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Frosty Rain  作者: Allen
第二話:グレイプニルの悲劇
23/81

02-7:執事の手記











 涼二が戦闘を終え、目的の地点へと進み始めてからちょうど一時間後辺り。

尚も嵐山のパソコンを調べ続けていたスリスは、そこから拾い上げた一つの単語に関して調査を進めていた。



「……『グレイプニル』」

「先ほどから何か見当を付けたようですが……それは一体何なのかしら?」

「ちょっと待って……大体、分かりそうな感じなんだけど―――」



 嵐山のパソコンの中、既に削除されたはずのデータの中には、その単語に関する資料がいくつも残っていた。

そしてそれら一つ一つに目を通してゆく度に、スリスの表情は硬く強張ってゆく。

出てきたのはいくつかの研究資料や論文。ある研究者が考案した、『グレイプニル』という道具に関する話。



「……内容は、単純だ。静崎製薬が表向きに発表していた事と同じ。高位の能力犯罪者を抑えるため、能力を低下、或いは使えなくする方法が無いかって言う研究だ」

「それは確かに、様々な所で研究されている内容ですわね。けれど、何故それが嵐山のパソコンに?」

「それは……まだ、分からないけど」



 キーボードを操作しながら、 スリスは後ろから話しかけてくるシアの言葉に首を振る。

その隣に並ぶ雨音は良く分かっていないようではあったが、『静崎製薬』という単語に対して少し表情を曇らせている。

しかしそれには気付かず、スリスは読み取った資料の内容を話し始めた。



「これは投薬ではなく、外側から装着する道具によって能力を抑えようとする研究だ」

「そんな事が可能なんですか?」

「可能、なんだろうね。僕だってそっち方面の知識が深い訳でもなし、実現可能なのかどうかは理論を読んだだけじゃ分からない。

けど……君の執事はわざわざこんな資料を探し出して、その上で動いてるんだ。これに関する何らかの事件に巻き込まれた、と考えた方がいいのかもしれない」



 能力抑制に関する研究は様々な場所で行われている。

それに関しては別段疑問と言う訳ではなく、ごく自然な流れであるとスリスは理解している。

けれど、このパソコンに残された資料を読み解いてゆくほどに、その研究の危険性―――否、非道さを理解できてしまったのだ。



「能力を拘束、抑制する為に別の能力を使う理論……」



 能力に対抗する為に能力を使う。

それは人間同士でも言える事であり、そんな考えに至る事に関しては否定できない事でもある。

もしも相手の力を遮るのならば何を使うのか。防御のルーンであるエイワズか、或いは束縛のルーンであるThスリサズか。

しかし、どちらにした所で、そんなものに実用性などというものは存在しない。何故なら―――



(ルーンは、生物にしか刻まれない)



 魂の輝きたるプラーナを燃料とするルーン能力は、魂を持たない存在に刻まれる事は無い。

それ故、ルーンを用いた道具と言うのは、どうした所で大量生産をする事は不可能となってしまう。

目的のルーンが刻まれた刻印獣ルーンクリーチャーを探し出し、それを捕獲し、さらにルーンを使用可能なまま摘出する方法―――確かにそんな技術の研究も行われていたが、犯罪者の拘束に使うといった目的で作るには、どうした所で数が足りなくなってしまう。



(だから、違う。これは犯罪者の拘束なんていう目的で始められた研究じゃない―――)



 これには、別の目的が存在する。

能力の抑制と言うのは確かにその通り。しかし、それは広く存在する犯罪者ではなく、僅かな数だけ存在する巨大な脅威の相手をする事を想定している。

強大な能力を持つ存在―――例えば、始祖ルーン能力者。



(……これは、敵対する始祖ルーン能力者を生きたまま拘束する事を目的に研究されている道具だ。間違いない、この研究を始めたのはユグドラシル……あいつ等、始祖ルーンを全て手に入れるつもりだって言う事?)



 それは、決して他人事と言える事態ではない。

スリスたちのリーダーである涼二は、まさに敵対する始祖ルーン能力者なのだから。

この『グレイプニル』と言う道具が、自分達に牙を剥かないとは思えないのだ。

始祖ルーン能力者の相手を想定したこの道具の拘束力は非常に高い。決して軽視出来る存在ではなかった。

―――そこまで考え、スリスは小さく息を吐き出す。



(……むしろ、重畳だったね。今回の件があったおかげで、こんな厄介な道具の存在を知る事が出来た。知らないまんまだったら、どんな事になっていたか)



 思わず冷や汗を拭いながらも、スリスは口元に小さく笑みを浮かべていた。

確かに強力な道具ではあるが、その性質さえ知っていれば決して対抗策を取れない訳ではない。

この道具に関する情報をさらに集めようと、スリスは検索のスピードを上げ―――



「な―――ッ!?」



 ―――そこに現れた情報に、思わず目を剥いていた。

唐突に驚愕の声を上げて身体を奮わせたスリスに、後ろにいた二人が疑問の声を上げる。



「スリスさん、どうかしたんですか?」

「何か厄介な情報でも?」

「ッ……厄介って言うか、何だよ、この研究……!」



 ぎり、と歯軋りを鳴らし、スリスは現れた情報を睨むように凝視する。

そこに書かれていたのは、件の『グレイプニル』を製造する為の方法。

必要となるのはThスリサズのルーンと、その力を発動させる為のプラーナ。

そこまではいいのだ。その道具の性質上、ルーンの力を発動させる為に生物から剥ぎ取ったルーンとプラーナが必要となる。

だが、この道具は―――



「人間のルーンとプラーナを使う……そんな研究、あっていい筈がない!」

「な……!?」

「……スリスさん、それって―――」

「必要とするのは、人間の持つThスリサズのルーンと人間二人分……って言うより、巨人ティターン級二人分のプラーナだ。どんなに少なくとも、二人以上の人間を殺さなきゃ、こんなモノは作れない!」



 ガン、と机に拳を叩きつけ、スリスは怒りを露に叫ぶ。

彼女は、決して犠牲になってしまった人間の事に関して怒りを抱いているのではない。

ただ、人間を使った実験そのものが許せないのだ。

盲目でも周囲の情報を取得するにはどうしたらよいか―――そんな研究の為に全ての光を失った。

故に、スリスは赦せない。この実験も、この実験を行っている人物も。



「詳しい作り方までは分からないけど……こんなの、存在する事自体が赦せない! こんなの―――」

「スリスさん」



 と―――怒鳴り散らすスリスのその頬に、そっと雨音の手が触れた。

今は能力が反転した状態ではなく、純粋なソウイルの力を宿したその暖かな手。

そこに、僅かな光が灯った。



ソウイル―――」

「ぇ、あ……」



 その光はスリスの身体に触れると共に吸収され、淡い燐光と共に消えてゆく。

そしてそれと同時に、スリスの荒れ狂っていた感情はゆっくりと沈静して行った。

ゆっくりと離れて行ったその手を追うようにスリスが振り返れば、そこには淡い笑みを浮かべている雨音の姿。

彼女はスリスの表情に対し、柔らかく笑いながら声を上げた。



「鎮静効果のある能力の使い方……覚えたてですけど、効果があってよかったです」

「雨音ちゃん……」

「冷静に。落ち着いてゆっくりと……憤っているのは貴方だけじゃないんです、それを忘れないで」

「ぁ……うん、ありがとう」



 落ち着いた心を抱えて小さく息を吐き、スリスはゆっくりと深呼吸して―――雨音へと向けて笑みを浮かべた。

そして感謝の言葉を口にしながら頷き合い、やれやれと肩を竦めるシアに苦笑しながら、パソコンの画面へと向き直る。



(……よし)



 両手で自分の頬を叩きつつ気合を入れ直し、スリスは検索を再開する。

復元されたファイルの中からいくつかをピックアップし、そこから情報を引き出そうとした―――ちょうど、その時。

ジャージのポケットに入れていた携帯が、唐突に着信音を響かせ始めた。

その画面に映っていた名前は、先程と同じく涼二のもの。

時間的にはそろそろ到着する頃だったかと頷き、スリスは通話ボタンを押した。



「……もしもし、涼二? どうかした?」

『ああ、ちょっとな。お前が割り出してくれた場所に向かってみたんだが、執事本人はいなかった』

「あれ? 場所は確かにそこだったんだけど……」

『それに関しちゃ間違いじゃないだろうな。ここには携帯だけが落ちていた。GPSを追ったんだろ?』

「あー……そっか、ごめん、僕の配慮が不足してた」



 頭を掻きながら嘆息し、電話へと向けてスリスはそう呟く。

それに対し、涼二からは何処か苦笑するような反応が戻ってきた。



『いや、いつまで経っても動かなかった事に疑問を抱いていたからな。この事態も予測していた。とりあえず携帯の中にあるデータを送るから、そっちで解析して貰えるか?』

「あ、うん。了解」



 涼二の言葉に頷き、携帯とパソコンを繋ぐためのケーブルを左手で探し始める。

無論、作業中とはいえ《並列思考マルチタスク》を持つスリスがどちらかに意識を奪われるという事は無い。

道具を探すのと並行して会話にも集中しながら、スリスは涼二の言葉を待った。

涼二もそれが分かっていたのか、僅かな間を置く事なく声を上げる。



『それで、そっちでは何か分かったか?』

「あ、うん。まだ標的の場所に関しては分からないけど……うん、ちょっと関係のありそうな道具は出てきた」

『道具?』

「そう。『グレイプニル』って言うんだけど……」



 肩で携帯を押さえつつ、スリスは両手でパソコンを操作する。

その画面に表示されているのは、これまでに出てきた資料の大まかなまとめ。

強大な能力者を対象に絞って作り上げられた拘束具。



「とんでもなくふざけた代物だよ、コレ。用途は対象の拘束と能力の抑制。その完成度によっては、始祖ルーンの保持者ですら能力を押さえつけられる」

『何……?』

「今の所分かってるのは、コレが人間の持っているルーンとプラーナを基に作られる物だって言う事だけ……人間を殺して作り上げられる道具だよ、コレ」

『ッ……!』



 電話の向こう側で、涼二が息を飲む声が響く。

雨音によって鎮静化させられたとは言え、それでも尚怒りの収まらないスリスは、見えないように歯を食いしばってから声を上げる。



「多分って言うか、こんな事をする奴等は他にいないだろうけど……恐らく、ユグドラシルの行ってる研究だと思う」

『……ああ、そうだな。それに関しては俺も賛成だ。技術の倫理性はともかく、そんな強力なアイテムを求めるのはユグドラシル程度だろう』



 どこか苦い口調で、涼二はそう口にした。

そこに含まれているのは、かつてそこに所属していたからこその己を責めるような感情。

そして、そんなユグドラシルを憎んでいるからこその、決して赦せないと牙を剥くその怒り。

それを電話越しに感じながら、スリスはその感情に引き摺られぬよう心を落ち着かせながら声を上げる。



「……多分、だけど、路野沢さんなら何か知ってるんじゃないかな?」

『ああ、そうだな……その可能性はある。分かった、こっちの方で向こうに問い合わせておこう』

「うん、こっちも引き続き調べる……お互い、何か分かったら連絡しよう」

『ああ、じゃあ頼んだぞ』



 どこか感情を抑えたような無機質な声音に小さく苦笑を浮かべつつも、スリスは頷いて通話を終了させた。

そして探し当てたコードを携帯とパソコンに接続し、涼二から送られてくるデータをパソコンの中へと移動させる。

現れたのは通話やメールの記録。番号などは全てプロテクト突破を狙っているノートパソコンの方へと移し、それらの情報を含めて発信者の位置特定を急ぐ。

そしてデスクトップパソコンの方では、尚も削除データの復元を行い―――



「……ん?」



 復元と共に現れた『Diary』というファイルに、スリスは思わず首を傾げていた。

良く携帯端末に利用される日記ソフトの形式ファイルであり、パソコンでも使用できるソフトとして普及しているもの。

尤も、日記をつける人間などそう多い訳でもなく、とりわけ人気が高いと言うほどのものでもないのだが―――



「とりあえず、見てみるかな」



 ファイルを起動し、画面を展開する。

そこにあったのは、カレンダーのように日付ごとに組み分けされた画面であり、その日付けをクリックすればその日付けで書かれた日記の内容が表示される。

そこでは規則正しく毎日内容が書かれており、適当に開いた場所にはその日に行ったトレーニングのメニューなどが記録されていた。

ガルムと同じく人間とは思えないほどの内容に軽く頬を引き攣らせながらも、スリスはいくつかのページを閲覧してゆく。

と―――



「……!」



 思わず声を上げそうになり、スリスはそれを咄嗟に抑えた。

後ろの二人に感づかれないようにウィンドウを隠しながらも、その内容を読み取ってゆく。



(『妹の佳奈美かなみが連れ去られた。相手は技藤ぎとうしょうという男。かつて、ユグドラシルの研究機関である《ドヴェルク》に所属していた者だ』)



 ドヴェルクと言う名に、スリスの肩が一瞬跳ねる。

それは、かつてスリスから光を奪った研究者達が所属していた所と同じだったからだ。

何とか身体を震わせる怒りを抑えつつ、スリスは冷静さを保つよう意識しながら別の日付の内容を読み取ってゆく。



(『技藤から連絡があった。数日後、指定の場所に来るようにと。私に選択肢など存在しない……忌々しい男だ』)



 人質に取られているのと同じ状況。

その内容を読み取りながらも、スリスは嵐山佳奈美という人物に関して検索を行っていた。

余計な情報は必要無い―――探すべきは、彼女の持っているルーンの情報のみ。

この国ではルーン能力者の場合、刻まれているルーンとその人物の持つ能力の位階が個人情報として記録されている。

違法なクラッキングではあるが、スリスにとっては今更な事だ。



(……見つけた。やっぱり、Thスリサズを持ってる……しかも、災害ディザスター級か。良くこんな人を捕まえられたなぁ、その技藤とか言う奴)



 嵐山佳奈美は、ベルカナThスリサズのルーンを持つ災害ディザスター級能力者。

あまり戦闘向けといった能力ではないが、災害ディザスター級のThスリサズが持つ拘束力は大型トラックを難無く動けなくしてしまうほどのものだ。

ルーンが強ければ、それだけグレイプニルの強度も強くなる。



(『技藤という男に関して調べてみた。奴はグレイプニルという道具を作ろうとしている……それは、Thスリサズのルーンを使う事によって作られる道具だ。奴は、私と佳奈美を使ってその道具を作ろうとしているのだろう。

決して許す訳にはいかない。けれど、会長に迷惑を掛ける訳にも行かない。私一人で解決せねば』)



 ―――スリスは、小さく息を吐き出す。

責任感が強すぎるためか、或いは自分達ニヴルヘイムを信用していなかったのか。

恐らくはその両方なのだろう、とスリスは思わず嘆息を漏らしていた。

会長であるシアを護る人間としてはその選択は正しいのかもしれないが、やはりスリスは最初から話してくれていた方が助かったのに、と思ってしまう。

依頼をされればどのような仕事でも請け負う傭兵―――それが、ニヴルヘイムなのだから。



(……けど、大体分かった。標的は技藤翔、その目的は対能力者用拘束具グレイプニルの作成と完成。その材料とするため、嵐山果須と嵐山佳奈美に目を付けた。

標的は嵐山佳奈美を誘拐、それを餌に嵐山果須を呼び出し、二人を捕らえようと画策している。

それに対し、嵐山果須は独自に行動を開始。恐らく、嵐山佳奈美の奪還を目的としているものと考えられる―――)



 後ろの二人に見られぬよう気をつけながら、スリスは涼二へと送る資料を作成してゆく。

シアはこういった自体にも慣れているかもしれないが、スリスとしては出来る限り大事にしたくはない。

ニヴルヘイムという存在を、あまり人目の付く形にしたくないのだ。

それに―――



(この人の状況、それにこの道具……もしかしたらだけど、おっちゃんも―――)



 かつて聞いた話を思い返し、スリスは苦い表情で顔を顰める。

この話を聞けば、あの冷静沈着なガルムとて冷静ではいられないだろう。

普段こそ思慮深く優しいが、一度怒り狂えば例え涼二であっても手に負えないほどの激情を持った男。

あまりその姿を見られたくないであろうから、とスリスは小さく息を吐き出す。



(《血染めの狼イラトス・ベスティーア》……本当に、そのままにならなきゃいいんだけどね)



 半ば祈るように―――スリスは、胸中でそう口にしていた。





















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