表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Frosty Rain  作者: Allen
第三話:フェンリルの咆哮
39/81

03-10:ヤドリギの枝










 妙な事になった―――不可思議な波長のプラーナを持つ男に連れられながら、大神白貴はそう考えていた。

彼は先ほど、会場内にいた所をこの男によって連れ出されてしまったのだ。

『ちょっと用があるんだけどよ。外に出てくんね?』等と、到底頼むような態度ではなかったが、白貴としてもオペラにはあまり興味がなく、それよりもこの男の持つ不可思議なプラーナの方が気になっていた。


 大神白貴は、生まれつき目が悪い。

初めから、全盲と呼べるレベルで視力が低かったのだ。

彼の母はそれを嘆き、あらゆる手を尽くして彼の視力を回復させようとした。

けれどその願いは届かず―――今でも尚、その瞳は光を映していない。


 ―――しかし、成果が皆無と言う訳ではなかった。


 強化人間の技術ですら回復させる事が出来ないその視力。

純粋に神経系の障害は、強化人間の技術でも癒す事は叶わない。

けれど、ルーンにはそれ以上の可能性が眠っていたのだ。

白貴が持っていたのは、エイワズイサベルカナ。植物に関係する二つのルーンの中、イサが混ざっているのは使いづらい、と目されていたものだった。

しかし、その中には一つだけ特殊なものが含まれている。ベルカナ―――所持者が深層心理で最も望んでいる何か・・を成長させる、白樺と成長を表すその力。


 その力によって彼に与えられた才能は―――彼が、唯一他者の気配を知る事が出来ていたもの。

即ち、プラーナの感知能力だった。



「ま、目の見えねェ奴の気持ち分かるとか、ンなテキトーな事抜かすつもりはねェけどな」

「……貴方は、一体?」



 酸素不足で燃え上がれない炎。

水が溜まり過ぎて破裂寸前の水道管。

酷く危うく、それ故に注目させられる―――そんな気配に対し、白貴はぼんやりとした口調で問いかけていた。

対し、その奇妙なプラーナを揺らめかせながら、男は笑みに歪んだ声を上げる。



「お、自己紹介とかいる? そーゆー事気にする奴かよ、お前さんは?」

「……」



 全てを見透かすように、男は嗤った。

否―――彼は、全てを見透かしている。

そう、白貴だからこそ分かるのだ。彼は、この男は―――



「お前は、そんな事は気にしねェ。何故なら、他人になんざ興味はねェからだ。俺に対しても……そう、偉大なお父上サマに対してもなァ」

「……どうして、そう言えるんです?」

「当然だろォ? テメェ自身、分かってて聞いてるんだろーが」



 歪だ、と―――白貴はそう胸中で一人ごちる。

この男は、歪なのだ。人は必ず、何かの為に生きている。

何かをなす為に、何かを得る為に、何かを見つけるために―――しかし、この男にはそれがない。



(僕にすらあるそれが……この人には、無い)



 この男は、獣なのだ。

ただ、本能のままに生きている―――生きる為に生きている。

それは、決して人間の生き方では無い。獣が、生きる為に喰らっているのと同じ事だ。

ならば、この男が生きる為に喰らうものは一体何なのだろうか―――そんな事をぼんやりと考え、白貴は静かに意識を集中させる。

この男の不自然なプラーナ……その正体が、気になったから。



「なァ……お前、恨んでんだろ?」

「―――っ」



 耳元で囁くような、愉悦の声。

その言葉に、白貴はぴくりと肩を跳ねさせていた。

恨む―――その言葉が、彼の心の内に棘のように突き刺さる。

暴き立てるようなその言葉は、確かに事実だったのだから。



「悔しいよなァ、恨めしいよなァ? お前が持ってないもの、あのお嬢さんフロイラインは全て持ってるんだろ?」

「ッ……!」

「地位もそうだ。名声も……力も信頼も、立場すらも―――あの女は、全てを持ってる。俺としちゃァどーでもいいが、普通の人間なら、そりゃあ羨ましいだろうよ。

それが近ければ近いほど……なァ?」

「……否定は、出来ません」



 心を読む能力か、或いはただの本能か―――白貴は、男の言葉を否定する事が出来なかった。

そう、大神白貴は恨んでいる。全てを持つ少女、黄金の輝きを持つ者、大神美汐の存在を。

彼女が光を纏うのは、自分から全ての光を奪っていったからではないか―――そう考えてしまうことすらあったのだから。



「だろうなァ。ま、当然の感情だ。別に恥じる必要なんぞねェぜ?」

「そう、でしょうか」

「あァ。ま、あの女がずりィだけだろ? 人の上に立ちゃ、それだけ嫉妬も受けんのが当然ってモンだ。それを好かれるだけなんつーのはルール違反なんだよ」

「……ルール、か」



 思わず、白貴は苦笑する。

こんな話の中だったとしても―――



「一体、誰が決めたルールなんでしょうか?」

「ハッ、そんなモン決まってんだろォ?」



 男は嗤う。ただただ、その不安定なプラーナを揺らめかせながら。

酷く危ういそれ―――けれど、その揺らぎすらも楽しむかのように、彼は嗤う。



「―――俺がルールだ、ってなァ」

「……成程」



 理解する。感覚の一つを持たず、それ故に多くの事を知る少年は、自分の前にいる男の性質を理解した。

やはりこの男は獣なのだ―――と。

どこまでも刹那的なその在り方。それは決して、人間にあるべきモノではない。

生きる為に生きる。喰らう為に喰らう。この世の全てが、自分が生きる為だけに存在している―――傲慢な獣。

けれど、それは酷く楽しそうだと……白貴は、そう思ってしまっていた。



「……それで、僕に何の用でしょう?」

「おっと、忘れてたぜ」



 悪びれる様子も無く、男はそう口にする。

それが目的で、リスクを冒して白貴を連れ出したのであろうに、そんな事など全く気にせず。

けれど、それをらしい・・・と思ってしまい、白貴は苦笑を漏らす。

そんな彼の手を取り―――男は、自身の首に白貴の手を這わせた。

首を絞めているようなその体勢に、白貴は思わず息を飲む。そしてそれと同時、掌に伝わる硬い感触に、彼は首を傾げていた。



「これは……?」

「『グレイプニル』ッつってな、能力を押さえ込んじまう、クソッタレな道具だ」

「能力を、押さえ込む……」



 男の言葉を反芻し、白貴はぼんやりとそう呟く。

同時に、白貴は納得を得ていた。この男の中で不自然に揺れているプラーナ。

これは、この『グレイプニル』と呼ばれる道具の力で無理矢理に抑えられた結果であると言う事を。



「ここまで言えば、俺がどうしてお前を尋ねて来たのか分かるよなァ?」

「……はい」



 左胸にある己のルーンの一つに触れ、白貴は小さく首肯する。

この男が何処でその事を知ったのか、それは白貴には分からない。けれど、この男が何を求めているのかは明白だった。

鎖に繋がれた獣―――彼は今、自由になる事を望んでいる。

より願い通りに生きる為に。より多くを喰らう為に。

誰よりも強い獣であると―――その在り方を、証明するかのように。



「……で、どうだよ? 出来そうなのか?」

「やってみないと、分からないです。コレ自体がプラーナを持ってるのも確かですけど……」



 白貴の持つファンクション、能力を打ち消し相手を貫くヤドリギの矢。

あらゆる能力者に対して必殺となりうるその力。

それが、男の首輪に宿った力までもを打ち消せるのかは分からなかったが―――けれど、それは。



「やってみなきゃ分からない、か。いいねェ、賭け事ってのは嫌いじゃないぜ?」

「……僕も、そう思えてきた所です」



 失敗すれば、彼の力が解き放たれる事は無い。

成功したとしても、放たれた矢は彼の首を貫いてしまうかもしれない。

けれど、彼は―――この獣は楽しそうに嗤っていた。

己の命が刈り取られるかもしれない、その刹那までもを愉しむように。

そして白貴も、初めて触れるような獣性に対し、僅かながらの愉悦を覚える。

満たされなかった心が、僅かに潤うように。



「じゃあ、どっちに賭けます?」

「言うまでもねェだろ?」



 男は嗤う。ただ、楽しそうに。

そんな彼から一歩、二歩と離れ、その手の中に生み出される樹の蔦で構成された弓を持ち上げ―――白貴は、光を映さぬ瞳を開いた。

何も見えはしない。けれど、燻るプラーナだけは伝わってくる。

男の、不敵な笑い声と共に。



「―――俺の、完全勝利だ」



 小さく笑い、矢を番え―――背後に、強大なプラーナの気配を感じ取った。

白貴は思わず、ぎり、と歯軋りの音を響かせる。

その気配は、彼にとって何よりも馴染みのあるものだったから。

何よりも優しく、力強く、それ故に何よりも妬ましいと感じていた、その気配。



ハク君ッ!」

「み、美汐様!」



 現れた気配は二つ。

強大無比なプラーナを放つ神話ファーブラ級と、それとは若干劣る災害ディザスター級ほどの気配。

響いた二人の少女の声に、白貴はゆっくりと振り返った。

滾り始めていた心は急速にその脈動を失い、乾き冷えた感覚のまま彼は声を上げる。



「……姉さん、どうしてここに? もう、舞台は始まっているんでしょう?」

「私の出番は第二幕からだから……それより、白君は何してるの!? こんな所で能力を使って!」

「姉さんには関係ありません」



 にべも無く、白貴はそう告げる。

その言葉に、美汐は言葉に詰まったように仰け反るが、それでも退く事無く声を上げた。

強い意志を、その目に秘めて。



「関係ある! 私は貴方のお姉ちゃんだから! 何かあったって分かるような状況で、放っておける訳ないよ!」

「おーおー、流石だねェ英雄さんよ。露骨な拒絶も気にせずか」

「……貴方は、何者ですか」



 もう一人の少女―――羽衣が、美汐を庇うように前に出る。

今の所彼女は能力を発動させていないが、いつでも戦闘ができるようにプラーナを高ぶらせていた。

そんな圧力を感じ取りながらも、男は不敵な口調を変えぬまま声を上げる。



「別に? ただの観客以外の何に見えるよ?」

「……少なくともただの・・・観客には、白貴様に能力を向けられる理由は無いと思いますが」

「いやいや、俺は単にこの少年の能力を見せて欲しいって頼んだだけさ。レアな能力だって聞いたんでなァ」



 男は、軽薄に笑う。

対し、羽衣はさらに警戒感を高めていた。

そんな間に挟まれつつも、白貴は変わらぬ様子で声を上げる―――美汐に対する、拒絶の言葉を。



「僕の事は放っておいてください、姐さん。僕は、貴方に干渉されたくありません」

「気にするよ、放っておける訳ない!」

「ッ……」



 白貴は、拳を握りしめる。

本当に、嘘偽りなく、大神美汐は純粋に優しい少女だ。

誰よりも人を、友を、家族を想い、優しく手を差し伸べようとする。

その優しさ故に、ゲーボの力を正しく、強力に使いこなしている。

己の能力によりその力を拒絶でき、更に資格からの効果を受け付けない白貴だけが、その力から逃れていた。



(分かってる……間違ってるのは、僕の方だ)



 己が抱いているのは下らない嫉妬で、純粋に自分の事を思ってくれている姉の方が正しい。

誰よりも己と向き合ってきた白貴だからこそ、その自覚をしっかりと持っていた。

けれど―――感情を、収める事が出来ない。

彼女の事が許せないと、そう思ってしまう。

理性ではなく、感情。或いは―――背後にいる男のごとき、本能か。



「まァいいじゃねェか。お姉さんとしちゃ、多少は弟の自由意思を尊重してやってもいいんじゃね?」

「……貴方が信用できる人だったら、それでもいい。けど―――」

「へェ、俺は信用ねェってよ?」

「それは……まあ」



 流石にそこを否定することは出来ず、白貴はそう口にする。

それに対し男はくつくつと笑い、そしてはっきりと声を上げた。



「ま、アンタらの都合なんざ関係ないがね。アンタらがこっちを無視で己の意志を押し通そうとしてるように、こっちにも目的があるんだ」

「やる気ですか……状況が分かってないみたいですね」



 羽衣はそう呟き―――それと共に、爆発的にプラーナが高まる。

並ぶのは九つの刃。《戦乙女ヴァルキュリア》の名を持つ羽衣を象徴するその力。

抑え込まれた男の力では、これに対抗することは出来ないだろう。



「―――!」



 気付けば、白貴はその手の中の弓を彼女へと向けていた。

手の中に生まれるのは、ヤドリギの矢。

羽衣が驚愕に目を見開くその表情は、白貴には見る事は叶わない。

その一矢は滑らかな動作で引き絞られ―――



「駄目っ!」



 いきなり割り込んできた美汐へと向けて、放たれた。

何よりも、その事に白貴は驚愕し―――


 ―――強大な風とプラーナが、吹き荒れた。











 * * * * *











「―――スリス!」

『やっぱり何か首突っ込むんだねぇ、涼二……はい、警備システム掌握したよ』



 涼二の声に、スリスは嘆息混じりながらもあっさりと建物内の警備システムを支配する。

いつもながら完璧なその仕事に小さく頷き、涼二は全速力で建物内を駆け抜けて行った。



『って言うか涼二、自分達に被害が及ばない限り無視するんじゃなかったの?』

「いや、まあ……そうなんだが」



 自分自身でも自分の選択の甘さを自覚し、涼二は思わず口元を引き攣らせる。

けれど、コレはある意味では仕方ないない事だ―――と、彼は己の瞳にあるルーンに集中しながら胸中で呟いた。

大神美汐の持つゲーボの始祖ルーン。今自分がこうして動いているのは、間違いなくその影響であろう、と。



(……本当に、恐ろしい能力者だよ、あいつは)



 若干の戦慄を交え、涼二はそう呟く。

知らず知らずの内に好意を抱かせ、何もせぬままに味方としてしまう。

人間の中で生きていくのに、コレほど強大な能力も存在しないだろう。

能力は何も、戦う為だけの物ではない―――それを知る涼二だからこそ、その恐ろしさを十分に理解していた。



『涼二、目標はこの先の角を曲がった所……なんだけど』

「ん、何だ? 歯切れが悪いな」

『いや、うん。何て言うか……涼二の友達の人がいるんだけど』

「は……?」



 その言葉に涼二は思わず疑問符を浮かべ―――そして、角を曲がった瞬間に絶句していた。

回り込むような形で美汐達を追っていた涼二の視界に入ってきた姿……それは、あまりにも見覚えのありすぎるものだったからだ。

そう、それは―――



「双雅……!? 何で、こんな所に!」



 いつもとは違う、似合わぬスーツを纏った双雅の姿。

その横に並ぶのは大神白貴、そして相対するのは大神美汐と把桐羽衣。

そこに並ぶ面々を眺め、戦況をしっかりと把握する。出した結論は、たった一つ。



(ここで戦闘させる訳には行かない……!)



 力を使えば、どちらもただでは済まない。

殲滅、制圧を担当するムスペルヘイムの人間に、能力キャンセルという稀有な力を持つ少年。

双雅も、ユグドラシルの二人も、決して無傷では済まない。

―――刹那、白貴が弓を引き絞ったのを見て、涼二はすぐさま能力を発動させた。



ハガラズThスリサズ!」



 即座に奥の手―――両の瞳に刻まれた始祖ルーンを発動させる。

その瞬間、地面から伸びた氷の茨がヤドリギの矢を一時的ながら絡め取り、吹き荒れた暴風がその軌道を逸らした。

結果、矢は飛び出してきた美汐の横に逸れながら通路の奥へと飛んで行った。

それを確認し、涼二は叫ぶ。



「双雅、こっちだ!」

「―――!」



 その言葉に即座に反応した双雅は、隣にいた白貴を小脇に抱えて走り出す。

そんな彼が通った後の地面に氷を張り巡らせつつ、涼二は厄介な事態になってしまった事に対して深々と嘆息を漏らしていた。



「……とりあえず、空き部屋行くか」



 双雅を先導するように走り出す。

そして角を曲がる寸前―――足を滑らせて盛大に転ぶ、美汐の姿が僅かに見えた。





















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ