龍。

その胸元には、傷痕のようなルーンが強い輝きを宿していた。



「《黒翼の悪龍ニーズホッグ》……ッ!」



 逃げ惑う人々の内の誰かが、そう口にする。

世にも恐ろしいその姿は、この世界においてはあまりにも有名なものであった。

およそ十四年前に現れた刻印獣ルーンクリーチャー。最高位のルーンたる始祖ルーンをその身に宿し、復興を始めようとしていた一つの国をあっという間に完全なる壊滅へと追い込んだバケモノ。

あらゆる国々がその被害に遭い、強力な兵器の使用すら考えられ始めていたその時、ニーズホッグは突如として姿を消した。

―――何の前触れも無く、忽然と。


 記憶とは、薄れるものだ。

しかし、届けられた映像を見た人々の記憶には、未だに《恐怖》としてその姿がこびりついている。

巨大な翼を広げて嵐を巻き起こし、遮るものをなぎ倒すその姿。

まるでプラーナを喰らう事だけが本能であるかのように、次々と逃げ惑う人々を貪ってゆく悪食の龍。

あらゆる兵器も、あらゆる能力も通用しない存在に対し、人々は『次は自分なのではないか』と言う恐怖に怯え続けていた。

そしてその染み付いていた恐怖が、突如として現れたこの怪物の正体を探り当てたのだ。


 ―――これは、十四年前の悪夢の再来なのだ、と。


 逃げ惑う人々に、他者を気遣う余裕など無い。

弱いものは淘汰され、淘汰された者は龍によって喰らい尽くされる。



「ぅあっ!?」



 一人の少女が、足を取られて転倒する。

人を生きたまま喰らう悪龍は、近場に入る人間をその力で捕らえ貪りながらゆっくりと彼女は近付いてきていた。



「あ、ああああああ……!」



 絶望の声が、彼女の口から零れ落ちる。

逃げるべきだと分かっていたとしても、恐怖に竦んだ彼女の足は動こうとしなかったのだ。

そしてそんな人々の絶望など意に介さず、黒き龍は己の願望を満たそうと歩を進める。


 ―――刹那。



「撃てぇええええッ!」



 怒号が、周囲の絶望を掻き消そうと響き渡った。

それと共に、煙の尾を引いて無数の弾頭がニーズホッグへと飛来する。

超高速、超高性能のロケット弾は、ニーズホッグに反応の暇すら許さずに命中、その強大な威力を存分に発揮した。

距離が開いていたとは云えその爆圧に押され、少女は地面を転げるように吹き飛ばされる。

あちこちを打ちつけた痛みを耐えながら、ゆっくりとその身体を起こせば―――彼女の視界には、軍服を着た男達の姿が映っていた。



「あ……!」

「生存者確認、彼女を避難させろ! 奴は我々が引き付けるぞ!」

『了解!』



 駆けつけた軍人達の姿に、少女の目には希望の色が復活する。

あの恐ろしいバケモノへと勇敢に立ち向かおうとする彼らに対し、彼女は今までの絶望が払拭されてゆくのを感じていた。

―――目の前の男性が、グチャグチャになって潰れるまでは。



「―――」



 声を出す事すら出来ず、少女は目を見開く。

血が、肉が、内臓が眼球が骨が性器が―――全て混ざり合って弾け飛び、降り注ぐ。

暖かい真紅の雨を浴びながら、彼女はただひたすら混乱していた。

先ほどの攻撃は絶対にあのバケモノの動きを止めていた筈だと言うのに、何故あの黒い龍は無傷なのか、と。



「隊長ッ!?」

「クソッ、撃て、撃てえええええッ!」



 銃が、或いは能力が、ニーズホッグへと向けて放たれる。

しかしその銃弾は全て黒い身体に辿り着く前に地面へと落下し、能力は消え去ってしまう。

対し、ニーズホッグはその真紅の瞳を向けただけで、何の前触れも無く人の身体を磨り潰してしまっていた。



「―――は。あ、はは」



 少女の口から、笑いが零れる。

それは周囲の銃声は悲鳴、怒号や爆音に紛れて消え去る程度のものでしかなかったが―――彼女は、紛れも無く終わって・・・・しまっていた。

狂笑を浮かべ、失禁し、涙を流し―――ほんの僅かに残った消え去る寸前の理性は、ニーズホッグの胸元に輝くルーンを見つめていた。


 オセル―――有する力は何らかのルールを定めた領域の展開、および土と重力の操作。



「は、はは……あははははっ、あははははあAaahはhaぁahあahはははhha―――」



 やがて周囲から完全に人の声が消えても、少女は笑い続ける。

目の前に、あれほど恐れていた巨大な龍がいる事すら認識せずに。

そして―――最早欠片も残さぬほど理性を失った彼女の笑い声は、さして間を置く事無く龍の口の中へと消え去った。


 周囲に残されたのは、燃え盛り、瓦礫と化した街並み。

既に、人の気配など何処にも存在していなかった。

黒き龍は、ゆっくりと天を仰ぐ。

そしてその首は、何かを感じ取ったかのようにぴくりと反応し、ある方向へと向けられた。



『GrrrrrrR……!』



 ニーズホッグは小さく唸り、そしてその翼に巨大な風を纏う。

ハガラズの力をその翼に乗せ、オセルの力で己の身に掛かる重力を消し去り―――ニーズホッグは、その方角へと瞬く間に飛び去っていった。


 巨大な破壊の爪跡を、その場所に残して。











 * * * * *











「―――と、言う事らしいよ、槍悟そうご

「そうか……ニーズホッグ、あの悪食の刻印獣ルーンクリーチャーが戻って来たか」



 ユグドラシルの最上階。

傍らの壁際に立つ路野沢の言葉に、大神おおがみ槍悟は閉じていた瞳を開いた。

路野沢によってもたらされた情報は三つ。

十四年前に姿を消した刻印獣ルーンクリーチャー、ニーズホッグが再びその姿を現した事。その復活により、隣国―――アジア圏の人民コロニーが壊滅した事。

そして―――その最悪の魔獣が、今日本に向かってきている事だった。

そんな緊急事態の中ですら、路野沢はいつも通り変わらぬ様子で声を上げる。



「あれの狙いは、良質のプラーナを喰らう事。この国に向かって来ようとするのは、ある意味では当然の事だよ」

「……確かに、な」



 感慨深げに、槍悟は首肯する。

そんな彼の言葉に、路野沢は僅かに口元をゆがめながら声を上げた。



「やはり、懐かしいかい? 唯一君の槍を受けて倒れなかった存在と言うのは」

「……そうだな、思い入れが無いと言えば嘘になってしまうだろう。だが、それとこれとは話が別と言うものだ」



 そう呟き、槍悟は立ち上がる。

救援の間もなく隣国は壊滅してしまった。そして、手を拱いて見ていれば、次にその運命を辿るのは日本だ。

故に、すぐにでも動かなければならないと―――そう覚悟を決め、彼は声を上げる。



「一樹、ムスペルヘイムからは災害ディザスター級以上の能力者を集めろ」

「ふむ、その力量で攻撃を届かせる事が出来るかな?」

「後先考えぬ一発限りの大技であれば、有効打を与えられる可能性はある。だが、直接の戦闘を行うのは神話ファーブラ級の仕事だろう」



 有り得ない、とニーズホッグの力を知らない人間ならば言うだろう。

災害ディザスター級が後先考えずに放つ渾身の一撃は、街一つに壊滅的なダメージを与えられる規模に達する。

能力の応用によって災害ディザスター級判定を受けた把桐わきり羽衣ういであろうとも、その気になれば高層ビル一つを完全消滅させる事は可能だ。

しかし、ニーズホッグにはそれほどの一撃ですら致命打には遠く及ばない。

そんな意思を言外に告げる槍悟の様子に、路野沢は小さく笑みを零す。



「随分と言うものだ。だが……君の言う以上は、事実なのだろう。では、そのように手配するとしよう」

「ああ、頼む」

「それで……神話ファーブラ級には、誰を推薦するのかな?」

「……そうだな」



 僅かに、槍悟の声のトーンが変わる。

どこか、何かを押し殺すような表情は、しかしその鉄面皮の下に一瞬で消える。

それは、彼が僅かながらに見せた人間らしい感情だった。

そしてそれを感じ取り、路野沢は気付かれないように小さく笑む。



「……《雷神の槌ミョルニル》はこちらに残す。向こうに連れてゆくべきは、《災いの枝レーヴァテイン》と《光輝なる英雄譚ヴォルスング・サガ》だ。

他にも、ムスペルヘイムに名を連ねている神話ファーブラ級は連れてゆくようにしろ。

作戦参謀には《口伝詩人シグルドリーヴァ》を。と言っても、彼にはこちらにいて、通信のみで指示を出す事になるだろうがな」

「成程、彼ならば確かにニーズホッグの情報を正確に覚えているだろうね。しかし、《光輝なる英雄譚ヴォルスング・サガ》を出してしまっても大丈夫なのかな?」



 小さく首を傾げるように、路野沢はそう問いかける。

ユグドラシルの時期総帥にして、大神槍悟の愛娘。

彼女をそのような危険な場所に放り込むのは、中々に危険の伴う行為である。

しかし、槍悟は小さく首を振った。



「恐らく―――ニーズホッグの能力領域に対抗できるのは、《光輝なる英雄譚ヴォルスング・サガ》以外には存在すまい。そして、その能力領域を無視しながら戦える者は、私しか存在しないだろう」

「ふむ、成程。それは確かに肯定せざるを得ないだろう。《黒翼の悪龍》の持つ力は、それほどまでに強大なものだ」



 そう、それがあったからこそ、ニーズホッグは必滅の定められた大神槍悟の一撃を耐えたのだ。

それを理解しているからこそ、路野沢は嗤う。

何とも皮肉であると―――それに対抗しうる存在が、親子として生まれた事に。



「では、急ぎ準備をするとしよう。各方面に伝えねばならない事は多い」

「ああ、頼んだぞ。私は住民の避難を急がせる」

「それが良いだろう。尤も―――あの悪龍は、君を狙ってくる事だろうと思うがね」



 間違いなく覚えていると、だからこそあの魔獣はこの国へと進路を向けたのだと―――そう確信しているかのごとく、路野沢はそう口にする。

相も変らぬ秘密主義。十五年以上の付き合いを持つ槍悟にすら、未だ読みきれぬその黒い男。

けれど、だからこそ―――並び立つ者のいない大神槍悟にとって、唯一対等であると呼べるモノだった。

そんな己の考えを自覚し、槍悟は僅かに鉄面皮を崩す。

その口元に浮かべられていたのは、小さな笑みであった。



「次代を失うわけには行かぬが……私としても、彼の悪龍との戦いは望む所だ。この島を犠牲にする訳にも行かぬがね」

「ならば、旧東京を戦場とするが良いだろう。あの場所ならば、君も存分に力を振るえよう」

「助言に感謝しよう。ならば、そのように―――無論、私の出番など存在せぬ方が良いのだがね」



 ―――大神槍悟の出番がある事。それは即ち、美汐みしお達の敗北を示しているのだから。

それは決して、槍悟の望む所ではない。けれど、最初から彼自身が出るリスクを負う事が出来ないのも事実。

それを理解し、路野沢は目を閉じながら声を上げた。



「ああ、それならば、僕も出来る限りの手を尽くすとしよう。彼女達の物語は、こんな所で終わってよいほど軽い物ではない」

「……相変わらずの秘密主義だな、一樹。お前の切り札とは、一体どこにある事やら」

「気になるのならば待つと良いだろう。何、遠からず君に見せる事となる筈だ」



 路野沢は、ただそう不敵に嗤う。

ただ、嬉しそうに―――その裏に極大の憎しみがある事を知っているのは恐らく己だけであると、槍悟は僅かにそう思う。

しかし、その矛先が一体誰に……否、一体に向けられているのかは、彼にも想像出来ないものだ。

けれど、それ故に。そうであるからこそ、路野沢一樹は大神槍悟の予想を大きく上回る事が出来る。

彼のあらゆる意味での裏切りを見る事こそが、槍悟の楽しみなのだ。



「では、各員に話を通すとしよう。此度は流石に無傷で済むとは思えんが……だからこそ、彼らはよく動いてくれる」



 これまでの事件など傷に含まれないと、言外にそう告げ、路野沢はその視線を窓の外へと向ける。

その方角は、遥か西―――いずれ、その黒き翼が現れるであろう方向へ。

彼の表情は歪む事無く、何処までも愉悦に彩られていた。



「さぁ……最後の目覚めは近い。そしてその時こそが、終焉の角笛が鳴り響く時だ」



 槍悟には、その言葉の意味は分からない。

けれどそれは―――どこか、不吉な予言のようでもあった。



「雄鶏の声は黄昏を告げ、開戦の号令は響き渡る―――ヴィーグリーズの野は何処であるか。まあ良い、いずれ分かる事だ」

「……楽しそうだな、一樹」

「ああ、楽しいよ槍悟。これほど楽しい事があるだろうか。君達の戦場は、心躍るほどに美しい」



 路野沢は振り返る。真っ直ぐと、濁った笑みを浮かべながら。

そんな彼に、槍悟もまた笑みを浮かべる。

唯一認めた相手―――それは即ち、友であると同時に敵であると。



「君の望みを叶えよう。君の至福を永遠としよう。それこそが、僕の誓いなのだから」

「ならば、私は躊躇わずにこの槍を振るうのみ」



 例えそれが―――



『―――滅びの道であろうとも』



 兄弟のような二人は嗤う。

始まりの誓いを再び口にして、全てを始めるかのように―――





















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