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Frosty Rain  作者: Allen
第三話:フェンリルの咆哮
34/81

03-5:獣の鼓動












「……アンタさ、コレを一体どうするつもりな訳?」

「オイオイ、人が折角苦労して取ってきたってのに、酷ぇ言い草だな」

「酷いのはアンタの頭の方よ」



 密都に建つ高層マンションの一つ。

その中間辺りの階層、弱いライトで照らされた薄暗い部屋の中には、一組の男女が低いテーブルを間に向かい合っていた。

一人は、手に書類を持っている女性。彼女は眠そうな半眼に不機嫌な色を宿し、どこか険の篭った声を上げている。

青空と曇り空の中間とでも言うべき、青みのかかった銀髪と、水色の瞳。

分かりやすい能力者の外見をした彼女は、手に持った書類をヒラヒラと振りながら声を上げる。



「確かにこれは、『グレイプニル』に関する最新のレポートだわ。研究者としては、非常に価値の高い資料ね」

「お前にとっても美味しい資料ってトコだろォよ?」

「そうね、その点に関しては評価してやってもいいわ」



 明らかに年上であろう女性に対しているのは、皮肉った笑みを浮かべる青年。

鋲のついたジャケットに、冬にもかかわらず胸元を開けたスタイル。

そして何よりも目を引く、首に嵌められた大仰な首輪―――上狼塚かみおいづか双雅そうがの姿が、そこにあった。

彼は笑みを消さぬまま、わざとらしく肩を竦めつつ声を上げる。



「つってもよォ、俺にはソイツの内容なんて分からねェんだし?」

「……アンタ、本当にそいつを外す気があるんでしょうね?」

「あるに決まってるだろォがよ」



 ニヤついた表情を消さぬまま、双雅は首輪―――『グレイプニル』を撫でる。

それは、彼の力を封じると共に彼の命を護ってきたもの。

双雅としてもそれには感謝しているし、この首輪に対して愛着が存在しないと言う訳ではなかった。

しかし―――



「いい加減、暴れたくなってきてな。そこらのチンピラじゃ喰い足りなくなってきた所だったんだよ。だから、いい加減こいつを外しちまいたい」

「はぁ……あ、そ。アンタの感情なんかどうでもいいけど、現時点じゃそれ、外す手段なんて無いわよ?」

「現時点じゃ、ねェ」



 にやりと、口の端を笑みに歪め、双雅はそう口にする。

そんな彼の言葉に対し、女性は不快そうに表情を歪めていた。

上狼塚双雅という男は、決して頭が言い訳では無い。けれど、物事を察する勘のような物は優れていた。

そう―――あたかも、獣の本能であるかのように。



「……そうね、外す方法が無い訳じゃない。前まで確信はなかったけど、この資料のおかげでそれを得られたわ」

「へェ……で、その方法ってのは? さっさと教えてくれよな、スヴィティさんよ」

「……アンタ、本当に一々偉そうよね」



 双雅の言葉に顔を顰め、空色の女性―――スヴィティ・リュングは深々と嘆息を漏らしていた。

彼女はかつてユグドラシルから双雅を逃がした存在であり、彼の首にその『グレイプニル』を嵌めた張本人でもある。

スヴィティは、あの頃の己の判断が間違いであったとは思っていない。

けれど、天涯孤独となった彼の育て方を間違えてしまった事だけはしっかりと自覚していた。

―――大半は、孤児院に押し付けていたのではあるが。



(ハァ……アタシには、子育ての才能は無いって所かしらね)



 指先にくるくると前髪を絡め、スヴィティは嘆息を漏らす。

彼女は、決して己の判断を後悔していない。けれど、双雅の事を見守り続けられなかった事は失敗だと思っていた。

親友だと言う二人の友人を得られた事は、スヴィティとしても喜ばしい事ではあったが―――彼は結局、人間らしい生活を得る事は出来ていない。

闇の世界で、血と泥に塗れて、奪い合う生活を続けている。

それは、スヴィティの願い―――脅威として排除されることなく、人として生きて欲しいと言う願いに反していた。

親の心子知らず。故にスヴィティは、彼の『グレイプニル』を外す事に対して反対していたのだ。

しかし―――



(そういう訳にもいかない、か)



 双雅は、既に独断でユグドラシルの関連施設に手を出してしまった。

その時、その施設は既に何者かの襲撃を受けていたとはいえ、顔も隠さぬままぶらりと現れて、何人かを殺害した後に資料を奪って逃亡。

大々的に指名手配するような事は難しいが、それにしたとしてもユグドラシルに目を付けられてしまった可能性はある。

そうなれば、力を封じられたままの双雅に逃げる術など存在しない。

スヴィティは、再び憂鬱な溜め息を吐き出した。



「……まず順当な方法として、だけど」

「おう、どうすんだ?」

「アンタの『グレイプニル』は、神話ファーブラ級の能力者を素材として作られた最高級の物よ。つまり、正規の手段で外すのはかなり難しい」



 双雅の『グレイプニル』は十年以上前に作られた物で、当時重大な犯罪を犯した能力者のルーンによって作られている。

その能力は最高位、即ち神話ファーブラ級の能力者であった。

『グレイプニル』を外す為には、その元となった能力者以上の能力強度、およびプラーナ量の力でThスリサズのルーンを上書きしなくてはならない。



「当初、プラーナの研究はまだ完全に進んでた訳じゃなかったから、元になった人間が具体的にどれぐらいの力を持っていたかは分からない。

つまり、アンタの『グレイプニル』を確実に解除する為には、かなり高位のThスリサズの能力者が必要になる」

「……神話ファーブラ級で、さらに上位ねぇ」



 双雅が猜疑的な声音を発する。

その言葉の中には、言外に『どうやって探すんだ』といった感情が見え隠れしていた。

それを読み取り、スヴィティもまた同じように眉根を寄せる。

それほどまでに高位の能力者は、殆どがユグドラシルによって押さえられてしまっている。

しかも、その中でたった一つのルーンのみに狙いを絞らなくてはならないのだ。ユグドラシルのデータベースにでもハッキングをしなければ、そんな情報は手に入らない。



「……だからまぁ、正規手段としてせめて現実性があるのは、Thスリサズの始祖ルーン能力者を探す事」

「一応、ソイツはユグドラシルに所属してはいないんだったか?」

「その代わり、何処にいるかも分からないけどね」



 そう言い放ち、スヴィティは肩を竦める。

始祖ルーン能力者は、その全てがユグドラシルによって捕捉されている訳ではない。

一部行方不明となっている能力者が存在するのだ。

Thスリサズの能力者もその一人―――その存在は、完全に闇に包まれている。



「現状やれねェんだったら意味ねェだろ?」

「ま、そうね……実行可能だったら確実に行けるけど、こうなると流石にね」



 この状況では、悠長にThスリサズの始祖ルーン能力者を探す事は出来ない。

そして偶然に任せていられるほど、スヴィティは楽観的な思考を持ち合わせてはいなかった。

結果、もう一つ―――スヴィティとしては、こちらも現実的ではない―――の内容を口にする。



「となると……もう一つの案よ」

「おう、あると思ってたぜ」



 にやりとした笑みと共に、双雅はそう告げる。

そこに篭っている信頼に対し、思わず嬉しく思ってしまう自分を自覚して、スヴィティは呆れの嘲笑を吐き出していた。

親心など、自分には似合わない―――と。



「おい、何ニヤついてんだよ?」

「ああ、ゴメンなさいね。もう一つの案もう一つの案……と、ああ、あったあった。これよ」

「あん?」



 書類の束を捲り、スヴィティは一枚の資料を取り出して机の上に滑らせた。

ちょうど双雅の目の前で止まったそれに書かれていたのは、一人の能力者に関する資料。

それを視て、双雅は訝しげに眉根を寄せる。



「ンだよ、コイツは?」

「渡してるんだからしっかり読みなさい、このバカ。そいつの能力―――って言うか、ファンクションの所よ」

「ん……ッ?! おい、マジかよこれ」

「驚いた事に、マジらしいわね」



 最早驚きの境地を通り越したスヴィティは、ヒラヒラと手を振りながら背もたれに身体を預ける。

その書類に帰されていたのは、一人の少年に関する記録。

有する能力は、エイワズイサベルカナ

ユグドラシルによって与えられているコードネームは―――



「《古木の魔術師ドルイド》―――ファンクションは、他者の能力のキャンセル、か」

「最初に見た時は我が目を疑ったわよ。一体どんな発想で、そんな能力を使えるようになったんだか」



 エイワズによって作成した樹木を他の能力へ干渉するための媒介とし、ベルカナイサの力でプラーナ効率の加速と減速を繰り返す事でプラーナ流の不順を引き起こし、能力を強制停止させる。

記録にはそのように書かれているものの、スヴィティはとてもではないが信じられない、と嘆息していた。

複数のルーンを組み合わせたファンクションほどその干渉力が高く、使い手も災害ディザスター級という高位能力者である為、その力は非常に強力である。

双雅から書類を取り返したスヴィティは、その内容へと目を通しながら再び嘆息を零す。



「初見殺しって感じの能力よねぇ……下手すりゃ、神話ファーブラ級すらあっさり仕留められるんじゃないの?」

「確かになァ……面白いじゃねェか、こいつ」

「アンタの個人的な感想なんて非常にどうでもいいけど、とにかく第二の案がこの少年よ」

「成程な」



 納得した表情で、双雅は頷く。

能力のキャンセル、という話を聞いて、その案の正体に思い当たったのだ。

その能力で、『グレイプニル』を構成するThスリサズの力を停止させる―――それが、スヴィティの提示する第二の案。



「実際の所、実験としてその少年の能力が『グレイプニル』を始めとしたルーンによるアイテムを無効化できるかを確かめるみたいだったからね。

実験はまだ行われていなかったし、まだ確実と言える訳じゃないけど、チャンスが無いって訳でもないわ」

「ふーん……けどよ、こいつを捕まえる方法があんのか?」



 スヴィティの持つ書類をぱちんと指で弾き、双雅は肩を竦める。

そしてその言葉に対し、スヴィティもまた困ったように額に手を当てていた。

この能力者が民間ならば簡単な話であった。そして、例えユグドラシルの所属だとしても、ただの構成員だったのならば方法が無い訳ではないのだ。

しかし、この少年は―――



「大神白貴……ユグドラシル総帥の息子だものね……ホント、面倒な事この上ないわ」

「オンゾーシさんって訳だ。接触する機会なんてあんのか?」

「一応、だけどね……あーもう、優秀なハッカーが欲しくなるわね」



 言って、スヴィティは己の脇に置いてあったハンドバッグに手を伸ばす。

ごそごそとその中を探り―――取り出したのは、一枚のパンフレットだった。

表面に描かれているのは、大きなコンサート会場の写真。

そこに描かれている題名を見て、双雅は眉根を寄せていた。



「ああ? 何だそりゃ?」

「コンサートの案内よ。これの出演者の所、ちょっと見てみなさい」



 手首の動きだけで投げ放たれたパンフレットは、ぴったりと双雅の前に着地する。

彼は訝しげな表情のままそれを受け取り、ぴらぴらと振りながら言われた通りに出演者の欄を探した。

それが記されていたのは、パンフレットのちょうど裏面。

そこに目を通し―――双雅は、その目を大きく見開いた。



「おいおい、何だァ、こりゃ。バケモノが二匹もいるってのはどういう事だよ?」

「大方、能力者に対するイメージアップの作戦って所じゃないの? トップクラスの能力者であり、さらに美少女だって言うんだから」



 ページを開いた所にある写真には、二人の少女の姿が映されている。

一人は、真紅の髪をした指揮棒を持つ少女。そしてもう一人は、プラチナブロンドを流すドレスを纏った少女。

その類稀なる美貌を否定する事は出来ず、双雅は小さく肩を竦めていた。

けれど、その口元に浮かぶのは嘲笑じみた笑みだ。



「ハッ、バケモノはどう言い繕った所でバケモノだろォよ。カルト的人気を得てどうすんだ? 力で国を従えてる連中が、そんな事して何になるってんだかなァ、オイ」

「アタシに言われたって知らないわよ。平和ボケしたこの国には、そっちの方が性に合ってるって事なんじゃないの?」

「下らねェ話だぜ」



 言い放ち、双雅はパンフレットを投げ捨てる。

幼い頃から、物心付いたばかりの頃から、双雅は命を狙われ続けてきた。

彼にとっては力が全てであり、そして同時に、力が忌むべきものであると考えている。

いっそ苛烈なまでの、その考え。

けれど彼は、決して己のすべき事を見失ってはいなかった。



「……で、そのオンゾーシ君がそこに来る可能性は?」

「十分にあるでしょうね。何せ、このお姫様の血の繋がった弟だもの」



 組んだ足に肘を突きながら頬杖を突き、スヴィティはその口元に笑みを浮かべる。

大神白貴は、殆ど公の場に姿を現す事はない。ユグドラシル次期総帥たる大神美汐、そして部隊の体調を任されている大神徹はまだしも、何の役目も負っていない彼が姿を見せる理由は無いのだ。

何故大神槍悟の息子たる彼が、高位の能力者であるこの少年が何の役目も負っていないのか―――それは、単純だ。


 ―――彼は、生まれつき全盲だったのだから。



「なら、どうする?」

「さぁ? その子とどう交渉するかはアンタに任せるわ。アタシは、そこまで面倒見切れないもの」

「ああ、それでいいさ。自分の尻拭いは自分でする……それぐらい、分かってるっての」



 からからと、双雅は笑う。

自分が命を落としかねないというのに、全く気にした様子もなく。

そんな彼の様子を見て、スヴィティは少しだけ顔を顰めていた。

けれど、彼女はそれを気付かれない程度に抑えて首を振り、肩を竦める。



「ま、騒ぎにならないように気をつけることね。殆どの意識が舞台の上のお姫様に向いてるって言っても、全く警護がないって訳じゃないでしょうから」

「ああ、分かってるさ。まあ、『グレイプニル』の事は多分知らねェだろうし、外させるだけなら何とかなるだろォよ」



 笑みながら、双雅は言い放つ。

その自信は一体何処から来るのか―――と、スヴィティは呆れの混じった嘆息を漏らしていた。

けれど、彼を止める事は不可能。その事は、彼女自身が最も強く承知している。

故に、彼女はこう口にしてしまうのだ。



「……ま、ある程度の事なら協力してあげるわよ。感謝しなさい」

「おーおー、感謝してるぜェ、スヴィティさんよ」

「ふん……ったく、可愛くない奴よね、アンタは」

「可愛げのある俺ってのもどォなんだよ?」

「……」



 その言葉にスヴィティは虚空を見上げ、想像する。

自分の言う事を素直に聞き、皮肉ではなく普通の笑顔を浮かべる双雅の姿―――



(……ッ)



 思わず怖気が走り、スヴィティは大仰に肩を震わせ、己の腕を抱いていた。

似合わないにも程がある。

そんな彼女の反応に、言った本人である双雅は微妙に口元を引き攣らせていた。



「自分で言っといてなんだがよ、その反応はどうなんだ、オイ」

「あんたこそ、似合わない事ぐらい分かってんでしょうに」

「……まァな」



 双雅は苦笑を漏らす。

本当に、全くもって似合わないと。

それが自分自身なのだと、知ってしまっているのだから。



「さて、と」



 パンフレットを拾い上げつつ立ち上がった双雅にスヴィティは視線を向ける。

さっさと部屋から出てゆこうとするその背中―――彼女は、そこへと言葉を投げ掛けた。



「早速下調べ?」

「あァ、入り込むにも、色々と必要なモンはあんだろ?」



 忍び込むだけならば難しくは無いが、普段どおりの格好ではあまりにも目立つと言うもの。

その為の準備をすると言い、双雅はさっさとこの部屋を立ち去って行った。

そして、閉じた扉をぼんやりと見つめ―――スヴィティは、嘆息する。



「ホント、世話が焼ける」



 ―――そして、結局放っておけない自分も自分なのだと自覚し、彼女はゆっくりと立ち上がったのだった。





















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