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Frosty Rain  作者: Allen
第二話:グレイプニルの悲劇
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02-12:暗躍と真実












「……本格的にこんな真似をする事になるとはな」



 換気ダクトの中に氷を張って滑りながら進みつつ、涼二は小さく嘆息を漏らす。

狭苦しい場所ではあるが、能力を使えば音を立てずに進む事は可能だった。

流石にこの施設内に配置された人員を全て把握し切る事までは流石のスリスでも出来ず、涼二はこのような安全策を取って進んでいたのだ。

いかなスリスとは言えど、強固なプロテクトに護られた施設内を短時間で調べ切る事は不可能だったのだ。

だが―――



(必要な情報は出揃ってる。ならば―――)



 ―――後は、己の腕次第でどうとでも出来る。

そう胸中で呟き、涼二はバイザーに映し出された己の位置と、内部の地図を照らし合わせた。

己の位置や把握できた警備員の位置、そして目的地の場所などの位置関係を確認しつつ、目的のデータベースへアクセスできる場所へと向かう。

流石にこの狭い空間で戦うのは不可能であると分かりきっているので、涼二は無駄な寄り道をせずに一直線にそちらへと向かっていた。

時折見える部屋や廊下の状況を確かめつつ、音を立てないようにただ前へ。



(……ガルムの奴、本気でやったみたいだな)



 僅かに見えた、盛大に血の飛び散っている廊下を眺め、涼二は小さく嘆息を漏らした。

パワー偏重型のファンクションである《冥府の門番オプティーモス・ハウンド》。あのパワーは涼二の力でも防御し切れないほどに強力なものだ。

分厚い氷の壁も、まるで薄皮のように容易く引き裂いてしまう。

だからこそ、それほど心配していると言うわけではないのだが―――



「……まあ、あいつでも万が一はあるか」



 思わず声に出してしまったことに気付き、涼二は口を噤む。

そして小さく肩を竦め、緩やかに滑る身体を停止させた。

現在の場所は資料室の上部―――僅かに霧を放ち、涼二は内部の状況を確かめた。

今の所、内部に人はいないようだ。



「よし、っと」



 換気口を蹴破り、涼二は資料室の内部へと侵入する。

若干薄暗いその部屋はあまり広いわけではなく、多くの棚が圧迫するように並んでいた。

そしてその奥に、検索用のパソコンが備え付けられている。

笑みを浮かべながら頷き、涼二はそのパソコンを起動させた。



「さて……と」



 懐から取り出したのは、ケーブルのついた黒いカード状の装置。

これは涼二のコートの中に常備されている装備の一つであり、スリスが自作したクラッキングツールであった。

接続したパソコンに対する侵入を容易にする、スリルの波長に合わせた道具。

涼二はそれをパソコンに接続し、装置を起動させる。



「……繋いだぞ、スリス。どうだ?」

『ん……大丈夫だよ。ちょっと待ってて、調べてみるから』



 通信機の向こうからは、カタカタと高速でキーボードを打つ音が聞こえてくる。

かなりの集中をしているらしい彼女に小さく苦笑しつつも、涼二はその掌をこの部屋の入り口の方へと向けた。

途端、ラグズのルーンによって現れた水が、イサの力によって凍結する。

巨大な氷によって塞がった入り口を眺めて満足しつつ、涼二は周囲の棚に収められた資料達へと視線を向けた。

大半は書類を納めたファイルであり、背表紙の所には簡単なタイトルらしきものが記されている。

が、専門の知識を持たぬ門外漢の涼二には理解の及ばない内容ではあった。



「さてと、どうしたもんかね……」



 これらを全て運び出すほどの人手は無く、そして内容を理解するだけの知識もない。

挙句の果に、情報の取捨選択をする時間すらも限られている。

よい状況とは到底思えない今現在の状態に、涼二は思わず嘆息を漏らしていた。

そして、バイザー視界に映るマップへと視線を向ける。



「……何人か、こちらに向かってきてるな」



 舌打ち混じりに、そう呟く。

今更自分達の存在に気づかれた所で大した差があると言う訳ではないのだが、ピンポイントに情報封鎖が掛けられて、スリスの作業が妨害されるのは防がなければならない。

余り時間を掛けている暇は無いのだ。

じっと息を殺し、涼二は氷に包まれた扉の奥へと注目する。

マップ上の反応は、真っ直ぐに廊下を進み―――資料室の前で、止まった。



「……はぁ」



 涼二は、思わず深々と嘆息を吐き出す。

静かな部屋の中に響くのはパソコンの駆動音と、開かない部屋の扉を叩く外の人間達の声だ。

ただ扉を破ろうとしているだけならば問題はないのだが、コレでネットワークの封鎖を行おうとするような人間に情報が行き渡っては堪らない。

厄介な状況に辟易しつつも、涼二はその手を凍りついた扉へと触れさせた。



『おい、どうなってる!?』

『早く開けろ、鍵がかかってるのか!?』



 断続的に響く扉を叩く音、そしてそれと共に聞こえてくる喚き声。

ガルムの襲撃によって冷静さを失っているおかげか、まだ他方に連絡すると言った事は行っていないようだが、それも時間の問題だ。

故に、涼二はその両肩に刻まれた二つのルーンを発動させた。



「―――《氷雨フロスティレイン》」



 その言葉と共に、扉の向こう側で涼二の力が吹き荒れる。

顕現するのは冷たい雨―――しかしそれは、触れたものを全て凍りつかせてしまう死の雨だ。

一滴でも触れれば、当たり所によっては死に至る強力凶悪なファンクション。

かつて《氷獄ニヴルヘイム》のコードネームを得る前は、この《氷雨フロスティレイン》こそが氷室涼二の二つ名だった。

その力は、神話ファーブラ級の能力者ですら防ぎ切る事も避ける事も難しい―――降り注ぐ雨を躱せる者などいないのだから。

そんな強大な力に曝された三人ほどの男達は、冷たい雨に包まれて、一瞬で物言わぬ氷像と化していた。

その姿を確かめる事は出来ないが、反応が途絶えた事を確認して涼二は小さく頷く。



「よし……とりあえずは、大丈夫か」



 扉付近から手を離し、涼二は安堵の息を吐き出す。

しかし状況が好転したと言う訳でもなく、早急にここの探索を終える必要があるのも事実だった。

後頭部を掻きながら、涼二はバイザーのマイク―――その向こうのスリスへと向けて声を上げる。



「スリス、どの資料が必要になるのか早く教えてくれ」

『はいはいちょっと待って、もうすぐ出るから……っと』



 タン、とスピーカーから音が響く。

どうやら、エンターキーを押した音らしい。

そしてその直後、スリスは読み上げるように声を上げた。



『必要なのはA-6の棚にある研究報告、B-2の棚にある実験記録、D-8の棚にある資料。最初の二つは『グレイプニル』に関する情報で、最後のは研究に協力した人員について書かれてる。棚のロックは外しておいたよ』

「了解した。探しておくから、次の道筋を検索しておいてくれ」

『りょーかい』



 スリスの言葉に頷きながら、涼二は並ぶ棚に刻まれた文字列を探してゆく。

本来ロックが掛けられている筈の棚は、スリスが設定を弄った為か必要な部分のみが開かれていた。

『グレイプニル』に関する研究報告と実験記録、そして協力者の名簿―――たった三つではあるが、それだけでも持ち運んで邪魔にならないと言うにはぎりぎりのレベルであった。



「戦闘には流石に邪魔だな、こりゃ……」



 内容を確認しつつ、パソコンを停止させる。

そしてクラッキングツールを取り外し、コートの中のケースに資料を納め、涼二は再び天井にある換気ダクトの方へと跳躍した。

一度だけ、部屋の中を眺める。

そして小さく嘆息し―――涼二は、ダクトの中へと姿を消していった。



「さて、ガルムの援護と人質の救出と行きますかね」



 ―――そう、小さく言い残して。











 * * * * *










『ぐ、く……!』



 両腕と両足、そして胴と肩を壁から伸びたベルトによって押さえつけられたガルムは、思わずそう呻き声を上げていた。

力が減衰しているのだ。身体を拘束する『グレイプニル』という名のベルト―――その力は、神話ファーブラ級の力を持つガルムに対しても存分に発揮されていた。

岩を容易く打ち砕くその膂力すらも、『グレイプニル』は完全な形で押さえ込んでいたのだ。



「やれやれ……研究のしづらい世の中になってしまったものだ。身を隠してまで研究を続けていたと言うのに……」



 ガルムの隣を歩きぬけながら、男―――技藤翔はそう口にする。

それはガルムに対して語りかけていると言うより、独り言に近いようなものだった。

技藤は、目の前のガルムに恐怖を覚えるでもなく、ただ淡々とそんな言葉を口にしている。



「すっかりと能力者の権利が整備されてしまった。化物扱いされていた昔の状況だったなら、こうも面倒な方法を取らずに済んだものを」

『貴様……ッ!』



 技藤の言葉に、ガルムは激昂するように声を上げる。

しかしながら、技藤の口にしている言葉は紛れも無い事実だった。

十五年前、能力者という存在はただの異端でしかなかったのだ。

隕石の飛来も能力者によるものであるという根も葉もない噂が流され、その次の日には迫害していた当人が能力者へと変わる。

正しく地獄だったと―――当時を経験しているガルムには、それが実感として感じられる。

ユグドラシルという法の執行者が現れるまでは、この国でも混乱が絶えなかったのだ。

それでも、ほぼ壊滅した故国よりはマシだったと、ガルムは思う。

けれど―――



「こんな所にまで邪魔が入られたら、何処で研究をすればいいのやら」

『このような研究など……ッ!!』

「何をそう毛嫌いする。今の世の中は、我々の研究によって成り立っていると言うのに」



 呆れたような表情で、技藤はガルムの方へと振り返る。

その瞳の中にあるのは、何処までも淡々とした、無感動な感情。

ただ事実を語っているだけだと言う自負が、そこにはあった。

そして―――それが事実である事も、ガルムは知っていた。



「我々の研究が無ければどうなっていた? この国は本当に秩序を取り戻す事が出来たのか?」

『……』



 そう、それは紛れもない事実だ。

ユグドラシルが裏で無数の屍を積み上げたからこそ、今日の平穏な日常がある。

世界中がいまだ苦しみに喘いでいる中、この国の人々が真っ当な生活を送れるのは、他でもないその犠牲のおかげなのだ。

だが―――



『関係、無い……ッ!』

「……ほう?」



 唸るような怨嗟の声。その言葉に、技藤は小さく目を見開いた。

ぎしぎしと軋む『グレイプニル』。その強靭な肉体に強く食い込む事すら気にせず、ガルムは巨大な咆哮を上げた。



『貴様等がどれだけの人間を救い、その影でどれだけの人間を殺していようが知った事ではない!

貴様等は、全てを奪った……私から、妻と娘を奪ったのだ!

例えどのような大義名分があろうと、私は未来永劫、貴様等を赦す事など無いッ!』



 繋がれた床が、ベルトが、そしてその肉体そのものまでもが軋みを上げる。

けれど、その校則は決して外れる事は無い。

何処までも効率的に力を分散し、決して外れる事のない束縛を作り出す。

それ故、技藤はガルムに対し何ら脅威を覚えていなかった。



「妻と娘……ああ、成程。君はあの時の実験体の関係者か」

『―――ッ!?』



 技藤の言葉に、ガルムは大きく目を見開く。

そして、次の瞬間に湧き上がっていたのは、大気を震わせんばかりの巨大な殺意の塊だった。

それを涼しげに受け止めながら、技藤はただ淡々と語る。



アレ・・の事は覚えているよ。期待していたのだが、結局失敗してしまったからね。私としても、数少ない失敗例の一つだ」

『―――』



 失敗と言う言葉に、ガルムは言葉を失う。

失敗した、つまり彼女達によって『グレイプニル』が作り出される事は無かった。

ならば一体、彼女達の死は何だったと言うのか。

ただ、無意味に失われただけだと、そう言うのか―――そう、ガルムは愕然と己に問いかける。



「今回は失敗する訳には行かない。災害ディザスター級の能力者を使って実験を行うのだから。それに、注ぎ込むプラーナは神話ファーブラ級が飛び込んできてくれた……最高の『グレイプニル』を作れるだろう。感謝するよ」



 その言葉の中で、ガルムの鼻はある臭いを感じ取っていた。

怒りに塗り潰されそうな意識の中、僅かに残った理性が感じ取ったもの―――それは、涼二の臭いだった。

僅かに、視線を上げる。



「さて、では実験を―――何!?」



 その場所に、嵐山佳奈美の姿は無かった。

ガルムが一瞬だけ見る事が出来たのは、天井の通気候から伸びた水のロープが、彼女の体を絡め取って攫っていった事。

そして、周囲へと、馴染みのあるプラーナの気配が広がった事だった。

姿を見せぬ涼二の、その右目に刻まれているはずのルーン―――Thスリサズの力。


 ―――それと共に、減衰していた力が元に戻る。それを自覚し、ガルムは最後のファンクションを発動させた。



『―――《完全獣化ベルセルク》』



 ガルムの瞳から、理性の色が消える。

獣としての闘争本能で意識を塗り潰し、力を失った―――涼二の力によって上書きされた『グレイプニル』を力任せに引き千切る。

そして自由になったその身で、ガルムは巨大な咆哮を上げた。



『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――――ォッ!!』



 技藤が驚愕と共に振り返った、その瞬間。

ガルムの拳は、一瞬の内に敵の顔面へと突き刺さり、周囲の部屋ごと男の身体を完全に打ち砕いていた。











 * * * * *











「ハァッ、ハァッ……こ、コレさえ持ち出せば……!」



 白衣を纏った一人の男が、ある資料を持って壊滅しかけた施設の通路を走っていた。

目指す場所は緊急用の脱出口。その手に『グレイプニル』に関する最新資料を持ち、男はただただ逃げる為に走り続けていた。



「これさえあれば、研究は続けられる。これさえ―――」



 うわごとのように呟きながら、男は目的の場所へと到着する。

緊急用脱出口は外から入って来れぬよう、基本的にセキュリティロックが掛けられていた。

横にある端末へと解除用パスワードを入力し、そこから外へと脱出しようとドアに手を触れる―――瞬間。



「―――ごァ、ッ!?」



 唐突に走った衝撃に、男は横へと吹き飛ばされていた。

吹き飛ばされて地面に叩きつけられ、痛みに喘ぎながら男は目を白黒させて起き上がる。

―――そこに立っていたのは、一人の青年だった。



「おーおー、出口までの案内ご苦労さん。ってな訳で、コイツは貰っていくぜ」

「な、何だ、お前は!?」



 床に落ちた紙の束を拾い上げ、皮肉気な表情で嗤う青年に、男はそう叫ぶ。

しかし相手は、ヘラヘラと笑みを浮かべているだけだ。

そしてそのまま彼の事を無視し、青年は扉を開けて外へと出てゆく。



「ま、待て―――」



 咄嗟にそれを追うように扉を開けて―――男の体が、一瞬だけ揺れた。

扉の影から伸びたのは、外に出ていた青年の腕。

銀色に染まったそれは真っ直ぐに男の胸へと伸ばされ、それを貫いていた。



「な、ぁ……」

「じゃあな」



 ―――血に染まった腕を引き抜き、青年は歩き出す。

そこに残っていたのは、たった一人の死体だけだった。





















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